第155話うるさいのが戻ってきた

 ——◆◇◆◇——


 オルドスが行ってから数日が経過した。

 六武と戦うという突発的な事態が起こったが、まあそれ自体は俺の糧となったので問題ない。

 オルドスについても、再会することができて喜ばしく思うし、あいつが魔創具の再生成について教えてくれたことで、俺は魔創具を作り直すことができた。その結果は万全なものではなかったが、それでもありがたいことだ。


 その他については……『バイデント』か。結局あいつらはここで暮らすことを決めたようだが、まあ問題はないな。ここで暮らすと言ってもこれまで築いてきた立場を完全に捨てるつもりはないようだし、奴らの好きにすれば良い。


 だがこれで状況も落ち着いたし、もう面倒が起こることはないだろう。後はあ静かに天武百景の時期を待つだけ——


「ボス! 大変です!」


 などと考えていると、どうしたことか。揺蕩う月のメンバーが慌てながら部屋へとやってきた。


「今度はなんだ」

「獣人達のお偉方がこの街に近づいてきてるぞ!」

「獣人? ……この街に獣人に関する施設などはなかったはずだよな?」


 獣人が来るのは普通だが、それは少数に限った話だ。傭兵や冒険者などであれば特に何かあるというわけでもないのだが、貴人が来るとなると話は別だ。一体なんの目的で来るというのだろうか?


「ああ。領主も特に何か繋がりがあるってわけでもないはずだぜ」

「となると……やはり俺か」


 なんの目的で、と考えて真っ先に思いついたのは、俺だ。

 もっと言うなれば、あの阿呆の関係。

 だが、奴が来るか? いや、来ないだろう。何せ奴は王女だ。どれだけ阿呆で自由奔放でいつ逃げ出したとしてもおかしくない存在だとしても、王女だ。勝手にここにやってくるというのであれば理解できるが、今回のようにわかりやすく貴人として列をなしてやってくるようなことはあり得ないはずだ。何せここは王都でも主要な都市でもない。王族が来るのはおかしすぎる。精々王族から命を受けた大臣かその部下あたりと言ったところだろう。


 そう考えて受け入れる準備をして待っていたのだが……


「たっだいま〜〜〜〜!」


 なぜか見張りの知らせが来る前に突然部屋のドアが開き、どこか気の抜けるような言葉がかけられた。……なぜだ?


「スティア? なぜここにいる」

「なぜってひっどいわね〜。戻ってくるって言ったじゃない!」


 確かに言っていた。だがそれは、天武百景の時にまた会おう、という意味ではなかったのか?


「まだ一年と経っていないのだが? 天武百景の時に戻ってくるのではなかったのか? それに、お前がここにいるのであれば、いま街に向かってきている者達はなんだ?」


 まだ獣人達がこの街に向かっているという知らせを受けてからそれほど時間が経っていない。今頃は精々街の入り口に到着したかどうか、というところだろう。

 そのはずなのに、なぜこいつがここにいる? 王女であり、一度この国で攫われたこいつが再びここに来ることをよく許されたものだと思うが、まあ百歩譲ってそれはいいとしよう。

 だが、こいつが来るにしても絶対に一人で来させることはない。これは予想ではなく確定事項だ。また攫われる可能性がある重要人物を単独で国内に入れるはずがないからな。


 となれば供をつけてここまで来たと思うのだが……やはりというべきか、おいてきたのか? それ以外に、この場所に向かってきているであろう獣人達とこいつが別行動をとっている理由が思いつかない。


「そのつもりだったんだけどねー? やっぱしほら、私の立場って微妙なままでしょ? 結婚でもすればなんかこう、色々変わるっぽいんだけど、私ってば結婚とかしてないし。そうなると扱いに困るし、国に留めておくよりもあんたのところに居させた方がいいんじゃないかー、ってお姉ちゃんが言ったのよ。そしたらそうなっちゃった。……あ。で、外にいる人達だけど、私のお供よ。ちょっと遅かったから一人で先に来ちゃった」

「一人で……姫することではないが、まあいい。お前はそういうやつだし、どうせ言っても無駄であろうからな。それで、お姉ちゃんとは、以前使節団として来ていたグラージェス王女か?」

「そうそう。前の時に、あんたが私の婚約者だってわかったじゃない?」

「正確には婚約者候補だったがな」

「細かいこと気にしないの。んでんで、私が認めるほどの人物であれば戦闘力的には問題ないし、この際うちに招いて私の結婚相手にしちゃえばー、ってなったのよ」


 こいつがこちらに送られてきた理由も、まあ理解はした。元々こいつの立場は微妙なものだった。だからこそ、他国に嫁に出そうとしていたのだ。それを考えると、できる限り国から離しておきたいという考えは理解できる。


 まあ、だからと言って本当にこいつを外に出すのかと思わないでもないが、他にも目的があるのであれば妥当な手だろうとも思う。

 今の俺は貴族でもなんでもないからな。戦力として自国に取り入れたいというのは理解できる話だ。


「そんで、そうしようってなったんだけど、いきなり招いても断られるだろうし、お礼をするだけじゃ弱いから、私のことを気に入ってもらってからなんかこう、いい感じの流れでうちに来るように誘導しなさい、ってことになったのよ」

「つまり、色仕掛けの類か。だが、そのようなことを俺に行っても良かったのか?」

「いいんじゃない? どうせバレるでしょ。あんたそこまでお馬鹿じゃないし。それに、隠して行動してるとか、私の性に合わないのよね。なんていうか、体の底がむずむずする感じがすごいのよ」

「……脳筋だからか」


 もしくは阿呆だから。どちらにしても、策謀には向いていないことは間違いないな。

 しかし、このような隠さない態度は好ましいと思う。それを計算してこいつを送ってきたのであれば、グラージェス王女はなかなかの策士だな。


「そんなわけで私はこっちに来てあんたのことを口説きに来たのよ! どう? 私のこと好きになった?」


 だが、堂々と隠さずに言えばいいというものでもないだろう。恋愛など家の繋がりとしか考えていなかったために普通の恋愛感情や機微に詳しいわけではないが、これは間違っていると思うぞ。こんな態度でこいつのことを好きになる者などそうそう居はしないだろう。


「この流れで好意を持つと思えたのなら、お前は阿呆どころかただの愚か者だと思うがな」

「やっぱし? でも好きか嫌いかで言ったら好きでしょ?」


 それはそうだが……なぜこいつはそんな自信に満ちているのだ?


「……なんだお前のその自信は」

「自分を信じるからこその自信でしょ。私は私のことを誰よりも信じてるもの。行動に間違いはあるかもしれないけど、そこに至った想いに間違いはないってね。今は行動じゃなくって心の話なんだから、自信があって当然でしょ。私は誰よりも私に自身があるわ!」


 こいつは……これだから困る。こいつは確かに阿呆ではあるし、普段は関わりたくない部類の人間であることは確かだ。だが、今のような姿は憧れるし、羨ましいとも思う。

 だからこそ、面倒ではあったし、なぜこんな者と共に行動していたのか自分でもわからなかったが、俺は最後までこいつのことを見捨てることはしなかった。

 人を惹きつける力……魅力があった、というのだろうな。賢しらに語り、共にいて楽な存在も好ましいとは思う。だが、どちらか一方だけを選べと言われたら、共にいて疲れはするが、こいつのような阿呆を選ぶかもしれない。

 それが愚かな選択なのだとわかっているが、それでも、どうしようもなく魅力を感じるのだ。


「……これが勉強の点数とかだったら自信なんてこれっぽっちもないけど……まあそれはそれとして! で、どうなの?」


 ……まあ、最後の一言で台無しにするところは憧れないし、魅力も消え去るが。


 だが好きか嫌いかで言ったら、か。


「確かに、その二択で言ったら好ましい方によっているな」


 思ったままにそう口にしたのだがこの発言は少々早まったかもしれない。


「そっかそっか。えへ〜。そっかぁ〜」


 スティアは俺の言葉を聞くなり、ヘラヘラニヤニヤと普段は浮かべないようなだらしない笑みを浮かべ、楽しげに体を揺らした。

 自身が褒められ、好意を向けられれば誰だって嬉しいだろうが、それでもこうも緩んだ状態を見せられると、普段の態度と違いすぎて気味が悪い。


「ニヤつくな、気持ち悪い」

「気持ち悪い!? ひどくない!? かわいいでしょ!」


 普段の見た目は確かに見目の良いものだと言えるな。だが、今は違ったであろう。だらしなく緩んだ表情を見せられてそれを可愛いと評するなど、まるで頭の緩い恋人の如き会話ではないか。


「で、結婚したくなった?」

「この流れでしたくなったと答えると思うか?」

「でも好きなんでしょ?」

「どちらかというと好ましいというだけだ」


 好きか嫌いかだけで婚姻の判断を下すなど、なぜそうも極端なのだお前は。……はあ。


 しかし、スティアも本気で聞いているわけではないのか、俺の答えに不満そうに唇を尖らせてはいるものの、それ以上何かを言ってくることはなかった。

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