第157話王都王都再訪

 スティアが合流してからしばらくは、また以前のように騒がしい日々がやってきたものだったが、だからと言って日常に大きな変わりはなかった。精々が二種の魔創具を作れるようになった俺の鍛錬の時間が増えた程度だろう。


 しかし、そんな日々ではあるが、ずっと続くというわけでもない。

 かねてより参加することを決めており、今の俺の目標でもあった天武百景。その開催がやってきたのだった。


「——さて、それでは登録しにいくぞ」


 天武百景に参加するためにリゲーリアの首都へとやってきたわけだが、俺は早速とばかりに仲間達へとそう告げた。


「登録って……早くない? まだ宿も取ってないのよ? 観光だってしたいしぃ、もうちょっとだけゆっくりしてもいいんじゃなあい?」


 しかし、そんな俺の意見が気に入らなかったのだろう。スティアは唇を尖らせて不満そうな様子を見せた。

 確かに、スティアの言う通りではあるのかもしれない。天武百景の日が近づいていると言っても、今日明日すぐに始まると言うわけでもないのだ。まだこれから登録し、数日待ってから動き出す。そして登録自体は大会開始の前日まで行っていると言うのだから、今すぐに動かなければならない事情などない。


 だが、そうと理解しつつも気が急いてしまって仕方がないのだ。当然だろう。俺は今までこの大会を目的として過ごしてきたのだから。ここで優勝し、貴族としての地位を取り戻す。貴族になって何をしたいのかという明確な目的などない。ただ、貴族として以外の生きる道を知らないというだけだ。もっとも、知ったとしても選ぶつもりがないが。そう思えるほどに俺は貴族という生き方に染まっている。


「そう思うのであればお前はそうしていろ。俺は先に登録に向かう」

「もう、そんなこと言わないで待ってってば〜」


 こいつを放置したところで、一緒に来ているスティアの護衛部隊がスティアの面倒を見るだろう。

 そう判断して文句を言うスティアを放置して自分だけ先に進もうとしたのだが、文句を言いながらも俺と共に大会に登録しに行くことにしたようで、歩き出した俺の隣に並んで歩いている。


「まったく、せっかちさんね!」


 スティアは俺の二の腕あたりを人差し指で突きながらそんなことを口にしているが、やはりいつも通りうざいな。

 だが、今はこのうざさが少しだけありがたいような気もする。このうざさがなければ、たとえ一緒についてきているルージェやマリアと会話をしても、今の俺の緊張は消えることがなかっただろう。

 まあ、だからと言って感謝するかは別だが。


「そのようによそ見して歩いていれば、人の迷惑になるぞ」

「え〜! もうちょっと反応してくれてもいいじゃないのよ〜」


 腕を突いて戯れているにもかかわらず、ろくな反応をしない俺に対して不満をこぼしているスティアだが、そんなスティアの言葉に同意するように、後ろを歩いているルージェが話しかけてきた。


「まあ、スティアの言葉じゃないけど、なんか急いでるよね。やっぱり気が急いたりしてるんだ」

「そんなことが理由ではない」


 などと強がってみたが、実際にはその通りだ。登録したところで開始自体が早まることはないのだから意味がないと言えば意味がない行為なのだが、それでもやはり登録を済ませ、大会に参加したのだという安心感が欲しいのだと思う。


「そう? でも、ならなんでこんなに急いでるのさ。普通ならもう少しゆっくりしててもいいと思うんだよね。どうせ登録期間なんてあと二週間はあるんだし。っていうか、そもそもここにくるのも早すぎたんじゃない? もう少しゆっくりでもよかったと思うけど?」


 バカを言うな。確かにまだ大会の開始までは時間があるが、道中で事故などが起こりでもしたらどうするつもりだ。不意にドラゴンが襲いかかり、俺たちは大怪我を負ってしまう。そんな可能性だってあり得たのだ。その場合でも二週間もあればどうにか対処することは可能だっただろうが、一週間や三日前にそのような事態に遭遇することになれば、大会に参加などできるはずもない。

 故に、俺たちが早く来たのは間違いではないはずだ。


 もっとも、これから二週間もの間、この凄まじい人だかりの中で過ごさなくてはならないというのだから、ルージェの不満も理解できるが。


「う〜ん。でも、早く来て良かったとは思うわ。だって、今の時点でも結構人がいるもの。これ以上遅いと、今度は泊まる場所がなくなっちゃうんじゃないかな?」


 改めて周囲にいる人の波を見回すが、やはり多いな。マリアの言ったように、普通であればこれだけの人数がいる中でまともな宿を探すのは難しいだろう。

 ただ、それは普通であれば、の話だ。俺たちの場合は些か事情が異なる。


「いやいや、それは問題なしでしょ。何せ、バイデントがいるんだからさ。そっちに宿を借りることになってるんだよね?」

「ああ」


 そう。ルージェの言ったように、俺たちにはバイデントがいる。現在は本拠地を揺蕩う月のそばに構えているが、元々の本拠地はトライデン領にあり、王都にも支部が存在している。

 俺たちはそこに泊まることにしている……と言うか、そこに泊まってくれと懇願されたので、バイデントの支部を王都滞在中の宿として使う予定でいる。

 そんな懇願してきたバイデントだが、現在は俺たちが泊まるに相応しい状態にするために、支部に手を入れると言って俺達よりも先に街を出てこっちに来ている。


「バイデントっていう泊まる場所があるんだったら、寝るための部屋なんてなくてもどっかの部屋の隅っこでも貸してもらえればそこで座って寝ればいいし」


 座って……。まあ、最悪の場合はそうなるかもしれないか。バイデントでも予想外に俺たちが泊まることを反対される可能性だってあるわけだしな。


「え? 私そんなの嫌なんだけど? せっかくならゆったりゴロゴロ休みたいし、そんなんじゃ戦いの疲れを癒すことなんてできないでしょ?」

「ああ、うん。そうだねー」


 だが、スティアの容赦のない意見に、ルージェはどこか呆れたような空気を出しつつそのまま話を流すことにしたようだ。


 だが、今回ばかりはスティアの意見に賛成したいところだ。

 ルージェは元々色々な場所を転々とし、賊として逃げながらの生活が続いていたから座っていようとも安全な場所さえあれば問題ないのだろうが、俺としてはできることならばしっかりと横になりたいものだと考えている。


「まあそうねー。早く来たこと自体はいいとしても、登録を先にするってことはそれだけ大会が楽しみだからなんじゃない?」

「……無駄話してないでさっさといくぞ」


 こちらの顔を覗き込むようにしながらスティアがふざけたことをぬかしてきたが、それを無視して歩き出す。


「あっ。こいつってば話を逸らしたわね。そんなに恥ずかしがらなくってもいいのにねー……あだっ!?」


 うるさいぞ、阿呆。


 ……まあ、確かに楽しみだと思っていないわけではない。

 この大会に参加した理由は先も述べたように貴族になりたいから、ではあるが、純粋に楽しみたいと言う気持ちもないわけではないのだ。

 これでも武人として鍛錬を積んできたつもりだ。その技を比べ、競い合うことに関しては、素直に楽しいと思っている。そして、今回は天武百景という各地から武芸者達が集まってくる場だ。楽しみだと思わないわけがない。


 もっとも、そのようなことを言えばスティアに揶揄われるだろうし、そうでなくとも自身の気持ちを表に出すというのは些か躊躇われたのだ。

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