第148話二戦目開始

 

「終わったようだな」

「オルドス。来たのか」


 と、キュオリア殿の言葉に悩んでいると、近くで観ていたオルドスがこちらへやってきた。

 そういえば戦いの最中は気にしていられなかったが、巻き込まなかっただろうか?

 そう思って確認してみたが多少の服や髪の乱れはあるものの、明確に何か傷があると言ったこともないようなので、おそらくは問題ないだろう。

 よかった。観ると言ったのは俺からではないが、それでもこの国の王子に怪我をさせたとなれば問題ではあるし、個人的にも友人に怪我を負わせたくはなかったので何事もないのは良いことだ。


「ああ。お前達の戦いは見ていたぞ。随分と派手に暴れたものだな」

「だが、これでも六武の戦いであればおとなしい方だろう。何せ、大地も山も無事なのだからな」


 オルドスは呆れたように息を吐いているが、俺の知っている六武には、山を貫く一撃を放つ御仁もいる。それを考えると、多少地面が抉れた程度であればまだおとなしい方だと言える。


「基準がおかしい気はするが、まあそうだな。キュオリア殿は対人に特化した性能だからこの程度だが、対軍や対城に特化した者であれば悲惨なことになっていただろう。これだけの距離があったとしても、街に被害が出ていたかもしれない」

「それを思えば、この程度の被害などないも同然だろう」


 トライデンに受け継がれた術も、対人というよりは対軍としての面が強い。そのため、本気で放つことになれば破壊の規模はもっと大きなものとなっていたことだろう。


「……ないも同然、か。……はあ。そのないも同然の結果のために、領主と話さなければならないのだがな」

「それは……すまない」


 言われてハッとしたが、そういえばこの後始末をしなければならないのか。状況を考えればキュオリア殿の役目でもある気がするが、流石に六武がそんな些事に手を煩わせることはないか。そうなると別の誰かがやらなくてはならないが、表立った権力も立場もない俺よりも、六部に同行していた王子の方が処理するのは適しているか。


「気にするな。費用がかかるようならキュオリア殿に請求しておく。それくらいは喜んで出すだろう」


 土系統の魔法を使える者を用意すれば数日もすれば修復することができるだろうが、その程度の費用くらいであれば六武であるキュオリア殿ならば出すことができるだろう。

 だが、出すことができると言っても、相応に金がかかることは間違いない。ポンと出すことができる額なのかと言われれば、素直に頷けないところだろう。


「だといいのだがな」

「喜んで、とは行かなかったとしても、それくらいなら問題なく出すことができる程度には金を貯めているだろう。だからどのみち気にする必要はない」


 今日の様子を見ている限りでは今回の戦いを喜んでいたようだから渋ることはないかもしれないが、最悪の場合は王子としての権限を使用すれば徴収することは可能か。仮に渋られたところで、キュオリア殿であれば最終的には納得することになるだろう。


「さて、それじゃあ二戦目といくぞ」


 だが、この地の修繕費にどの程度の金額がするだろうかと考えていると、オルドスは突然魔創具を取り出して告げてきた。

 いったい、何のつもりだろうか?


「……何? どういうつもりだ」

「どうもこうも、ただ純粋に友と久しぶりに遊びたいというだけだ。以前はよくこうし手合わせをしただろ?」


 確かに、以前俺は公爵家の者として歳が近いこともありオルドスの訓練相手として手合わせをしていた。

 あの頃は、余計な予定が入りでもしない限り最低でも月に一度は手合わせをしていたのではないだろうか?

 それを考えると、ここ最近は数ヶ月ほど開いていたのだから、再会した今、手合わせをするのはそうおかしなことでもないかもしれない。


 だが、こちらはたった今六武と戦ったばかりなのだ。最後まで戦ったと言うわけではないが、それでも疲労を感じているのは確かである。


「こちらは披露の極致なのだがな」

「その程度、お前ならどうにかなるだろ」

「具体的な案を出しもせずに、どうにかなるなどと無責任なことを言うな」

「お前ならばできると信じているからだ。王子からの信頼だ、喜べ」

「この状況でなければ喜んでもいいのだが、あいにくと状況が悪いのでな」


 王子から信頼されていると言うのは、貴族にとっては喜ばしいことだろう。

 だが、今の俺は貴族ではないし、仮に貴族であった時であっても、このような無茶とともに送られる勝手な信頼はいらんと感じるだろう。


「まあそういうな。これを受ければお前が勝手に逃げ出したことを許してやる」

「そう言うことであれば、仕方ないな。その申し出、受けるとしよう」


 手紙一つでろくに挨拶もせずにオルドスの元を離れたのは事実であるため、そのことを言われると何とも抵抗しづらい。

 仕方ない。ここは多少面倒ではあるが、オルドスの要請を受けるとするか。


「よし。素直に受けてくれて助かったな。こちらとしてもキュオリア殿のように無駄に搦め手を使いたくはないのでな」

「しかし、昔のようなものを期待するなよ? こちらは武器が変わったのだ。あの頃のように、とはいかんぞ」

「なに、それならそれで構わないさ。先ほどの戦いを見ていれば弱くなっていることを心配する必要もない」


 そう口にし、魔創具である剣をこちらに突きつけてきたオルドスに答えるように、こちらも魔創具であるフォークを取り出し、構えた。


「それでは、いくぞ!」


 その言葉を開始の合図とし、オルドスが手に持った剣を構えながら走り出す。


「相変わらず、重い一撃だ」


 俺に接近すると同時に繰り出された上段からの振り下ろしは相応の威力が乗っており、フォークで受け止めはしたが、その衝撃が体に響く。無手で受ければ怪我をするのは必至だっただろう。


「そう言いながら、そんな使い慣れないもので防いでいるじゃないか」

「もうそれなりに長い付き合いとなったからな。このくらいであればできると言うものだ」


 フォークというおよそ戦いには向かない道具ではあるが、それでもこれからはフォークを使って戦っていくのだと鍛えたのだ。威力は乗っていても何の駆け引きもない単調な振り下ろしであれば、受け止めることくらいはできるというものだ。


「そうか。ならば、もう少しだけ力を入れるぞ!」


 そう言ってオルドスは一旦剣から力を抜くと、新たに袈裟斬りの一撃を放ってきた。


「ぐっ——」


 以前手合わせした時よりも力も速度もある一撃に、俺はフォークで受けることはせずに後退することを選んだ。


「どうした! 以前のお前なら、避けた後に反撃を入れてきただろ!」

「武器が違うのだ。仕方あるまい」


 確かに以前であれば槍というリーチを生かして剣による攻撃を避けた後に剣の間合いの外から反撃をしていた。そうして自分のペースへともっていったものだが、今の武器はフォークだ。リーチで言えば、剣よりも遥かに短く、圧倒的に不利だと言える。避けた後の反撃などできるはずがない。


「だが武器が違う分、違った対処の仕方をして見せよう」


 しかし、槍を使っていた時のような戦い方はできずとも、別の戦い方をすることはできる。

 それを証明するように、振り下ろされてきた剣をフォークで受け止め、逸らし、地面に叩きつけられた剣を上からフォークを剣の刃に噛ませた。

 こうすることでオルドスは剣を押さえつけられ、そのままではろくに動かすことができなくなった。


 とはいえ、このまま終わるような男ではないことは重々承知の上だ。


「この程度で抑えられると思ったか!」


 フォークで押さえつけていた剣を強引に動かして拘束から外れようとしたところで、俺はフォークから手を離してオルドスの剣を解放した。

 突然押さえつける力が消えたことでわずかに体勢を崩したオルドスだったが、そんなことは想定内だったようですぐさま体勢を整えてこちらに剣先を向けて構えた。


「そのような甘い相手ではないことくらい、わかっている。だが……お前こそ、このままことを運べると思ったか?」


 そう口にしながらチラリとオルドスの剣に視線を向けると、そこには先程から噛んだまま離れない状態のフォークが存在している。そのフォークをうまく使えば、戦いはこちらの優位に進んでいくだろう。


 俺の視線に気がついたのか、オルドスも自身の剣を眉を顰めながら見つめた。


「それは、このフォークのことか? 確かに、お前がただこんなことをしたとは思えないな。つまり、増えるごとに私が不利になっていくと言うことか。取り除けばいい話だが……」

「それを許すほど甘くはない」

「だろうな」


 取り除こうとした間にこちらが攻撃を仕掛けることになるし、一旦魔創具を解除して再度作り直すにしてもどうしたってわずかな時間ができる。いくら命のかかっていない手合わせと言っても、その隙を見逃すほど愚かではない。


 そういった理由から、オルドスはそのフォークがついたままこちらに切り掛かってきたのだが、数合ほどの斬り合いを経て違和感を感じたのだろうか。オルドスは訝しげに眉を顰めた。

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