第145話『無尽』のキュオリア
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翌日。予想では何日か後になると思っていたのだが、オルドスに時間がないこともあって多少強引ではあったが今日決闘を行うこととなった。
「さて、この度は決闘の申し出を受けていただき、感謝します。アルフレッド殿」
「私はすでに貴族ではありません。ですので、そのように畏まられずとも構いません。むしろこちらが礼を尽くす立場でしょう、キュオリア様」
「いや、私の願いのためとはいえ、今回は強引だったと自覚しているのです。武に進むものとして、たとえ相手がどのような立場であったとしても、こちらに非があるのであれば頭を下げるのは当然のこと」
「……ではお互いに礼を尽くしていると言うことで、これ以降は普段通りで、とするのはいかがでしょうか?」
「よし、そうだね。そうしようか」
場所は街中では流石に問題があるので、街の外。魔境とは反対方向の平野にて俺たち二人だけが向かい合っている。
初めは審判としてオルドスもついてこようとしたのだが、俺たちが本気で戦えば周囲がどうなるのかわからない。そのため、最悪の場合は巻き込んで殺してしまう可能性さえ考えられるのだ。なので、今回は審判役となる者はなしとなった。
それに、もとよりお互いに殺すつもりはなく、両者ともに武人なのだ。引き際など弁えているし、負けを認められずに足掻くこともないので、もとより必要ないのだ。
もっとも、殺すつもりはないといえど、勢い余って、ということはあり得るかもしれないが、その時はその時だ。仮にも決闘なのだから、死ぬ危険性があっても仕方ない。
「さてさて、それじゃあどうしようか? 準備運動でもいる? 必要なら待つくらいはするけど?」
「いえ、軽く体を動かす程度はしてきましたので。問題ありません」
「そっか。それじゃあ、まあ色々と話をしてみたいこともあるけど、そんなことよりも、今はこっちで語るとしようか」
そういうなり、キュオリア様は魔創具を生成した。
キュオリア様の魔創具は、ショートソードとも短剣ともいえない半端な長さの剣。刃渡は……四十と言ったところだろうか。
作り出したその剣を握ると、調子を確認するかのように手のひらの中でくるくると弄り出した。
「王国六武が一人。『無尽』のキュオリア」
『無尽』それが国がクレイン・キュオリアに与えた異名だ。その由来は、まあ戦えば嫌でも思い知ることになるだろう。
それに対して俺はどうすべきか。色々と名乗ることのできる名はあるが……そうだな。せっかくだし、こう名乗っておくか。
「……王国七人目の天武が一人。アルフ」
自分が六武に加わるだなんて、なんて生意気な発言なんだと普通なら言われることだろう。ましてや、それを六武本人に向かって言うだなんてどうかしている。
これはつまり、六武であるお前に勝ってやる、というメッセージでもあるのだが……どうやら通じたようだ。キュオリア様……いや、これから勝とうとする相手に敬称などつけてどうする。
キュオリアは、俺の名乗りを聞くと一瞬だけ驚いた様子を見せたがすぐに笑みを浮かべた。
「いい名乗りだね。ちょっと異名がないのが寂しいけど、それはおいおいついてくるでしょ」
「使う武器やこれまでの経歴からして、つけられる名が恐ろしくもありますがね」
「そんなのは、実力でねじ伏せればいいんだよ」
使う武器はフォークとマントなのだから、異名をつけられるとなったらどのようなものになるのか想像もつかない。
「それじゃあ——始めようか」
「そうですね」
そうして俺たちの戦いが始まった。合図なんてない。ただ向かい合っているだけ。
だがそれでも、すでに戦いは始まっているのだ。
その証拠に、ほら。剣が飛んできた。
キュオリアから放たれた剣をフォークで挟んで逸らし、かと思ったらその間に接近してきたようでキュオリアが新たな剣を振り下ろしてきた。
「やっぱり、これくらいは止めるよね!」
正面からの奇襲ではあったが、それも難なく受け止める。
俺はクレイン・キュオリアという人物と実際に戦ったことはない。だが、その手合わせを見たことはあった。その経験から動きを予想したのだが、あたっていたようで何よりだ。
だが、これで終わるわけがない。
「君は、何本目まで耐えられるかな!」
その叫びと同時に、キュオリアは俺が受け止めた剣から手を離し、新たに剣を作り出して横に薙いだ。
俺の胴を狙うその剣もフォークで受け止めるが、受け止めた時にはすでに剣から手が離れており、新たな剣を取り出していた。
これがクレイン・キュオリアの異名の由来。魔創具自体は大した効果はない。一般の者が使う魔創具よりは高性能ではあるが、魔創具の性能だけで語るのであれば他にもっと上のものがいる。
だが、その数が尋常ではない。ほどほどの性能の魔創具とはいえ、何本も作るのであればそれなりに素材が必要となる。なので、普通の者は作れても二本か三本程度なものだ。俺とて本来のトライデントであれば一本しか作ることができなかったはずだ。
にもかかわらず、キュオリアはまるで剣を使い捨てにするかのように何本も魔創具を作ることができる。それは、それだけの量の素材を集めたからだ。むしろ、こうするためにあえて高性能すぎないほどほどのところで魔創具の性能をとめておいたのだろう。そうすれば、材料を集めるのは簡単になるから。
だが……
「いくら作ったところで、人の腕は二本だけだ!」
剣を何本も生み出して攻撃するとしても、同時に操るのはどう足掻いても二本が限界だ。ならば、こちらは冷静に対処していけばいい。
そう考え、振り下ろされる剣を、薙ぎ払われる剣を、突き出される剣を、全ての剣をフォークで受け止め、逸らしていたのだが、最初はそれでも良かった。だが、次第に傷を負うようになってきた。
敵の攻撃をフォークで受け止めた。そこまではいいが、問題はそのあとだ。
剣を受け止めたまま次の剣を受け止めるには、わずかに時間がかかる。当たり前だ。何せ剣がついてくる分重く、邪魔になるのだから対応がその分遅れるに決まっている。
それに、フォークで挟んでいる剣状態では新たに受け止めることができないので一度フォークから剣を外さないといけないのだが、その一手間の分時間がかかり結局行動に遅れが生じるようになる。
「武器をっ——!?」
「交換する手間がかかるのであれば、交換などしなければいい。幸か不幸か、こちらの魔創具も一つだけではないのだ」
武器が重くなる、一手間かける必要があるから動きが遅れるのであれば、こちらも武器を使い捨てにすればいい。そうすれば重くなることもないし、手入れをする必要もない。
剣が振り下ろされる。それをフォークで受け止める。その流れは今まで通り変わらない。だが今回は剣を受け止めたフォークを捨てて次のものを生み出し、そうして新たに生み出されたフォークをもってして剣を止める。
「そんな方法で対応してきたのは初めてだよ。まあ、フォークを相手にするってこと自体が初めてなんだけど……すごいものだね!」
ある意味でミラーマッチのようなものだろう。使っている武器は違うが、どちらも短い武器を使い、何本もの武器を使い捨てにする戦い方なのだから。
そんな戦いが初めてだったようでキュオリアは喜びの声と共に笑顔を見せているが、その笑みの奥には狂気じみた獰猛さが存在していた。それだけ今の状況を楽しんでいるということだろう。
俺とて普段であれば軽口の一つでも返したかもしれないが、こちらにはそれほど余裕があるわけでもないのだ。
今のところ攻撃に対応することができている。だが、この方法もずっとやっていられるわけではない。あちらと違って、こちらの本数は確実に限りがあるのだから。
操って回収することはできるのだが……できることならそれをせずにどうにかしたいのだ。あまり考えたくない想像だが、もしかしたら俺がフォークを回収することで悪いことが起こりそうな気がする。
「へえ! 離れていても回収できるんだ。確かにそれなら僕の『無尽』に対応することができるかもしれないね。でも——」
悪い予感が当たったようで、捨てたフォークを操って回収しているとキュオリアが動きを止めた。そして……
「こっちも動かせないなんて言ってないよね」
俺と同じように地面に落ちた剣を自身が触れることなく操り、宙に浮かべた。
「さあ、これはどう対応するんだい!」
言うや否や放たれた無数の剣。俺の周囲を囲うように配置されていたそれをフォークだけで受け止めることはできないだろう。できたとしても、相当集中しなければならない。だが、目の前の敵はそんな集中を許すほど愚かではない。
仕方ない。フォークだけでは対処できないのであれば、もう一つを出すしかないか。
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