序10 約束のお人好し
それから、ヘルに盗賊達の見張りを頼んで俺はシルファを村まで運んだ。シュウとの戦闘が思ったより激しかったようで、今回の事態に気付いていた村人達が対処を手伝ってくれた。捕らえた盗賊はギルドに引き渡した。三日後には応援が来るというので、そのまま大きな街に連行されていくのだろう。
「すげぇ爆音が聞こえたからよぉ、こりゃあただことじゃねぇって思って連絡しといたんだよ!」
とはギルドのおっさんの弁だ。有難いと同時に申し訳なくなった。正直に事の顛末を話して、お礼と謝罪を済ませておいた。爆音は俺達の仕業だと聞くと、大層驚かれた。そんな魔法が使えたのか、と。それは自分でも信じられなかったことだけど。
三日が経って『馬トカゲ』が引く荷車に乗って来たギルドの応援が村に到着した。エストよりも大きな街、フォーディアのギルドから来たと話していた。
聞けば、昨今動きが活発になっている「ディッコ盗賊団」の一派との疑いがあるために、尋問を兼ねて投獄させるのだとか。その日の内に彼らだけ送還される運びとなったが、往生際悪く喚いていた元リーダーの姿は見ていて滑稽だった。いくら俺がお人好しだからと言って哀しくなんてならない。それだけのことをあの男はやったのだから。
俺も聴取のために、フォーディアへの同行を求められた。噂の件もあるから、と応援に来た人が言っていた。曰く、真実を見極めるのに時間がかかった、とのことで、頭を下げられた時は戸惑ってしまった。
支度を整えるために、出発を一日だけ待ってもらった。ロッソ村の人々には随分と世話になったから、お礼も兼ねて挨拶をしておきたいと思った。
そんな折、シルファから先に村を出立する旨を知らせてくれた。どうやらとある領使からパーティ参加の誘いを受けているらしく、エストで彼女の返事を待っているのだとか。シルファは乗り気ではない様子だったが、加入するにせよ断るにせよ、しっかり意思を表明しておくとのことだ。
シルファの容体も支障はなく、事件の翌日には元気にシュウへの恨み言を連ねているくらいだった。応援が来てから聴取も行われたけど、巻き込まれただけなので、大した時間は取られなかったとのことだ。
俺が一日残るというので、こうして宿屋に顔を見せに来てくれたのだ。
「じゃあ、もう行くね」
「会えて良かったよ、元気でな」
「私の方こそ。最後は迷惑かけちゃったけど」
「はは。シルファには助けられたから、その恩返しとでも思ってよ」
「……うん、そうする」
そう言ってから、シルファは隣で酒を飲んでいたヘルに近付いた。
「クロトのこと、よろしくお願いします」
「かかか任せとけ」
保護者の会話か、と握手を交わす二人を見ながら雑に考えていた。
シルファはもう一度俺の所に来て、右手を差し出した。
「また会おうね。あ、近況は教えてよね」
「分かった。またな」
握手をして、シルファは去って行った。
「次会う時には、肩を並べられると良いけど」
「実力的には負けてねぇんじゃねぇの? 底無し魔力だし」
「経験と階級の話」
「ああなぁるほどねぇ」
適当に言ってるなこいつ。相変わらず酒を仰ぐ相棒を見て、力が抜けたように笑みが零れてしまった。
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翌日の朝、出発前にロッソ村の人々が見送りに来てくれた。前日に挨拶はしたというのに、わざわざ顔を出してくれる辺り、俺もすっかり顔馴染みになれたようだ。嬉しく思う反面、少し寂しくもあった。
ギルド受付のおっさんの姿もあった。俺の所へ来て、肩をばしばしと叩く。今生の別れというわけではないけど、暫くは彼の豪快な笑顔も見れなくなるな、とこれまた寂しい気持ちになる。
「元気でなクロト!」
「本当にお世話になりました」
「フォーディアの連中にここのギルド誰も来なくて暇だー、って話したらお偉いさんに掛け合ってくれるとよ。だからこっちのことは何も心配すんなよ!」
「それは良かったです。ここももっと賑わうと俺も嬉しいですから」
腐っていた俺をずっと見守ってくれた彼にも恩義がある。いずれまたこの村に来た時には必ず何か恩返しをしよう、と俺は心に誓った。
ヘルが荷台から声を掛けてきた。そろそろ出るようだ。
「それじゃあ俺行きます」
「おう! 故郷だと思っていつでも帰って来いよ!」
がっちりと握手をして、お別れをした。
村人に手を振られて、俺とヘルはロッソ村を後にした。俺達を乗せた荷車は地面を蹴って進んで行く。彼らの姿が小さくなるまで、俺も手を振り返していた。
「なんやかんや気に入ってたみてぇじゃねぇか」
「……そりゃあね。沢山世話かけたし」
俺がロッソ村に着いた頃は腐りに腐っていた。あの噂が届いていなかったこともあるけど、あの村の人達は俺に対して何かと面倒を見てくれたのだ。仕事には全然ありつけなかったけど、彼らの温かさは身に染みていた。
「それにヘルとも会えた」
「ああ、そいつぁ僥倖だったよなぁ」
「自分で言うなよ」
「かかか、事実だろうが」
ヘルも自分の店を閉めて、俺に同行していた。彼女にとって思い入れが深い場所の筈だけど、案外あっけらかんとした様子で戸締りを済ませていた。
「お店、本当に良かったの?」
「良いって何遍も言ったぜ」
「そうだけど。やっぱり気になって」
「……ジジイにも言われてんだ。『てめぇが見込んだ人間が現れたんなら、迷わず使われてやれ』ってな」
ヘルは、自分の胸に手を当てた。真剣な様子に俺も息を飲んでいた。
「使われることこそが武器の本懐、だからな」
「使う、ね。俺はそういう風に思ってないけど」
「
そっか、と返すのが精一杯だった。記憶が無いとはいえ、武器であるヘルだからこそ守りたい心境があるんだろう。口出しするのは野暮だ。
「ヘルも約束を守るんなら、俺も約束を果たさないとなぁ」
「約束? 誰との?」
「言ってなかったっけ。昔俺を助けてくれた剣術の師匠と約束したんだよ」
いつか特級領使になって、師匠と手合わせする。という約束を。
「ほぉん、初耳だな。特級領使になりてぇってのは聞いたが」
「そう。その約束を果たすための『夢』なんだ」
「……なんか順序が変じゃねぇ?」
「うるさいなぁ、俺の気持ちの問題なんだよ」
かつて交わした約束とそれを叶えるための夢、俺にはこの組み合わせがしっくりきている。順番が変なのは知ってる。けど、これが正しいんだ。
随分と遠回りをしてしまったけど、これでまた夢を追える。俺の心はいつしか振りに高鳴っていた。
「というかまぁ、クロトも意外と野心めいてるよなぁ」
「意外って?」
「他人優先するような奴なのに自分のエゴをちゃあんと持ってんだなぁ、って」
「俺は自分でお人好しだって言った覚えはないぞ」
「はへぇそうなんだ知らなかった」
「気のない返事をするなよ」
「いや本当意外だわ」
適当に話している間にも、フォーディアに向けて荷車は進む。
これから長い旅になりそうな、そんな予感がしていた。
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