第156話首輪が外れて
「まあ、よく戻ってきた。部屋はリリエルラにいえば適当に用意するだろう」
だが、どうせ前回使っていた部屋が残っているだろう。そもそも、俺の部屋の周囲はなぜか無駄に部屋が空いているからな。
今では部屋にそれほど余裕があるわけでもないと思うのだが、それでもこの組織のボスである俺の部屋の周囲には信用できないものを近寄らせないようにしているのだろう。
それを除いても余り過ぎなきはするが、おそらくあれらが空いているのは俺の……いや、考えないようにしよう。
「はーい。あんがとねー、っと。でも、もうちょっと違う言い方あるんじゃない?」
「何がだ?」
「よく戻ったー、なんて言い方じゃなくって、好きな人が戻ってきたんだから、おかえり、っていうのが普通でしょ?」
「好きな人などではなく、単なる知人……精々が友人程度なもののはずだがな」
恋人や家族であればもっと仰々しく出迎えても良いのだろうが、俺たちはそのような関係ではない。であれば、この程度で十分であろう。
しかし、そっけないと言われればそれもまた理解できる。ふむ。そうだな。では……
「だがまあ、おかえり」
「うん。ただいま!」
にへら、と笑みを浮かべながら楽しげに返事をしたスティアを見ていると、どうにもこちらまで気が緩んでしまいそうになるな。これはこいつの人徳というものだろうか。
などと思っていると、何やらにわかに外が騒がしくなってきた。いったい何が起きたのだ? まさか今更この状況で敵が襲撃を仕掛けてきたなどということもないだろうが……
「スティア様アアアアア! 勝手に、一人で、行かないでくださああああい!」
なんとも聞き覚えのある声とセリフだな。
聞き覚えがあると言っても一度しか聞いていないはずだが、まあそれだけ印象深かったということだろう。
建物の外からは何やら口論のようなものが聞こえるが、早いところ指示を出して大人しくさせよう。でなければ目立って仕方ない。
「んへ? ああ、やっと追いついたわね。じゃああの子たちの部屋もよろしく」
「まあ、ある程度は余裕があるから構わない」
「オッケオッケ。約束も守ってくれたし、うん。とってもありがとね!」
そう言ってスティアは勝手にベルを鳴らして配下を呼んだ。こいつ、来たばかりだというのに本当に好き勝手しているな。今更その程度で文句を口にするつもりはないが、せめて遠慮する姿勢とか、問いかけることくらいはしても良いのではないか?
しかし、約束か。こいつと再開するまでこの場所から離れない、などという約束がなかったところでこの場所を離れるつもりはなかったが、それでも約束が守れたのならそれで良い。
「——アルフレッド様。この度は事前の連絡なく訪れたことをお詫び申し上げます」
「良い。顔をあげろ」
スティアが呼んだ配下に、外にいるのは客人だと伝えると、スティアの護衛騎士であるリファナの顔を合わせる運びとなった。
だが、この部屋にやってきたのはリファナだけではなく、他にも数名いる。そのうちの何人かはどうやらネメアラからスティア救出の礼を渡す係のようで、これみよがしに贈り物を抱えている。
「はっ。つきましては、今回は以前ご用意することができなかった解呪師をお連れいたしましたので、スティア殿下の事故の償いとさせていただければと存じます」
その言葉を受けて、ぴくりと眉を動かして反応してしまうが、これは仕方ないことだろう。何せ、これまで揺蕩う月の力をもってしてもここまで連れてくることはできなかったのだから。
そんな希少な者を連れてきたというのだから、驚かずにはいられない。
「連れてきたのか? こんなところにまで連れてきて良かったのか?」
「はい。アルフレッド様はスティア殿下の命の恩人であり、ひいてはネメアラの恩人でもあります故、この程度のことでそのご恩を返せるのであれば、何の問題もございません」
その言葉の後にリファナが合図を出すと、一人の魔法使いらしき女性が俺の前に進み出てきた。
「え、あの、初めまして」
「ああ」
挨拶をしてきた姿を見る限りでは、本当にこの女性で大丈夫なのだろうかと気になりはする。
だが、曲がりなりにもネメアラが感謝の印として送ってきた人物なのだ。役に立たないというわけではないはずだ。と、信じたい。
「それで、その……ここでやってしまってもいいんでしょうか?」
「すぐにできるものなのか?」
「えっと、はい呪いの強弱はあっても、ドラゴンを封じるといったような、よっぽど特殊なものでなければ、隷属に関する基本さえ押さえておけば大体おんなじようなものなので……。今日のために過去の隷属に関する術式も全部読み込んできましたし、十分もあれば解除できると思います」
過去の記録を全部読んだだと? それがどれほどの量になるのかはわからないが、一つの術に対する様々な角度からのアプローチの資料を全て読んだというのであれば、それはかなりの量になるものだぞ。
命令だったからだろうが、俺のためにそこまでやってくれた人物を信じないわけにはいかない。
ネメアラとて俺のためにこうして最高位の呪術師を送ってきたのだろうし、ここで疑うような姿勢を見せない方が良いだろう。
「そうか。なら、やってくれ」
「は、はいっ……!」
それから皆が固唾を飲んで見守り、部屋の中にカチャカチャとケーキを食べる音がやけに大きく聞こえる中、しばらく待っていると……
「お、終わりました。それで外れるはずです。多分……」
その言葉を受け、首にはまっていた煩わしい金属の輪に手をかけると、軽く力を込め……カチャン。そんな軽い音と共に俺の首にはまっていた首輪は綺麗に外れて手の中に収まっていた。
「これで、外れたのか……随分とかかったものだ」
手の中にある隷属の首輪を見ながら、息を吐き出して呟くが、本当に随分とかかったものだ。
「でもさぁ、なんで今まで外さなかったの? これまで結構時間あったし、首都で探して呼ぶこともできたんじゃないの?」
「そうしてもいいかと思ったことはあった。だが、呪いと言ってもそこまで不都合がなかったということもあるが、いちばんの問題は繋がりがなかったことだな。俺たちは所詮裏の組織だ。権力者に囲われている者を動かすには少々面倒なことに手を出さなければならない。そんなことをしている余裕があるのであれば、首輪のことなど気にせずに組織の安定と発展を考えた方が良い」
一応解呪できるであろう者を探すこと自体はできていた。だが、王族を逃さないようにするために最上位の隷属の呪いがかかった道具を外すとなると、同じく最上位の者にしかできない。そして、どんな分野であっても最上位に位置する者は希少であり、力あるものに保護されている場合が多い。俺たちが探し出した呪術師もそうだ。王家に囲われているようで、おいそれと手出しすることはできなかった。
攫おうと思えばできただろうが、それをやると確実にこの場所を攻められることになるので、やるわけにはいかなかった。
ただ、その理由意外にも、首輪を外すことを選ばなかった理由がある。それは……
「あとはまあ、お前との約束でもあったからな」
約束をしたが、スティアはあれを命令だと言っていた。実際には命令でもなんでもなく効力のない口約束だったわけだが、首輪を解除してしまえばその約束まで消え去ってしまうように感じられた。そんなわけはないのだから好きにやればよかったはずなのだが、なんだか気になってしまい、首輪を外すつもりにはなれなかった。
そんな本来は口にするつもりはなかった言葉は、口の端から小さく溢れてしまった。とはいえ、とても小さな声であることに変わりはなく、普通であれば聞こえないような言葉だ。
だが、スティアはそれを聞き逃さなかった。
「え〜、もう。ツンデレちゃって〜」
そう言いながらニヤニヤとこちらを見てくるスティアは、最高に人をイラつかせる。
「黙っていろ、阿呆」
「もがもがもがっ!」
布で顔を包み込む。何か言いたそうに声を出しているが、魔創具の布は簡単に破ることも外すこともできないようで、もがいている。
だが、もがくのは理解できるし、それを外そうとするのも理解できるのだが、床を転げ回って外そうとするのは王女としてどうなのだ? せめてもう少し品のある態度ではできんのか? ……できんのだろうな。
「それからもう一点、国王陛下から伝言です。んん——」
もがいているスティアから布を外してやったところで、リファナが口を開いたのだが、そのまま伝言を伝えることはせず、一旦ためらったように間を作ってから再び話し始めた。
「娘と結婚したければ力を証明してみせよ! ——以上となります」
……なるほど。ネメアラはスティアと俺の婚姻に乗り気なのだろうとは理解していたが、王がわざわざ伝言をよこすほどだったか。
だが、その伝言の内容もな……。なんというか、随分と戦闘力を重視しているのだな。スティアから聞いた限りでは納得のお国柄というやつではあるが、そうか……これは、なんというか……
「そうか。結構だ」
そうとしか言えないな。何をとち狂えばこの阿呆を娶るために力の証明などせねばならんのだ。
「なんでよ!?」
だが、俺の答えを聞いてスティアは驚きと怒りを混ぜ多様な表情で叫んできた。
「そもそもお前と婚姻関係になりたいと言った事などなかった気がするが?」
「頷いて。お願い! じゃないと私一生結婚できないでお城にいることになるのよお〜。今回だって婚約を勝ち取ってくるって宣言したからこそここに来るのを認められた感じなのにぃ〜」
一生城に、か。こいつの立場が微妙だということと、外に出そうとして失敗したことを考えると、上層部がそう考えるのも仕方ないことかもしれない。
こいつには可哀想な内容ではあるが……いや、本当に可哀想か? 自業自得ではないか?
それに、こいつは城に篭っていた方が誰にとっても平和になるような気がするのだが……
「……それは、それで平和なのではないか? 少なくとも、どこかに拐われてしまうことはないのだ。ネメアラの者達は安心するのではないか?」
「いやよ! つまんないじゃない!」
堂々と言い放ったスティアだが、その言葉を聞いてスティアと共にやって来た者たちは非常に疲れたような表情を浮かべて虚空を見つめていた。……きっと、この者らも苦労したのだろうな。
と、スティアの護衛たちになんだか親近感が湧いたところで、一旦話を切り替えるために深く息を吐き出した。
「まあ、婚姻云々は抜きにしても、そちらの部屋は用意させよう」
「ありがとうございます。アルフレッド様」
リファナは騎士として綺麗な姿勢で礼を口にしたが、アルフレッドはすでに捨てた名だ。必要であれば利用することはあるが、必要でない場では呼ぶのはやめてほしいところだ。
「ここではアルフだ。呼ぶならそちらにしろ」
「はっ! 承知いたしました、アルフ様!」
俺の名を呼び直したことで俺は頷きを返し、部屋の隅にいた配下にこの者らを部屋へ案内するように指示を出す。
その間、スティアの護衛達は姿勢正しくキリリとした表情で待機していたのだがそれを見てスティアが少しだけ眉を下げて口を開いた。
「……ねえねえ。なんか私よりもアルフの方がみんなの主って感じしない? 私の部下なんだけど?」
「不満があるのであれば、主に相応しい振る舞いというものを身につけよ、阿呆」
俺の言葉を聞いてその場にいたスティアの護衛達が頷いていたが、それを見て何も思わんのか、お前は。配下にすらダメなやつだと思われてはおしまいだぞ。
もっとも、こいつはそのようなことは気にしないし、リファナ達も分かった上でこいつについているのだろうから、何か言ったところで無駄だし、そもそも必要ないことなのかもしれないが。
「それよりも、泊まらせてやるが騒ぎを起こすなよ」
「分かってるってば。私だってねえ、泊まらせてくれるのに無茶を言ったりなんてしないんだから」
「……だといいのだがな」
こいつの無茶しない、という言葉ほど信用できないものはないのだがな。まあ、何かあってもすぐに対応できるように配下達には言い含んでおくか。
「ところで、ここって練武場的な場所ってあるの?」
「まあ、あるが……どうするつもりだ?」
「どうするもこうするも、もうすぐお祭りがあるんだから、それに向けて鍛えないとでしょ!」
お祭り? ……天武百景のことか? それならば確かに練武場を使いたいという思いも理解できるが、天武百景まで後二ヶ月はあるぞ? それまで滞在し続けるつもりか?
「家に帰れ、お姫様」
「いいじゃないの。どうせ帰ったところでまたこっちにくるんだし、あと何ヶ月でもないでしょ?」
確かにこれからネメアラに帰って再びこちらに戻ってくるとなるとそれなりに時間を無駄にすることになる。
それに、こいつはネメアラの王から俺のことで言い含められているようではあるし、帰るつもりがないのも当たり前か。
「まあそうだが……お前は自身が姫だということを自覚しているのか?」
「うん。あったりまえでしょー? 私はお姫様よ。敬いなさい!」
「それじゃあ、お祭りで優勝するために頑張るぞー! おー!」
はあ……これからまたしばらくは騒がしい日々になりそうだな。
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