第141話魔創具は作り直せる

 

「話を戻すが、十数年と待たずとも、王族と婚姻関係となれば王族の一員として城に暮らすことができる。どうだ。お前にとってもそう悪い話ではないと思うんだが?」


 まあ、それができるのならばミリオラ殿下の不貞、不義に関しては問題ではなくなるだろうな。何せ、当の婚約者本人である俺が問題なしと認めたのだから。少なくとも、表立って王家が何かを言われることはないはずだ。

 だが、実際にそんなことができるのかというと、無理だろう。まずあのミリオラ殿下が認めるわけがない。それを認めるほどの理性があるのであれば、初めからあのような振る舞いはしていなかっただろうから。


「確かにミリオラ殿下の婚姻すれば可能だろうな。だが、すでに婚約関係は破棄されているのだぞ? 殿下も俺のことは嫌っていたのだし、今更頼み込んだところで許すはずもあるまい」

「……どうだろうな? 最近ではあの二人もうまくいっていないようだし、可能性がまるっきりないというわけでもないだろうな」

「うまくいっていない? それはミリオラ殿下とロイドのことであっているのだな?」


 あれほど俺のことを嫌っており、ロイドと共にいることを幸福だと感じて笑っていた殿下が……政治的な考えを理解せず、王家の意思に反してでも自身の感情を優先したほど仲が良かった二人が……うまくいっていないだと? それはいったい……なぜだ?


「ああ。トライデン公爵はお前の後釜としてロイドとかいう愚か者を据えたが、奴にお前と同じだけの能力を求めたんだ」

「俺と同じだと? ……不可能ではないか?」


 こういってはなんだが、俺——というよりも『アルフレッド・トライデン』の肉体は天才のそれだ。その肉体を使う『俺』は凡才だが、能力のスペックだけを見れば、そこらの者では勝てないどころか影も踏ませないだけの能力がある。

 そんな俺が当主となるべく何年もの間必死になって鍛えてきたのだ。たかが一年足らずの者が同じ能力を手に入れるなど、できるはずがない。


 もちろん何年も時間をかければできるだろう。俺だって当主に相応しく在れるように何年もの時間をかけてきたのだから、それを超える努力をすれば決して不可能とは言わない。

 だが、ロイドは後釜として据えられてからまだ一年程度しか経っていない。そんな者に俺と同じだけの能力を、というのは、はっきり言って不可能だ。

 全ての分野においてではなく一つに限ったとしても、俺——『アルフレッド・トライデン』には届かないだろう。


「ああそうだ。不可能だった。だからこそ奴は荒れたんだ。公爵からの扱きを受けて強くなりはしたが、所詮は少しできる奴になった程度に過ぎない。お前ほどの強さにはなれなかったんだ」


 オルドスの言葉からロイドの状況は理解できたが、呆れるしかないな。


「それはわかりきっていたことだろう。努力もせず、俺を蹴落とすことで地位を手にいれ、同時に力を手に入れたのだと勘違いをするような者だぞ? 才能があることは認めるが、心の底からの願いがない以上、鍛えたところでたかがしれている」


 ロイドにもまったく才能がないわけではない。むしろ、武に関しては才能がある方だと言えるだろう。

 だが、実力で超えるのではなく、他人の足を引っ張ることで自分が上になろうとした者が強くなれるはずなどないのだ。


「それは、お前だから言えることだろうな。……まあ、それに加えて、元から魔創具の質が悪かったことも原因だ。お前の後釜になる前は男爵家だったからな。素材が揃えられなかったことも、あまり実験ができなかったことも仕方ないと言えば仕方ないが、公爵家の当主となるにしてはあまりにも弱すぎた」


 確かに、一度あいつの魔創具を見たが、中身のない形だけの薄いものだったな。立派なのは形だけだと言えるだろう。

 ……もっとも、そのようなことを俺が口にしても、その『形』の部分で負けてここにいるのだから単なる負け惜しみにしかならないかもしれないな。


「しかし、それはどうしようもなかろう? すでに作ってしまった魔創具は後から書き換えることなど出来はしないのだから」


 一度作った魔創具は作り直すことができない。作った魔創具と同じ素材を追加で補充することはできるが、作り直すことはできない。それがこの世界の常識だ。


「……そう思っていたのだがな」

「どういうことだ? その言い様では、まるで……」


 まるで、魔創具を作り直すことができるようではないか。


 そう口にしようとして、だが声を発することができないで唇を震えさせることしかできなかった。


 そんな俺の様子を見て、オルドスは一度だけ深呼吸をすると……


「魔創具を作り直すことができる」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の体は俺が何かを考えるよりも早く動き、座っていた椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。


「……まさか……っ!」

「真偽はわからない。が、起こった状況だけ見れば可能だったようだと言える」

「どうやった!」

「その反応も理解できるが、ひとまず落ち着け。落ち着いてから話す」


 オルドスは、深く考えることなくただ感情のままに問い詰めるように叫んだ俺のことをまっすぐ見つめ返してきている。

 それでも落ち着くことなどできるはずもなく、数秒……いや、数十秒ほどだろうか。俺はオルドスのことを睨みつけたまま、オルドスは俺のことをまっすぐ見つめ返したままの状態で時間だけが過ぎた。


「……すまなかった」


 だが、そんなふうに見つめ返されてしまえば興奮を維持しているのも難しい。貴族として培ってきた精神が表に出てきてすぐに感情を抑えつけたことで、俺はオルドスへと謝罪を口にしながら再び椅子へと座り直した。


「いや、お前がそういった反応をすることはわかっていた。ただ、あまり期待はするな」

「……何か問題でもあるのか?」


 こいつのことだ。もし本当に魔創具を作り替える方法があるのであれば、俺に教えてくれるだろう。

 だがそうしなかった。それに今の話しぶりもおかしい。魔創具を作り変えるという話が嘘ではないのだとしたら、なにかしらの問題があるということになるのだが……。


「まだロイド一人しか見ていないからなんとも言えないが、副作用だと思われる現象がある」

「それは……まあ、そうだろうな。何もないのであれば、今まで広まっていなかったことがおかしい。今回その方法を見つけたのは、おそらく公爵であろう?」

「ああ。事実かも疑わしいものを含め、過去の文献を漁って調べたようだ」


 そうだろうな。いくらロイドが新たな魔創具を求めたとしても、探すことができるはずがない。


「そして、魔創具生成の最も古い術に辿り着き、ロイドに施した」

「その結果、副作用が表れたということか?」

「そうだ。その副作用のこともあって、ミリオラとの仲が悪くなっているわけだ」


 魔創具を作り直した結果で仲が悪くなる? そのようなことがあり得るか? 強くなることができるのだから、普通ならばそれによって次期公爵としての立場が固まり、安定した未来を思い描くことができるようになって仲が良くなるのではないだろうか?


 だが二人の仲が悪くなった。考えられる可能性としては……


「……精神に異常をきたすのか? 単なる肉体の変化であれば、ミリオラ殿下は離れないだろう。そもそも、目に見える変化で在れば公爵が外に出すはずがない。あの男は、家門の名誉を何よりも重視する人物だからな」


 もし副作用として体の一部が異形化したのであれば、父が外に出すはずがない。なんだったら新たな養子をとるだろう。それこそ、ロイドのような半端な魔創具を使うものではなく、魔創具をまだ作っていない才覚のある子供を引き取って育て上げようとするはずだ。

 それがないということは、見た目の問題ではない。


 となると、目には見えない変化ということになる。

 目に見えず、ロイドと殿下の二人の関係が変わるような異状と言ったら、精神的な何かとしか思えない。


「ああ。見た目的にはなんの変化もない。だが、凶暴性が増した。あるいは、あれが本性なのかもしれないな。身分を傘にきて他者を虐げる。まるで、ミリオラの嫌っていたお前のような振る舞いだな。ただし、違っているのはお前とは違い、誰もやつのことを擁護していないということだ」

「横柄な無能貴族そのものということか。それは、確かにミリオラ殿下と仲違いしても仕方ないか。殿下は理想を見て生きているからな」


 ミリオラ殿下は、王族に生まれたにしては夢見がちな方だった。理想を語り、優しさを讃え、人の善性を喜ぶ方だ。

 だからこそ、現実を見せつけ、甘さを叩きおり、人の悪性を演じた俺のことが嫌いだった。

 そして、だからこそ殿下は俺ではなくロイドを選んだ。自分にとって都合のいい、甘い言葉を吐いて優しくしてくれたから。


 そんな人物が横柄な態度を取るようになったのであれば、仲が悪くなることのは無理もないと言えるだろうな。


「理想か……。素直に頭がお花畑だとか、夢を見てるだけの阿呆と言ってしまって構わないぞ」

「実の兄なのだから少しは擁護しようとは思わんのか?」


 せっかく言葉を包んで言ったのに、こちらの思いやりを台無しにして……。


「擁護できることならしてやりたいが、それはもう今まで十分にしてきた。それに、俺はあいつの兄である前にこの国の王族だ。地位に相応しいだけの振る舞いを、とはお前の言葉だったと思うが?」


 そんなことを言ったこともあったかもしれないな。

 だが、殿下は女性だ。女性だからと差別するつもりはないが、性別によって役割が変わるのは事実だ。それを差別というのは、現実が見えていない愚か者の戯言である。生物学的にそういうものなのだ。それぞれの役割をこなすことこそが重要であり、女性の役割とは子を産むことで自身の種族を後世に残すことである。

 そんな女性なのだから、婚姻を結び、家のために子を産めば、そこに振る舞いが伴っておらずとも、最低限の仕事を果たしたということができる。


 もっとも、このようなことを口にしたところで何かが変わるわけでもない。

 それよりも、魔創具の作りかえについて聞かなければ。

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