第91話『樹林の影』の狙い
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・『樹林の影』
今私の前には、三人の男女が私と同じテーブルについている。
普段ならさしたる話もなく、定期的な報告をするだけで終わるのだが、今日はそうはいかなかった。
「くそっ! 例の放浪騎士の依頼に出た奴らが殺されたぞ!」
「知っているよ〜。もうその噂で持ちきりだしね。誰がやったとは言われてないけどぉ……十中八九その騎士だろうねー」
私の両隣に座っている叫んでいる男と気怠げな女——グレイとミリーが話をしているが、それが今回の問題となった事だ。
我々がアルラゴンの騎士達から受けた依頼をこなすべく、組織に所属している者を二チーム送り万全をきしたのだが、それが返り討ちにあったとのことだった。
依頼を受けた騎士はすでに死んでおり、今更対象となった者を消したところで追加の報酬はない。
だが、このまま放置しておけば、裏における我々の立場は今よりも落ちることとなる。それは認められない。
それを抑えるためには、報酬などなくとも依頼の対象であった者を消すことなのだが、ここで新たな問題が一つ。
その問題について知っている私の正面に座っている男——グラハムは、騒いでいる左右の二人に対して手を挙げて話を止め、注目を集めるようにして話し出した。
「少し良いか? その話だが、騎士の他にもう一人男が近くにいたとの事だ」
「男? 恋人か何かか?」
「いや、そこまではわかっていない。ただ、攻めたやつ全員が殺されたのだ。事前の騎士の情報からすると、全員を殺すというのは少し違和感がある気がする。それに、騎士に勝てるだけの人数は送り込んだはずだろう? 一人も逃げられないで処理されるってのは、いくらその騎士の戦力を低く見積もっていたとしても、難しいと思うのだ。なら、その一緒にいた男というのが怪しく思えて仕方ないのだが、どうだ?」
グラハムの言葉に頷きを返す。まだ事が起こってからさほど時間が経っていないので大したことは調べられていないが、どうにも対象以外にも人がいたようだ。
それがどこの誰で、どのような人物なのかはわからないが、そのものが強者であることは間違いないだろう。少なくとも、今回の対象と協力すれば我々のメンバーと依頼をしてきた騎士どもを全員逃すことなく討ち取れる程度には。
「なるほどねー……。まあ、一人じゃ倒せないはずなのに全部倒されたー、ってのはおかしいか」
「つっても、そんなつえーやつなんてそうそう出てくるもんか?」
グレイの言ったように、強者などそう簡単に現れるものではない。だが、全くないと言うわけでもない。
そして我々には、その強者が出てきた原因に心当たりがある。
「あるいは、『揺蕩う月』の連中が動いたという可能性は? 俺たちの依頼を邪魔するために囲んで、となれば、流石に送り出した連中だけでは厳しかっただろう」
グラハムの言ったように、我々『樹林の影』と敵対している裏ギルドである『揺蕩う月』であれば、強者がいてもおかしくはない。あるいは、強者でなかったとしても、対象の側に男を一人つけて意識をそちらへ逸らし、集団で我々のメンバーを処理した、と考えることもできる。
他にも裏の組織というものは存在しているので『揺蕩う月』だけが候補というわけでもないが、それでも現状でもっとも可能性が高いのは奴らであろう。
「あー、あのクソッタレどもか。その線もあるか……」
「でも実際のところあいつらってあり得る? 最近押されっぱなしっていうか、あたしらが圧倒してるじゃん」
「だからこそかもしれんぞ。ここで勝たねばまずいと、乾坤一擲の策に出たのかもしれん」
「あー、まあ、このままじゃ数年以内にうちに押し潰されるだけだしねー。でも、その場合……裏切り者がいることにならない?」
それまでただ気怠げに話に混じっていたミリーだったが、突然纏う雰囲気を変え、探るように問いかけてきた。
そんな視線に不快感を覚えたようで、グレイが苛立たしげに口を開いた。
「ああ? どうしてそうなったんだよ」
「だってさー、標的を襲うあたしらを囲って潰す、なーんてことは、事前にいつどこで動くか分からないと無理っしょ」
確かに、その言葉には一理ある。
もし本当に我々の仲間を処理する際に、複数人で囲って処理したのであれば、それはこちらの位置が把握されていたことになる。でなければ、我々の仲間が容易に捕らえられるはずがないのだから。
しかし、それは違うだろうと考えている。
なぜならば、実際にこちらが想定した襲撃計画と今回の戦いは、全く別の場所で起こったからだ。
「どうであろうな。今回送り出したやつらの動きだが、実際に計画していたのとは随分とずれが生じていたそうだ」
「そうなの?」
私の言葉に、ミリーが眉を顰めてこちらを見つつ問いかけてくる。
「ああ。標的の宿周辺で待機していたが、途中で依頼主が計画の変更を告げて連れて行ったそうだ。そして、その先で全員殺された」
おそらくだが、誰も逃げられなかったのはこの戦いが偶発的に起こった事だからだ。当初の計画とズレ、いきなり対応しなくてはならなかったからこそ、そこに隙が生じ、そこを突かれたのではないだろうか。
この組織の長である私の言葉だからか、ミリーはその言葉には納得したようだが、今度は別の疑問が出てきたようで問いを重ねた。
「なにそれ。だったらその依頼主も怪しくない?」
「それはない。依頼主も死んでいたからな」
「えー……。じゃあ、依頼主の何人かとうちのメンバーを同時に処理したってこと?」
「そのようだ。そういった理由で、こちらも急ぎで動いたようだから、その動きを『揺蕩う月』が察知して動き出した、と考えれば裏切り者の存在がなくとも説明できる」
というよりも、それ以外に説明できない。
裏切り者がいるほど甘い作りの組織ではないと自負している上、ここのメンバーの戦闘能力もなかなかのものだ。それを複数人同時に逃げる間も無く片付ける事ができるほどの強者がいるとは思えない。
であるならば、やはり集団で襲ってきたのであろうと考えられるが、誰も逃げ出す事ができないほどの数を揃え、しかもその全員が我々の仲間と同程度の能力を持っている集団と考えると、やはり可能性として一番大きいのは『揺蕩う月』の者達だろう。
「けどそりゃあ、つまりなにもわかってねえってことか?」
グレイが苛立たしげに睨みつけるように顔を歪めているが、その言葉に反論する言葉を持っていないので黙って視線を返すだけだった。
「なんにしても、情報がなさすぎる。放浪騎士がやったのであればそれはそれで構わないだろう。改めて殺せば良いのだからな」
私に向けるにしては不敬な態度であったが、私がそれを咎める前にグラハムが言葉を発し、話を進めたことで、その場は流すことにした。
「もう依頼主が死んでるのに殺したところで、報酬なんてないでしょ?」
「依頼主が死んだと言っても、全滅したわけではない。向こうの連絡員は無事なはずだ。そちらに話をつければ金は回収できる」
実際に放浪騎士とやらを処理する役割を受けたのは三人の騎士であったようだが、その補助をする連絡役も存在しており、そちらは問題なく生き残っている。
であれば、放浪騎士を倒す事ができればそちらから金を回収することは可能である。
「それに何より、『月』の奴らがやったにしても他の奴がやったにしても、俺たち『樹林の影』が依頼を失敗したままとなれば、舐められることになる」
「なら、仕方ねえな。他の奴らを調子付かせるわけにはいかねえ」
グラハムの言葉はグレイとしても納得できるものだったようで、獰猛な笑みを浮かべながら同意を示すように頷いた。
ミリーは肩をすくめているが、見ればその表情には随分と好戦的な色が窺える。
「ああ。故に、調べろ。なんでもいい。昨晩の現場周辺の情報であればなんでも集めるのだ」
そうして我々は依頼の邪魔をした何者かについて調べるべく動き出した。
「——おおよその状況は見えてきたな」
我々の仕事を邪魔した者を探すために調べ始めてから二日が経過したが、おおよその情報は集める事ができた。
しかし、その情報から導き出される答えは些か疑問の湧くものだった。
「ああ。『月』の奴らも動いてるとなると、やっぱりあいつらがやったわけじゃねえな」
グラハムが口にしたように、今回の敵として最有力候補であった『揺蕩う月』は、どうやら一人の人物に注目しているようだ。
「じゃあそうなると、放浪騎士と共にいた男か? だが、そりゃあ何者だよ? 俺達には劣るとはいえ、メンバーを誰一人と逃すことなく処理するなんて芸当、半端な力じゃできねえだろ」
「騎士と協力したにしても、流石にねぇ。ちょっとおかしいくらいの強さじゃない?」
やはり問題となってくるのはそこだ。全員を同時に処理するなど、相当の実力者でなければできん事だ。
であるならば、これまでの常識的な考えは捨て、〝敵は相当の実力者である〟と考える他ない。
「……場合によっては、『六武』に匹敵するかもしれんな」
そのような強者がなぜここに、と思わなくもないが、そう考えるのがもっとも状況の説明として相応しい。
「流石に六武本人並みってこたあねえだろうが、それくらいってなると、俺たちが主力全員で襲えば勝てるだろうが、それなりの被害が出るぞ」
「そうなったら『月』が動くでしょ。あと、他のところもここぞとばかりに襲ってくると思うけど?」
「そうなったら返り討ちにすりゃあいい」
「ばっかじゃないの。そんなこと……まあできるけど、被害も出るしめんどくさいじゃん、って話でしょ」
グレイとミリーの話しているように、六武本人ではないにしてもそれに準ずる強さを持っているのであれば、こちらにも被害が出る。
そして、被害が出ればその隙を狙って我々を襲ってくる者達が出てくるだろう。我々はこの街の裏でもっとも大きな勢力とはいえ、全てを支配したわけではないのだから。
「……もっとも楽なのは、まともに戦わないことだろうな」
「あ? てめえこのまま放置するってのか? 舐められるっつってんだろ!」
「いや、そうは言っていない。戦うにしても、まともじゃないやり方をしたらどうかという話だ」
「奇襲でもするの? それでやられたんじゃないっけ?」
「前回は依頼主が先に気取られた上に、計画外の動きをしてでも強引に事をなそうとしたためだ。であれば、最初から俺たちだけで計画通りに動いていればなんの問題もない。加えて、単純に人質をとる事ができれば、多少なりとも動きは鈍るだろ」
例のアルフという名の男には二名の同行者がいるようだが、そのどちらもが女である。聞いたところによるとそこそこの実力はあるようだが、アルフほどではない事はまず間違いない。六武に匹敵するような強者が、そうそういるはずもないのだからな。
その程度であれば、人質として捕らえることも可能であり、アルフという男に対する武器になることだろう。
「あはっ。なんとも〝裏〟らしいやり方じゃない。どう? あたしはそれでいいと思うけどー?」
「ま、楽な方法があんのに無視って怪我するなんてなあバカみてえだからな。それでいいんじゃねえのか?」
「……では決まりだ。その女二人を狙う。まずは情報を集めろ。ただし、いつまでこの街にいるかは分からないため、手早くな」
相手は旅人だというのだから、いつまでこの街にいるかはわからない。今のところそういった様子は見せていないようだが、明日にでも出て行く可能性がないわけでもないのだ。その前に、準備を終えて事を成さなければならない。
「俺たちの邪魔をしたことを後悔させてやれ」
これも、いずれ来る私の覇道のため。邪魔する者は全て排除し、この街の裏を支配してみせよう。
そしてゆくゆくはこの街の裏だけではなく表も、そして、この街だけではなくこの国そのものを……。
今に見ていろ、私を捨てた愚か者どもよ。私は、必ずお前達の座っている席を奪い取ってみせるぞ。
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