第161話三叉路のバラド
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「ここがそうなんだ? ……随分といい場所に持ってるね」
バイデント王都支部へと辿り着いた俺たちだったが、その場所は商会が林立しているエリアの真っ只中でありながら住宅地区画も近いという、かなり立地の良い場所だった。
設立されてから数年ほどしか経過していないバイデントがどうしてこれだけの場所を手に入れることができたのかと言ったら、そんなのはトライデン公爵家の力に決まっている。
俺は基本的には最初の活動の補助をしただけであとは大して手を貸していたわけではないが、この建物に関しては例外だ。
何せこの場所には俺が王都に滞在している間に時間に余裕があれば通っていた場所なのだ。下手な場所に作られて屋敷から遠い場所に作られたり、治安の悪い場所に作られでもしたらこちらが困ることになるのだ。
なので、仕方なく公爵家の力を使って場所を確保したのだ。
「まあ、これでも俺が公爵家の次期当主としての立場があったときに購入したものだからな。この程度であれば大したことではない」
「はあ〜。流石は大貴族って感じだね」
「とりあえず中に入るぞ」
ルージェが感心している声を耳にしつつ、建物の中へと入っていく。
建物の内装としては、前世にあった市役所のような小綺麗な感じとなっており、依頼を受け付けるカウンターに、待合の椅子とテーブル。それから待ち時間で軽くつまめるものを売っている売店のような場所。
ここは完全なお客様用エリアであり、所属している傭兵達は一部を除いて2階や奥に引っ込んでいる。出入りも裏口からのため、基本的には客と傭兵が直接接することはない。
だが、接することがないとは言えど、見ることができないわけではない。
俺たちが建物の中に入った瞬間に、殺意とまでは言わないが、刺すような鋭い視線が俺たちへと向けられた。視線の方向を辿っていくと、二階やカウンターの向こう、壁際の警備達に行き着いた。
俺たちは客としての入り口から入ってきたにも関わらずこの様な視線を向けられるのは、おそらくは俺達というよりも、スティア達に問題があるからだろう。
簡単にいえば、どこぞの正規の部隊らしき武装集団がまとまってやってきたのだ。悪事をしているかいないかに関わらず、警戒をするのは当然のことだろう。
「ねえ、アルフ君。本当に大丈夫? なんだか雰囲気が怪しい感じがするけど……」
「気にするな。ここは元々裏路地にいたような訳ありたちを集めて作った場所だ。集まった者達も似たような境遇のものが多い。であれば、この空気も当然のものだろう」
元々バイデントの始まりのメンバー……ログナー達も裏路地に転がっていたような者達だった。
俺としては元手がかからず便利に使えそうな駒として都合が良かったから選んだのだが、始まりがそんなだったこともあり、ログナー達が集めたのは真っ当な者ではなく、心根は善性だが荒れざるを得ない状況に陥ってしまった者達ばかりが集まった。
だが、雰囲気こそ強面であり一般人が入りにくい感じだが、ここは周辺が商会に囲まれていることもあり、手を出したりはしない。
それがわかっているからこそ、周囲の商会たちはこのギルドに手出しをしないし、それどころか良い協力関係を結ぶことができている。
もっとも、協力を結ぶまでは公爵家の名を使って挨拶をして周ったし、挨拶をされた側としてはバイデントを利用しなければ公爵家から不興を買うからと無理して依頼を出していたようだが、まあこうして良い関係を築くことができているのだから、今となってはいい思い出といったところだろう。
まあ話がそれたが、そんな荒くれどもが集まっているのだ。騎士や兵士といった存在を警戒するのはある意味当然だと言えるだろう。
「ようこそ。ご用件はなんでしょうか?」
「バイデントの奴らを出してくれ」
俺たちのことを警戒しているのだろうとは思ったが、だからと言ってこちらから何か対応をする必要もない。
むしろこの状況を解決するには俺たちが早くこの場から消えることだろうと判断し、俺は目的であるバイデントの五人組を呼び出すことにした。
「は? ……バイデントの奴らとおっしゃいましても、どなたのことでしょうか? 我がギルドに所属している者のお知り合いの方ですか?」
「……ああそうか。もうバイデントでは通じないのか」
そういえばそうか。俺が頻繁に通っていた頃はバイデントといえばあの五人組だったが、今はこれだけ多くの者が所属するそれなりの組織の名前となっているのだ。バイデントと言っただけでは通じないか。
「失礼したな。このギルドの長をしているログナー達五人組のことだ。奴らであれば誰でも構わない」
「……幹部の皆様のお知り合いでしょうか?」
「ああ。アルフが来たと伝えてもらえれば問題ない」
「かしこまりましたー」
若干警戒と悪意を滲ませた調子で返事をしつつ、受付にいた女性は裏へと引っ込んでいった。
「あんましいい感じの視線じゃない系のあれよね」
「それはそうだろうな。俺たちのような余所者が、自分たちのボスを呼び出しているのだ。舐められている、と感じても仕方あるまい」
元が裏路地で暮らしていた様な者達だ。縄張り意識や立場、上下関係といったものを重視していることだろう。そんな中で余所者がいきなりトップを呼び出したとなれば、よく思わないのは当たり前だ。
「それがわかってるならなんで対策しなかったのさ」
「したところで意味などないだろ。どうせログナー達がくれば全て解決することだ」
ルージェは不満そうに言っているが、結局はログナー達の誰かに会えればそれで解決するのだ。であれば、手を打つ必要などない。
「ボス。ようやく来たのか! 待ちくたびれたぞ!」
受付の女性が奥に引っ込んでから数分と経たず、ドタドタと騒がしい音を立てながらログナーが喜色を浮かべながら姿を見せた。
現れたログナーの態度を見て、周囲にいたギルド員達は目を見開いて驚いている者や口を開けて呆けた様子を見せている者まで現れた。それだけログナーがはしゃいでいる姿を見るのが稀であるのだろう。
しかし、出迎えてくれるのはありがたいが……ボスと呼ぶな。阿呆め。
「バイデントのボスはすでにお前だろうに。それに俺たちよりも数日早く出ただけなのだから、待ったというほどでもなかろうに」
バイデントは確かに俺たちよりも先にこちらにやってきていたが、それ以前は数ヶ月と離れていたことを考えれば今回の様な数日程度であればさほど待っていないと言ってもいいだろう。
「いやいや。ボス達が今日狂ってんで『三叉路』のアホどもも集まってんだ。あいつらと一緒にいなきゃならなかった俺たちの気持ちがわかるか?」
「なんだ。奴らもいるのか」
三叉路とは、まあこいつらとは別口で集めた者達で、主に商業方面での駒として使っていた者達だ。
実家が商売に失敗した者や才能はあれど機会に恵まれなかった者。騙されて這いつくばることしかできなかった者。そういった者達を集めて作った商会。それが三叉路だ。
あの者らには随分と世話になったものだ。俺が何かしようと思った際には適当に連絡を入れておけばいいように動いてくれたし、家を追い出された際に指示を出していたが、それとて文句を言わず……いや、文句は言ったかもしれないが、出した指示自体はしかとこなしてくれていた。
だが、そんな役に立つ有能な者達ではあるが、唯一欠点があるとしたら、バイデントととの仲の悪さだろう。
両者共に俺の下部組織だからか、対立しあっている。喧嘩をしている、というほどでもないのだが、どちらが優秀なのかと競い合っている感じだ。
競い合っていると言っても、それぞれ担当している分野が違うのだから競うことに意味などない気もするのだがな。
しかし、なぜそんな三叉路がここにいる? 俺は呼んだ覚えはないのだが、バイデントが自主的に呼んだのか?
「まあ、必要になるんじゃねえかって思ったんでな」
ログナーが微妙な表情をしているが、それは照れているからだろうか?
「特に頼みがあるわけでもないからいないならいないで構わないのだが、後で挨拶に行こうとは思っていたから手間が省けるな」
「それ、本人の前で言ってやるなよ。あいつらだってボスに会いたかったって思いはあるはずなんで」
「奴がそのようなことを思うなどとは考え難いが、お前が言うのならそうなのか?」
「ま、なんにしても早いとこ行こうぜ。無駄に時間食ってたらフィーア達にドヤされる」
そうして俺たちはログナーの先導を受けてギルドの建物内を進んでいき、一つの部屋の中へと入っていった。
とはいえ流石に部屋の中にスティアの護衛達全員を部屋の中に入れることはできないので、隊長以外は廊下で待機することになったが。
「ボス! ようやく来たわね! かなり待ったわよ」
俺が部屋の中に入り姿を見せるなり、バイデント所属の女性、フィーアが椅子から立ち上がり声をかけてきた。
「お前もログナーと同じようなことを言うな。だがまあ、待たせたのは悪かったな。それから……」
フィーアから視線を外し、部屋の奥で太々しい態度で椅子にふんぞり返って座っている厳つい男へと顔を向け、話しかける。
「久しいな、バラド。三叉路の運営は順調か?」
「何が久しいな、だ。馬鹿野郎が。俺たちの運営に関して、なんでてめえに言わなきゃなんねえんだよ」
俺の言葉に対し、三叉路のトップの男——バラドは椅子に体を預けたままこちらを睨み、苛立ちまじりに言葉を返してきた。だが、その言葉は決して友好的なものではなかった。
しかし、それも当然だろうな。バラド含め三叉路は今まで俺に手を貸してきてくれたが、俺が家を追い出された際にはこちらから一方的に手を切ったのだ。それは俺との繋がりがあるとこいつらに迷惑がかかると思ったからではあるが、俺はそのことを碌に説明もせずにいた。バラド達からしてみれば裏切られた、見捨てられたと感じても仕方ないだろう。
そんな相手に、優しく丁寧に接するはずがない。
まあもっとも、バラドは以前からこの様に粗雑な振る舞いをしていたので、たいして変わらないといえば変わらないが。
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