序3 追放のお人好し③
ヘルさんは蒸留酒をコップに注いで、ぐびぐびと喉を鳴らして飲み始めた。片手で握られる程度の大きさのコップの中身は、一仰ぎで空になってしまった。蒸留酒なんてアルコールの度数も相当高い筈だけど、彼女はケロッとした表情で二杯目を注いでいる。
そんなヘルさんは俺にも蒸留酒を振舞ってくれたけど、手は付けずにいる。
「飲まねぇの?」
「俺、下戸なんですよ。お気持ちはありがたいんですけど」
「そっか。勿体ねぇなぁ」
言いながら二杯目も空けていた。この人、どんな肝臓してるんだろう。
「それで、依頼の話をされるんですよね。一体どんな……」
「敬語、好かねぇんだ
「え、ああ、じゃあヘル、依頼の話をしてもいいかな?」
「ううううんまぁいいか」
ヘルはまだ何か納得がいかない顔をしていた。最大限緩い態度にしたつもりだったんだけど。
「魔鉱石を採ってきてほしい、っつぅのは依頼書の通りだ」
「そういえば何個必要なのか記載がなかったけど、いくつ欲しいんだ?」
「あれ? 書いてなかったっけ?」
俺が持参していた依頼書を見せると、ヘルも気付いたようだ。ギルドのおじさんも一年振りの依頼だとか言ってたし、記載忘れも仕方ないのかもしれない。
「最低十個は欲しいかなぁ。集められるなら何個でも採ってくれて構わねぇ」
「十個、と。ちなみに用途は?」
「ああ、うーんそうだな、ちと入用でよ」
言いたくないことらしい。店で必要なのかもしれないが、さっきヘルが話していた限りでは、魔鉱石を使って鍛冶作業をする訳でもなさそうだけど。
あまり詮索するべきではないことかもしれないが、用途くらいは知っておかないと、万が一悪用でもされたらたまったものではない。ここまで話した印象ではそんなことする人には見えないが、実際は違っていたりする。シュウがそうだったように。
「申し訳ないけど、用途が不明だとこちらも受けられる依頼かどうか判断できない。教えてもらう訳にはいかないかな」
「真面目なあんちゃんだなぁ。そうか、まぁ確かになぁ」
ヘルは蒸留酒を仰いでから、腕を組んで悩んでいる。余程言いづらいことのようだ。
「……まぁ教えるのはいいんだ。別に隠してるわけでもねぇしな」
「じゃあどうして?」
「信じてもらえるかどうか、って話でよ」
「聞いてから判断するのでは駄目かな?」
「うーん……じゃあ話すけどよ。十中八九信じらんねぇぞ」
俺が首を傾げていると、ヘルは俺の目をじっと見てきた。妙な緊張感が流れていた。
「
「ぶき?」
「そう。ここに売ってるモンと同じ、武器だ」
「武器?」
「今てめぇが見てるこの姿は武器が擬態したモンで、本来の姿は剣の形をしてる」
「……はい?」
ヘルが言ってることが理解できなかった。武器? 剣? 擬態? 意味不明だ。
「どういうこと?」
「ほらな、訳わかんねぇだろ。だから言ったんだよ」
「待ってくれ、信じてないとは言ってない。ちょっと理解が追い付かないだけで」
「それは信じてないのと一緒なんじゃねーの」
ヘルはぶーたれた。少し可愛げがあるなぁ、なんて場にそぐわない感情が沸いたが、すぐに思考を修正した。
「いや、用途をはぐらかそうとするくらいだし、言ってることは多分、事実なんだと思ってるよ。ここで嘘つく理由も分かんないし」
「……ほんとかぁ?」
「本当だよ。ただあまりにも突拍子もない話だったから困惑はしてる」
「ふーん?」
疑ってるなぁ。どう返しても正解がない気がする。話題をずらした方がいいか。
「えと、擬態っていうのは、ヘルの姿がってことで合ってる?」
「そうだ。てめぇの目ん玉にゃあ人間の女に見えてる筈だぜ」
「……にしては口が悪い気がするなぁ。『オレ』とか『てめぇ』とか」
「ははぁ、さてはてめぇ、多様性を知らねぇな?」
「タヨウセイ?」
「人の性格にゃあ色々あるっつぅことだよ」
それはともかく、とヘルは手を叩いた。
「こんな特殊な成り立ちをしてる
「魔力を? それは体の中で勝手に」
「そりゃ人間の体の話だろ。言ったろ、
そして、ヘルは自分の胸をとんとん、と指でつついた。
「この擬態を維持すんのにも、魔力がいるんだ。人間が生きるために飯を食うのと同じと考えりゃ納得できるか?」
「飯……ってことは、魔鉱石は食べるためにいると」
「まぁそんな感じだな」
なんと現実味のない会話をしてるんだろうか。魔鉱石を加工したり、そのまま砕いて魔力を得たりする用法は知っているけど、まさか食事にする用法で欲しがるなんて、見たことも聞いたこともない話だ。
「鉱石を砕いてやるってのじゃ駄目なのか」
「それも人間だから可能な方法だな。
「そうだな」
「
「は?」
ヘルが口を指すので、手を当ててみる。すると本当に息をしていなかった。信じられない、彼女は人間どころか生物ではない、とも言える。
「ついでに言うなら、皮膚も硬ぇ。触ってみな」
頬を突いてみた。めちゃくちゃ硬い。とても頬を触っているとは思えない。それこそ鉱物でも触っているような感触だった。
「そんなわけで、魔力を取り込むには経口摂取しかねぇ、ってこった」
「な、なるほど」
「ちなみに魔鉱石はクソ不味い。ゲロみたいな味がする。
「へ、へぇ……」
なんというか、とても興味深い話だった。ロッソ村に来なければ、魔鉱石の味なんて絶対知らないままだっただろう。知らなくてもいい情報なのは確かだけど。
「ま、これで用途ははっきりしたし、採りに行ってくれるんだろ?」
「それは良いんだけどさ」
「まだなんかあんのか」
「いや、これまでどうしてたのかな、って。ほら定期的に食べてるって」
「ああそうそう、その話もしようと思ってたんだ。今のですっかり飛んでたわ」
かかか、とヘルは笑った。
「普段は自分で採りに行ってんだけどな、最近鉱脈のある洞窟で吸魔コウモリが大量発生しちまっててよ、迂闊に近づけねぇんだ」
「コウモリが? 倒せばいいんじゃ」
「ばっかてめぇ、
「え? でも自分のこと武器って」
「はぁ……分かってねぇなぁ」
大きくため息をつかれてしまった。どうやらヘルの在り方を履き違えていたようだった。
「武器ってのは使われるモンだろうが。使われてなんぼだ。それがどうして手前勝手に動けるってんだ、ん?」
「……言われてみると確かに。」
「だろ?
分かったか、とヘルは俺を睨む。
「納得した。あと聞きたいことができた」
「なんだよ」
「仮に、今擬態を解いたらどうなるんだ?」
「ん? あーそうだな……基本的に自分で解くことはできねぇな。だが魔力が底を尽きると、自動的に擬態が解かれる。だから魔力を摂取しないといけねぇんだ。自前では作れねぇからな」
「じゃあもし維持できなくなったら?」
「擬態が解かれると同時に……バァン! 跡形もなく消えてなくなっちまうのよ」
分からないことだらけだけど、今の話は腑に落ちた。彼女がギルドにわざわざ依頼を出した理由も合点がいった。まぁヘルが武器であることが前提になってるけど、ここまで見て聞いといて信じませんでは不義理もいいところだ。
「それを解消する方法もなくはないんだが……やるにゃあちょいと条件がな」
「条件?」
「あーいや、こいつは繊細な話だ。聞かなくていい」
気になる言い方だったけど本人はそれ以上話す気はないようで、とにかく、と話を区切った。
「そんなわけだからよ、ちっと頼まれてくれや」
「……分かった。受けるよ」
「助かるぜ、よろしくな」
俺はヘルと握手を交わして請負の証明とした。部屋を出ようとした時、彼女に呼び止められた。
「こいつは依頼と関係ない頼みなんだけどよ」
「ん?」
「たまにここに来て話し相手になってくれねぇか? 朝昼晩、いつでもいい」
「……理由は聞いても?」
「いい加減、一人で酒飲んでても退屈なんだよなぁ。酒場はあるけどここの連中、殆ど利用してねぇし。それにてめぇみてぇな、物好きな領使が村にいんのも珍しいからよ」
「なんだ、それならお安い御用だよ」
俺も丁度、話し相手が欲しかったところだ。夜は眠れないことが多いから、こちらとしても願ったりな申し出だった。
「じゃあ今後ともよろしく、ってことで」
「おう。いいねぇ、飲みダチができちまった」
「俺は飲めないけどな」
「かかか、そうだったっけな」
笑い合ってから、俺は部屋を出た。その足で鉱脈に向かった。
この日はいつもより張り切って採掘できた。おかげで、十個どころか五十個程魔鉱石を採って帰ることになった。
久々に気分良く一日を終えることができた気がした。
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