第146話二つの刃
「それが例のテーブルクロスか。ああいや、マントだったかな? 主な使い方としてはそっちなんだろう?」
「どちらでも構いません。性能に違いはありませんので」
「テーブルクロスだと蔑称のように感じられるから、マントにしておこうか」
マントを空中に広げたことで、迫り来る剣を防ぎ、そのまま包み込むことで動きを止めた光景を見て、キュオリアは楽しそうに話しかけてきた。
「そのマント、そこまでの守りだともはやマントではなく鎧だね。魔法の込められた布の鎧。攻撃と守り、普通ならどちらかの道具だけを選ぶところのはずなのに、まさかそれほどの性能の道具を二種類も刻むだなんて……流石は、と言ったところかな?」
「これでも、最強を目指していたものですので」
そうでもなければ、あそこまで術を詰め込んだ魔創具を作ろうとは思わないし、二種類を同時に刻もうとも思わない。
「へえ、最強をね……。てっきり君はそういうものに興味なんてないと思ってたんだけどね」
「最強であることそのものに興味はありません。ですが、俺は歴代のトライデン達を超えたかった。そして歴代のトライデンを超えるということは、最強になるということでしょう? 何せ、トライデンはこの国において最も強い者達の名ですから」
今のトライデン家当主——俺の父は違うが、それ以前の歴代達はまさしく『国の盾』という名が相応しいほどの活躍をして見せた。六武筆頭という地位も、政治的な理由はあれど、そんな理由がなくとも就任してもおかしくないほどの力があったからこそ認められてきたのだ。
そして、俺はそんな過去の先祖たちから引き継いできたもの全てを受け止め、乗り越えるべく生きてきた。歴代の誰よりも優秀で、誰よりも強くあろうとしてきた。それはつまり、最強を目指すということだ。
「ははっ、そうだね。トライデン家はこの国において最強の一族の名前だ。その歴代達を超えるとなれば、確かに最強を目指すことになるか」
「だからこそ、多少の無茶をしてでもこんなものを刻もうとしたんです。結果は、失敗しましたが」
もっとも、魔創具がトライデントではなくなった時点で最強などという夢はすでに潰えたも同然だが、それでも目指していたこと自体は変わらない。
「でも、それは君のせいじゃない。——なんて、まあそんなことを言っても納得はしないんだろうけどね」
キュオリアは肩をすくめながらそう口にしたが、その通りだ。あの事故は、俺がロイドのことを見誤ったが故に起こったことで、警戒していれば防げたことでもある。今更言っても遅いがな。
「まあ、今この場ではそんなことはどうでもいいか。大事なのは、この勝負がどう決着がつくか、ってだけだよね」
そうだな。過去のことをあれこれ言ったところでどうなるわけでもないのだ。今は目の前のことにだけ集中していればいい。
「そうですね。私の勝ちで終わらせていただきますが」
「ははっ。流石だよ。六武相手に、こうも堂々と勝利宣言をするなんてやっぱり普通じゃないね。——でも、勝つのは僕だよ」
キュオリアがそう口にした瞬間、何か空気が変わったような気がした。錯覚……なんかではないな。おそらくはこれからが本気ということなのだろう。
「僕の異名の『無尽』だけど、尽きる事が無いってだけで六武になれるわけがないってことは理解してるよね? じゃあ他に、剣がたくさん出せるってこと以外に僕が何をできるのか、知ってるかい?」
「さて、そこまでは存じませんね。私が知っているのは、一般に広がっている情報程度なものですから」
「そうかい。なら、僕が何をできるのか。それを教えてあげるよ!」
直後、新たに生み出された無数の剣が俺を目掛けて宙を切って進む。
マントで……いや、まだだ。あちらの武器に限りはないのに、こちらには限界がある。今回の攻撃は先ほどよりも数が少ないのだし、フォークだけでも対処できるはずだ。フォークだけで対処できるうちはマントは温存しておいたほうがいいだろう。
そう思い、マントを使うことなく迫り来る剣を処理していったのだが、突然肩に何かが突き刺さったような痛みが発生した。
だが、肩を見ても何も刺さっていない。おそらくだが、傷もない。いったい何が起きたのかはわからないが、確かに痛みがあったのは事実だ。
痛みがあった肩から意識を戻すが、その時にはフォークではどうしようもないほどの距離まで剣が接近していた。
マントで防ぐことができる距離でもない。であれば、仕方ない。自傷覚悟で吹き飛ばすか。
ほとんど反射と言ってもいいほど一瞬で判断をすると、自身を中心に風の渦を発生させた。
これでひとまずはなんとかなったが、さてどうするか。先ほどの痛みの正体がわからないままでは、手の打ちようがないのだが……
相手の能力について思考を巡らせながら剣を避けていくが、やはり時折体のあちこちに痛みが襲いかかる。
そして、ついには痛みだけではなく実際に怪我を負うこととなった。
フォークを握り、剣を捌いていた右手の甲が、剣を避けたはずなのに斬りつけられたのだ。いったいなぜ……。
「避けたのに切られた? ……無尽……なるほど。無〝刃〟ですか」
避けたのに切られたのであれば、考えられる可能性はいくつかある。こちらの認識を曲げられているか、そもそも見ることができない攻撃を受けているのか。
クレイン・キュオリアという男の異名と、先ほどよりも少なくなった剣。それから他の攻撃を受けた部分——マントが存在している部分には傷がなく痛みだけがあったことから考えるに、見えない刃を操って攻撃してきた、と考えるのが妥当だろう。
「たったこれだけで気づくのか。やっぱり、流石だよ」
誤魔化すこともできただろうに、キュオリアは俺の考えに肯定の頷きを返した。
「無数に飛び交う刃の中に、不可視の刃を発生させて操る。尽きることが無く、そもそも存在していない刃。だからこその『無尽』」
「そう。言葉遊びみたいに思えるけど、別に意図したわけじゃないんだ。でも、誰がつけたのか知らないけどいい名前だと思わない? 僕と戦う相手の大半が、尽きることが無い剣——『無尽』の方にだけ意識を向けるから、見えない刃には気を配らないで終わっていく」
目に見える剣だけを対処するのも厳しいのに、そこに見えない剣も混じるとなると、対応するのは極めて厳しいことになる。山を貫く、大地を割ると言った派手さはないが、これでは技術があり武勇に優れた者でも負けてもおかしくない。
だが……
「さあ、君には尽きない刃と見えない刃、どこまで防ぐことができるかな?」
「もちろん——」
どこまで防ぐことができるかなど、そんなもの答えは決まっている。
「全てを」
「なら、その言葉が嘘じゃないと証明して見せてよ!」
そうして、尽きることの無い無数の剣が降り注いだ。
先ほどは全て対処すると言ったが、実際にその全てを対処することはできないことなどわかり切っている。フォークとマントを使用し、耐えていくが、それでもいくつかは抜けてしまう。その攻撃を受ければ、刺さりはしないが衝撃はある。
痛みはあるし、体勢を崩される。だが耐えろ。決定打にならないとわかれば、別の場所を狙ってくる。そしてその場所は……
「見えずとも、操っている者の視線までは隠すことはできない」
キュオリアの視線が俺の周囲から腹部へと移り、固定されたことで、次の攻撃が来る場所を察知し、そこに意識を集中させる。
あとは次の攻撃を防ぎ次第反撃に——
「ぐっ——」
そう思っていたのに、キュオリアの攻撃は俺の腹部ではなく、背後から両肩を撃ち抜いた。貫かれてはいない。だが、肩に鈍い痛みがある。なぜだ……視線は確かに腹部に向けられていたのに……。
「視線で判断するなんて、〝その程度〟のことは他の六武もやってきたよ。対策をしていないわけがないだろ?」
言われてみれば、それはそうだと思うような当たり前のことだ。キュオリアが初めて戦ったのであればまだしも、彼は今まで何人もの強者と戦ってきた。同格である六武とだって戦ってきたと言っていたではないか。であれば、当然対応されてきたに決まっているし、その際にどうすればいいのかも研究してきたのは当たり前のことだった。
「僕が知りたいのは、その先だ。視線を誤魔化す方法を覚えた。なら、それに相手はどう対応してくる? どう僕に勝つ? それが知りたいんだ。そして、その経験を経て僕はもっと強くなる」
わざわざ王太子や俺の不興を買う知りながらも強引に戦いを挑んできたのは、まさにその理由からだった。俺と戦い、何か自分に発展を求めたからこそここにいる。
キュオリアが天武百景に出るのであれば、俺がここで対応して見せるのは敵を強くする行為だ。
だが、このまま何もないと思われたまま帰すのは、武人としてのプライドが許さない。
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