第143話キュオリアからの挑戦状

 

「まあ、それはそれでいいとして、それじゃあやっぱり六武になるつもりはないってことでいいのかな?」


 俺も武人の端くれと言える立場だ。六武になることができるのであれば、なりたいとは思う。

 だが、俺がロイドの代わりに次の六武になることで民の生活が脅かされるのであれば、俺はそれを望まない。

 それに、そんな話をしたところで意味はないのだ。


「はい。トライデン家を押しのけてまで手にするものでもありませんから。それに……王国六武はそのうち無くなりますので」


 そんな言葉を聞いたキュオリア様は、わずかに驚いたように目を瞬かせたが、すぐに目を細めてこちらを見つめてきた。


「……へえ。それは、どういう意味かな?」


 今の俺の言葉の意味なんて、この方自身理解していることだろう。それでもこう問いかけてきたのは、俺の口からはっきりと答えを聞くためだ。

 だったら、言ってやろうではないか。六武を相手にこのようなことを言うのは些か緊張するが、それでも言わなくてはならないことだ。


「今回の天武百景にて、王国の天武は六名ではなく、七名に変わります」


 そう。ここで六武として誘われなかったとしても、俺は今回の天武百景に参加するのだ。

 であれば、そこで優勝してしまえばいい。そうすれば、俺は貴族として戻ることも、六武……いや、七武としての座を手に入れることもできる。

 その道は簡単ではないだろう。だが、不可能でもない。少なくとも、俺はそう思っている。


「……くくっ……あっはっはっはっはっ! それはつまり、あれかい? 君も参加して、そして優勝をかっさらっていくと、そういうことでいいのかな?」

「ええ」


 予想通りの答えだったのだろう。キュオリア様は特に驚いた様子を見せることもなくニッと笑みを浮かべてから楽しげに声を出して笑った。


「おいアルフレッド。それは魔創具の再生成に成功したらの話か?」

「いや、そうできれば喜ばしいが、仮に再生成などできなかったとしても参加するつもりではあった。先ほどは貴族に戻ることができずとも、とは言ったが、戻る道があるのにそれを求めないことはできないからな」


 できることならばトライデントを取り戻してから参加したいところではあるが、そうでなかったとしても参加することに変わりはない。


「そんなことをしなくとも、一言そうといえば俺達が手を打つというのに。先ほども言ったが、王族と婚姻を結べば貴族位を与えることくらいは容易にできる」

「いくらミリオラ殿下とロイドの仲が悪くなったのだとしても、一旦破棄した婚約を再びというのは色々と面倒だろう」


 それに、今更ミリオラ殿下と婚姻を結べと言われても、流石に俺でも気まずいと思う。

 もしそうなったのであれば表面上は完璧にこなすだろうし、殿下のことを愛する努力はするだろう。だが、一度は関係が壊れたのだ。直ったとしてもどこかに傷は残り、心からの愛を育むことはできないだろう。

 貴族や王族の婚姻に愛など必要ないと言われればそれまでなのだが、せっかくなのだから相手には幸せになってもらいたいとは思っているのだ。


「確かにそれはそうだがな。だが、ミリオラでなければ問題ないだろう?」

「殿下でなければ? それは……いや、シルル殿下のことを言っているのか?」

「そうだ。お前とて、シルルの想いくらいは気づいているのだろう?」

「好意があるというのは理解している。だが、それはあくまでも友愛や親愛の類だろう?」


 流石にあれだけ悪評が流れている状態で俺と接っしていれば、好意があることなど気づいて当たり前のことだ。

 だがそれは、俺がオルドスという兄の友人だったからだ。だから色眼鏡で見ることもなく、純粋に将来の義理の兄として接していたはずだ。少なくとも俺はそう思っていたのだ違ったのか?


「お前……それは本気で言っているのか? ……呆れたな。まさか、お前が理解していなかったとは……。天才にも不得意な分野があるということか」


 この反応は……まさか本当に〝そういう感情〟があったのか?

 いや、人の思いなど他人に推しはかれるものでもない。オルドスの勘違いという可能性も十分に考えられるはずだ。


「お前の思い違いということもあるかもし——」

「ないな。お前よりも共に過ごす時間も、会話をする時間も違うんだぞ? 相談もされたことがあるのだ。間違えるはずがない。恋人でもいるのであれば残念だが、そうでないのであれば考えても良いのではないか?」

「恋人……」


 そんなものは存在しないが、そう言われてスティアの顔が思い浮かんだ。だが、あいつは別に恋人というわけでもないのだ。どうしてあいつのことが思い浮かんだのやら……


「その表情は……もしかして、いるのか?」

「……いない。そのようなもの、作っている時間も余裕もなかったのだぞ。いるわけがなかろうに」

「それならそれでいいのだが……」


 そうは言ったものの、まだ疑いの視線を向けてくるオルドス。そんなオルドスを無視し、話を進めることにした。


「シルル殿下のことは置いておくにしてもだ。貴族になることを望むとは言っても、流石にお前達に何かを望むことはしない。人生において誰かの助けを借りることもあるだろう。だが、こればかりは自身で手に入れたものでなければ意味がない。そんな無意味なものを抱えて生きるくらいならば、ここでこのまま過ごしている方がマシだ」


 貴族に戻りたい。そう思いはするが、自分で掴み取ったものではなく、誰かに与えられただけのものであれば、そんなものに意味はない。


「だが、お前の魔創具は……いや、魔創具ではなく普通の武器を使えばいけるのか……?」

「そのつもりはない。俺は自身の魔創具を使用して戦うつもりだ。言っただろう? 俺はあんな事故に負けたわけではないのだ、と」

「相変わらず、頑固なことだ」


 オルドスは呆れたような態度で肩をすくめているが、それは俺自身自覚している。天武百景では、武器の制限はないのだ。魔創具であっても、ただの棒切れであっても、なんでも構わない。

 だから、俺が出場する際に魔創具であるフォークではなく、純粋な武器であるトライデントを使用すれば、今までの研鑽を無駄にすることもないのだからフォークで戦うよりは楽に勝ち進むことができるだろう。


 だが、それでは俺は俺自身の魔創具を否定することになる。それではならないのだ。


「また友達同士の話に戻ってるところ悪いけど、いいかな?」

「ああ、すみませんキュオリア殿」

「まあ、やっぱり僕は部外者だからね。久しぶりの友達同士の会話だとどうしても負けるってことだね。まあ、無駄に話しててもまた忘れられそうだし、さっさと要件を話そうかな」


 またもキュオリア様のことを置き去りにして話を進めてしまった。それだけ重要な話ではあったのだが、客人を忘れて話をするなどあってはならないことだ。


 だが、キュオリア様はそのことを笑って流し、かと思ったら真剣な表情でこちらを見つめ、口を開いた。


「リゲーリア王国六武筆頭候補、アルフレッド殿。あなたに決闘を申し込む」

「「「っ!」」」


 今までとは決定的に違う態度で吐き出された言葉に、俺だけではなく部屋の中にいたもの全員は驚き、目を見張った。


「決闘と言っても、命懸けでってわけじゃないさ。ただ、真剣にやる訓練、くらいに思ってくれればいいよ」


 決闘の申し込みの宣言が終わったからか、キュオリア様は再び態度を戻し、軽い調子で説明を加えた。だが……


「なぜそんなことを?」


 それがわからない。なぜ俺なんかと六武である彼が戦う必要があるというのか。


「僕は六武の一人ではあるけど、自分で手に入れた地位ってわけじゃないのは知ってるよね? だから今度の天武百景に出るつもりだけど、その前の練習相手ってところだね。相手してくれる人も、相手になれる人も、そうそういないんだ」


 ……なるほど。俺はその相手にちょうどいいということか。


 クレイン・キュオリアという人物は、六武ではあるが、実際に天武百景にて優勝の経験があるわけではない。どういうことかというと、トライデン家の当主と同じだ。つまり、先代からの六武の地位の継承を行なったのだ。

 もちろん、継承することが許される程度の実力があることは大前提の話だが、それでも実際に自身の力で手に入れたというわけではないので、他の六武よりは一段劣った立場として見られることがある。


 それを払拭するためには、実際に自分で戦って証明することが最もわかりやすい手ではあるのだが、そのためには鍛えなければならず、その鍛えるための訓練相手がいない。自分だけでは限界があるので強者と手合わせをする必要があるが、大半の者はたとえ一段劣るとしても『六武』が相手となると手合わせを避けることが多い。

 では同じ六武が相手ではどうなのか、となるが、一度は手合わせをしてもらうことはできても、そう何度も相手をしてもらうことは難しいだろう。


 なので鍛えるための相手がおらず、今回のように少しでも機会があればそれを逃すつもりはないのだろう。だからこそこんなところまでやってきたのだ。


「もし受けてくれるのなら、貸一つとして頼み事を聞いてあげるよ。けど、受けない、というのであれば仕方ない。こっちにも考えがある」


 六武に貸しを作れるというのは随分と大盤振る舞いと言ってもいいほどだ。何せ、権力においても武力においても、場合によっては公爵家を上回ることもあるのだから。

 だがそれはそれとして、受けなかった場合の考えとはいったい……

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