第140話友人との再会

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「——ようやく会えたな、裏切り者」


『バイデント』に頼み事をしてから数日たった今日、今俺の目の前には、この国において二番目に尊い存在と言える王太子殿下が座っている。その王太子の隣にはもう一人顔見知りが座っているが、こちらは今のところは放置でいいだろう。どうせ後で話をすることになる。


 そして王太子へと意識を戻したのだが、最初にかけられた言葉がこれだった。挨拶でも、見下す言葉でもなく、怒りを滲ませた言葉。

 そんな言葉がかけられた理由は、俺自身よくわかっている。裏切り者と呼ばれた理由も、こいつからしてみれば当然の話なのかもしれないとは思う。


 しかし、だからといって俺はあの時の行動が間違えていたかというと、そうではないと考えている。連絡を故意に遅らせたことは悪いと思っているが、どのみち俺は同じ行動をしただろう。

 もしあの時真っ先にオルドスに連絡を入れていたとしたら、こいつは自身の力を使って強引にでも動いたことだろう。

 それはありがたいことではあるのだが、あの時の俺にとっては邪魔なものだった。


 それに、仮にこいつが動いたとしても、結果は変わらなかったはずだ。何せ王家はそれぞれの家のことには深く立ち入ることができないのだから。子息の廃嫡の話など、王家にはどうすることもできない。


 それに、すでに国王が認めてしまっていたことを後から王太子が何か言ったところで、覆るわけがない。こいつの立場を悪くするだけで終わりとなっていたことだろう。それは俺も望まない。


 であればこそ、あの時の俺の行動は間違いではなかったと思う。


 ……それでも、ろくに話も説明もなく、手紙と些細な贈り物だけで突然離れて行ったのは悪いと思っているが。


「会って早々に随分な挨拶だな。この国の王太子とはこれほどまでに品のない行動を取るようになったのか?」

「すまんな。なにぶん、ろくに説明も別れの挨拶もなく行方をくらませた友人に再会することができたのだ。喜びで気が昂ってしまってな」

「喜びと言うには、いささか攻撃的な視線な気がするが、まあ許せ。お前にも状況はわかっていよう? 一人になりたいと思ったのだ」


 王太子を相手にしているとは思えないほどの軽さではあるが、これで問題ないだろう。何せ前からこうだったのだから。

 とはいえ、以前とは状況が違う。あの時は貴族だったが、今の俺は平民……どころか、犯罪者だ。

 そんな俺がこんな軽い態度で接し、それを不快に感じるようであれば、こいつとの縁も今度こそ完全に切らないといけないと思っていたのだが、そんなことを考える必要はなかったようだ。


「……はあ。まあ、お前の状況は理解しているがな? だが、それでも一言ぐらいこちらに伝えてもよかったじゃないか」

「伝えたところで、それぞれの家の事情だ。王家にもどうにもできんだろう」

「それはその通りではあるんだが、それでもせめて一度顔を見せてからでも良かったんじゃないか? 調べたら、最後に学園に訪れたんだろう? それだけの余裕があったのであれば、こちらにも顔を出すことができたはずだ」


 まあ、できたかできなかったかでいえば、できただろうな。

 それがわかっているからか、オルドスは不機嫌そうな顔を見せている。


「学園に向かったのは、ミリオラ殿下がいたからだ。せめて婚約者とし最後の義理は果たさなければならんだろ。事情があるにしても、あちらも望んでいたにしても、一方的に婚約の内容を変えたのはこちらなのだから」

「……あいつに対しての義理なんてあるのか? どちらかというと、俺達王家がお前に対して義理があると言える立場だろ。ミリオラはお前に不義理を成したんだぞ?」

「婚姻前の〝遊び〟など、大なり小なりそこらに溢れているものだろう?」


 確かに俺という婚約者がいる状態であるにもかかわらず、護衛とはいえ特定の男を連れ回していたのは外聞が悪い。調べてみれば実際に男女の仲であったというのだから、不義理と言ってもいいだろう。


 だが、そんなものは貴族であれば当たり前と言えるほどありふれたことだ。女性側が咎められるような事態はあまりないが、まったくないわけでもない。


 個人的には、仮にあの二人が交わっていたとしても、それはそれで構わないと思っていた。どうせ家の関係だったのだから。まあ、その場合は王家に対して良い交渉材料が手に入ったと思っただろうが。

 だがまあ、言ってしまえば所詮その程度の仲だったのだ。不義理だどうのと騒ぎ立てるようなことでもない。


「それはそうだが、そのことが表に出ていたのがまずいんだ。仮にも王家の者が婚約しているにも関わらず他の男と行動を共にしていれば疑われるし、そうでなくともミリオラの行動はわかりやすすぎた。あれでは学園にいた全ての生徒はミリオラの不貞……つまり王族の不義理を知っていたことになる」


 まあ、あの二人の関係は公然の秘密とかしていたからな。誰もが知っているが、王家のことであり、婚約者である俺がなにも対処をしないから、誰もなにも言えないでいた。

 あとは、まあ何か言って俺に目をつけられることを嫌ったのかもしれないな。


 だが、なにも言わなかったとしても、知っていたことは知っていただろう。


「その上、実家で見捨てられたからと追放処分になるまで助けもしないとなれば、王家の求心力は下がることになる」


 そう考えることもできるな。王家が不義理を働き、王家の管理する場所で事故が起き、その結果追い出されることになったのに王家はなにもしないとなれば、貴族達としても王家のことを頼ろうとはしなくなるだろう。

 貴族達が王家の下についているのは、王家に力があり、自分たちを守ってくれるからだ。独裁者のように自分たちのことを虐げるつもりであれば、貴族達などとうに国から離反している。


 だが今回の件で、王家は貴族を守ってくれなかった。たかが成人前で爵位を引き継いでいない小僧一人のことではあるが、守ってくれなかったのは事実だ。

 そこにどういった意味を見出すのかは、貴族次第といったところだろう。

 だが……


「それはそうかもしれないが……何が言いたい?」


 状況は俺と俺としても理解しているこいつがなにを言いたいのかがわからない。


「城に戻ってこないか、ということだ」

「城だと? 俺はすでに貴族ではないのだ。居場所などあるはずがない」

「ただの平民であれば、だろう? お前が元貴族なのは誰でもわかることだし、何か罪を犯したわけでもないこともわかることだ。そこに王族が保証人となれば、城で働くことも可能だ。そこで結果を出せば、お前ならば十年もすれば新たに貴族位を取ることも可能だろう」


 爵位を手に入れるには、国への貢献を王族に認められることが必要となってくる。俺の場合は王族に認められるという点はすでにクリアしているのだから、あとはわかりやすい功績を残せばいい。本来はその部分が最も難しいではあるが、その気になれば功績など、武勇でも外交でも、できないわけではない。特に今はネメアラの姫を助けたという功績もある。元が貴族の出身であり、廃嫡の理由が魔創具の形がおかしくなってしまっただけ、というのであれば、すぐに戻ることも可能だろう。


「もしお前のことを襲った者どものことが気になるのであれば、気にする必要はない。お前を襲った愚か者どもは、俺とシルルの方で探し出して処理をした」


 処理とは……ああ、そうか。例の王都での裏ギルドを処理した騒動はそれか。

 ならば、こちらに来るのが遅れたのもそれが理由か? 俺の居場所などとうにわかってはいたが、俺を害した勢力を処理しない限り合わせる顔がないとでも思ったのではないだろうか?


 正直なところどうでもいいと思っていた……というよりも、そこまで考えていなかった。何せ、過ぎたことで、もうどうしようもないことなのだ。今更処理しに向かうのも面倒ではあったし、自己満足のために復讐をするなど無意味なことに力を割くのは無駄だと思っていた。どうせ依頼者はわかっているのだ。

 ロイド。やつのことがどうしても腹に据えかねるのであれば、直接そちらを狙えばいいだけだったしな。


 だが、こうして骨を折ってくれたのだ。面倒だから手を出さなかったが、怒りがないわけでもなかった。そんな相手を処理してくれたのだから、感謝すべきだろう。


「それは……いや、面倒をかけたな。お前もシルル殿下も暇ではなかっただろうに」

「いや、お前を連れ戻すにしても、奴らが残ったままではお前に示しがつかないだろ。それに、これは俺たちがやるべきことだった。むしろ、この程度のことしかできずに申し訳なさすらあるほどだ」

「気にするな。王家の考えもわからないわけではない。公爵を敵に回すのと、その息子を見捨てるのであれば、どちらを取るのかなど悩む必要はないものだ」


 そう口にしてもオルドスは顔を曇らせたまま申し訳なさそうにしている。……本当に気にしていないのだがな。

 もちろん、まったくまったく気にしていないわけではない。だがそれは、オルドスに対しての思いではなく、他の人物に対してのものなのだ。こいつが気にする必要はない。


 そう言ったところで気にしないでいることなどできないだろう。だが、このまま謝り続けたところで意味がないことを理解しているオルドスは、一つ息を吐き出すと改めてこちらへと向き直った。

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