第173話シルル王女・2

 戦いが始まった直後、シルル殿下は杖を構えて僅かにタメの時間を作った後、杖の先から炎の〝渦〟をこちらにはなってきた。

 その魔法の選択を見て、僅かに目を見開いて驚きを感じた。

 何せ『渦』は俺の得意分野とも言える魔法だ。それをこちらに向けてくると言うことは、つまり挑発しているのだろう。お前は『渦』にどう対処するのか、と。


 そのことを理解した瞬間、俺はフォークを取り出して杖として魔法の起点にし、逆回転の炎の『渦』をぶつけることにした。


 得意ではあるが、俺の方が発動が遅かったこともあり、二つの渦がぶつかったのは俺側に寄った場所だった。


 二つの渦がぶつかり合い、僅かに拮抗した後、渦は何もなかったかのように綺麗に消え去った。

 シルル殿下の攻撃を凌いだことで、では今度はこちらの番、と思ったのだが、その直後間髪を容れずに次の魔法が襲いかかる。


 空から炎の球がいくつも降り注ぎ、かと思ったら背後から石の杭が放たれる。


 降り注ぐ炎の球は全てを魔法で迎撃することなどできないので、最初に大雑把に処理するために風の渦をぶつけることで迎撃する。

 もちろんそれでは全てを落とすことなど出来はしない。撃ち漏らした炎の球は避けるか、あるいはフォークを投げつけて迎撃し、投げたフォークを操ってそのまま撃ち落としていく。


 背後から迫ってきた鍾乳石の先端のようなものは、流石にフォークを投げるだけでは対処することができないため、振り向き、逆手に持ったフォークを横から突き刺すように軌道を逸らして凌ぐ。


 だが、そうして逸らした石の杭は俺の周囲に突き刺さり、それが数本とまとまった数が刺さったところで突如破裂した。


「っ——!」


 その突然の出来事に驚きつつも、フォークや魔法で対処することは諦め、マントを翻して全身を隠す。

 だが、全方位から破片が襲いかかってきているため、それだけでは隠すことのできる面積が足りず、追加で新たにマント……いや、普段のように色合いや大きさを調整する暇などなかったので、艶のある真っ白なテーブルクロスを纏って凌ぐこととなった。


 羽織ったテーブルクロスの外からボスボスと何かが連続して当たる音が聞こえてくるが、衝撃そのものは何もない。


 しかし……長いな。

 この魔法の厄介なところは、その奇襲性でも防ぎづらさでもない。一度守勢に回ればしばらくの間行動を封じられることだ。しかも、その間魔法を使った本人は問題なく動くことができる。


 こうして守っている間に、シルル殿下は新たな魔法を構築することができてしまう。


 その証拠に、と言うべきか、視界をテーブルクロスで遮っているため見ることは叶わないが、シルル殿下のいる方から魔力の高まりを感じた。


 纏っている布に石の破片が当たるのが止まったこと判断するなり、視界を遮っていた布を払いのけ、殿下へと視線を通す。


 その視線の先では、シルル殿下がいつの間にか取り出していた二本目の杖をこちらに向け、超高温の熱——溶岩の塊を放ってきた。


 ……どうする。マントで防ぐか? いや、無理だ。数を重ねたところで、あれの前では大した意味があるとは思えない。俺のマント——テーブルクロスは、本は鎧となるはずのものだったために普通の布よりは丈夫だし熱にも強い。そこらの炎では燃えることはないだろう。だが、布であることは変わりないのだ。燃えづらく破れづらいとはいえ、限界を越えれば燃えてしまう。


 そうなれば、残骸すら回収することができなくなるため、魔創具を修復することができなくなってしまう。それは避けなければならない。であるならば……


 俺は覚悟を決めてフォークを取り出すと、そこに一つの魔法を込めて飛んでくる溶岩の塊へと投げつけた。

 フォークならば、元々金属であるため、布よりは持ち堪えてくれるだろう。壊れていようとは変さえ残っていれば良いのだからなんとかなるはずだ。仮に消滅したとしても、フォーク一本分程度であれば許容範囲内だ。


 フォークは狙い違うことなく溶岩の塊へと命中し、そこに込められた魔法を起動。直後、フォークの刺さった部分から風の渦が発生し、溶岩の塊を逸らしてその軌道を俺に当たらないよう捻じ曲げた。


 軌道の変わった溶岩は、俺から離れた横を通って背後へと着弾。それと同時にものすごい音と悲鳴が聞こえてきたが、そちらを気にしている余裕はない。今は目の前の〝敵〟へと集中しなければ。


「……随分と成長したものだな」


 目の前に立つ敵を見据えながら、先ほどまでの攻防を思い出してつい言葉が漏れた。

 以前俺はシルル殿下の魔法を教える家庭教師の真似事のようなことをしていた。実際には殿下には魔法に限らず全ての分野において専属の教師が存在しているのだが、こと魔法に関しては殿下の才能についていける者がいなかったのだ。


 そもそも、魔創具というものがあるこの世界では、魔法単体というのはあまり重視されない。もちろん魔創具を作る際には魔法が必要になってくるのだから全く学ばないというわけでもないのだが、最低限の知識さえあれば魔創具は作ることができる。そして、一定以上の知識がなければどれだけ学んだところで最低限の知識しか持っていない者と同じ程度のことしかできない。

 そのため、魔法を極めようと学ぶくらいならば、最低限だけ学んで魔創具を作った方が効率的だとされている。

 王族の護身用だとしても、魔法を研鑽せずとも魔創具を作れば問題ないため、ほどほどにしか求められない。


 しかし、そんな中にあってシルル殿下の才能は頭二つ分くらい抜けていた。それこそ、教師が教えることが何もないくらいには。

 兄妹であるオルドスは優秀ではあるが天才ではない。ミリオラ殿下は言うに及ばず。

 だが、俺だけは……『アルフレッド・トライデン』だけはその才能についていくことができた。そして、前世の記憶を持っていることもあり、この世界にはない魔法のアイデアを気に入り、最終的に日々の雑談の中で教師役を務めることとなった。


 その時の記憶では、殿下はこれほどの魔法は使うことができなかったはずだ。これはおそらく、魔創具を作ったことによる影響だろうが、随分と成長したものだと感心する。


「私も、遊んでいただけというわけではありませんもの。あなたがいた頃も、いなくなった後も、研鑽を忘れたことはありませんわ」

「ああ、これは失礼を。聞こえていましたか」


 聞かせるつもりはなかったのだが、どうやら俺の失礼な独り言は聞かれていたようだ。

 本人に向かって言ったつもりはないが、それでも聞かれたことは事実であり、王女相手にこんな乱暴な言葉をかけたとなれば無礼と言われても仕方ないことだ。


「ええ。ですが、構いませんよ。どうせすでに私達の関係は以前とは違っているのです。無作法を働いたところで、私が良いといえばなんの問題もありません。それに……」


 シルル殿下は一旦そこで言葉を止めると、僅かに不機嫌そうに顔を顰めてこちらを見つめてきた。


「言葉を気にするということは、取り繕う余裕があるということですから、むしろそちらの方が気に入りません。その余裕、剥がしてみせますわ」


 この言葉遣いは、シルル殿下と話す時の癖なのだが、確かに『今の俺』の話し方や振る舞いを聞き及んでいるのであれば言葉を気にしている余裕があるものと思われても仕方ないか。


「それほど余裕があるというわけでもありませんが、そうですね。では——やってみるといい」


 せっかくなのであえて言葉を崩して挑発をしてみると、シルル殿下はニッと口元に笑みを浮かべて二本の杖を交差するように掲げた。


「そのつもりです! これが私の魔創具の全力です。『全天魔導杖(セブンカラーズ)!』」


 そう叫んだ直後、持っていた杖の輪郭が歪み、ブレた。

 そのブレがハッキリと認識できるようになった時には、シルル殿下の持っている杖の他に、殿下の周囲に五本の杖が浮かんでいる状態となっていた。

 おそらくは、というか確実にこれがシルル殿下の魔創具の能力だろう。考えられるのは格杖に別の能力が込められている。あるいは、単純に手数を増やすための道具か? いずれにしても実際に戦って確かめなければわからないことだが、その前に一つ……


「……セブン……? それは、その杖の名前でしょうか?」


 他に疑問はあったはずだが、それらを無視して思わず問いかけてしまった。だって、仕方ないだろう? 魔創具に名前などつける必要はなく、生成するときにもキーワードのようなものは必要ないのだから。実際、俺は魔創具を作る時に名前など口にしていない。


「? その通りですわ。この杖の名前がどうかされましたか? 他にも自身の魔創具に名をつける方はいらっしゃるでしょう?」


 だが、シルル殿下は何を聞いているのだと不思議そうな様子で首を傾げた。


「それはそうですが……魔創具ですよ? 他の誰に使えるわけでもないのですから、わざわざ名をつけて呼び分ける必要もないと思いますが……」

「かっこいいではありませんか!」

「かっこいい、ですか……」

「ええ!」


 ………………まあ、うん。かっこいいな。


「……そうか。まあ、好きにすれば良いと思うぞ」

「なぜここで言葉が乱れたのですか? 別にあなたを追い詰めたというわけでもないのですけど……」

「ああ、これは失敬を。まあとりあえず、再開するとしましょうか」

「そうですね」


 思わず乱れてしまった言葉遣いを直し、合計で七本の杖を従えているシルル殿下と戦いを再開することにした。

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