第175話シルル王女・4
「これは、流石に……」
目の前で輝きを増す7つの杖。そこからどのような魔法が放たれるのかはわからないが、それを大人しく受けるわけにはいかない。
せめて少しでも……一本だけだとしても杖を破壊しなければ。あるいは、殿下本人の意識を途切れさせれば。
そう判断し、シルル殿下に向かって数本のフォークを投げる。だが、殿下の正面に浮かんでいた杖が勝手に動き出し、俺の投擲したフォークを弾き飛ばした。
その光景に内心驚きを感じたがそれを顔に出すことなく次の行動に移る。
フォーク単体を投げてもダメ。なら、次は死角からの同時攻撃を、と考え、弾かれたフォークを全て同時に操り、殿下の左右と後方から襲わせた。
だが、それも失敗に終わった。先ほどフォークの投擲を防いだ杖が殿下の頭上に浮かぶと光を放ち、杖を頂点として円錐状に半透明の壁を構築したのだ。
どうやら七本目の杖の効果は守りのためのもののようだ。だが、それならなぜ最初から使わなかった? 自動で守ってくれるというのであれば、最初から同時に使用していれば安全度合いは高まったはずだ。
にもかかわらず使わなかったということは、何か理由があるのか?
だが、そのことも気になるが今はその杖の性能よりもこれから迫り来る魔法にどう対処すべきかを考えなければ……
「それでは、行きますよ」
「……ええ。いつでも」
内心でまだ準備が終わっていないことを舌打ちしつつも、表面上は笑みを浮かべて余裕の態度で応じる。
早く……。まだだ、後少し……。
どのような攻撃が来るのかわからないが、何がきても平気なように魔法を構築していき、ついに殿下の魔法が放たれた。
地水火風氷雷と六つの属性が杖の先端から放たれ、螺旋を描きながら途中で一つに混じり、虹色というにはあまりにも混沌とした色へと変じながら一直線にこちらへと突き進んできた。
と同時に、こちらの魔法も完成した。
杖代わりにフォークを突きつけ、水の渦を放つ。
水の渦は放たれた混沌の光と衝突し、僅かにその勢いを削りはしたものの、そのまま渦を突き抜けてこちらへと一直線に進んでくる。
その程度では止まらないことなど、承知の上だ。一度でダメならば、繰り返せばいい。二度、三度、四度と俺の元へと辿り着くギリギリまで魔法を重ね、勢いを削っていく。
そうして後少しで俺へと接触するというところで、今度はなんの加工もしていない状態のテーブルクロスを取り出し、全て正面に集めて包み込む。
「ぐっ……」
だが、それでも魔法の勢いは止まらない。このまま防ぐこともできよう。だが、それではこちらの余力をだいぶ削られることになる。
そう考え、俺は完全に受け止めることを諦め、迫り来る魔法を上空へと逸らすことにした。
少し逸らしただけでは後方の観客に当たることになる。一応観客を守るための結界は貼ってあるようだが、その程度のものではシルル殿下のこの一撃を防ぐことはできないだろう。逸らすのであれば、完全に当たらない角度で逸らす他ない。
そうするにはなかなか骨が折れるが、それでも完全に受け止めるよりはマシだろう。
「まさか、防がれるとは思ってもみませんでしたわ……」
そうしてなんとか魔法を上空へと受け流すと、殿下が唖然とした表情でこちらを見つめていた。
「こちらとしても、まさかという思いですよ。フォークもテーブルクロスも、全てを使わされることになるとは」
テーブルクロス自体はすでに使ったが、それでもまだ一枚だけだ。俺の出せる全てを使うことになるとは思いもしなかった。
「テーブルクロスではなく、マントなのではありませんか?」
「普段はそう呼んでいますが、すでに武器がフォークだと広まってしまっていますから。今更もう片方を取り繕ったところで大した意味はないでしょう。それに、どう呼ばれたところでその性能が変わるわけでもありませんから」
最初はせめてもの抵抗でマントと、形と色を変えて呼んだが、今は別に他人からテーブルクロスと呼ばれようとも構わないと思っている。
まあ、マントとして使用するのは便利だから止めるつもりはないが、戦いの中で使用するのであれば下手に加工を加えて時間をかけるよりも、そのまま直接出すことにした。
だが、そう話す俺を見ながら、シルル殿下は不機嫌そうな様子を隠すことなく拗ねた様子を見せている。いったいどうしたことだろうか。
「あなたがそう言えるようになったことは喜ばしいことだとは思いますが、できることならばあなたが変わる理由になるのは私でありたかったものですね」
「別に、これは誰のおかげというわけでもないのですが……」
こう思えるようになったのは、家から追い出されて旅に出たからだ。その間に出会った者達がいたからこそ、今のように考えることができたのだが、それでも結局は俺自身の答えであり、誰かに導かれたというわけではない。
「あら、そうでしたか? ネメアラのスティア様。随分と愛らしい方だと思いませんか?」
なぜか先ほどまでとは違う類に威圧感があるが……まあ、確かに最も影響が大きいのはあいつだろう。どのみち今の俺と同じような考えには至っただろうが、あの自由な考えをする阿呆がいたからこそこれほど早く自身の立ち位置を決めることができたのではないかと考えなくもない。
だが、だからと言って愛らしいかと言われると……
「……長く付き合っていると、面倒なだけですよ」
「ですが、気に入っていらっしゃるのでしょう? でなければあなたが目をかけることはありませんもの」
「まあ、好ましい人物であるとは思っていますが……」
見目はいいし、性格も悪くはない。むしろ人間性的にいえば好ましい部類だろう。
ただ、ひたすらにうざいのが難点だ。
「それはそれとして……続けますか?」
「……このまま話を続けるわけにも行きませんものね」
シルル殿下は自身の手を見下ろし、何度か開閉を繰り返した後、諦めたような表情でため息を吐き出してこちらを向いた。
「本当は、欲しいものがあったのですが……仕方ありません。私の負けです」
審判に向かってシルル殿下がそう口にすると、その瞬間会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
そんな感性を受ける中で、俺は殿下へと近寄り、話しかけた。
「殿下。最後に一つよろしいですか? あなたは王女としての立場があれば、欲しいものなどいくらでも手に入るのではありませんか?」
「そうだったら良かったのですが、そうでもありません。大抵のものは手に入りますし、簡単な爵位も手に入れようと思えばできます。ですが、結婚相手まではそうはいきませんわ」
「けっ……」
オルドスから聞いてはいたので予想はつくが、ここでその話をすることはつまり……
「ええ。私が優勝した暁には、アルフ様。あなたを貰い受けるつもりでした」
「それは……普通は逆ではないか?」
思わず口調が乱れてしまったが、それだけ驚いたということだ。だって、仕方ないだろう? こうして本人から直接聞くまでは、今一つ信じきれなかったのだ。何せ、相手は俺の婚約者の妹だったのだから。
「そうなのですが、でもあなたは私を求めたりはしないでしょう?」
「……」
「ですので、こちらから動くのです。欲しいものを手に入れるために」
それも失敗しましたが、と呟いて自嘲げに笑みを浮かべている。
「私は、できることなら私があなたの婚約者になりたかった。お姉様ではなく、私が」
そしてその言葉は止まることなく……
「あなたを愛しています」
まっすぐ見つめられ、その想いが真正面からぶつけられた。
一世一代とすら言えるその言葉に、俺は……
「……すまない」
ただそれだけを口にした。そう口にすることしかできなかった。
「だと思いました。酷い方ですのね」
「……」
悲しげに笑う殿下に、なんと答えていいか分からず、俺はただ黙っていることしかできなかった。
そんな俺を見て、殿下は困った子供を見るような眼差しを向けてから一度深呼吸をすると、静かに口を開いた。
「あなたは、この大会で勝って何を望むのですか?」
「失った地位を取り戻すことを。別に公爵家でなくとも構わない。ただ、どうにも俺は貴族として意外に生きることができないようだ。だから、自分の手で、自分の生きる道を掴み取る」
「……そう、ですか。貴族の地位だけであれば、私との婚姻で得ることもできますが……」
「すまないが、それでは意味がないのだ」
「ええ、理解しています。ただ、少し足掻いてみただけです」
そう口にしていつものように愛らしい笑みを浮かべると、殿下はくるりと身を翻して舞台の外へ向かって一歩踏み出した。
かけるべき言葉は見当たらないが、それでも反射的に呼び止めてしまう。
「シルル殿——」
だがその呼びかけは、振り向いたままこちらを向くことのないシルル殿下の言葉によって遮られた。
「今回はフラれてしまいましたが、それはあなたに理由があってのことなのですよね? 私個人が嫌いだから、というわけではないのでしょう?」
「それは、ああ。殿下のことを嫌っているつもりはないし、むしろ人間的には好ましいと感じているくらいだ」
「でしたら、いずれあなたが貴族として再び戻ってきた際には、改めて思いを告げても構わないということですね?」
「でん——」
こちらに問いかけると同時に振り向いた殿下の何かを堪えるような表情を見て、俺は吐き出そうとしていた言葉を止め、僅かに考えを巡らせてから再び口を開きなおした。
「……その時に、なんと答えるかハッキリと告げることはできませんが、その時は嘘偽りなく誠意を持って答えると誓う」
「そうですか。では、今はそれで十分です」
シルル殿下は俺の言葉を聞き、何を思ったのか、眉尻を下げたまま笑うと再び俺に背を向けた。
「あの、あまり見ないでください。自分でも、恥ずかしいことを言ったという自覚はあるのですから……」
「すまない」
どうにか出した声は、自分でもわかるほど沈んだ声になっていた。
「そのような声をされずとも構いませんよ。それよりも、勝者は堂々と胸を張って帰るものですわ。涙を流すのなど、敗者だけで十分です。さあ」
そう言い残してシルル殿下は舞台をさっていき、残された俺はグッと拳を握りしめてからシルル殿下に背を向け、舞台を降りた。
これで、俺は第二回戦も勝ち抜くことができ、優勝へと順調に進んだのだった。
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