第139話バイデントの恋愛事情

 


「は?」

「そんなら俺たちがここにいてもおかしくねえだろ。普通にギルドとしての仕事をしながら、ボスの手伝いすりゃあいいだろ」


 それならば、『バイデント』を捨てることなくここにいる五人がこの町で活動することも可能ではある、か? いや、だが、しかし……


 そう悩む俺をよそに、ボーチの言葉を聞いた他の四人は一旦顔を見合わせ、ふっと笑ってから話し始めた。


「……やっばー。ポチにしてはすっごいいいアイデアしてるじゃん」

「ポチじゃねえっつってんだろうが!」

「ですが、それが現実的ですし良いのではないでしょうか?」

「じゃあそういうことでいいんじゃない?」


 どうやらこいつらはボーチの提案に乗り気のようだ。いや、乗り気というよりも、すでにそうすることが決定しているようにすら思える。

 だが、そんな重要なことをこの場で決めてしまっても良いのか? もっと悩むべきで事柄であるはずだ。


「待て待て。お前たち公爵領にある本部に戻らなくていいのか? 流石にギルドのトップが常に支部に入り浸っているというのは、組織として健全ではないのではないか?」

「そう? 新しく支部を作るんだから、主要メンバーがそっちにずっといてもおかしくないと思うわよ?」

「どうしようもなければ、ログナーさんだけ本部に留まっていただければ……」

「おいっ、ふざけんなよ!? なんで俺だけなんだよ! そんなことになるんだったらお前ら全員道連れにしてやるからな!」


 ログナーだけを生贄に自分達の願いを叶えようとするリーラの言葉に、ログナーが必死になって騒ぎ立てているが、本当にどうしようもなくなったら……やるだろうな。


「こっちに本部を移せばいいんじゃなーい? で、向こうが支部になるの。理由は……まあ、公爵が信用できないから拠点を変更するって言っておけば、今の状況ならみんなも納得してくれると思うよー。今後向こう集まってきた人たちは全員今まで通りギルド員として扱うけど、私たちはこっちで生活するよ、ってことにすれば誰も見捨てなくて済むでしょー? ……多分?」

「ん……まあそれなら時間は少しかかるけど、いいんじゃないか? 別にあの場所にこだわりがあったわけでもないんだしな」


 どうやらフレネルの言葉が決定的だったようで、本当にこちらに拠点を移すことにしたのようだ。


「……好きにしろ」


 どうせすでに俺の手から離れているんだ。今更何かを言ったところで命令権なんてないし、あったところで逆らって動くだろう。


 俺が諦めた様子を見せたことで、『バイデント』の五人は顔を見合わせて笑っているが、そんなに俺のところで働きたいものだろうか? 自由になったのだから好きにすれば良いだろうに。

 今のお前達は金があり、力があり、居場所もあるのだ。誰に追われることもない場所を手に入れたのだから、今更自分から縛られにくる必要などないはずだ。それなのにまた俺という他人の配下——言い換えれば支配下に置かれることを望むとは……わからないものだな。


「ところで一つ聞きたいんだが、ボスはどうにかして貴族になるつもりか?」


 不意にログナーがそんなことを問いかけてきた。


「なぜそう思った?」

「いや、だって騎士なんてのがいるってことは、そういうことかって……」


 そう言いながら近くでキリリとした表情で待機しているマリアへと視線を向けたが、確かに裏ギルドなんて場所にマリアのような騎士は普通はいないか。

 いるとすれば、それは特殊な事情があるか、あるいはあえて騎士を置いているかだが、ログナーは俺があえて騎士を置いているのだと判断したようだ。


「マリアは違う。騎士とすべく騎士にしたのではなく、元から騎士だったのだ」

「元から? 王国かこの領地から引っ張ってきたの? あるいは、公爵家の騎士?」

「いや、どれでもない。マリアは騎士王国から抜けてこちらに来た騎士だ」

「騎士王国の騎士様か……」


 マリアに目配せをすると、マリアはその視線の意図を理解したよう一歩前に出て自己紹介を始めた。


「初めまして、アルフ様の騎士として仕えているマリアと申します。皆さんがアルフ様の配下であるというのであれば、これからよろしくお願いいたします」

「……わー。さっすが騎士様って感じの挨拶だねー」

「アルフレッド様の騎士なのですから当然です」


 まさか本当に裏ギルドに騎士らしい騎士がいるとは思わなかったのか、フレネルは僅かに驚きを滲ませて呟き、なぜか初対面のはずのリーラが自慢げに頷いている。


「アルフってのは……」

「ああ。今の俺の呼び方だ。アルフレッドのままでは父に目をつけられる可能性があるのでな」

「の割に対して変わってない気もするけど……」

「まあ気にするな。この程度であろうと変わっていれば意外と見つからないものだ」

「平気だっていうんならそれでいいけどな」


 肩をすくめるログナーだが、意外とこんな名でもバレないものだぞ。何せ、『似たような名前』まで含めて探そうとすれば、膨大な数の人間を調べなくてはならないのだ。少し名前を変えただけでも、その他大勢の中に紛れることはできる。


 もっとも、よっぽどおかしな何かを行わない限りの話だが。何か大きく噂が広がるようなことをしでかせば、その主要人物として名前が広がることもあるし、容姿や能力が広がることもあるだろう。そうなれば流石に違和感を持つに決まっているし、調査をすることもあるだろう。


 だが、それは逆にいえば噂にならなければ問題ないということだ。……まあ、すでにここで起こったことは噂にはなっているようだが。そして、名前は漏れておらずとも一部には俺へと繋がるヒントが存在しているのだろう。でなければ、王太子自らこのようなところまでやってくるはずがない。


「ところで、マリアちゃんはボスのことどう思ってるの?」

「え? それはもちろん尊敬しておりますが……」

「いやいや、そういうんじゃなくってさ。ほら、わかるでしょ?」

「フィーアが聞いてるのは、恋愛感情的にどうなのかって話だよー、っと」


 などと考えているうちに、『バイデント』の女子とマリアは仲良くなったようで、そんな馬鹿話へと移っていた。

 まったく……そういった話をするなとは言わんが、せめて本人のいないところですべきであろうに。


「え、ええー!? わ、私がアルフくんを!? そんなことないわ。私は純粋に仕える主として慕ってるだけで……。そりゃあかっこいいとは思うし優し人だし、文句なんて何もないけど……。それに、私よりもスーちゃんの方がお嫁さんに相応しいっていうか……」


 おいマリア。お前は何をいっている?


「スーちゃん?」

「それって……」

「そういった話は本人がいない場ですべきものだと思うがな」

「本人がいないところで話したって、こっちの気持ちに反応してくれないからでしょ?」

「前までは貴族としての立場があったから何も言えなかったけど、そうじゃなくなったんだったら狙ってもいいと思うなー」

「私としては、貴族であった時も外に妾を作るのは問題なかったとは思いますが」


 強引に割り込んででも話を止めようとしたのだが、藪蛇だったか。

 そもそも、好意そのものは感じ取っていたが、それは助けた恩ではなかったのか? 恋愛感情としての好意だとは思ったことがなかったぞ……。

 それはこいつらがそれだけ隠し通してきたということなのだろうが、だがその感情が表に出ていてそれに気づいていたのだとしても、俺は受け入れることはなかっただろう。


「……妾などという立場で幸せになれるわけがない。共に暮らすことなく、自身の家庭を持つことができずに一人で生きることを強制するのは、その者にとって良いことではなかろうに」


 貴族が妾を持つ話は、それこそはいて捨てるほどある。だが、そのどれもが幸せな生活だとはいえないような暮らしを送っているのだ。稀に例外もいるが、それは本当に稀な話だ。そして、その稀な話でさえ、心の底から幸せになったという話は聞かない。

 当たり前のことだ。貴族とは違い、平民は身分や立場などを気にして生きていない。ただ人として、家族と共に笑い合って生活することこそが幸せだと考えるのが平民の暮らしである。

 それなのに、夫婦が揃って共に暮らすことができないとなれば、心に澱が溜まるのは当然のことだ。表面上は笑っていたとしても、心の底からの笑みとはいえないだろう。それでも笑っていなくてはいけない。そんな生活は、幸せなはずがないだろう?


「それは本人が望んでいない場合じゃない?」

「どんな形であれ、好きな人と一緒にいられるのであれば、あるいはその子を宿すことができるのであれば、それは幸福なことだと思います。いつ死んでしまうのかわからないのですから、少しでも幸せになりたいと思うのは間違いではないと思いませんか?」


 俺は、正直なところ婚姻など考えていない。以前は家のために必要なこととして受け入れていたが、俺自身が誰かとそういう関係になりたいから婚約をしていたというわけではないのだ。

 そして貴族ではなくなった今は、義理も義務もないのだから婚姻しようと考えていない。

 もちろん誰かと婚姻を結べばそれなりの対応をするだろう。夫となったのであれば相応の働きはするつもりだ。だが、そんな半端な思いだけの覚悟もない者と共になったところで、幸せになれるはずがない。


 そもそもなぜ俺なのだ? こいつらが俺に感謝をしているのは理解している。だが、その想いと恋愛感情は別物だろうに。貴族であった俺との関係を望むよりも、身近な相手と関係を結部のが普通の考えではないだろうか? その方がお互いのことを理解しているだろうし、共に暮らすこともできる。立派な幸せな家庭というものを築くことができるだろうに。


「共に行動しているのであれば、普通はそちらに意識が向いてもおかしくないと思うがな」

「共にって……ログナーとポチのこと? ……ないわー」

「ないねー」


 だが、俺の言葉に対してフィーアとフレネルはログナーとボーチの顔を見ていやそうな顔をしながら言葉を吐き出し、リーラはニコリと微笑んでいるだけで何も言わないが、答えない時点で何を思っているのか理解できた。


「お前ら、本人を前にして失礼すぎねえか?」


 女子達の態度にログナーが文句を口にしたが、まあそれは当然の反応と言えるだろうな。


「でも、じゃあログナーは私たちと結婚したいわけ?」

「いや、俺もう恋人いるし」

「俺はごめんだな。誰がお前らなんて厄介なのを取らなきゃならねえんだよ」


 フィーアの言葉にログナーもボーチも拒絶の言葉を……待て。なに? ログナーよ。お前は恋人がいたのか? 


「いや、そもそもこっちからお断りだって話なんだけど?」

「っていうかさー、ログナーって恋人いたの? そっちの方が驚きなんだけどー?」


 そうだ。それが気になるのだが?


「まあ、言ってなかったからな。だってどうせ言ったら揶揄うだろ、お前ら」

「そんなことしないわよ。仲間を信じてよね」

「バカ言え。信じてるからこそ黙ってたんだよ」


 その〝信じている〟というのは、こいつらなら絶対に揶揄ってくると信じてた、ということか?


「だが、それならそれでこちらに来るのはまずいのではないか?」


 恋人がいるというのであれば、その恋人はトライデン領に暮らしている存在だろう。そんな存在がいるにもかかわらず、本部を移してこちらに暮らすとなれば、別れる必要があるのではないだろうか?


「恋人がいるって言っても、家を買って一緒に暮らしてるわけじゃないからな。ここを本部にするんだってんなら、こっちに越してくればいい。もしくは、ここを本部にするって言っても、王都と公爵領の支部への行き来もある程度は必要だろ? その役割を俺がやるのもありだしな」

「いや、なしでしょ。あんたギルドのリーダーなのわかってる? そんなホイホイ場所を移動するわけにもいかないってば」

「まー、連絡要員が必要なのは事実だけどねー」


 ここからトライデン領はそれなりに離れているからな。本部と支部が存在しているのであれば定期的に人を動かす必要があるだろうな。でなければ、本部と支部で規則や方針が違うことになってしまう。最悪の場合、離反や独立されることもあるだろう。もっとも、こいつらとしてh独立したいのであれば好きにすればいい、とでも思っているかもしれないが。


「んで結局のところよぉ、ログナーがどうしたってのは知らねえが、こっちに拠点を変えること自体は構わねえんだろ?」

「いいんじゃない?」

「そういった事ですので、アルフレッド様。これからもよろしくお願いいたします」

「ああ。もう好きにしろと言ったのだ。俺が関わることでもあるまい」


 そういったわけで、『バイデント』はトライデン領を捨ててこちらへと拠点を移すこととなった。


「とりあえず、今日のところは帰りますね。また後日改めてこちらのギルドの方ともお話をさせていただき、協力関係を結んでいければと考えております」

「ああ。他の奴らには、『バイデント』は通すように言っておく。好きに動けるというわけでもないだろうが、騒ぎを起こすことなく話し合いの場を用意するくらいはできるようにしておこう」


 ここでは俺が長としての地位にいるが、だからと言って『揺蕩う月』が俺の所有物というわけでもない。『バイデント』は知り合いではあるが、よそ者であることも間違いないのだ。そんな存在を拠点内で自由に出入りさせるわけにはいかない。


「あ、そうだ。王太子はどうする? お前のことは話しても平気なのか?」


 帰ろうとした間際でログナーが問いかけてきたが、オルドスについてか……。


「……俺を探しているというのであればどのみち会うことになるだろうし、先にこちらから動くべきか」


 ここで俺から動かなかったところで、最終的にはこの場所を探り当てるだろう。あるいは、もうすでに探り当てているかもしれない。何せ傭兵ギルドだとはいえ、単なる一般人である『バイデント』が探し当てることができたのだからな。

 あとは向こうの予定がつくかどうかが問題だろうが、こちらから連絡を入れればその予定の調整も多少は楽にすることができるだろう。

 それに、これで帳消しになるとは思わないが、勝手に出てきたことへの謝罪にでもなればとも思う。


「お前たちに頼みたいことがある」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「オルドスに連絡を取ってほしい」


 そうして、俺は久方ぶりの友人と会うために動き出した。

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