第158話何事もなく登録完りょ——
「——ん?」
しばらく歩を進めていると、不意に視線を感じたような気がしたのでそちらへと振り向く。
「どうかしたの、アルフ君」
「……いや、なんでもない」
視線を感じた先には一人の成人男性がいた。なぜこちらを見ていたのかはわからないが、どこかで見覚えのある顔を見たような気がする。だが、誰だったか……こちらのことを見ていたということは、俺の知り合い……少なくとも、向こうは俺のことを知っていることになるのだが、さっぱり思い出せない。
まあ、もし俺の知り合いであれ他人であれ、見ていたのであればどのような類の輩なのかおおよその見当はつく。だが、どのような相手であろうとも、さして気にする必要はないか。
「それよりも、おとなしくしておけよ。ルージェとマリアもだが、特にスティア。お前だ」
ここにやってきてもっとも警戒すべきは全く知らない他人などではなく、もっとも身近にいるこの阿呆だ。こいつが何かやらかせば、そのせいで俺の目的が叶わないことになるかもしれないのだから。
「え、なんで私だけそんな注意されるわけ?」
「今までの行いを振り返ってみろ」
「今までの行い? うーんと、今日は朝起きてから服を着て、顔を洗ってからご飯食べて……」
「誰が今日の行動を振り返れと言った。阿呆が」
お前の朝からの行動など聞くわけがないだろうが。
相変わらず阿呆な頭をしているスティアのことは諦め、こちらで手綱を取るしかないのだろう。
だが、どう考えても俺一人では難しいため、誰かに協力してもらわなければならない。
一応スティアの護衛達も俺たちの後ろからついてきているのだが……あまり信用はできんな。人間性的にはなんら問題ないだろう。だが、いざというときにこいつらがスティアのことを殴り飛ばしてでも止めることができるのかと言ったら、そんなことはできないだろう。
だからこそ、強引であってもスティアを止めてくれることができる人物が重要になってくる。
そう考え、俺は後ろを歩いていたルージェとマリアへと視線を向けると、二人はそれぞれ嫌そうな表情と苦笑いを浮かべていた。
この二人なら万が一の時でもスティアを抑えてくれることだろう。もし抑えきれずにスティアが何かやらかしたとしても、事態収拾のために動いてくれるはずだ。
マリアは俺の騎士として仕事をすることを受け入れているし、ルージェは嫌そうな顔をしているが意外と面倒見が良い。この二人なら絶対に大丈夫、とまでは言わないが、それでも役に立つことは間違い無いだろう。少なくとも現在の俺の心の平穏を維持することはできる。
「さーて、今日はどんな楽しいことが起こるのやらね!」
どんなも何も、何も起こるわけがないだろうに。
この後は天武百景の出場登録をしに行くだけなのだ。参加資格の確認のために武力検査、などというイベントはない。登録し、それで終いである。
こいつはそのことをわかっているのだろうか? もうすでに説明したのだからわかっているはずなのだが……
「言っておくが、今日は登録するだけで何もないぞ」
「え、そうなの? でもなんかこう、イベントとかないの?」
どうやら何もわかっていなかったようだ。まあそうだろうなとは思っていたし、こいつがまともに人の話を聞いているとは思っていなかったから、納得と言えば納得の反応だが。
「あると思っているのか? そもそもそのイベントに参加するための受付だろうに」
参加資格を確認するための予選であり、予選のための予選など、あるわけがない。
「いやー、言われてみるとその通りなんだけど、それはそれでつまんなくない?」
「受付に面白さなど求めていないからな」
言いたいことは理解できるが、あくまでも定期的に開かれる大会なのだ。奇抜な面白さよりも、速やかな進行の方が求められるのは当然だろう。
「むー……」
「一応聞くけど、スティアの求める面白いイベントってなんなのさ」
不満そうにしているスティアに、ルージェは『スティアが思い描く面白いこと』について問いかけたが、確かに、それは少し気になるかもしれないな。こいつはどのようなことを求めていたのだろうか?
「んえ? えーっと、それはほら、あれよ。おいこら、てめえみてえなガキが参加するつもりか? みたいな絡んでくる人?」
絡んでくるとは、大会の受付申請の際に、ということか? だがそれは……面白いのか?
「ガキって歳でもないでしょ、ボク達」
俺は十八で、日本で言えばまだ子供ではあるが、この国で言えばもうすでに大人と言ってもいい年齢だ。
スティアやルージェはいくつか聞いていないが、俺と同程度だろう。マリアは俺達よりも一回り年上かそこら。まあスティアに関して言えば若く見られるかもしれないが、それでもガキと呼ぶほどの年齢ではないはずだ。
「そう? まだ私とかピッチピチの若人でしょ」
「若いことは認めるが、だからと言ってガキというほどの歳でもないだろう」
「まあ、どこの国でも十五歳を過ぎれば大体成人扱いだもんね」
中には十八や二十にならなければ大人として認めない、という国もあるかもしれないが、少なくともこの近辺の国は大体が十五で成人としている。中には十三で、というところもあったはずだ。
そんな国の中にあって、十八を超えている俺たちはどう見てもガキではない。なので、スティアの言ったような『面白いこと』が起こる可能性はありえない。
「じゃあじゃあ、あとは、えっとー……」
他に何か『面白いこと』がないか考えているのだろう。歩きながらであるというのに、スティアはこめかみに両手の指を当てて考え込んだ様子を見せているが、危ないからしかと前を見て歩け。
そもそも、そんな面倒ごとをあえて起こす必要もないだろうに。
「無理して問題を探す必要などないと思うのだが?」
「むしろここで問題を起こしたら参加停止処分を受ける可能性もあるんだから、素直におとなしくしておいた方がいいと思うよ」
「むぅ……はーい。しっかたないわねえ」
大会に参加しようと思っているスティアとしては、出場停止処分の可能性があるというのは受け入れられなかったのか、不満顔ではあるがルージェの言葉を素直に受け入れることにしたようだ。
「これで登録は終わったな」
スティアが何かないかと探してどこかに行ってしまうのではないか、という不安が拭いきれなかったために、俺がスティアの手を引っ張ることで大会の出場申請の場までやってきたのだが、どうやら何事もなく登録できたようでよかった。
だが、これでようやく俺の目的が叶うのか。もちろん目的が叶うと言っても、まだ大会に出場することができるようになっただけで、優勝したわけではないのだから貴族として戻るために願いを叶えてもらえるというわけではない。
だが、ひとまずは目的に近づくことができて一安心だ。
……思えば、こうなるまで長いようで短かったな。貴族として過ごしていたことは、まさか俺がこのように貴族ではなくなり、裏ギルドの頭目として活動することになるとは思わなかった。
しかも、今は一度捨てられたというのに、再び貴族に戻るために天武百景での優勝など狙っている。
まったく……我ながら愚かしいとは思うな。
「ほんとーに何もなかったわねー」
などと考えていると、『面白いこと』が何も起こらなかったスティアは不満げな表情をして呟いた。
「だからそう言っているではないか。そもそも、厄介ごとなどそうそう起こるわけがないのだ」
「でも、私と歩いてた時とか、行く先々でなんかしら起こってなかった?」
言われて思い返してみれば、確かにそうだったかもしれんな。
そもそもの出会いが賊に捕まっていたという厄介事から始まったのだ。その後も何かと面倒なことが起こっていた。
よもや、こいつは疫病神か何かの類なのではないだろうか?
「……お前が厄を呼び寄せているのではないか?」
「んま! 失礼しちゃうわね! 厄どころか、幸福を呼び寄せる絶世の美少女でしょうが!」
「お前のその自信はどこから出てくるのだろうな」
腰に手を当て、胸を張って堂々としている姿は確かに美少女と言っても過言ではないが、その振る舞いはどうにも賢さとはかけ離れているように感じられる。
そもそもだ。お前も一国の姫であるのだから、そのように薄着で胸元が見える服を着ているのに胸を張るという動作をするのはやめるべきではないか? 国が違い、常識も違うのだから、その動作が悪いと一方的にいうことはできないが、それでももう少し慎みをもてと言いたい。
「え、だって実際可愛いでしょ? 私は私のことを卑下しないし、事実を変えて言う事もしないの正直者だからね!」
確かに可愛い見た目だと言えるし、自身のことを卑下せず、事実をありのままに話すのは美点だということができるかもしれない。だが……
「お前の場合は正直者というよりも、単なる考えたらずのような気もするがな」
何せ、考えなしに出撃して賊に捕まるほどだ。
「まあなんにしても、今回は何事もなく終わって良かったんじゃない? あとはこのまま宿に向かうだけで——ん?」
もう今日のやるべきことは終わった。そんな空気が流れる中で、何人かが集まってできた集団がこちらに向かって来ているのが見えた。
「下がってください」
俺達は人通りのある場所から少し離れているので通行の邪魔をしているわけでもなく、俺たちの後ろに何かあるというわけでもない。普通であればそのままスルーしていくはずだ。
にもかかわらず、いかにも怪しい集団がこちらに向かってきていることで、スティアの護衛としてついてきている騎士達はいつでも動けるように重心を落としながら俺達へと下がるように告げてきた。
だが、あれは……なるほど。ここで来るのか。
「宿に向かうだけは終わりそうにないな。どうやら、今回はスティアではなく俺が厄を呼んだようだな」
遠目であれば見間違いと考えることもできただろうが、この距離になれば流石に間違えたりはしない。
貴族のような格好をした数人と、その周りにいる武装した騎士達が数名。そして、その騎士達の装備にはよく知っている家紋が入っている。
「アルフ君、何か心当たりがあるの?」
「あるな。ありすぎるほどだ。ついでに言えば、あれは知り合いだ。尤も、知り合いというほど仲の良いものではないがな」
お互いに知っているが、知り合いというほどの関係ではないし、むしろ敵と言った方が正しいかもしれない。
「じゃあなんなのさ?」
「……あれは、次期トライデン公爵だ」
「「っ!」」
そう。あれは俺を追い落とし、俺の代わりにトライデン公爵家の後継となった男——ロイドだ。
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