第153話ギリギリトライデントと呼べなくもない

「一応、できるようだな。魂の方ではなく、体に刻んだ紋様の方に意識を向ければ切り替えることができる」


 今回俺は魂の方に魔創具の形状を記述することで、魔創具を生成する際にそちらを参照するように設定したが、意図すれば任意で形を変更できるようだ。二つの形を使い分けることができるのであれば、それはそれでなかなかに便利なのかもしれない。


 だが、そのせいで俺は『フォーク』しか使えないのではないだろうか? 魂にあまり無茶をさせないようにと肉体に刻んだ魔創具の刻印を流用しているから、そちらの情報が影響してしまい、本来のトライデントではなくそこにフォークの形状が混じってしまったのではないか、と考えている。


 もしその予想が正しいのであれば、体に刻んだ魔創具を完全に切り離し、二度と使えない状態にした上で魂に全ての記述を刻むことで、本来のトライデントを呼び出すことができるようになるはずだ。

 だが、流石にそこまでのことはできない。魂に刻むには俺の魔創具の刻印は複雑すぎるので刻み切れないというのもあるが、形状の情報を刻んだだけでこれだけの疲労感があるのだ。とても最後までやり切れるとは思えない。

 そして、もし失敗すればその時は俺は俺ではなく異形の化け物となるやもしれない。

 姿形は同じだったとしても、精神性が変わるかもしれない。それはもはや『俺』ではない。今の『俺』が『アルフレッド・トライデン』ではないように、全くの別人だと言えるだろう。そのようなことは望まない。


「なら、まあいいんじゃないの? どっちかだけだっていうんだったら、望んだ形じゃないと不便だろうけど、二種類の形が使えるんだったら多少の不便はあっても便利の方が上だろうし」

「……まあ、状況で使い分けることができるというのは強みではあるな」


 ルージェの言う通り、俺はトライデントを使うことができるようにはならなかったが、二種類の武器を切り替えることができると言うのは利点ではある。


「それに、少し形が違うって言っても、使えることは使えるんだろ? ならそれでいいじゃなん」


 まあ、僅かに反っているのでそれ専用に型を組み直し修正する必要はあるが、それでもトライデントで習った動きを使うことはできるだろうな。


「いや、形状は似ているが、その刃では折れるんじゃないか?」

「それも試してみないことにはわからないな。一応用意できる限り最高級の素材を使用しているのだ。そこらの名剣程度では負けない丈夫さはあるはずだが……」


 オルドスの言ったようにこの農業フォークの刃は、トライデントのものよりもはるかに細い。普通に考えればこのような刃ではすぐに折れてしまうだろうが、曲がりなりにも聖剣を目指して作られた武具なのだ。変わったのは形状だけのはずだし、強度に関しては問題ないはずだと思っている。


 もっとも、実際にどうなのかは確認してみるしかないのだが、ちょうどいいところにちょうどいい人物がいるな。


「オルドス。少し付き合ってもらえるか?」


 王子を相手に〝ちょうどいい〟などと言う言葉は不敬でしかないが、まあ俺たちの間柄だ。許してくれることだろう。実際、オルドスもなんだか乗り気な様子を見せて笑っている。


「ああ、構わないぞ。全力で一撃入れればいいだけだろ?」

「そうだ。頼む」

「任せろ。先の手合わせでは負けたが、一撃勝負というのであれば負けはしないぞ。特に、お前は避けずに受け止めなければならないとなればな」

「そうだろうな。だが、それで壊れるようならばそれはそれで構わない。今はこの『フォーク』の程度が知れればいいだけなのだからな」

「だとしても、俺にとってはお前に勝てる数少ない機会だ。全力でやらせてもらう」


 オルドスの剛剣を受け止めることができたのであれば、強度に関しては問題ないと言うことができるだろう。


「準備はいいか?」

「いつでもこい」

「では、行くぞ!」


 そう叫ぶなり、オルドスは上段に構えた剣を勢いよく振り下ろし……


「ぐっ……!」

「う、おおおおお!」


 地面にヒビが入るほどの衝撃をフォークの刃で受け止める。

 通常の武具や、少し丈夫、あるいはそこらに存在している名剣程度ではこの衝撃で折れていただろう。

 だが、新しく生み出したフォークは折れるどころかヒビすら入ることなくオルドスの一撃を受け止め切ることができた。


 その様子を確認し、俺達は同時に息を吐き出すとどちらからともなく武器を下ろして下がった。


「壊せなかったか……」

「いや。形こそ保っているが、受け止めた箇所には傷が入っている。これでは一度作り直さなければ使い物にならん」


 折れていないし、ヒビが入ったりもしていないが、よく見ると接触した場所には傷がついている。すぐさま折れると言うこともないだろうが、それでもこのまま使用し続けていれば数度の攻防で折れることになっただろう。なんだったらこちらの技の威力に耐え切れずに自壊していたかもしれない。


「でも壊れてないんだったら作り直せばいいだけなんじゃないの?」

「確かに壊れていれば壊れた破片を回収する作業が必要になるから面倒ではあるが、作り直しにも時間がかかる。一瞬でとはいかず、少なくとも一秒はかかる。戦闘中の一秒がどれだけ重要か、お前でもわかるだろう?」

「そもそも君が一秒を重視するくらいまで追い詰められるような状況が思いつかないんだけど? 大抵の敵は余裕で倒せるくせにさ」

「大抵の敵はな。だが、仮にも天武百景で優勝を狙おうとしているのだ。この間のキュオリア殿を見ればわかるが、六武やそれと同格の他の国の天武達はまごうことなく強者だ。その座を手に入れようとしている者達が弱いわけがない。余裕の戦い、とはいかないだろう」


 ルージェの言ったように大抵の敵は一秒を重視するような状況には追い込まれない。だが、それは絶対ではない。いつかそのレベルの強敵に遭遇することがあるかもしれない。いや、いつか、などと遠い話ではなく、すぐ近くに迫っているな。何せ、あと一年もしないうちに天武百景が行われるのだから。

 その時にはかなりの強敵と戦いを繰り広げることになるだろう。


 一秒なんて時間があれば、俺であっても十は槍を突くことができる。六武であっても似たような、あるいはそれ以上のことができるだろう。

 格下が相手であればまだなんとか対処できる余地はあるが、同格以上の相手の場合は確実に追い込まれることになる。


 これが本来のトライデントの形状であればもう少し丈夫になったのだろうが、まあこの細さであればこの程度が限界か。仕方ない。


「まあ、俺はそれでもお前が勝つと思うけどな」


 どこか楽観的に……いや、無責任とすら感じられるオルドスの言葉に、若干眉を顰めながら問いかける。


「なんだその信頼は。六武の強さはお前の方がよく知っていると思ったが?」

「その上で言うんだ。お前は本来の武器ではないにも関わらず、キュオリア殿を退けたのだぞ? 引き分けと言っていたが、あれはほぼお前の勝ちだっただろう。そこにお前が本来の武器を使用するのだ。負ける要素がない」

「本来の武器と言っても、『フォーク』だ。正確には本来の武器ではないぞ」


 トライデントは斬撃もできるようの刃だが、農業フォークの刃はそんなことはできない先端が尖っているだけの刺突専用のもの。例えるなら、両刃の剣とエストックくらい違う。

 使えないこともないが、本来の武器、と言うには些か物足りない。まあそれでも両手持ちの武器で刺突ができると言うだけでありがたいことではあるが。


「それでも、食器用フォークよりはマシだろ? 少なくとも、刺突に限って言えば全力を出せるはずだ」

「まあ、そうだな」


 重量のバランスも違っているし、何よりも先端がうっすらと弧を描いているので使用する際はその分動きに修正を入れなければならないが、できないわけではない。


「まあいい。お前の魔創具の改変は一応の成功と言ってもいいだろう。特に副反応などの異常は見られないようだし、一安心といったところか」

「そうだな。望んでいた形とはまた少し違ったものだが、それでもありがたいことだ」


 肉体的な作用はないことは間違いない。精神的なものに関してはわからないが、これだけ話していて仲間達が違和感を覚えないのであれば、おそらくはなんの問題もないことだろう。


 そう考えると、不満はあれど新たな武器を手に入れたと言うことができるのだから、それほど悪い状況ということもない。


 しかし、こうなるとただ感謝を口にして終わりとするわけにはいかんな。


「お前がいなくばこれを手に入れることはできなかった。突然挨拶もなくいなくなった俺を探すために動いてくれたことといい、ここまで来てくれたことを心より感謝する」


 今の俺はすでに貴族ではなく、なおかつ一つの組織の長であるため、臣下としての礼を尽くすことはできないが、それでも感謝を示すために誠意を込めて頭を下げて感謝を口にした。


「やめろ。元々の原因は、何度も言っているがこっちにあるんだ。ミリオラが愚かな事をしていなければ、あのロイドもお前のことを狙いなどしなかったはずだからな。全ての元凶は王家にある。その詫びにすらなっていないのに感謝などするな」


 しかし、オルドスはそうして頭を下げた俺の肩を掴んで強引に顔を上げさせてきた。そうして顔を上げた際に見たオルドスの表情は、とても不満そうなものに歪んでいた。どうやら、オルドスとしては友人だと思っている俺が頭を下げてくることが気に入らなかったようだ。


 だが、感謝しないわけにもいくまい。かといって、感謝を示すという自己満足のために感謝をする対象が不快になっては意味がない。仕方ないので感謝を口にするのはこの辺りで止めておくとしよう。また別の機会で示せばいい。


「お前がそう思っていたとしても、俺が感謝していると言う事実は変わらない。ありがとう」

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