第172話第二回戦・シルル王女
——◆◇◆◇——
ナターシャに勝利したあとはルージェやマリアと合流し、今度はスティアの試合を共に観戦することになったのだが、予想通りというべきかスティアは特にこれといった苦戦をすることなく第一試合を勝ち抜くことができた。
いや、苦戦をしていないといっても、決して相手が弱かったわけではないのだ。ただ、スティアが圧倒的すぎただけで。相手の攻撃を真っ向から迎え撃ち、全てを叩き落とし、ねじ伏せる。まさに王者の戦いとでも言うような戦いざまだった。
時折こいつと手合わせをしていたが、やはり強い。これは、本当にこいつならば決勝まで勝ち抜くかもしれないな。
「それじゃあ、今日の勝利おめでとー!」
そうして本日の戦いを終えた俺たちではあったが、現在は第一回戦を俺とスティア共に勝ち抜くことのできた祝いとして、バイデントやスティアの護衛達によって労われることとなっている。
だが、バイデントは普通に騒いでいるだけだが、スティアの護衛達はスティアのことを必要以上に構っている気がする。まるでどこぞの姫のように持て囃して……いや、あいつは姫なのだから間違いではないのか……。
「おめでとー!」
「おめでとう」
甲斐甲斐しく世話を焼かれているスティアのことを見ていると目があい、スティアがこちらに近寄りながら祝ってきたので祝いの言葉を返す。
だが、何が気に入らなかったのか頬を膨らませている。
「んむー。もうちょっとテンション上げてってもいいんじゃないの? それとも嬉しくない感じ?」
「喜び方など人それぞれだろう。これでも喜んではいるさ」
「そう。ならいいけど……まあいっか。とりあえずみんないっぱい飲めー! 私の奢りよ!」
「姫さま! あまり使いすぎるとお叱りを受けることに……」
「平気よ平気。だってこれはあれだもん。ほら、アルフを懐柔するための……なんとか費!」
「交際費?」
「多分それ!」
国の金としてはこの程度の人数に驕ることなど大した額ではないだろうが……こいつの場合、どれだけ人数が多くなったとしても、金額など気にせずに奢りそうだから、金の管理をしているものは大変だろうな。
「明日もこの調子で頑張りましょ!」
「ああ、そうだな」
そう言うなりスティアは再び護衛達に世話を焼かれながら食事を再開していった。
そんなスティアを見習って俺も食事を始めていく。このように騒ぐのはあまり得意ではないが、明日からも戦いは続くのだ。栄養をしっかりと摂っておかなければな。これで腹が減って力が出なかった、などとなれば笑い話にもならない。
それに、こうして祝ってもらったのだから、その好意はちゃんと受け取るべきだろう。
——◆◇◆◇——
そうして翌日。今日も俺は天武百景の舞台に立っており、目の前には対戦相手の女性が立っている。
「——次の相手はあなたですか……殿下」
その女性とは、先日お会いしたばかりのシルル王女殿下だった。
「はい。ですが、すでに昨日の時点でわかっていたことではありませんか?」
「それはそうですが、それでも実際にこうして向かい合うことで改めて意識したと言いますか……」
おそらく、先日お会いしたときに言っていた「驚くことになる」と言うのは、このことなのだろう。確かに驚いた。何せ王女がこのようなところに立っていて俺の対戦相手となっているのだ。驚かないわけがない。
まあ、王女が参加していると言うのはスティアも同じではあるが、あれは例外だ。普通の王女はこんな戦いなど参加しない。
「一応お聞かせいただきたいのですが、本気ですか?」
「本気ですし、正気です。過去にも開催国の王族が出場することはよくありました。今回もその一つとなるだけです」
確かに、過去にも天武百景を開催した国は、その国の代表の集団——王族や議会から参加者を出していた。
だが、王女が参加するということはほとんどなかったと言ってもいい。なんだったら、この国で言えば過去に開催した際には王女は参加したことはなかったと言ってもいいはずだ。
「ですが、王族というのであれば他にも相応しい方はいらっしゃったでしょうに」
「今の王族にそのような者はおりませんわ。お兄様は王太子ですので万が一が考えられ、ミリオラお姉様は外には出せません。他のお姉様方は他国へ嫁ぎ、弟達はまだ幼く、何より弱すぎるのですから」
言われてみれば、そうだったな。オルドスは王太子であるために万が一にでも死んでもらっては困る。そのため戦いに参加させることはできず、他の男児はまだ幼い。となれば、参加する者がいなくなる。
だが、参加する者がいないのであればそれはそれで構わないのだ。戦える男児がいるにも関わらず参加させないのは批判が出るが、戦えない者を参加させても他者、他国への侮辱にしかならないのだから。
「でしたら、参加を見送ればよかったでは——」
無理に参加せずとも構わないのだからあなたが出る必要などない。そう話そうとしたが、その言葉はシルル殿下に止められることとなった。
「国王陛下にも許可はとっておりますわ」
普段のやわらかい笑みとは違い、鋭く覚悟を決めた眼差しを向けながら俺の言葉を遮った殿下。
それはつまり、これ以上無駄なことは言うなと、そういうことか。
「……はあ。では、仕方ありませんね」
「ええ、仕方ありませんわ」
これは何を言っても戦いを辞めることはないだろうと理解し、ため息を吐くと、シルル殿下は普段のようにニコリと笑って満足そうに頷いた。
『それでは、これより第二回戦第一試合を開始いたします! ——始め!』
そして、司会の合図を受けて俺はフォークはまだ作らず、いつでも動けるように警戒し、殿下はと言ったら……
「杖、ですか」
魔創具を取り出し、俺に見せびらかすかのように両手で目の前に掲げていた。
シルル殿下が魔法が得意なことは理解しているが、天武百景ではあまり魔法は使われない。正確には魔法をメインとした戦い方は行われない、が正しいか。何せ、魔法は念じたら即座に発動すると言うわけではない。僅かなタメが必要となり、一流の武人であればその僅かなタメの時間で勝敗を決することが可能となるのだ。
この限られた舞台の中では魔法を使う前に負けて終わりとなるため、魔法を主とした戦いをする者がいないと言うわけだ。
だが、シルル殿下の武器は杖であり、明らかに魔法を主として戦うものの武装だ。
「はい。私アルフがお兄様から教わったことは、これですから。武を競う大会です。戦いであればどのような方法であろうと問題ないでしょう?」
「そうですね。ただ、この距離ですと、魔法を使用する前にこちらの攻撃が届くことになりますが……対策はできているので?」
魔法が不利といえど、一回戦には勝っているのだから、何もできないと言うわけでもないのだろうが、それでも問いかけてみた。
「それは仕方ありません。ですが、アルフお兄様はそのような無粋なことはされないはずです。戦闘が始まってからはともかく、初撃は譲ってくださるでしょう?」
「これは……王女様からの信頼とあらば、裏切るわけにはいきませんか」
不利と分かっていながら魔法を選んでくるほど魔法に自信があるものの一撃をあえて使用させると言うのは危険ではある。だが、ここでシルル殿下の誘いを拒絶するのも気に入らない。
そんな気に入らないなどと感情で決めるべき状況ではないことは理解しているのだが、まあ仕方ない。これは理屈ではなく感情なのだから。
「先日、お兄様からあなたと手合わせをしたと聞いて羨ましく思ったのです。ですので、ここは一つ私とも手合わせをしてもらいます」
「……もしや、組み合わせを弄りましたか?」
シルル殿下の言い様が少し気になって問いかけてみることとした。俺としては確証はなく単なる勘でしかなかったのだが……
「いいえ。係のものが偶然こぼした私の言葉を聞いて、気を利かせてくださっただけです」
「そうですか……はあ。オルドスもですが、あなた方は時折理性を振り切って行動しますね」
「ですが、誰も迷惑を被っていませんよ」
殿下はニコリと笑みを浮かべながらそのようなことを言った。
まあ確かに誰も迷惑を被ったわけではないし、誰かを陥れようと悪意があったわけでもないのだが……はあ。この方も、意外と無茶をされる方だったな、そういえば。
「それよりも、そろそろいきますよ、先生」
「随分と懐かしい呼び方を……まあ、良いでしょう。では、久方ぶりに手合わせをしましょうか」
俺が廃嫡される以前に会っていた時の呼び方をされ、どこか懐かしさを感じながらシルル殿下との試合が始まっていった。
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