第171話銀閃のナターシャ2

 迫る鞭を避け、一歩下がる。

 だが、鞭は本来通るはずだった軌道よりも一歩分こちらに迫った地点を通る。


「ちっ……」


 変化した軌道で迫る鞭をフォークで受け止め、そのまま前進してナターシャへと近づいていく。

 いまだ敵の情報が集まりきっていないのに接近するのは多少危険ではあるが、だが相手は鞭だ。鞭は適切な範囲外では大した威力を発揮することができない武器である。遠ければまだ足捌きや腕の振りで調整できるだろうが、近づかれてはどうしようもない。

 そのため、多少未知であったとしても、接近すれば抑え込むことは可能だろう。だが、仮にも天武百景の本戦出場者だ。鞭を封じられたらただ死んでいく、などということはあるはずがない。

 となれば、気をつけるべきは体術だろう。あるいは暗器の類か魔法か。

 いずれにしても、何かが来るとわかっていればその前兆を見逃すことはなく対処できるはずだ。


 だが、そんな俺の考えの裏をかいたのか、あるいは焦ってミスを犯したのか……いや、後者はないな。そのようなことをするものが本戦に出るはずもない。ともかく、ナターシャは接近する俺に対して持っていた鞭を振るった。


 あと数歩もしないうちに俺はナターシャに接近することができる。この距離では鞭を振るったところで威力がのらず、まともな一撃を繰り出すことなど出来はしない。仮に当たったとしても痛みなど感じないだろう。


 そんなことわかっているだろうに、なぜ……。

 そう思いながらもさらに一歩踏み出すが、その直後——


「っ!?」


 後ろには誰もいなかった。鞭だって、後ろから攻撃することはできたとしても威力が乗らないはずだった。

 にもかかわらず、走っていた俺の後方から鞭による一撃が繰り出された。

 その一撃は銀閃と呼ばれるほど鋭いものではない。だが、当たればまず間違いなく隙を作る程度には鋭いものだ。


 なんとか頭部を下げ、次の一歩で即座に方向転換をし、その場を飛び退いた。だが、避けたはずの鞭が再び放たれ、俺の背中を打ち据えた。


「うぐっ……!」


 そんな隙を見逃すはずがなく、ナターシャは追撃を放ってきた。

 しかし、いくら隙を作ったといえど、流石に避けることはできる。

 そう思っていたのだが、予想していたよりも早いタイミングで鞭が迫り、避けるタイミングを誤って追加の一撃を肩に受けてしまう。


 背中と肩。どちらもマントとして羽織っている魔創具があるから怪我自体はない。だが、そこに受けた衝撃の名残は今も残っている。


 なぜ背後から攻撃が来たのか。なぜ避けたはずの攻撃を喰らったのか。なぜ予想よりも鞭の接近が早かったのか。

 ナターシャと距離を取り、警戒しながら先ほどまでの光景を全て思い出し、違和感を感じるところを洗い出していく。


 そうして数十秒ほど見つめあっていると、一つの結論が出た。


「なるほど……」

「なにがなるほどなのかしら?」

「其方の鞭の力についてだ。おそらくだが、〝硬化〟と〝分裂〟といったところであろう? であれば、鞭の軌道が読めなくなったことも、避けたはずの攻撃を受けることになったことも説明できる」


 俺を攻撃する時、鞭は嫌に真っ直ぐ俺へと迫ってきたように見えた。鞭が真っ直ぐになったまま迫るなど、そんなことはあり得ない。ではなぜそうなったのかと言ったら、そういう仕掛けがあったから。


 棒のように真っ直ぐにすることで鞭よりも早く振るうことができる。鞭も早いが、それは攻撃する際の先端だけの話だ。うまく振るおうとすれば、速さだけを気にして振るうことなど出来はしない。

 その点、棒状に硬くなれば速さだけを求めることができる。そして、攻撃を仕掛ける直前に、全体、あるいは先端だけを元に戻すことで不規則な軌道で攻撃を仕掛けることができる。


 大方、背後からの攻撃もこれを利用したものだろう。途中までは棒状で振るい、当たる直前で先端だけを鞭に戻した。こうすることで、ナターシャの手元からではなく、硬化した棒の先端から鞭を振るうという、攻撃の発生地点を変更することができる。


 分裂の方はもっと単純だ。最初は部分的な転移をおこなったのかとも思ったが、部分的とは言え転移はそれなりの魔力を使う。そんなものを戦いの最中に使おうと組み込むかと言ったら、普通はやらない。

 であれば、転移ではなく別の仕掛けと考えるべきで、衝撃だけなのか実物ごとなのかはわからないが、攻撃そのものを増やしたと考えるのが妥当だろうという判断になった。


「……さあ、どうかしらね?」


 しかし、ナターシャは俺の言葉を肯定したりはしない。まあ当然だろう。こちらが口にしたとはいえ、確証があるわけでもない。認めない限りはこちらにも本当にそんな能力なのだろうか、と疑念が残る。

 だが、その態度を見れば一目瞭然だ。


「おそらくだが、魔法的な補助はついていないだろう。あったとしても、身体能力の強化という一般的なものだけ。鞭の軌道が変化した際に魔力の動きを感じず、避けた攻撃を受けた時も同じくだ。であれば、魔法による補助ではなくそれ以外の要因によって鞭の軌道が変わったと考えるべきであろう」


 もし鞭の外に何か干渉するような能力であれば、漏れた魔力から何かをしたことは察することができる。だが、その気配を一切感じなかった。ということは、鞭の中だけで完結している能力だと考えられる。


「そして、隠している能力はもうないと考えられる。見たところ、その程度の魔創具の刻印の量では、それ以上の能力を付加することはできんであろうからな」


 ナターシャの右腕に描かれている刻印の量では、これ以上の能力はないだろう。


「……そう。仮にそうだったとして、どうするつもりなのかしら? あなたはまだそのフォークの能力を見せていないみたいだけれど?」

「これの能力など、大したことはない。精々が丈夫で、魔法を使用する際の媒体として使える程度なものだ」


 基本に忠実に、ただしそれを高い次元でというのが俺の魔創具のテーマだ。簡単に言えば、万能。そこを目指して作ったのだから、何か面白い能力などない。

 強いていうなら『渦』の魔法だが、これは単なる魔法の一種でしかない。


「さて、では今度はこちらからやらせてもらうぞ」

「そう簡単には——いかないわ!」


 フォークを持って接近し、あと一歩でナターシャに触れることができる。そう思った直後、上から叩き潰すような形で何かが降ってきた。


 避ける? いや、すでに動き出してしまっているこの状態からでは無理だ。

 であれば——


 ナターシャへと向けるはずだったフォークを、体を捩って攻撃の方向を変えることで、上から降ってきた何かを迎撃した。だがそうして迎撃したものは、水の竜巻だった。


 水は槍のように螺旋を描きながら迫り、フォークに込められた魔法とぶつかり合い、あたりに水を撒き散らした。


「これは驚いたな。魔創具の能力ではないはずだが……自前の魔法か」


 魔法を迎撃している間に再び距離を開けたナターシャを見ながら問いかける。

 彼女の刻印量では俺が想定した以上の能力はない。であれば、今の魔法は魔創具によるものではなく自前のものだということになる。


「ええそうよ。私達はこんな格好をしているせいで、肌も、そこにある刻印も見られちゃうのよ。でも、だからこそその欠点を逆手に取ったの」

「刻印の量から相手の魔創具の能力を判断し、判断できてしまえば油断する」

「そう。だからこそ、魔創具は鍛えるけれど、それ以外の技術を磨く」

「つまり、魔創具は囮というわけか」

「ただの囮じゃないわよ? これだけでも、優勝するつもりはあったんだから。もっとも、流石は天武百景と行ったところでしょうね。それほど甘くはなかったわ」


 確かに、彼女の服装では地肌が見えてしまうからな。刻印も見えてしまうし、そこからおおよその能力も見えてしまう。であれば服装を変えればいいのではと思うが、それはその地方の文化を否定することになる。

 彼女はそうするのではなく見せた上でどうにかできる方法を考えたのだろう。


「さて、もうバレちゃったわけだけれど、どうするのかしら? 今度はあなたが何か見せてくれるのかしら?」


 そう言いながらナターシャは魔法を使用し、目の前に横向きになった水の竜巻を放ってきた。


「……いいだろう」


 その魔法に応えるように俺も魔法を使用し、目の前の敵へと『水の渦』を放った。


「あいにくと、こちらも〝渦〟の魔法は得意なのだ」

「なっ!?」


 ナターシャと俺、二人の渦がぶつかり合い、何もなかったかのように消滅した。


「私の魔法と同じものをなぜ!」

「同じではない。だが、同質のものであったことは確かだな」


 そこに込められた思想や理屈、設計は違うだろう。だが、発現した結果だけを見たのなら、俺たちの魔法は同じものだったと言える。


「……魔法をかき消すには、それを上回る威力の魔法でないとできない。けれど私の魔法を消しても、私には

 一切攻撃が来なかった。それはつまり……あなた、手を抜いたわね?」

「さて、どうであろうな? たまたま同程度の威力の魔法だっただけかもしれんぞ?」

「私、これでも国では最強の魔法使いでいたつもりだったのだけれど? たまたま同じ威力だっただなんて、そんな偶然があってたまるものですか」


 そう言うなりナターシャは俺のことを睨みつけ、数秒ほどしてから大きく息を吐き出し、空を仰いだ。


「はあ……流石は天武百景、だなんて思っていたけれど、どうやら私の思い違いだったみたいね。甘くないどころの話じゃなかったわ。いるのは強者どころか、化け物じゃない」

「化け物とは酷いことを。これでも必死になって鍛えてきただけなのだがな」

「鍛えてきただけでその領域にいられることがもう化け物の証明だっていうのよ」


 ナターシャは呆れたようにそう言うと、魔創具であるはずの鞭を消し、審判へと体を向けた。


「——降参よ」


 こうして、俺は天武百景本戦第一試合を勝ち抜くことができた。

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