第170話第一試合・銀閃のナターシャ
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一夜明け、本日は天武百景の本戦が始まる日となった。
俺はすでに舞台の上に立っており、目の前には対戦相手だけが存在している。
天武百景の参加選手であるスティアはもちろんだが、マリアやルージェ達も会場にやってきており、どこかで観戦しているとのことだ。
それと、おそらくはトライデン公爵ももしかしたらこの会場にいるのかもしれないな。俺という存在を全く無視するということはできないだろうし、六武の筆頭として観覧に参加しないわけにもいかないだろう。
どこで見ているのか少し気になるが、まあおおよその予想はつく。どうせどこかの貴賓室だろう。
……しかし、まさか本当にこの場に立つことができるとはな。
周囲には数万を超える観客が戦いが始まるのを今か今かと待ち望んでおり、
ここに立つことを、そして優勝することを目標としてこれまでやってきたが、いざこの時が来ると感慨深いものがある。
『——さーてこれより行われるのは本戦第一試合。銀閃のナターシャ!』
などと考えていると、司会によって選手の——つまりは俺たちの紹介が行われ出した。
先に紹介されたのは、俺の対戦相手であり現在俺の目の前に立っている女性。浅黒い肌に銀の髪をした、どこかスティアと似たような踊り子の如き服を着ている美しい人物だ。
このようなところで出会ったのでなければ、とても戦うものには見えなかったかもしれない。
だが、よく見てみれば、そのしなやかな脚もほっそりとした腕も、余分な脂肪などなく必要なだけの、無駄のない美しい筋肉の塊だとわかる。
単なる筋トレでつけた見せるための筋肉ではなく、自身の動きに最適化された実用のためのもの。
女性であるにもかかわらず、魔力で強化することを前提に考えているのではなく、しかと鍛えているその姿から察するに、この女性は只者ではないことがわかる。
もっとも、予選を抜けてここに立っているくらいなのだから、生半な相手ではないことは初めから理解していたが。
『対するは、元トライデン家の廃嫡された無能者、アルフ!』
そんな司会の紹介に、ぴくりと眉を顰めてしまった。だが、まあこれは仕方ないかとすぐに気持ちを切り替える。
だが俺が仕方ないと見切りをつけた後、司会の言葉の後にわずかな静寂が訪れ、困惑するようなどよめきと、嘲笑するような声が聞こえて——
「ぷははははっ! 何あいつ。無能者なんて呼ばれてんの? あー、おっかしー! あっはははは……げほっげほっ!」
あの阿呆め。この戦いが終わったら覚えておけ。
聞き覚えのある声が聞こえてきたことで、拳を握りつつその対応について考えていると、目の前の女性——ナターシャが不愉快そうな表情で口を開いた。
「盛り上げるために必要なことなのかもしれないけれど、随分と酷いわね」
力を持つ者の中には相手を笑う者もいるが、どうやらこの者はそう言った人物ではないようだ。
「……ふむ。だがまあ、当然と言えば当然であろうな。この戦いは各国が連携して開かれた祭りではあるが、そこには金銭が絡んでくる。貴殿の言ったように、商売として考えるのであればこれは必要なことだ」
俺たちのような武人にとってはその力を証明するための重要な場出会ったとしても、それ以外の者にとっては所詮客寄せのためのお祭りでしかない。そしてお祭りというのであれば、客を楽しませるための娯楽性がなければならない。
そう考えれば、司会の言葉は間違いではないだろう。
だが、これは良いのだろうか? このような事を言われてはトライデンの名が落ちるのではないか?
そもそも、無能者と呼んでいるが、天武百景の本戦に出ている時点で一定以上の能力があることは証明されたはずだ。
そんな俺を無能と呼べば、予選で俺に負けた者達全てを無能以下と呼ぶことになるし、同じく本戦に出ている者はそんな無能と同列に扱われることになるのだからいい気はしないだろう。
大方トライデンに対抗する勢力がトライデンへの嫌がらせとして言わせたのであろうが、後のことは考えているのだろうか? ……いや、俺がそのような事を心配する必要はないか。
「そう……。でも、あなたはそれでいいのかしら?」
「なに。民衆からの評価に対して口で言ったところでなにも変わらん。それよりも——」
軽く観客達を見回した後、ナターシャを見つめて不敵に笑って見せる。
「実際に戦って勝利を重ねていけば誰もバカにはできんだろうさ」
「なるほどね。確かに、それもそうだわ。——でも」
俺の態度を見て、心配する必要などないと理解したのだろう。ナターシャは柔らかく笑みを浮かべると、その手に銀色のロープ……いや、鞭を取り出した。どうやら、彼女の魔創具はあの鞭のようだ。
「それは私に勝つつもりでいる、と言うことでいいのよね?」
「当然だ。そも、この場に立っていて優勝を狙わぬ者などいはしないだろう。其方とて、優勝できると思っているかはともかくとしても、優勝したいとは思っていよう?」
「そうね。でも、一つ言わせてもらうわよ。私は……」
話しながらナターシャは鞭を両手で構え、それまでの柔らかな笑みも雰囲気も消してこちらを睨んできた。
『それでは、天武百景本戦第一試合——開始!』
「優勝できないだないだなんて思っていないわ!」
開始の合図とともに放たれる一閃。
いきなり頭部を狙ってきたその一撃を、一歩後ろに下がることでかわす。
顔面の前で鞭の先が空気を破裂させ、その音と衝撃が俺へと叩きつけられた。
「銀閃……なるほど、確かに銀閃と呼ばれるだけはある。そこらの者とは比べ物にならないくらい速い攻撃だ」
まさに一瞬だけ閃く銀色は、銀閃と呼ぶに相応しい一撃だ。
俺も一応鞭を使うことはできないわけではないが、これほど早い攻撃を繰り出すことはできないだろう。流石は本戦の出場者といったところか。
「当たり前でしょ。ここにいるのよ? そこらにいる有象無象と一緒にしないでほしいわ!」
「これは失礼をした。だが、有象無象とバカにするのは如何のものかと思うが? 中には名誉にも願いにも興味がなく、天武百景に参加しないだけの強者もいるやもしれんぞ」
「そんな表に出てこない者なんて、いないも同然よ」
世の中どこに強者がいるなんて分からないことではあるが、確かに彼女の言う通り表に出てこない強者は存在しないも同然か。存在したとしても、地震に関わってこないのなら考える必要はないのだから。
などと考えながら、繰り出される鞭の攻撃をての中に生み出したフォークで弾いていく。
「……くっ。なんでそんなもので防げるのかしらね……!」
俺がフォークを取り出した瞬間は驚きに一瞬だけ動きが止まったナターシャではあったが、すぐに攻撃を再開し、だがその全てが防がれているとあって苦々しい表情をしている。
「確かに見た目は悪いが、刺突専用の短剣だと思えば、敵の攻撃を凌ぐことができてもおかしくはないと思うが?」
金属バットだろうが鉄パイプだろうが鋼の剣だろうが、敵の攻撃を防げるのであれば全て同じだ。
こと魔創具に関して言えば、単なる金属の塊として見るのであれば見た目など関係なく、生成に使用した素材と、そこに込められた魔法の効果だけが重要となる。なので見た目がどのようなものであっても油断してはならないものだ。
「……なるほど。確かにそうね。ええ、そうだったわ。あなたも本戦に出てきた強者。そんな者が単なるフォークを使うわけはないものね。その見た目にすっかり騙されたわ」
「別に、騙したつもりはないのだがな」
ただまあ、油断するだろうなとは思った。何せこの見た目だ。真剣に命懸けの戦いをしているものにとっては、相手が武器としてフォークを取り出せば驚かずにはいられないだろう。
「これからは私も本気で行かせてもらうわ」
「そうか。であれば、存分に来ると良い」
「……随分と傲慢なこと。でも、そんな態度でいられるのも今のうちよ!」
その言葉の直後、ナターシャは開始直後の一撃のように俺の頭部を狙ってきた。
何をするつもりなのかは分からないが、変化を見極めるためにその一撃を同じように一歩後退することでよけたのだが……
「ぐっ……!」
直撃ではない。だがそれは、咄嗟にもう一歩後ろに下がったから当たらなかったというだけで、あのまま避けなければ当たっていただろう。
「まだまだ!」
そう叫びながらナターシャは何度も鞭を振るうが、その攻撃は先ほどまでとは決定的に違っており、攻撃の軌道を読むことができなくなった。
「先ほどよりも随分と威力が増したな。それに、軌道が読めなくなった。それは魔創具の効果か?」
おそらくはそうであろう。出なければ説明がつかないような軌道をしている。
「ええそうね。どんな効果なのかまでは言うつもりはないけれど」
俺の問いかけに素直に答えたことに驚いたが、しかし、誤魔化したところで魔創具の能力だということはバレるのだし、どのような能力なのかはバレていないのだから、この程度は認めても問題ないか。
「であろうな。だが、構わん。貴殿の力、暴かせてもらうとしよう」
「女の秘密を暴こうとするなんて、嫌われるわよ!」
「暴いても晒さずに両者の秘密としておけば、嫌われることもなかろう」
こうして会話を行なっているが、ただ立ったまま話をしているわけではない。攻撃を凌ぎつつの会話だ。
今まではあまりそうだとは思ってこなかったのだが、どうやら俺はこうした戦いの中の冗句などを交えた軽口を好いているようだ。こうして話をしていると、余計な事を考えずにただ楽しいと思うことができる。
「なにそれ。もしかして私は口説かれてたりするのかしら?」
「そのようなつもりはなかったが、確かにそう取られてもおかしくないか」
「でも残念ね。私、自分よりも強い人じゃないと結婚しないって宣言しちゃったのよね!」
それは、なんとも物語に出てくるようなお転婆なお嬢様のようだな。
などと考えつつ、ナターシャの魔創具の能力を見極めるために集中し始めた。
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