第147話決闘終了
「今度は視線を遮るか。確かに、それなら防ぐことはできるね。いくら誤魔化してるって言っても、目視で操ってるのは確かなんだから」
止まることなく続く攻撃に、俺は防ぐのではなく、相手の視界を遮るためにマントを正面一杯に広げた。視線を誤魔化しているということは、誤魔化す必要があるということで、実際に目で見る必要があるということでもある。
であるならば、物理的に見えないようにしてしまえば、剣を操ることはできなくなる。
「でも、それだけかい? そんなことなら、やってきた者はいたよ」
だが、キュオリアは見ないのであれば無差別に攻撃をすればいいとばかりに、先ほどのような統制の取れた動きではなく、どこを狙っているのかわからない乱雑な動きで剣を動かし始めた。
「くっ……! 逆巻け!」
無造作に襲いかかってくる剣をどうにかするために、先ほどのように自傷覚悟で周囲に風の渦を発生させる。だが、今回は先ほどとは少し違っていた。
一番大きな違いは、その効果時間。先ほどはすぐに消えたが、今回は剣を吹き飛ばした後でも風が渦を撒き続けている。もはやその場にとどまり続ける小型のツイスターと言っていいだろう。
いや、風に巻かれて地面も軽く抉れ、宙を舞っていることにより、ただの風の渦とは言えない。
これならば剣が襲いかかってきても、渦まく風と、その風に乗っている土や石にぶつかることで勢いの大半が削がれるので致命傷は負わないで済む。
ただ、これも本格的な対処とは言い難い。時間稼ぎにしかならないだろう。
「風の渦で軌道を逸らすつもりかな? その程度で防げると思っているのかい?」
そう言いながらキュオリアは俺が正面に展開していたマントの壁の脇から姿を見せた。それはそうだろう。いくら剣を操るのに集中が必要だとはいえ、全く動けないなんてことがあるわけがない。視界が遮られているのであれば、その場所から動けばいいだけだ。
そして、見えてしまえば状況が変わる。視界を遮られた上に風に巻かれて乱れていた動きが、視線が通ったことで整然としたものに変わり、風の渦の中であっても明確に俺に向かって飛んできた。中には風に乗ることで速度を出して襲ってくるものもある。
流石に全ての剣がそうというわけではないし、先ほどまでよりも操っている剣の数が減りはしている。だが、やはりこのままではただ負けるだけで終わりになってしまうことだろう。
だがそれでも、こちらに分が悪いというのは間違いではないが、まだ終わっていないのだ。
「剣の軌道は変わらずとも、操る人間の状態には影響するのではありませんか?」
「……確かに、視界は悪いし、風に耐えるために無駄に力を入れないといけない。しかも、常に風の流れや威力が変わるから細かく調整をし続けないとだ。互角の相手であれば、これは面倒だね。でもさ……さっきも言ったけど、この程度のことを対策していないとでも思っているのかい?」
その言葉と同時に先ほどとは比べ物にならないほどの剣がキュオリアの周囲に生み出された。
そして、その剣の群れが動き出すと一つの塊となり、巨大な剣を作り出した。
巨大で歪な剣。実際に振るうとしたら使いづらいことこの上ないだろう。
だが、今はそんな剣がとてつもない脅威となって襲いかかってきた。
いくつもの剣をまとめただけあって重量はかなりの物のようで、風の影響をほとんど受けていない。途中で土や石に当たっているが、それらもなんら問題なく突き進んでくる。
これはフォークでどうにかできるような物でもないな。
一瞬でそう判断すると、マントを正面に張って視界を遮り、その隙に距離をとる。
……一応防げないこともないが、完全に止めることは無理か。
貫かれはしないものの、大きく押し込まれたマントを見て今後の対応について考える。
「今までも似たようなことをしてきた相手はいたさ。魔法使いなんて特にそうだ。こっちの姿勢を崩そうと足場に細工したり、風や水、あるいは重力をかけて足止めをしてきた。それらの対策をしてきた上で僕はここにいる。その事実を忘れてもらっては困るよ」
どうする……魔法で強引に本体の方を叩くか? できないわけではないかもしれないが、対策をしているとのことだしな……。それが俺を混乱させるための虚言である可能性はあるが、この相手は六武なのだ。実際に対策してあると考えた方が利口だろう。
空中を飛び交う見える剣だけでも厄介なのに、そこに見えない剣が加わると厄介なことこの上ない。たった二つの能力しか使っていないのにこれだけの脅威とは、全くもって恐れ入る。しかも、今は剣を操っているが、だからと言って魔法使いを相手にするように近寄れば剣士として攻撃してくるだろう。それも、半端な剣術ではなく、達人のごとき剣をもってしてだ。
どうするべきか……
「巻き上がれ!」
一つの方法を思いつき覚悟を決めた俺は、ひとまず襲いかかってくる巨大な剣をどうにかしようと、地面を抉り、その土で構成された蛇竜のようなドリルをぶつけることにした。
避けることもできただろう。だが、俺が何をするのか見るためかキュオリアは剣を動かすことなく正面から受け止め、巨大な剣は崩壊した。
これで状況は元に戻ったな。あとは、見える剣と見えない剣にだけ対処すればいい。
「見える刃と見えない刃の違いが混乱を招くのであれば、全て見なければいい」
考えた結果、出てきた答えはそれだった。目を瞑ってしまえば全てが〝見えない剣〟となる。なら、見えない剣にだけ対処すればいい。
そんなことができるのかと思うかもしれないし、実際に自分でも疑問はあった。だが、それでもやるしかないのだ。
そうして、俺は目を瞑りながら迫りくる剣全てに対応することになった。
「心の眼、というやつか」
最初はそれほど多くはなかったが、徐々に増える剣を相手にしていると不意にキュオリアが口を開き、剣の動きが止まった。
「流石にそこまでのものではありません。ただ、風の流れがおかしかった。トライデンは渦を扱う」
「……ああ、そうか。風の〝渦〟なんていう、トライデンの領域の中で戦おうとしたのが間違いだったってわけだ」
キュオリアは笑みを浮かべながら楽しそうに笑うと、少しだけ考え込むように目を瞑り、再び目を開けた後に全ての剣を収めた。
「?」
「この勝負、僕の負けだ」
「……よろしいのですか?」
わけがわからず眉を顰めていると、キュオリアは降参を宣言してきた。まだ戦えるだろうに、いったいなぜ……
「よろしいも何も、どう見ても僕の負けだろ? 自慢の魔創具が破られたんだ。これで勝ったと言えるほど、誇りのないやつじゃないつもりだよ」
「ですが、まだたった一度だけです。このまま攻め込まれれば、いずれはそちらが勝ったと思いますが?」
一度破られたとはいえど、仮にも六武と呼ばれる強者なのだ。次は何らかの対応ができるだろうし、それは回数を重ねればより完璧に近づいていくだろう。むしろ、今ので決定打を与えることができなかったこちらの負けと言えるのではないだろうか。
「それで勝って何になるっていうのさ。これは決闘とは言ったけど、殺し合いじゃない。技を破られたんだったら素直に負けを認めるのが武人ってものだろ?」
言われてみれば、確かに今回の戦いは殺し合いではない。決闘に死はつきものではあるが、絶対ではないのだ。
であれば、ほどほどのところで辞めることになんら問題はないはずだ。
「……そうですね。失礼いたしました」
「いや、いいよ。発見もあった。そもそも見なければ見えない刃なんて意味がないってのは、なるほど確かにそうだ。その発見は僕の糧になる」
そう言ってキュオリア……いや、戦いが終わったのであれば改めるべきか。キュオリア殿は体をほぐすように動かし、一つ息を吐き出した後にこちらに笑いかけた。
「さて、それじゃあこれでこの傍迷惑な決闘騒動も終わりだ。お疲れ様」
傍迷惑と自分で言うのか……。確かにこちらとしてはいきなり仕掛けられた戦いであり、迷惑と言えば迷惑なものではあったが。
「それじゃあ対価として、僕に何か頼みたいことはあるかい? 大抵のことは協力するつもりだよ。なんだったら国王を殺しに行こうって話でも受けてあげてもいい。まあ、その場合は僕だけじゃ厳しいから一緒に来てもらうけどね」
まったく……なんてことを言うのだこの方は。国王の殺害など望むわけがないだろうに。それに、仮に望んだとしても、それを堂々と言うはずもない。
今の流れであれば冗談とすることもできるだろうが、いかに六武といえども、ともすれば反逆罪として囚われることになるぞ。
「そんなことは願いません。ただ、現状で六武に願いたいようなこともありません。ですので、その貸しは次回に持ち越しと言うことで構わないでしょうか?」
「いいよ。まあ、僕としても今すぐ何か言われるとは思ってなかったし、存分に悩むといいよ」
と言っても、正直なところを言えば誰かに何かを頼むことなどないのだがな。貴族に戻るには自力でどうにかすればいいと思っているし、欲しいものがあれば『揺蕩う月』を動かせば大抵は手に入る。そうして手に入らないものであれば、今の自分には合わない高望みしたものだということなのだから素直に諦めて別のものを求めればいい。
「それじゃあ、僕はこの辺で館に戻るけど……頑張ってね」
「は? それはいったい……」
頑張るとは、いったい何を……? 今の一戦以上に頑張ることなど予定になかったはずだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます