序4 失意のお人好し①
先日の依頼を受けてからというものの、週に何回かはヘルの店に通うようになった。無論彼女の話し相手になるためだ。武器を買わない分冷やかし客もいいところだけど、友人としてもてなしてるんだから構わない、とはヘルの弁だ。
武器屋に通うようになって、ヘルの生い立ちも少しは分かってきた。
ヘルは武器屋の前身である鍛冶屋の店主に拾われる以前の記憶がないとのことだった。気が付いたらロッソ村近辺の森にいたらしい。十年程前、そこを通りがかった店主に見つかって保護されんだとか。
「あのジジイ、
「それは、鍛冶師だからなのか? 武器の構造に精通してたから、とか」
「分かんねぇ。聞いてもはぐらかされた」
ある日の会話だ。ちなみに店主のお爺さんは既に亡くなってるそうだ。以来、ヘルがここに一人で住むようになったらしい。
「じゃあ自分が武器……剣だってことは、それから?」
「いや、人間じゃねぇってことはそん時には既に知ってたなぁ。どうしてそうなのか、どっから来たのかってのが分からなかったんだよ」
「そっかぁ。過去の記憶だけが無いと」
「そうなんだよなぁ。まぁ別に今まで困ったことないし、どうでもいいんだけどな」
そう言って、ヘルはからからと笑って酒を飲んでいた。どうやら彼女にとってあまり重要なことではないらしい。昔のことを一々気にする性格でもないんだろう、と思った。
ヘルの話をする日もあれば、当然俺の話をする日もあった。
「俺って魔法使えないんだよね」
「才能が無い奴なんて、今時ごまんといるぜ?」
「確かにそうなんだけど、そうじゃなくて」
「あん?」
「俺には魔力が無いみたいなんだよ」
「んなバカな」
ヘルはせせら笑った。自分で言っててもおかしいとは思うけど、これは事実だ。
「俺、洞窟のコウモリに噛まれても平気なんだよ。普通魔力を吸われたら脱力したり、立ち眩みしたりするだろ?」
「人間ならそうだな」
「それがどうも俺は違うみたいでさ、体質なのかなぁって。あ、当然噛まれた痛みはあるよ」
過去にも魔力を切らしたり、魔物なんかに奪われたりして倒れ込んでしまう領使を何人か見てきた。俺が魔法を使えないから、採掘の仕事を始めるまでは気が付かなかったし気にも留めてなかった。
いくらコウモリに噛まれてもふらつくこともなかったので、不思議に思ったのがきっかけだったか。同時に納得もした。通りで魔法が使えないわけだと。
「魔力無い人間なんて存在すんのかよ」
「してるんだよなここに。でも、何故かコウモリには集られるんだよ。意味分かんねぇ」
「へぇ、好かれてるんじゃね」
「適当な相槌どうも」
別の日には俺の昔話、というか俺がパーティを追放された話もした。
今日が丁度、その話題にだった。
「そんで、元の仲間に嵌められてこの村に追いやられた、ってか。ひでぇ話だな」
「俺は領使の実力も評判も無いに等しい。パーティの評判はリーダーの名声に支えられてた。俺個人を信じる人よりも、リーダーの功績からくる人望を信じる人の方が多かったんだ」
「ふーん……仕返ししようにも味方がいないんじゃなぁ」
「仕返しってそんな物騒な」
「考えてねぇわけじゃねぇんだろ?」
「……そんなまさか」
「かかか! この期に及んで引っ込み思案なこった! あれだな、お人好しってやつだなてめぇは!」
お人好し。シュウに裏切られて以来、その言葉は好きじゃない。それ自体否定はしないけど、奴の顔がちらつくようになってしまったのだ。
「まぁてめぇのことを抜きにしても、どうにかしないとマズいんじゃねぇのか? 盗賊団なんだろそいつ」
「それは、その通りだけど」
「最近この辺りにもちょいちょい出るんだ、盗賊共がよ。今んとこ被害らしい被害は聞かねぇけどな。全く、人通りも少ねぇのにご苦労なこった」
シュウは仲間が見張ってる、とか言っていた。そいつらは恐らく同門の盗賊なんだろう。
「クロト、てめぇ領使ならどうにかできんじゃねぇのか?」
「あはは、相手は複数だろ。仮に俺が出張ったとして、五級のヘボ剣士一人じゃ袋叩きにあっておしまいだよ」
「その割にゃ、ご立派な剣持ってんじゃねぇか」
「ああこれ」
机に立てかけた剣を見る。確かに、その辺で市販されてる剣ではない。特別製だし、何より思い入れがある品だ。
「これは子供の頃、俺の憧れの剣士が譲ってくれた剣なんだ」
「ほぉ、貰いモンだったか」
「それはもう腕の立つ剣士だった。その人は領使の中でも最上位、特級領使だったんだ。魔物に襲われた時に命を救われて、それから彼に付き纏うようになってさ。俺も彼のように剣を振るって、人の役に立ちたいって思うようになった」
「なるほど、てめぇのルーツってこったな」
「まぁ、そうなるかな」
俺は苦笑で返した。
「でも、剣の腕はあんまり上達しなかった。憧れを捨てきれずに今でも剣士でいるんだけど、それだけじゃなくて」
「ん?」
「夢があるんだ。剣士として特級領使になるって夢が。もう一度彼に会うために」
ヘルは面食らったように目を丸くしていた。と思ったらすぐにかかか、と笑った。
「いいじゃねぇか。
「あ、ありがとう。なんだか照れ臭いな」
「その夢叶えるためにも、現状をどうにかしねぇとな」
ヘルの言う通り、俺が今置かれている状況を改善しないと、こんなもの夢のまた夢だ。分かってるけど、俺の力だけでは覆しようがない。力不足なのは、俺が一番よく知っていた。
「やっぱ理解者がいねぇと何かと辛いよなぁ。誰か心当たりはいねぇのかい? こう、話を聞いてくれそうな奴」
「……そんな人、俺には」
言いかけて、俺は一人だけ思い当たる節があることに気が付いた。
「あるってツラだな」
「いるとしたらって話だけど。というか今の今まで、頭から抜け落ちてた」
絶望が深すぎたこともあってか、ヘルに聞かれるまで思い出せなかった。一人で悩んでいた時を思うと大分進歩している、のかもしれない。
「幼馴染がいるんだ、同じ領使。最近、とういかあのことがあってから連絡は取ってなかったけど、それまでは定期的に手紙を送り合ってた」
「おっ、おあつらえ向きの奴がいるじゃねぇか」
「でも俺の噂は聞いてても、俺がロッソ村にいることまでは知らないだろうし、会えるかどうか」
「それこそ手紙送りゃいいじゃねぇか」
「……できない」
「あ? なんでだよ」
「……言えない」
盗賊団に見張られていることを第三者に話せば、シュウにも勘づかれる可能性がある。そうなってしまえば俺だけじゃなく、その人達にも危害が及ぼす。脅されてるとはいえ、心苦しい。
俺の様子を見てヘルはふーん、と返事をするだけだった。むすっとしていたが、多分色々と察してくれたのだろう。
「まぁいいや。じゃあせめて、幼馴染って奴の特徴教えてくれや。見かけたら教えてやっから」
「ああ、そうだな。助かるよ」
「いいってことよ。んで?」
俺はざっくりと伝える。俺と同い年で、亜麻色の髪に青色の瞳、髪は肩くらいで目はぱっちり、杖を持たない魔導士、という具合に。
「へぇ、杖持ってねぇんだな」
「そうだって言ってた。気になることでも?」
「いやなに、魔導士って言やあ、杖は必需品みてぇなモンだ。魔力と魔法の威力の増幅、もしくは魔力の消費を抑えるためにな。それを使わねぇとなると、相当自分の魔力量に自信があるんだな、ってよ」
「ああ確かに。あいつ昔から魔法が得意でさ、その時から杖も介さないでバンバン使ってた気がするな」
「……やべぇ奴だな」
ヘルは少し引いていた。俺は魔法が使えないから、その辺りの事情には詳しくない。どうやら幼馴染は、ヘルの中では変人に分類されてしまったようだ。
「まぁこの村に来る可能性は低いかもしれねぇが、皆無ってわけじゃねぇ。希望は捨てんなよ」
「……ありがとう」
「ダチのよしみだ。気にすんな」
ヘルはそう言って俺の肩をポンポンと叩いた。シュウに叩かれた時を思うと、天と地の差だな、なんて思った。気休めでもそういう心遣いが、俺には有難かった。
そんな話をして、一週間が経った頃だった。週に一度来る魔鉱石採掘の納品を終えて、ギルドを出た時だった。俺は自分の目を疑った。
「やっと見つけた、クロト」
「……シルファ?」
「ほんと、探したよ。無事で良かった」
そうやって涙を浮かべる女の子がいた。
まさか本当に会えるとは、思ってもみなかった。
幼馴染の、シルファ・ユーファインだった。
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