序7 失意のお人好し④

 意識を取り戻すと同時に、俺は素早く身を起こした。全身に痛みが走って、すぐに蹲ってしまう。

 足音がして、視線を向けるとそこにはヘルが立っていた。俺の近くまで寄って来て座り込んだ。



「とりあえず今は寝てろ。動ける状態じゃねぇんだ。治癒術はかかってっけど、如何せん傷を受けすぎてたからな」

「……俺は、どのくらい意識を」

「十分ってとこだな。体感だけどよ」



 そんなに長く眠っていたわけではないようだ。体の痛みはどうしようもない。言われるがまま、俺は大人しくした。



「お前、どうしてここが分かったんだ?」

「ああそいつぁ」

ワタシが呼んだ」



 遅れて姿を見せたのは、シュウに雇われたとかいうキューズだった。俺は反射的に睨みつけたけど、意に介した様子はなかった。



「君が道具屋の店主と懇意にしていたのは知っていたからな、魔物に襲われてると伝えたらすぐに飛び出して行ったよ。ちなみに、治癒をかけたのもワタシだ」

「あんた、どういうつもりだ。俺を嵌めたくせになんだって助けなんか」

「はぁ? てめぇただの通りすがりだっつってなかったか?」



 ヘルはいまいち状況が掴めてないようで、俺とキューズを交互に見ていた。

 キューズは顎を擦って、思案顔をした。



「依頼主が気に食わないから邪魔立てしたくなった。これでどうだ?」

「……傭兵なんだろ、雇い主を裏切ってどうするんだ」

「奴に従っているのは不本意だ。本当ならワタシも御免被りたいところなんだがな」



 どうやらシュウは信頼されていないらしい。俺に言わせれば当然なんだけど、ここまで嫌悪されるというのも珍しい。あいつは外面が良いから大抵の相手には好印象に映ることの方が多い。きっとあいつの本性を知っているんだろう。

 単純に疑問なのが、この人がシュウに雇われてる理由だ。こんなに嫌ならさっさと切ってしまえばいいのに。やむにやまれぬ事情でもあるんだろうか。



「分からねぇな。何でてめぇはそいつに従ってんだ?」



 俺を代弁するように、ヘルが問うた。にや、とキューズは端正な顔を歪ませた。



「少々確かめたいことがあってな」

「あること?」

「……君もすぐにことだ。これはワタシの口から言うべきことではないだろう」



 そこまで言って、彼女は踵を返した。もうここには用はない、暗にそう言ってるかのようだった。



「おいてめぇ」

「見たいものは見れた。ワタシは帰る」



 ああそうだ、とキューズは足を止める。



「シュウ・モダトはこの洞窟を出て、右手に真っ直ぐ進んだ先の空き家に潜伏している。大方、人質もそこに連れ込んでいるだろう。急げば間に合うかもしれないぞ」





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 俺は焦っていた。

 キューズの情報が本当なら、シルファはまだ無事ということだ。不確かな上に敵対者からの情報だ、信憑性は薄い。でも急がずにはいられない。そんな気持ちがせめぎ合って、焦燥感に変わっていた。



「本当に信じて大丈夫かあの女、怪しさ満点だったぞ」

「他に当てがあるわけでもないし、賭けるしかない」

「大博打だぜこりゃあ」

「……巻き込んで悪いな」

「それは構わねぇんだけどよ」



 俺はヘルに背負われて、洞窟内を運ばれていた。明かりもないのにヘルはすいすいと、足場の悪い道を駆けて行く。およそ人間が出せる速度ではなかった。ボスコウモリを倒した時といい、身体能力の高さが伺える。



「まださっきの礼を言ってなかった。ありがとう、助かった」

「いいってことよ」

「そういや、吸魔コウモリは苦手って言ってなかったか」

はな。雑魚のデカブツ一匹くらいなら訳ぁねぇ」



 格闘術には心得があるとも言ってたっけ。そんなことを思い出しながら、鉱物のように硬い背中の上で揺れを感じていた。



「にしても、てめぇも剣士の端くれってこったな」

「え?」

「小型とはいえ、あの数の魔物相手によく生き残ったもんだ」

「あはは、確かに。自分でも驚いてるよ」



 階級も上がらないのに、今まで剣を振るってきて良かった。これまでの積み重ねも無駄ではなかったようだ。少しは自信を持ってもいいのかもしれない。

 


 でも、俺が五体満足でいられるのは決してそれだけではない。



「俺の体質の話覚えてるか?」

「ああ、魔力が無ぇとかなんとかだろ」

「魔力がある人間だったらとっくに死んでたよ、間違いなく。魔力切れの心配がなかったからあれだけ立ち回れたんだと思う」



 普通の人間なら、あっという間に魔力を吸われてコウモリの餌になっていたことだろう。俺の体質のことはシュウも知らない。魔法は使えないし、話す機会がなかったと言うのが本音なんだけど。今回はそのことが功を奏した。



「それなんだけどよ、やっぱ引っかかるんだよなぁ」

「ん?」

「魔力が無ぇ、ってのはこの世の理に沿ってねぇって話だ」



 ヘルは走る速度は緩めなかった。背中越しだけど、納得のいってない様子が伝わってきた。



「動く物なら必ず魔力がいる。生き物でもそうでない物でもだ。人間も、魔物も、石で出来た人形ゴーレムだってそうだ。かくいうオレも然り、魔力ってのは即ち血液も同然なんだ。体ン中通ってねぇってのは理屈に反してんだよ」

「……例外、ってのもあるんじゃないのか。実際、俺はどんなに魔力を奪う攻撃を受けても平気だし、魔法だって使えないんだぞ? その理屈なら、俺にも魔力が有るってことになる」



 そこだよ、と言ってヘルは少しだけ頭を動かした。



「クロト、てめぇは何か思い違いをしてるのかもしれねぇぞ」

「……いや」



 あるのか。そんなまさか、と言い切れない俺に戸惑っていた。今まで確かめる方法がなかった。魔法が使えないから魔力が無い、魔力を奪われても影響がないから魔力が無い、と思い込んでいたっていうのか。

 そういえばキューズは「見たいものは見れた」と言っていた。彼女は一体何を確かめたかったのか。俺の剣技というなら分かり易いけれど、素人目からしても下手くそな剣技に見る価値があるとも思えない。仮に、もし他の要素だったとしたらどうだ。独自に動いている節があったし、俺の体質のことに目を付けた可能性もゼロじゃない。



 だけど俺の認識が間違いだったとして、それが一体何の役に立つんだろうか。せいぜい魔力吸収を使う相手に対して肉壁になれることしか、自分の特異性を活かせる場面が思い付かなかった。



「……もうすぐ出口だ。右手に真っ直ぐだったよな」

「あ、ああ。そう言ってたな」



 とりあえず今はシルファだ。彼女を助けることにだけ思考を割くようにしなければ。無事を願いながら、俺達は洞窟を抜けた。





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