第160話どうやら怒っていたようだ

 

「そのゴミに負けた愚物がそれを言うか。理解せずに言ったのであれば、滑稽だな」

「このっ! ……今の俺はあの時の俺じゃねえ。もうお前なんかに負けねえよ!」


 ロイドは叫びつつ右手にトライデントを取り出した。

 取り出されたトライデントは、確かに以前とは少し変わっているようで妙に威圧感があるように思える。なるほど。これならばギリギリトライデンの当主として認めることができなくもない程度の力はあるか。

 だが、それだけだ。威圧感こそあれど、脅威を感じるかと言われれば違うと言える。ここでいきなり攻撃をされたとしても、その攻撃を凌ぎ切ることはできるだろう。


 だが、俺が奴の攻撃を防げる防げないにかかわらず、ここで武器を出して出場選手を脅すとは……正気か?

 出場選手に対して大会開始前に攻撃を仕掛けることは禁止されているのだが、それを破るとは国の客をを攻撃するのと同じになるのだぞ?

 だが……おそらく何も考えていないのだろうな。攻撃はせずに脅しをかけるだけなのだとしても、利口だとはいえない。どのみち国の客に手を出しすことに変わりはないのだから。


「ここで戦うのは些か考えなしが過ぎるのではないか? 他者の迷惑になることは止めよ。そのような振る舞いを続けているのであれば、それはトライデンの名を傷つけるだけであると心得よ」


 追い出されたとはいえ、それまで育ててもらった恩や愛着がないわけではない。

 まだ攻撃されていない今ならば、知り合い同士の悪ふざけで場を収めることができる。

 そう思い忠告をしたのだが……


「っ——! トライデンを追放された雑魚が偉っそうに語ってんじゃねえよ! トライデントを手にすることができずにフォークなんかで遊んでるお前みたいな役立たずは、黙って消えるのが礼儀ってもんだろうが!」

「天武百景において、魔創具に限らず使用する武器に制限はない。であれば、要求されるのは純粋な武力だけである。家の名も関係なく、誰であろうと成り上がることができる戦いの場だ。礼儀というのであれば、戦い前相手を威圧することなく実際の戦いの場において全力で戦うのが礼儀だと思うが……どうやらお前はそうは思わんようだな」

「うるせえ! 武力が必要だってんなら、それこそお前は消えるべきだろうが! フォークとテーブルクロスなんてゴミで参加しようと思ってんじゃねえよ。どっかでお食事会でも開いてろ!」


 ロイドは武器に魔力を宿し、炎を纏わせながら牙を剥き出しにして叫んだ。

 それ自体はさほど怖さを感じないのだが……まずいな。そろそろ係りのものが動き出しそうだ。いや、実際にすでに動き出しているようだな。

 このままでは俺たち二人とも捕まることになるか? 一応こちらは仕掛けられた側であり、まだ武器を取り出していないのだから問題ないはずだが……この場は話を収めて離れるとするか。実際に武器を振るわれなければちょっとした諍いで済むかもしれない。


「いくぞ」

「んー」

「はっ! なんだよ。何も言わずに逃げ出すってか? 負け犬に相応しい行動だなおい!」

「気にするな。ここで騒ぎを起こした方が面倒だ」


 そう仲間達に告げてから俺たちはその場を離れていくことにしたのだが、背後からはロイドの叫びが聞こえてくる。だが、周囲にいたものたちに諌められる声も聞こえてくるので、これ以上何かを仕掛けてくることはないようだ。

 これでひとまずは問題ないといってもいいだろうか? なんにしても、とりあえずこの場から離れてしまうとしよう。




「むー」


 天武百景の登録会場、およびロイドのところから離れた俺たちだったが、何やらスティアが不満そうな様子でこちらを見ている。いったい何が原因でそのような状態になっているのだろうか? まあ、おおよその予想はつくが。


「なんだそのようなあからさまに不機嫌な顔をして」

「だってさー、あんた言い返さなかったじゃん! あんたならあの程度デコピン一発で終わらせられるでしょ!」

「それは流石に舐めすぎだ。勝てはするだろうが、多少は力が必要になっただろう」


 やはりロイドのことか。スティアの性格であれば、あのようなことを言われておとなしくしているはずがないし、仲間に対して暴言を吐かれた場合でも大人しくはしていないはずだ。

 それでもさきほど騒ぎ出さなかったのは、俺が止めたからと言うのと、こいつ自身あの場所で問題を起こすのはまずいと理解していたからだろう。

 ……スティアでさえ理解しているのにもかかわらず、次期公爵となろう者があの場での振る舞いに問題があることに気づけないとは……呆れを通り越して悲しくなってくるな。


「っていうかさ、さっきの話聞いてると、アルフの武器がフォークだってことしか言ってなかったね」


 ルージェは先程のロイドの口にした言葉の内容について言及してきた。だが、仕方ないだろう。


「それ以外に語ることがないのだろうな」


 オルドスからの情報によるとロイドも魔創具を再生成したようだが、それで魔創具が強くなったとしても本人の技量が上がるわけではない。身体能力や魔法に関しては効果があるが、武具を振るう技術はどうしたって本人の才覚と努力による。

 そのことを理解しているからこそ、ロイドは俺に一度負けたことが未だに心に棘として残り、強さに関して口にすることができなかったのではないだろうか?

 あるいは、俺など関係なく自身の能力に限界を感じているかだが、どちらにしても語るような何かを持っているわけではないということだ。


「前に一度アルフ君に負けた、って言ってたよね?」

「そうだな。俺が家を置い出される前、自身の魔創具としてトライデントを作った奴が俺の前に現れ、挑発してきたのでな。その時は混乱していた上に急いでいたこともあり、あまり調整をすることなく叩き潰したのだ」


 あの時はトライデントがフォークになってしまったことの弁明と、廃嫡だと言う話を聞いて混乱していたこともあり、普段のように加減したり相手を導くような闘い方をしたりすることはなかった。むしろ、混乱や苛立ちをぶつけるために嬲るような戦いをしてしまった。


「あー、じゃあその時のことが今でもトラウマになってるんじゃない? 自分は強くなった。でも、本当にあいつよりも強くなったんだろうか。なーんて思いがあるから、自分の強さを語るんじゃなくってアルフの弱さを語ったのかもね」


 自身の強さではなく相手の弱さを語る、か。確かに言われてみればそうだな。だが、なんにしてもどうでもいいことだ。


「だとしても、どうでもいいことだ。どちらにしても戦うことになれば全力を持って潰すだけなのだからな」


 俺が大会に登録したと分かればロイドも登録し、参加するだろう。ともすれば大会の組み合わせをいじることも考えられるかもしれない。トライデンにはそれだけの力があるからな。

 だが、もしそうだったとしても、その時は相手をしてやればいい。今日のような戦うことができない事情がある場所ではなく戦うための場所で相対することになり、戦いを躊躇う必要などないのだから。


「ふーん……ねえねえ。やっぱり怒ってる感じ?」


 近いうちに訪れるかもしれない未来を思い描いていると、スティアが俺の顔を覗き込みながら問いかけてきた。


「……怒っている? 俺がか?」


 そんなつもりはないが、なぜこいつはそう思ったのだろうか?


「だって、普段のあんただったら、全力で〝戦う〟とは言っても、全力で〝潰す〟だなんて言わないでしょ? そう言ったってことは、どれくらいか知らないけど少しは怒ってるってことなんじゃないのかな、ってね」

「……まあ、何も思わないわけではないのだろうな。何もないと頭では考えていても、心の中ではお前の言ったように腹に据えかねているのかもしれん」


 言われてみればそうだったかもしれないな。だが、こいつは意外と人のことを見ているのだな。まさか自分でも気づかなかった言動に関して理解しているとは思わなかった。自分のことは意外と自分では気づけないものではあるが、それを差し引いてもまさかこいつが、という想いがある。

 しかし、心のうちを見透かされたような状況ではあるが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「ま、なんにしても、どーでもいっか。だって、どうせあんたが勝つんだし。なんか嫌なこと言われても、最後には勝つんだから気にする必要もないでしょ」

「……ふっ、そうだな。優勝を狙うのであれば、奴が相手であろうと何が起ころうと、全て気にする必要のないことか」

「そうよ。あ、でも優勝するのは私だからね! あんたは準優勝でも狙っておきなさい」


 悪いが、俺としても負けられないのだ。お前もその理由については理解しているだろうし、それによって手を抜くことなどないと理解しているが、それでも最後には俺が勝つ。


「ところでー……二人は良かったの?」


 不適な笑みで俺のことを見つめていたスティアだったが、ルージェとマリアへ顔を向けて問いかけた。


「何が?」

「いや、だからさ、大会に出なくて良かったのかー、ってことよ」

「ああ、うん。別にボクはどこでどれだけ活躍したとか、なんかすごい人と戦うこととかどうでもいいからね。誰かに叶えてもらいたい願いもないし。ボクの願いは、ボク自身が叶えなくちゃ意味がないから」


 まあルージェの場合は、能力はあれど戦って有名になるために身につけた、と言うわけではないからな。

 復讐のために身につけた力であり、貴族狩りをしているのも国を良くしようと言う願いからではなく、単なる自己満足や八つ当たりの意味が近い。であるならば、他人に頼んで全部終わらせてもらう、という選択肢はないだろう。

 そうなると大会に出場する意義が薄い。

 むしろ、出場した際に魔創具や能力がバレることを考えると、デメリットしかないことになる。大会に出ないと言う選択は、当然のことだと言えるだろう。


「私はアルフ君の護衛だから。ちょっとだけ参加してみたい気持ちもないわけじゃないけど、護衛が仕事を放り出して遊ぶわけにはいかないでしょ?」

「俺に護衛が必要だと思うか? 参加したいのであれば好きにすれば良かったのだがな」


 マリアは騎士だからな。その身分こそ違えど、心根は騎士のままである。ならば、力比べも望むところだろう。

 だが、大会に参加したいというのはあくまでもマリアの考えであって、仕事としてやれと命じられたことではない。そのため、騎士であることを重視しているマリアは、今回は仕事である護衛を優先することにしたようだ。

 もっとも、俺としては護衛が必要なほど弱いと言うわけでもないのだから好きに動けばいいとは思うのだが、まあ本人がそれでいいのなら構わないか。


「ううん。いいの。確かにちょこっと気にならないわけでもないけど、どうせ戦う自体はそんなに好きってわけでもなかったし、それに、やっぱり護衛は必要でしょ? アルフ君って妙なところで頑固だから、変な見落としで問題が起こるかもしれないもん」


 そうだろうか? 見落としがあるかもしれないというのは、人間である以上仕方ないことだと思っているが、俺はいうほど頑固なのか?


「あー、それは否定できないね。純粋な武力だけなら問題ないだろうけど、それ以外だと少しね……」

「まあ、お前たちがそれでいいのなら構わないがな」


 マリアだけではなくルージェにまで賛同されてしまったことで、俺はわずかに眉を顰めたが、すぐに普段通りの表情に戻ってその話を終わらせた。

 そうして適当に話しながら俺たちはバイデントのギルドへと向かっていった。

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