第83話襲撃者達の失敗

 

「——人助けに人助けに人助け。本当に人助けしかしてねえな。あとはまあ、自分の食い扶持を稼ぐくらいか。いやはや、流石は騎士を名乗ってるだけあるな」


 ここ数日情報集めをしつつ対象のことを観察していたが、やっていたのはあれこそ騎士というような、まさに俺が……俺たちが思い描いたような騎士の姿だった。

 弱きを助け、手を差し伸べる。

 自分が不利益を被ってでも、困っている誰かを見過ごさない。

 俺たちにとっては、なんとも眩しい存在だ。


「あんなのは偽もんだ。騎士を名乗るためにやってる偽善にすぎねえよ」

「偽善だろうと、己の道を進むのはすげえことだと思うけどな」


 騎士として国に使えた結果こんな状況に追い込まれたってのに、それでも騎士であることを捨てないのだから、それはすごいことだ。

 どこにいても、どんな状況でも、『騎士』であることはできるのだ、と。そう言われているようにさえ感じた。

 騎士になれないからと不貞腐れ、みっともなく裏の道に縋りついた俺たちとは大違いだ。


「ああ!?」


 そんな俺の考えが気に入らないようで、リオハルトは俺を睨みつけていた。

 だが、こいつも内心、心の奥底ではわかっているのだろう。マリア・アストゥムという女性はまごうことなき騎士なのだ、って。


「そこまで。だからやめてって言ってるでしょ。そんなに喧嘩したいんだったら、せめて今回の仕事を終わらせてからにしてよ」

「俺は別に喧嘩してえわけじゃねえんだけどな」

「……ふんっ」


 ロナの仲裁によってその場は落ち着き、話はこの後のことについて移っていった。


「それよりも、今日襲撃なのよ。しっかりしてちょうだい」

「わかってる」

「ならいいけど……計画通りに動いてよ?」

「宿に帰ったところで暗殺だろ? ……ははっ。相変わらず、騎士のやることとは思えねえなあ」


 肩を竦めながら自虐気味に呟けば、リオハルトとロナに睨まれた。


「これも必要なことよ。正道を進む騎士は素晴らしいものだけど、それだけで進み続けられるほど世の中は甘くはないの。知ってるでしょ?」

「まあ、だからこそ俺たちみたいなのがいるわけだしな。……こうなりたかったかはともかくとして、な」

「「……」」

「つっても、あれだがな。実際に動くのは、俺たちじゃなくて裏ギルドの奴らだ。俺たちは手を汚さずに済むかもしれねえぞ」


 そんなのは単なる詭弁でしかないのだと、言っている自分でも理解している。


 今回、予想外に裏ギルドの戦力を用意する事ができたので、俺たちはあくまでも予備として控え、対象が逃げないように観察を続けるだけとなった。

 戦力的に不安がないこともないが、この街の裏を半分近く支配しているギルドだ。この街に限って言えば、俺たちよりも強いだろう。


「……そうね。ええ。あとは裏の連中に任せましょう。私たちは万が一に備えているだけでいいのよ」


 そうして、俺達はマリア・アストゥムの監視、および万が一の保険として動き出した。

 後はいつも通りに動いた対象が宿に戻るのを待つだけだ。そうして、一人になったところを襲う。それで今回のことは全部終いだ。


「あれは……今日助けた傭兵か?」


 だが、どういうわけか今日はいつも通りに、とは行かなかった。

 途中まではそれこそ〝いつも通り〟だった。魔境である樹林に入り、魔物を倒し、道中で見かけた困ってる者を助け、倒した魔物を換金し、また人を助け……。


 そんな様子を監視していたのだが、夕食を取るために歩いていた大通りで問題が起こり、そこに割り込んでいったのだ。


 今までにも人助けを行なってきた対象ではあるが、今夜実行するのだという段階になって他人との接触だ。それが人助けのためなのだとしても、本当に人助けなのかと怪しまずにはいられない。


「どうする? あれも処理対象か?」

「……いいえ。騒ぎに巻き込まれたからただ助けただけのようね。仲間の可能性はないと考えてもいいでしょう」

「そう思わせてるだけかも知んねえぞ?」

「それはそうだけど……それを言ったらこの街の人全てを対象としなければならないでしょ」

「助けた相手に買い物の店員にそこらで挨拶を交わした通行人。全部処理するってなったら、逆に大目玉喰らうことになるだろうな」


 そう言ったが、流石に大目玉どころの話では済まないだろう。

 というよりも、そんなことは命令を受けたところでするつもりはない。リオハルトはどうだか知らないけどな。何せこいつはアルラゴンの命令は絶対だと思ってる輩だ。

 その場合は俺もこいつのことを止めるだろうが、まあ今のところはそんなことをするつもりはないだろう。こいつだって殺したくて殺すわけじゃないんだしな。


「ま、秘密裏にやりとりしてるにしては目立ちすぎだし、考える必要もねえだろ」


 単なる人助けで、今までと同じだ。ただ、今日は俺達が動くから特別怪しく見えるだけ。


 そう考え、俺たちは特に何をするでもなく監視を続けることとした。

 だが……


「一緒に飯食い始めたが、ありゃあどうする?」

「……あれも、助けた縁から一緒に夕食を取ってるだけでしょ。おかしなことは何もないわ」


 俺の言葉に答えたロナだが、その顔には不安や疑念がうかがえた。見れば、リオハルトも顔を顰めている。

 だがそれは仕方のないことだ。おそらく、程度の差はあれど俺も似たような顔をしてることだろう。


 何せ、普段であれば誘われても断って一人で食事をとるはずの対象だったが、なぜか今夜に限っては先ほど助けた者達と共に夕食をとっているのだ。


 今まで一人で行動していただけあって、今夜のように誰かと共に、という状況に俺たちが焦りを感じるのは仕方ないだろう。


 そして、その焦りのせいで一つの考えが浮かんでくる。

 まさか、実は仲間がいたのではないか、と。

 やはり先ほど人助けを装って間に入ったのは偽装だったのではないか、と。


 だがそれも、先ほどまでの流れを見ている限りでは特段おかしいことはないのだと判断する。


 今まではなかったことだが、観察した期間はそう長いものでもないのだ。たまたま今までがそうだっただけで、おかしなことではない。今夜の食事は偶然なんだ。


「おい、あれはどうなんだよ?」

「……酔った彼女を宿まで送るのも、普通のことよ」


 だが、それからもしばらく監視を続けていると、酒に酔ったのだろう。足元がふらついている対象を支えて、対象と共に夕食をとっていた男が店から出てきた。


 目を細めて問いかけるリオハルトの言葉に、ロナは少し躊躇ってから答えた。

 確かにその言葉自体はおかしくはない。状況も、まあ納得できるものだ。


 向かっている方向は、おそらくは対象の泊まっている宿だろうが……


「俺たちが襲撃すると決めたその日に限って、か?」


 やはり、そこが気になるか。だが、そうだろうな。何せ、今まで調べてきた状況とあまりにも違いすぎる。これが別の日であったのなら問題はないんだが、俺たちが襲う当日になってこれだ。訝しんでもおかしくない。というよりも、おかしいと思うのが当然だ。


「それは……けど、おかしなところはあった? なかったでしょ?」

「今まで人助けをしても他人と深く関わらなかったあの女が、ここに来て繋がりを作ったってのは、不自然じゃねえのか?」

「おかしいおかしくねえはこの際どうでもいいだろ。問題なのは、今日襲撃をするかしないかだ。どうすんだ?」


 俺たちが考えなくてはいけないのは、そこだ。

 この際、仲間がいるのかいないのか。あの男が仲間だったのかどうか、なんてのはどうでもいい。どうせ考えたところで事実なんてわからねえんだ。だったら、この状況でどう動くのかを考えるべきだ。

 俺達は二手に分かれて追跡をしながら、通信をして言葉を交わしていく。


「……するわ。送り届けるだけならなんの問題もないでしょう」


 確かに、あの男が対象を送るだけで、その場に留まらずに帰るというのであれば、仲間ではないことの証明になる。


 だが、酒に酔った女と、その女と親しげに話していた男だぞ? その二人が部屋に、なんてことになったら、当然その後のことについて考慮しなくてはならないだろ。


「あの男は? このまま宿に送っただけならすぐに帰るだろうが、もし酔った男女が一夜を共に、なんてなったらどうすんだ?」

「その時は、残念だけどあの男の方も処理するしかないわね。本当なら予定をずらしたいところだけど、もう裏ギルドの連中には今日の決行を伝えてしまっているもの。すでに彼女の宿の周りに配置済みだし、また調整をすると余計なお金がかかることになる。上との連絡役にも伝えてあるし、どのみち今更変えることはできないわ」


 まあ、そうなるか。こればかりは仕方ねえ。あまり無関係の犠牲を出したくはないが、これも国の仕事だ。やらない、なんて選択肢はなく、今夜状況を整えたのに今更になって計画を変更したとなれば、次も協力してくれるかはわからない。それに、大きく動けば気づかれる可能性もある。

 結局、仲間がいようといまいと、俺たちは今日やるしかないってわけだ。


 だがここで一つ疑問というか、問題が出てくる。


「んじゃあ、あの男の仲間はどうすんだよ。二人女が一緒にいただろ」

「そっちは処理した後に調査をして必要なら、と言う感じだけど、多分放置でしょうね」

「それなら仕方ねえか」


 一緒にいた男が死んだとなれば……それも殺されたとなれば怪しむだろうし、調べるだろう。

 だが、一般人が調べたところで俺たちの関与なんてわかるはずがない。裏の伝手を使って調べればわかるだろうが、それでもわかるのは俺たちに協力して実行するギルドの存在だけで、アルラゴン騎士王国の関与までは辿り着けないだろう。


「——あ?」


 俺とロナが話していると、不意にリオハルトが声を漏らした。


「どうしたの?」

「……おい。あの女の宿は、あの道だったか?」

「え?」


 俺もロナもその言葉の意味がわからず、一瞬間を置いてから周囲の状況を確認したことでようやくその言葉の意味が理解できた。

 対象が宿に向かう道はあそこではなかったはずだ。いつもならあと数本先の道を曲がるのに、なぜこんなところで道を曲がった?

 もしかして俺たちの存在に気づかれた?

 あるいはこれも偶然で、ただ一緒にいる男が主導で歩いているからいつもと道が違った? 


「おい、とにかく追いかけるぞ。予定外の行動は男がいるから、って可能性がある」

「わかってるわ。でも、もし本当にバレてたら……」

「どのみちやることには変わんねえだろ。バレてたところで見逃すわけにはいかねえんだ。だったら、裏切り者どもが準備できてねえ今のうちに襲うのが最善だろうがよ」


 ……わからない。どうすべきなのか、どれが正しいのか、答えが出ない。だが、見失うのはまずい。とにかく対象の姿を捉えるために移動すべきだと口にする。

 だがその言葉は実行に移されることはなかった。


「——っ!?」

「ぐっ!」

「なあっ!?」


 突如、対象が曲がった道とは違う場所から何かが飛んできた。

 俺はそれを咄嗟に避けたが、ロナとリオハルトはその何かによる攻撃を受けてしまったようだが。だがあれは……フォーク? なんでそんなものが飛んできた? そこらに落ちてるゴミにしてはやけに綺麗なものだが……いや、そんなことよりも、今はこの攻撃を行なってきた者を——


「避けたか。なるほど。それなりにはやるようだな。いや、今までマリアに気づかれなかったのだから、当然といえば当然か」


 フォークが飛んできた方向へと体をむけ、注視すると、そこには先ほど対象と共に歩いていた男が悠々と佇んでいた。


「そこな者どもよ。隠れていないで出てきたらどうだ?」


 言葉だけで感じる圧倒的な〝格〟を前に、俺達は動き出す事ができなかった。

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