第144話決闘承諾

「オルドス王子。六武は戦時中においてのみ王族であろうと将軍であろうと、自由に命じる事ができる権限があるってことは知ってるよね?」


 っ! まさか……正気か!?


 キュオリア様の考えが理解できたのか、オルドスも俺と同じように驚きを見せている。

 だが、それも当然だ。まさかこんなところで、そんな行動に出てくるだなんて思うわけがないのだから。


「六武として命じる。この街は王国に反旗を翻そうとしている勢力が存在している可能性がある。そのため、現時刻をもって第二種戦時体制へと移行。敵勢力の首魁を討て。ただし、あくまでも可能性であるため、該当勢力『揺蕩う月』が六武クレイン・キュオリアの要請に否定的な態度を見せた場合にのみ敵としてあたれ」


 そう宣言した直後、部屋の中は一気に張り詰めたような空気が流れることとなった。当たり前だ。何せ、今目の前の青年は、俺を殺すと宣言したのだから。それも、自分がやるというのではなく、友人であるオルドスと戦わせることでだ。


 この国において、六武は戦時中、あるいは武力を必要とする緊急時において、国王以外のすべてのものに命令を下すことができる権限がある。その権限を使用すれば、友人であり、王太子であるオルドスとて命令に従わなければならない。

 それを今ここで使用するとは……なんともタチの悪いことだ。これが一般市民が相手であれば逆らうこともできただろうが、俺は裏ギルドの頭目だ。俺を襲う名分はすでに存在している。


 だが、すぐに戦えというわけではない。先ほどの言葉にあったように、俺がクレイン・キュオリアの要請通りに戦えば、それで問題なく終わる話でもある。


「というわけで、どうかな? 自分でも無茶をやってるってことも、道理ではない行為だということもわかってる。その上で、こうしてるんだ。その意味を、君ならわかってくれるよね?」


 そう言いながら俺のことをまっすぐ見つめてくるキュオリア様の視線は真剣で、どこか追い詰められたような雰囲気すら感じられる。それほどまでに俺との……強者との戦う機会を逃したくないのだろう。


 ならば、この状況で俺のすることは……


「あまり好ましい類の対応でないことはその通りですが、武人として理解できることも確かです」


 権力をもって命令を聞かせる、というのは俺の嫌う貴族の振る舞いではあるが、この場合はキュオリア様の思いも理解できてしまうのだ。

 だからこそ、憤りを感じつつもそれを飲み込み、決闘の申し出を受けることにした。


「承知いたしました。『揺蕩う月』の長として、クレイン・キュオリア様の要請に従いましょう」

「ありがとう。それと、ごめんね。無理にいう事をきかせるんだ。貸し二つってことにしておいていいよ」

「今の私にそれほどの価値があるといいのですが」

「あるさ。たとえ武器が変わったんだとしても、君が弱くなるはずがない。何かしら別の力を身につけ、僕たちを驚かせてくれると信じてるよ」


 特にこれといった交友があったわけでもないのにこれほど信じられているとは……。その信頼に応えられるよう、全力を持って戦わなければならんな。


「さて、それじゃあいつやろうか? 今からでもいいんだけど、それだとそっちが困るだろう?」

「そうですね。また後日にしていただけると助かります」


 決闘の申し出は受けたが、だからと言って今日これからというのは少々困る。何より、今はオルドストの話がまだ途中なのだ。六武であるキュオリア様と、王太子であるオルドスのどちらを優先するのか。それは難しい問題ではあるが、今この場に限ってはオルドスを優先すべきだろう。

 それに、解消していない疑問もあることだし、その話を聞くことができない限り俺の気持ちが落ち着かない。

 せっかく手合わせをするのだ。であれば、心身ともに万全の状態が望ましいだろう。


「うん。じゃあそういうことで。僕はこれで退散させてもらうよ。友人との話を邪魔されたくないだろうしね。細かい日程に関しては……まあ僕はいつでもいいからそっちの都合がいい時に知らせてよ。王太子殿下に伝えてもらえればこっちにも伝わるはずだから。そうだろう?」

「ええ、お二人の橋渡しは任せていただければと」

「それじゃあ、よろしく」


 そういうなり、キュオリア様は席を立ち、勝手に扉を開けて部屋の外へと出ていった。

 このまま帰るつもりなのだろうが、流石に部外者を一人で歩かせるわけには行かないので、部屋の中にいた一人に指示を出してキュオリア様の後を追わせた。これであとはおかしなことをしないで勝手に帰るだろう。


「……なんとも面倒な方を連れてきたものだな」


 まさかこんなことになるとは思いもしなかった。最悪の場合、騎士達と戦うか、拠点の場所を移すかのどちらかになるかもしれないと思っていたのだが、ある意味それ以上の出来事だ。まあ、結果的には俺が苦労するだけでこの場所を守ることができるのだから、良かったと言えば良かったか。


「それに関してはすまない。国王からの命令だったんだ。この状況で今度は自国の王族にまで問題が起こるわけにはいかない。だから護衛として信頼できる者を連れていけ、と」

「確かに、天武百景が迫っているここで問題が起きてはたまらないか」

「ああ。一度他国のとはいえ、王族が誘拐される事件が起きたのだ。それ自体はお前のおかげでことなきを得たが、拐われたという事実は変わらない。故に、二度目があると心配してしまうのも当然と言えば当然のことだ」


 確かに、一度どこぞの阿呆が拐われているからな。あれから一年程度しか経っていないにも関わらず今度は自国の王族が拐われた、あるいは襲われたとなれば、天武百景を開くにあたって周辺国からの干渉がバカにならなものになるだろう。


「ただ、今回の同行に関しては、国王からの命令とは別にキュオリア殿、あるいは六武達から要請のようなものがあったのではないかとは思っている。でなければ、いくら王族の護衛とはいえ六武が出張ってくるのはいささか疑問だ」

「確かにな。六武は貴族のような権利を持っているわけではないが、基本的には国王の命令すら逆らう権利を持っている。今回は国家の危機というような状況でもないし、命令を無視して普段通りにしていることもできたはずだ。そして国王陛下もそのことは理解しておられたことだろう。であれば、六武に護衛を頼むことなどしないのが普通か」

「ああ。だが、六武の方から先に提案があったのだとすれば、国王はそれを拒絶しないだろう。だからこそ、今回俺の護衛として六武なんて大物がついてくることになった。もっとも、実際には拒絶したところで勝手についてきただろうがな」

「そこに理由を求めるのであれば、初めから俺と戦うためにやってきた、ということか。魔境に遊びにきた、と考えることができなくもないが、それならば王族の護衛として移動するのではなく自前で移動すればいいだけの話だからな」


 ということは、だ。そこまでして俺のところに来たということは、先ほど話していた『俺を六武に』という話も本気だったと考えるべきか。嘘をついていたとは思わないが、あまりにも信じ難い内容だっただけに迷ったが、少なくとも誘いが本気だということはわかった。

 だからと言ってどうするというわけでもないのだが、もし俺に何か問題が起きた際、協力してもらえる当ての一つとしては考えてもいいだろう。


「おそらくだが、そうだろうな。お前のことを見つけたというのは限られた者しか知らないはずなのだが……密偵の類でもいるのか?」

「可能性はあるだろうが、六武が密偵など使うか?」


 自身の武力だけで成り上がった者たちこそが『六武』だ。どんな問題も最終的には力でなんとかなると思っているような者たちが、密偵など使うとも思えない。何か言いたいこと聞きたいことがあるのであれば直接扉を蹴破ってでも本人にぶつかっていくのが六武の基本なのだから。


 まあ、それを考えると、ではなぜ俺の居場所が漏れていたのか、という話になるのだが、可能性としてはいくつか考えられるな。


「……使わないだろうな。だが、ならどうしてだ? 六武ではなく別の勢力からの話が六武に漏れたか?」

「ない話ではないが、そんな話を六武に漏らす理由がわからない。他の者達からしてみれば、俺——『アルフレッド・トライデン』のその後などさしたる興味もないものだろう?」

「まあ、城ではすでにお前の話は出てこないな。少し前までは時折話に出てくるくらいはしたのだが」

「父が手を打ったのであろうな。どのような理由であれ、他者から見下されることを嫌う者だからな。家門のため、家門を守るためと考えれば、貴族としては間違いではないのだろうが」


 六武筆頭の能力を疑われていたとしても、仮にも公爵家だ。他の貴族たちへ圧力をかける程度であればさしたる苦労もせずにできるだろう。


「まあ父のことはどうでもいい。それよりも他に考えられる可能性があるとしたら、本人には漏らすつもりはなかったという可能性だ。限られた者しか知らないということは、逆に言えばその限られた者達は知っているということだ。知っている者同士で話をしている時、不意に通りかかってきかれてしまった可能性もあるだろう」


 王太子の部下が漏らしたと考えるよりも、そちらの方が可能性は高いのではないかと思う。城は防諜機能も十分に整っているはずだしな。

 もっとも、実際のところは何もわからないが。もしかしたらどこかのスパイが紛れ込んだ可能性は否定しきれない。いくら防諜が整っていると言っても、〝王城〟だからな。どうにかして忍び込む輩がいてもおかしくはない。


「……戻ったら情報の管理は徹底させておくか」

「案外、六武が超人的な聴力を発揮して数キロ先から声を拾った可能性もあるのではないか?」


 ため息を吐き出したオルドスに、空気を和ませる意味を込めて冗談を口にする。


「バカを言うな。数キロ先の声を拾うこと自体はできるだろうが、それは遮蔽物がなく他に雑音の混じらない状況下での話だ。城にいる者達の声を聞き分けることなどできるはずがない」

「まあ、だろうな。だが、数キロは言い過ぎたにしても、百メートル程度であればできると思うが、どうだ?」


 先ほどの冗談を口にしてから思ったが、もしかしたら奴らならできるのではないだろうか?

 実際、俺もやろうと思えばできないこともない。聴力を強化するために専用に魔法を組んで使用する必要はあるが、できないわけではないのだ。であれば、六武の者たちにも同じようなことができないとも限らない。

 今言った条件であれば、確実にできるだろうな。


「……その程度なら、できないとは言えないな。六武もお前も、常識の外にいる存在だからな」

「六武と同列に扱ってもらうのは悪い気はしないが、俺はそこまでの存在ではないだろう?」

「そう思っているのはお前だけだな」


 そうだろうか? 俺はトライデントを使えなくなったことで弱体化したが、それを除いて考えてもまだ六武には及ばないような気はするのだがな。

 ……いや、これから決闘をするのだ。このような考えでは本気など出せるはずもなく、キュオリア様に失礼となろう。


 それに、六武に及ばない、などと考えていては、天武百景にも勝ち残れるはずもなかろう。何せ、あの大会の優勝者は天武——つまりは六武と同格の存在になるのだ。その優勝の座を巡って争うのに、そこに届かないと初めから考えていては勝てるものも勝てないというものだ。


「なんにしても、面倒を引き連れてきてしまったことに謝罪はしよう。だが、本当に戦うつもりか?」

「戦わなければ付き纏われることになるのではないか? そもそも、第二種戦時命令が出た時点で、戦いを避けることはできなかったがな」

「だが、どうしても嫌だと言うのであれば、俺がごねれば避けることができるはずだ」

「いや、構わない。そんなことをしても別の機会を狙って付き纏われる可能性がある。それに、俺としても今の自分がどの程度まで戦うことができるのか確かめておきたいのでな」


 いくらオルドスがごねたところで、結果は変わらなかっただろう。であるならば、さっさと受けてしまったほうが良いに決まっている。


「ところで、魔創具の再生成についての話だが、その方法は教えてもらえるのか?」

「ああ、その話がまだだったか。方法を教えること自体は構わない。どうせ、方法があると知ったお前のことだ。自力で探し出すだろうからな。であれば、初めからこちらの目が届く状況で、間違いをつかまされる前に教えておいた方が気が楽ですむ」


 まあ、間違いではないな。以前は魔創具を作り直す方法などないと思い込んでいたが、その方法が存在していることを知ってしまったのだ。であれば、時間がかかったとしても探し出すために動くに決まっている。


「だがその話は……そうだな。この決闘騒ぎが終わってから詳しく話すとしよう。今話をし、気がそぞろになって戦いに影響したらキュオリア殿に文句を言われそうだからな」

「そんなことはない、と言いたいところだが、確かに方法を知ればすぐに終わらせようとしてミスを犯す可能性はあるな」


 教えられれば、その方法を実行するために気が逸るだろうな。流石は俺のことをよくわかっている。


「それで、日時に関してはどうする? 俺は一応天武百景前の軽い調査の名目で来ているから、あまり時間はないぞせいぜいが二週間程度だ」

「それほど長くは待たせんさ。まだ細かい日程はわからないが、できるだけ早く時間を作れるようにしよう」


 そうして俺たちは細かい予定を確認し、クレイン・キュオリアとの決闘をすべく日程を組んでいくのだった。

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