第174話シルル王女・3
「それでは、次は三本で参りましょうか」
シルル殿下がそう口にすると、左右に持っている杖の他にもう一本がゆらりと移動し、殿下の正面へと移動した。
「杖が複数か……随分と常道から外れたことをされていますね」
「魔法使いは杖を一本だけしか使わない、などということを誰が決めたというのですか」
決めたというか、普通は一本だけしか使わないし、持っていても意味がないのだがな。
杖は魔法の補助に役に立つが、魔法を使う際に一本あれば十分だ。複数の杖を使うなど、複数の魔法を同時に使用する時くらいにしか使わない。だが、複数の魔法を同時に使える者など稀だ。俺とて、どうにか頑張って簡単な魔法を二つ同時に操ることができる程度でしかなく、あとは同時に思えるくらい連続で魔法を使うだけ。
だが……どうやらシルル殿下にはそんな常識は通用しないらしい。
二本までなら理解できたが、この分だと本気で戦うことになれば七本全てを使用するなどという規格外を相手にしなければならなくなるのだろうな。
そうして呆れ混じりに感心していると、浮かんでいるものを含め三本の杖が発光し、それぞれの先端から魔法を放った。
いくつもの炎の球が降り注ぎ、足元からは岩の棘が突き出し、空に浮かんだ光球からはバチバチと雷が落ちる。
その場に留まっていればまず間違いなく死ぬと思われるほどの猛攻に、俺は自身の体を強化してその場を移動し始めた。
走りながらシルル殿下の攻撃を避け、フォークを投げつけ、マントで防ぎ、フォークにこめた魔法を発動させて殿下に攻撃を加える。
だが、殿下もそれで倒れてくれるほど甘い相手ではなく、フォークは石の壁で止められ、発動した魔法はなんの被害を出すこともなくしのがれてしまう。
「流石は魔法の天才。これだけの魔法を同時に操りますか」
「なにをおっしゃっているのですか。私の全力はこの程度ではありませんわ」
そんな軽口を交わした直後、更に四本目と五本目が追加された。
それによって新たに風と水の魔法が加わり、試合会場はさながら嵐の中に飲まれてしまったかのような様相となった。
吹き荒れる風が移動の邪魔をし、魔力の流れを覆い隠す。
風に乗って襲ってくる暴雨はそれだけでも厄介だが、体温を奪い、目と耳を潰してくる。
それだけではない。この雨は魔法で生み出しただけあって、操作はシルル殿下次第。これだけの魔法を同時に操っているのだからそれほど難しい操作はできないだろうが、足を引っ張る程度のことは問題ないのだろう。
そんな嵐の中でさらに魔法を放たれているのだ。しかも、どういう理屈か雨の中であっても炎も消えることなく襲ってくる。全く冗談ではない。
「……本当に、恐ろしい方だ」
今俺は六武の一人であるキュオリア殿と戦った時のような危機感を感じている。相性の問題があるから実際に六武と戦うことになれば魔法を使う隙もなく仕留められてしまうだろうが、一度型に嵌まればたとえ六武であろうとそう簡単に抜け出すことは難しいだろう。現在の俺が逃げ続けているように。
三本だけでも普通の軍隊であればシルル殿下一人で壊滅させることが可能であり、破壊の規模だけでいえば六武にも劣らないだろう。
そんな方が相手になっているというのだから、厄介なことこの上ない。確かに俺は天武百景という六武に匹敵する猛者が集まる場に来ているのだから、こうして危機感を感じるのはおかしなことではない。だが、それにしても危機感がありすぎではないか? 誰がこのような狭い場所で対軍規模の魔法を受け続けることを想定するというのか。
しかし、実際に起こってしまっている以上はどうしようもない。どうにかしてシルル殿下の攻撃を凌ぎ、倒さなくては。
「恐ろしいと言いつつも、アルフお兄様も同じことができているではありませんか。私は魔法の才能があることを理解していますが、武芸の才能はありません。私からしてみれば、そのどちらも極めているあなたの方が恐ろしい方に思えますわ」
この嵐の中であっても俺の言葉が聞こえたようで、シルル殿下はそう言いながら不満そうに顔を顰め、一旦魔法を放つ手を止めた。
それによって先ほどまでの嵐が嘘のように消え去り、俺は改めて殿下と向かい合うこととなった。
普通に考えればこれは隙と言ってもいい状態だろう。だが、それでも俺は手を出すことはしなかった。なぜなら、どう考えても罠としか思えなかったから。
あるいは、魔力の回復のための時間稼ぎなのかもしれない。いかにシルル殿下が魔法の天才といえど、あれだけの規模の魔法を永遠に続けていられるわけがない。こうして会話を行うことで回復するための時間を稼いでいる可能性も十分に考えられる。
そう考えれば罠だとしてもこの隙に攻撃を仕掛けた方が良いのかもしれないが、未だ動いていない六本目と七本目が不気味だ。あれの能力、あれらを使った戦い方がわからないうちに攻めるのはあまり好ましくはない。
どうせ、こちらは疲れてはいるが、魔力を消耗しているというわけでもないのだ。少なくとも、あれだけの規模の魔法を使用していたシルル殿下よりは魔力の消費は抑えられていることだろう。
なら、このまま様子見を行い、七本全て出揃うまで待つべきだろう。
「極めたなど、そのようなことはありませんよ。俺はただ、少し他人よりも器用にこなしているから、それが極めたように見えているだけです」
「普通は、そこに辿り着くまでにも多大な労力を必要とするものですけれどね」
「まあ、才能がなかったというつもりはありませんから」
「アルフお兄様が才能がないなどと言えば、他者から反感を買うことになると思いますよ」
「かもしれないな」
戦いの中であるはずなのに、こうして話をしていると以前の関係に戻ったように感じられる。俺は次期公爵で、友人の妹であるシルル殿下と魔法について話をしていた時のような。
だが、現実はそうではない。俺はすでに公爵家の人間ではなく、ここは宮殿の庭園ではなく、戦いの場だ。
ならば、こうしていつまでも話をしていないで、次に進むべきだろう。
「——さて、そろそろ六本目を出したらどうですか?」
笑みを浮かべながらそう口にしたが、実際はそれほど余裕があるわけでもない。
だが、これほどの強者を相手にする場合、相手に余力を残させてはいけない。余力があれば冷静に考えることができ、こちらが勝負を決めようとしたところで残しておいた札を切る可能性がある。そうなればこちらの負けは必死だ。
であるならば、強者と戦う場合の基本は、相手が本気になる前に潰すか、あるいは全力を出させた上で相手を上回るかしかない。
「流石に六本目ともなると私も操作が厳しくなってくるのですが……そうもいっていられませんか」
シルル殿下は眉を潜めて名残惜しそうな様子を見せた後、小さく首を横に振ってから答えた。
そして一度大きく深呼吸をした後、なぜか持っていた杖を手放し、自身の周囲に侍っていた三本の杖の中へと交じらせた。
なぜそんなことを? たった二本とはいえ、浮かべて操作するのは面倒なはずだ。そこに意識を割くくらいなら、持ったままの方が効率がいい。できることなら、多少格好は悪かったとしても全ての杖を自身の手で持って操るべきだ。
と、疑問に思っていると、シルル殿下が行動に移った。
「では、いきますわ。六本目七本目、展開!」
その宣言とともに後ろで待機していた杖まで合流し、七本の杖がシルル殿下の周囲を囲うように浮かんだ。
「まさか七本目まで使うとは……よろしいのですか?」
「あなたを相手に一本ずつ出し惜しんでいくなど愚かしいと思いませんか? 慣れる時間は与えません」
にこりとシルル殿下が微笑むと、殿下の周囲を浮遊していた七本の杖から全て別の魔法が放たれた。
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