第142話クレイン・キュオリア

「なんにしても、魔創具を作り変える方法があるということだな。副作用についてさえ考えなければ」

「そうだな。能力自体は上がっているのだから、そう考えて間違いないだろう。精神に関すること以外に異常は無いようだからな」


 能力が上がっているということは、本当に作り変えることができるのか……。なら……


「そのやり方をお前は知っているのか?」

「……知っている。が、正直なところ話したくはないな。……そう言ったところで、お前は納得しないだろうが」

「ああ。今まではそんな方法がないと考えていた。だが、方法があるというのであれば話は別だ」


 ないというのであれば仕方ない。だが、作り変えることができるのだ。そこに危険があったとしても、できるのであれば挑まない理由などない。


「こう言ってはなんだが、今更お前の魔創具の形が変わったところで、公爵はお前を呼び戻すことはしないだろう。それでもまだ魔創具の形にこだわるのか?」

「答えなどわかっているだろう? すでに俺が貴族ではないことも、貴族に戻ることができないことも承知している。だが、それとは別に、俺は取り戻したいのだ」

「それは、なんのためだ? 公爵を見返すためか?」

「ふっ、そのようなことは考えていない。痛快ではあると思うがな。俺が取り戻したいのはただ、あのようなくだらない事故で奪われたままでは悔しいではないか。だが違う。俺は俺の未来を奪われたのではないのだと言ってやりたいのだ。魔創具本来の形を取り戻した上で、俺は俺の道を進み、今いる場所を誇り、お前達のやったことにはなんの意味もなかったのだ、と。そう言う事ができて初めて俺は俺を襲った者達に勝てたという事ができるだろう」


 そうだ。俺はただ、自分の道のために、自分の生きている道は間違いなどではないと証明するために、魔創具を作り直したいのだ。今後、俺が進む道になんの迷いも疵も残さないようにするために。


「もっとも、そう言う相手はすでにお前達が処理したということだから、自己満足でしかないがな」

「それなら、俺たちがやったことは余計なことだったかもしれないな」

「そんなことはないさ。今のは俺が魔創具を本来の形に戻す事が出来たらの話だ。それに、俺が探すとなればそれ相応に時間がかかったことだろう。そこまでの面倒をかけてほど探す価値がある相手でもあるまい」

「だが、今のお前ならば、探すにしてもそう大した時間はかからないのではないか? 何せ、裏ギルドの長をしているのだろう?」

「『バイデント』から聞いたか。まあ、確かにそうかもしれないな。だが、あくまでも拠点はこの街だ。王都を根城としている者たちのことを調べるには時間も手間もかかる。やはり無駄だとしか思えないな」


 調べようと思えば調べることができるだろう。『バイデント』も使えばより早く結果を出せるはずだ。

 だが、そうするだけの価値があるのかと言ったら、ないと言える。俺を害しはしたが、所詮は小物なのだ。


「それで魔創具の再生成の方法についてだが……」


 と、そうして魔創具の作りかえについて詳しい話を聞こうとしたのだが、そこで俺の言葉を遮るように動いた者がいた。


「ああちょっと。その前にそろそろこっちを紹介してもらいたいんだけど……どうだい?」

「キュオリア殿。これは失礼しました」

「いや、久しぶりの再会ともなれば話は長くなるものだ。気にしなくていいよ」


 俺の言葉を遮った人物とは、オルドスの隣で座りながら黙って出された菓子を食べていた青年、クレイン・キュオリア殿だ。


 この方がどのような人物なのかと言ったら、王国で六人いる武の頂点の一人。つまり、『王国六武』の一人である。


「久しぶりだね、後継者くん」

「お久しぶりです。キュオリア様。ですが、今の私は公爵家の後継者でもなければ貴族でもありませんので、その呼び方は変えていただければと」


 以前にも父の付き添いとして『六武』の方々には会ったことがあった。その縁でキュオリア殿とも知り合いとなったのだ。


 だが、過去はどうあれ俺はすでに公爵家の嫡男ではないのだ。〝後継者〟と呼ぶのはやめてもらいたいところなのだが……


「残念だけど、それは聞けないかな。何せ、六武の間では君はすでに次の六武として内定しているんだから」


 だが、キュオリア殿は首を振りながらそう答えた。


「内定? ですが、お……私が後継者だったのは、公爵家を継ぐからそれに合わせて、という理由だったはずです。公爵家と関係なくなった以上、六武に就くことはできないのでは?」

「嫌だなぁ、何言ってるのさ。そんなの、力でねじ伏せればいいだろ? それができないわけじゃない、って言うのが僕たちの考えなんだけど、どうなんだい?」


 いや、だが……確かに六武はこの国において最強の存在だと言える。そんな者達が決めたことを、それ以外の人間が覆すことができるのかと言ったら、そんなことはありえない。

 武力で勝てないのであれば権力で、と考えたとしても、この国で国王に次ぐ権力の持ち主達だと言える彼らをどうこうすることはできない。そして、国王とて六武に嫌われてよその国に行かれたくはないので、最大限便宜を図ることにしている。

 そのため、国の運営に大きな影響が出ない範囲の願いであれば、国王も手を出すことはないのだ。


 俺の立場をどうにかすることが国の今後に関わってくるかと言ったら、そんなことはない。公爵家と不仲になろうとも、六武を敵に回す方が怖いのが現実だ。


「ですが、公爵家はどうするのですか。父は絶対に許可など出さないでしょう」


 しかし、確かに六武が願えばそれなりに便宜を図ってくれるだろうが、逆に六武が拒絶すればその願いは通らないことになる。

 そして我が生家であるトライデン家当主は、六武筆頭という立場を授かっている。そんな父が反対すれば、国王とてそう易々と頷けはしないだろう。


「そもそも、公爵家の当主が六武を継ぐ、というのは、国の事情もあるけど当主が六武に迫る程度の力を持っていたからさ。六武にはなれずとも、それに近い実力を持っており、長年国の盾として活躍してきた。だからそんな一族が代々六武を継承していれば、それは国の安全の象徴となる。——なんて、そんな考えから行われてきたのがトライデン公爵家の六武筆頭就任と、その地位の継承だ。でも、それってそもそも六武に相応しい力がなければ成り立たない話なんだよね。今の公爵はダメだね」


 まあ、それは間違いではない。祖父は天武百景にて成績を残したが、父は六武とし相応しい力を見せていない。

 天武百景に参加したこと自体はあるようだが、優勝も準優勝もできたことはないのだ。そもそも参加したのも当主の義務として一度参加しただけのようだし、他の六武からすれば、父は六武としては相応しくないと思われても仕方ないだろう。


 ただ、それでも六武筆頭という立場があることに変わりはないのだ。そんな相手の悪口を、こうも堂々と言ってしまっていいのだろうか?


「それに、次の候補だって……あれは笑うでしょ。最初に見た時はなんの冗談かと思ったほどだよ」


 次の候補とは、ロイドのことか? 確かにあの程度の実力で六武に、などと言われたら、頭がおかしくなったのかと疑う程だからな。


「つまり、キュオリア様は次期トライデン公爵は六武に相応しくないとお考えなのでしょうか?」

「その通りさ。あれはダメだね。強い弱い以前の問題だよ。仮に世界で最強を争うことのできる力を持っていたとしても、あれは六武になれない。器じゃないんだ。けど、君は違う。こんな状況であっても折れることなく『先』を求め、掴み取ろうとする君なら、公爵家の後押しなんてなくても六武に相応しい」


 ここまで推してくれるというのは素直に嬉しいことだ。

 だが、トライデン家が務める六武筆頭の次の候補であるロイドが六武に選ばれないのであれば、それはトライデン家が六武の座から落ちたということだ。『王国の盾』という称号が失われることになる。


「ですが、それでは『王国の盾』が消えることになります」

「いいんじゃないかな、別にさ。というか、君の立場ならあんな馬鹿な家のことなんて考えなくてもいいんじゃないかい? 見た目だけに囚われて才能ある者を捨てるような家なんて、消えていっても仕方ないことだと思うけど?」

「私はそうは思いません。確かにあの家に対して不満はあります。ですが、それは俺の個人的な感情です。公爵家が『王国の盾』として名を落とせば、その皺寄せは国民に向かうことになる。それを認めることはできません」


 そうだ。俺個人としては大変ありがたい話ではある。これほどまでに推されるのも悪い気はしない。

 だが、その結果無辜の民が傷つくというのであれば、俺はその道を選ぶことはできない。


「貴族じゃないのに、自分とは関係ない国民のことを考えるんだ。大した貴族っぷりだね」

「ありがとうございます。この身は民のためにと、そう願っておりますので、キュオリア様にそうおっしゃっていただけることを喜ばしく思います」

「……君はもう貴族じゃない。そのことは理解してるんだよね?」


 自身の皮肉に起こることなく、むしろ誇らしさすら感じながら話す俺の言葉を聞いて、キュオリア様は呆れたように息を吐き出してから問いかけてきた。

 その言葉に対し、頷きながら答える。


「貴族としての身分があろうとなかろうと、今まで生きてきた人生は変わりません。この生き方しか知らず、この生き方を素晴らしいものだとも思っています。たとえ誰かに愚かしい、馬鹿馬鹿しいと笑われたとしても、俺はこの道を曲げるつもりはありません。『民の幸福のため』というこの道を選んだ時点で、覚悟はできているのですから」


 どうあったって俺はこの道しか進むことはできないし、そのつもりもない。


 キュオリア様のことをまっすぐ見つめ返しながら答えると、キュオリア様は先ほどよりも大きな息を吐き出し、オルドスのことを見た。


「……こんなのが近くにいただなんて、王子としては大変だったんじゃないの?」

「そうですね。こう言ってはなんですが、公爵家といえど所詮は貴族の一つです。そんな家の子供がこれだけの姿を見せるのに、王族である私が腑抜けた姿を見せることはできないと、必死になって足掻いたものです」

「だろうね。前にあったのが……二年か三年くらい前だったかな? その時にはもうすでに完成していたし、あの時点でこれだったんだから、幼い頃からある程度出来上がってただろうからね。それと比べられたとなったら、うん。たまったもんじゃないよ」

「そのおかげで王太子としての評価はだいぶ上がりましたけどね」

「なら、後継者くんはこの国の未来を作るのに一役買った偉人の仲間入りかな?」

「あくまでもオルドス殿下の努力の結果であって、私の手柄など何もありませんよ」


 オルドスが将来賢王と呼ばれ、歴史に名を残す偉大な王となったとしても、それは本人の才覚と努力によるもので、他の誰の手柄というわけではない。もっとも、他の者がまったく役に立たないというわけでもないし影響がないというわけでもないだろう。

 だが結局のところ本人次第なのだ。そして、オルドスには十分賢王となる素質がある。

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