第90話武力を保有する意味
「ほっほー? なんでマリアを狙ってたわけ?」
「流石にそれは話すつもりはない。個人的なことを本人がいないところで話すのは道理ではないだろう」
マリアが関係して事件が起きたことは話したが、その過去までは話さない。
今回の件の根幹部ではあるが、詳しいところを本人から語られたわけでもないのだ。それを他人である俺が勝手に話すのは、他者の名を貶めることに繋がり、やってはならないことだ。
「んー、じゃあそれはいいわ。んでんで? これからどうするの?」
スティアもそれは理解しているのだろう。俺が拒絶するとあっさりと引いて話を変えた。
「情報を集める。今回はマリアが襲われたので迎撃したが、おそらく今回の件はこれで終わりではないだろう。報復に来る可能性が高いと思われる」
「まあ、そうだろうね。裏に詳しいってわけでもないけど、やられてやられっぱなしにして置けるほど、優しい世界じゃないからね」
「だろうな。だから、お前達も気をつけろ。この街に留まるのであれば襲われる可能性は十分に考えられる」
敵組織を潰さない限り、この街にいれば……いや、この街だけではなくこの地域と行った方が正しいか。この地域にいれば、幾度でも襲いかかってくるだろう。
もっとも、実際には数度程度で終わるだろう。何せ、人は無限ではないのだから。返り討ちにして所属している者が減れば、襲撃は終わるはずだ。流石に敵も組織が滅ぶまで続けはしないだろうからな。
しかしそれでも、いつまで襲われるのかは分からないし、危険があること自体は変わらない。
「ここから移動することはできないの?」
「それでも構わないが……」
「いや! まだお肉いっぱい食べてないのになんで私が移動しなくちゃいけないのよ。私悪いことしてないもん!」
「……だそうだ」
「命とお肉を秤にかけるって、そうそうない考えだと思うけどね」
どうあってもスティアがこの街を離れるつもりはないことを理解したのだろ。ルージェは呟きながら肩をすくめた。
しかし、スティアの意思以外にも、この街を離れない理由がある。
「それに、俺としてもやることがあるのでな。しばらくは離れたくないのが実情だ」
「やること? マリア関係で?」
「近いな。正確には違うが、お前にも関係ある話だと思うぞ」
この話をすれば、きっとルージェもこの街に残りたいと言うはずだ。
「この街に、民を虐げる商人がいるのだそうだ」
そう口にした瞬間、ルージェはそれまでのどこか気の抜けた雰囲気を消し、鋭い眼差しでこちらを睨むように見つめてきた。
「……へえ。それはまた、随分と面白くない話だね」
「面白くないというのなら、聞くのをやめるか?」
「はっ。聞かないわけないだろ」
冗談めかすように軽く言葉を交わしたが、その眼はさっさと内容を教えろと告げている。
「とはいえ、俺もそう深く知っているわけではない。『樹林の影』の者どもから聞き出した程度なので、実際に調べる必要がある」
「なら、ボクがその役目をやらせてもらうね。おおよその予想とかはついてるんだろ?」
「ああ。聞き出した情報は後でまとめて渡そう」
『樹林の影』から聞き出した情報によると、マリアが追っている悪しき商人というのは『樹林の影』とも繋がっているようだ。それもあって、今回の依頼を受けたのだとか。
「わかった。それじゃあ久しぶりのお仕事と行こうかな」
「貴族が相手ではないがな」
「ん? ああ、今回は商人だね。でも『貴族狩り』って言っても、貴族だけを相手にしたわけじゃないんだけどね。まあ、貴族の割合が多かったのは事実だけど」
貴族以外にも襲っていたが、金を持っている大商人と言っても、所詮は平民だ。貴族より金を持っていて、貴族よりも力を持っていたとしても、貴族ではない。
そのため、殺されたとしても貴族ほど問題にはならず、騒ぎにもならない。
だからだろう。ルージェに暗殺されたとしてもその結果は大して広がらず、貴族を殺したと言う事実だけが広がり『貴族狩り』などと名前がつけられたのは。
「ん〜……結局さぁ、そのなんとかの影ってやつらはどうするの? 返り討ちにするだけでおしまい?」
「ああ。少なくとも、今のところはな」
スティアが不満げな表情で改めて問いかけてきたが、その言葉に頷いて答える。
だが、俺の言葉を聞いたスティアは、不満げな表情をさらに深めた。
「それでいいの? こう、ババーンと全滅させた方が楽だと思うんだけど?」
確かに、その方が楽と言えば楽だろう。襲われる前に襲ってしまった方が安全でもあるのだし、本来ならそうした方が良いことは理解している。
だが、それには問題もあるのだ。
「相手は裏の組織で犯罪者とはいえ、奴らがいることでこの街の裏のバランスが取れているのだ。なんの準備もなく潰したりなどすれば、他の市民達が害を被ることになる」
そう。それが問題なのだ。裏のならずものどもとはいえど、裏は裏で秩序がある。それを崩そうとすれば、その被害は他の無関係の者達へと及ぶことになる。
『樹林の影』の者どもが俺達襲ってきてそれを返り討ちにしていれば、いずれ戦力が落ちて『樹林の影』は他の組織に潰されることになるかもしれない。
だが、それはそれで構わないのだ。一瞬で消えてなくなるのでは問題だが、他の誰かに倒されたのであれば、支配者が変わるだけで秩序は守られる。
「でも、放置してても誰かしらは傷つくんじゃない? 市民を守る裏の集団なんていないでしょ?」
「まったくいないわけでもないが、大半はそうだろうな。だが、必要悪というやつだ。それがわかっているからこそ、ルージェも貴族を狙いこそすれど、裏の組織は狙わなかったのではないか?」
貴族も商人も裏の組織も、人を傷つける、という結果は同じだ。
だが、ルージェは貴族や商人には手を出しても、裏の組織を標的として潰そうとしたわけではない。
「ん? ああ、うん。まあそうだね。裏っていうのは、確かに犯罪者の集まりで誰かを傷つける集団だ。けど、そいつらがいるからこそ守られる平和っていうのもある。一つを潰したところで他のところが出てくるだけだし、仮に全部潰したところでよそからやって来た奴らや新しく生まれた奴らが好き勝手やるだけだ。それは、これまで以上の被害が出ることになる。いくつかの組織が縄張り争いをして睨み合っているからこそ、平穏が続いてるんだよ」
最初の方はそれも潰そうと思ったこともあったけどね、などと苦笑して話しているが、もしかしたら一度潰したことがあるのかもしれないな。
「武器を無くすことは平和の道じゃない、か……」
突然のスティアの言葉に俺もルージェも、目を剥くこととなった。
驚きから目を剥き、スティアを見つめるが、本人はどうして俺たちがそんな表情をしているのか理解していないようで首を傾げている。
だが、俺たちの反応も仕方ないだろう。何せ、こいつがこんな頭の良さそうな言葉を口にしたのだから。
しかもその内容は、俺でさえも考えさせられるような、至極真っ当なことだったのだから。
「……どうした、そんな頭の良さそうなまともなことを言って」
「なんか酷くない!? これでもお姫様だもん! ちゃんと頭いいんですぅー!」
そう叫ぶ姿は、どう考えても頭のいい者の振る舞いではないのだが……いや、こいつが真性の阿呆でないことは理解している。その頭が悪いとも思わない。時折俺が驚かされることがあるのも事実だ。
だが、それを踏まえても今回の言葉はいつもとは少し違っていたように思えた。
「なら、そのちゃんとしている頭で、先ほどの言葉の意味を言ってみろ」
「えっと、確か……単なる支配の対象になるだけ。平和を願うんだったら、拮抗した戦力が向かい合ってる状況にしなくちゃいけないんだ、って誰かが言ってたのよ。多分……兄弟の誰か? もう何年も前だけどね」
先ほどの言葉の意味を確かめるために問うてみたが、やはりスティア自身の言葉ではなかったようだ。安心した。
「なるほど。他の王族の言葉だったか。であれば納得だな」
「なにそれ! 私が言うのは納得できないってこと!?」
そう思われたくないのであれば、普段から言動を改めることだな。もっとも、そう言ったところで改めることなどないだろうが。
「それはそれとしてだ。処理はしたが、襲ってくると思われる。警戒はしておけ」
「はーい」
「わかったよ」
頷いた二人を見て、俺は俺で個人的に今後の対策を考えようとしたところで、スティアが問いかけてきた。
「あ、ちなみに、それってこっちで殺しちゃっても平気な感じ? それとも捕まえた方がいいの?」
「殺して構わないが、危険なく捕まえられるのであればその方が使い道はあるな」
「オッケー。それじゃあ全員プチっと潰しておくわね!」
捕まえるのかと聞いた意味は……いや、何も言うまい。
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