第84話アルフ対親衛騎士候補部隊

 ——◆◇◆◇——


 マリアのことを尾けていた者達がいることを知った俺は、マリアと共に適当な道を曲がり、即座に走り出した。

 そして相手を迂回するように背後へと回り込み、敵を発見するとすぐさまフォークを投げつけ、二人に当てる事ができた。

 急いでいた割にしては上出来だと思わなくもないが、相手も混乱している最中に攻撃をされ、それを避ける事ができたのだから、避けた一人はなかなかの腕だと言えるだろう。


「そこな者どもよ。隠れていないで出てきたらどうだ?」


 いまだに隠れ続けている三人組に対して姿を見せるように声をかけたが、当然と言うべきか。その場はシンと静まり返ったまま誰も姿を見せる様子はない。

 マリアも俺の背後の路地に身を潜ませているため、この通りにいるのは俺だけとなっている。


「出てこぬか。であれば、仕方あるまい。——少々手荒にさせてもらうぞ」


 だが、姿は見せずともいるのはわかっている。そのため、追加でフォークを取り出すと、それを追跡者へと向かって——


「いきなり何しやがんだ!」


 ——投げようとしたところで、物陰に隠れていた男が一人姿を見せた。

 まだ一人しか姿を見せていないが、おそらくは相談した上での行動ではなく、咄嗟の行動だろうが、判断が早いな。先ほど俺の攻撃を避けたのもこの男だ。纏う雰囲気はくたびれたものだが、戦う際はこの男が最も警戒しなければならない対象であろうな。


「何を、とは言わねばわからぬか?」

「はあ? わからないって何がだよ。俺たちはただ歩いてただけだろうが!」

「尚も惚けるか。それならばそれで良い」


 あちらとしては、話をすることで仲間が立て直すまでの時間を得られれば上出来で、万が一にでも誤魔化す事ができたのなら奇跡と言ったところだろう。


 だがそのような時間を与えるつもりはない。


 くたびれた雰囲気を纏う男の言葉を無視して、取り出していたフォークを今度こそ投げつける。


「くそっ!」

「〝ただの通行人〟にしてはよく避けるではないか。だが、店内で手を出してこなかったのは褒めてやってもいいが、人様のことを尾けるのは感心しないな」


 投げつけたフォークにある程度の操作を加えて、目の前の男だけではなく物陰に隠れていた二人にもあたるように調整したが、流石に堂々と敵対している状態で投げていれば対応できるようで、男には避けられ、他の二人にも当たった反応はなかった。


「ちっ! 気づかれてたのかよ」

「当然であろう? そなたら二人は別としても、もう一人はあれだけ殺気を放っていたのだ。自身に向けられたものでなくとも、気づくに決まっているではないか」


 この男は、それこそ街をふらついている男性にしか見えないが、いまだに潜んでいる人物からは殺気が放たれ続けていた。それは俺ではなくマリアに対してのものではあったが、あれだけの殺気であれば気付けないはずがない。


 マリアが気付けなかったのは、殺気や闇討ちといったものに不慣れだからという可能性と、酔っていた、気が合うものと出会えたことで油断していた可能性が考えられる。実際のところはわからないが、まあ俺が気づけたので問題ないだろう。


「はあ……あのバカは、ったく。せっかく離れたところに配置したってのに」

「あなたは何者なの?」

「それはこちらが問うべきではないか? 人のことを尾けてきたのだ。なにぞやましい事でもあるのではないか?」


 男がため息混じりに言葉を吐き出すと、隠れ続けることは不可能だと理解したのか物陰から女と男が出てきた。見た目で言うのなら、真面目そうで髪を結い上げた女と、勝ち気な金髪の男。

 女の方は警戒して周囲を確認しているようだが、新たに出てきた男の方は苛立たしげにこちらを睨みつけている。


「まあ良い。私はただの旅人、アルフだ」

「旅人……?」

「それで、こちらは問いに答えたぞ。そちらは何者だ?」


 この名乗りではこの者らの疑問を晴らすことなどで気はしないだろうと理解はしている。

 だが、現状はこの程度しか名乗る事ができないのだ。

 傭兵ギルドに所属してはいるが、そのギルドはこの地から遠い場所を拠点にしているものであるためここで名乗る意味はない。

 貴族の出身というのも、所詮は過去のことなので名乗ることはできない。

 後は……そうだな、ネメアラの王女の付き人、あるいは護衛と言えなくもないが、それも正確ではないので名乗りに使うには適切ではないだろう。

 よって、現在の俺の肩書きは単なる旅人でしかないのだ。


「……」


 俺が彼らの疑問を晴らす事ができなかったからか、三人組は黙ったまま俺のことを見つめている。どうやら、俺の問いに答えるつもりはないようだ。

 だが、そんなことは初めからわかっていた。


「問いに答える前に襲いかかってくる、などと言う無粋な真似はやめてもらいたいところなのだが、答えるつもりはあるか、騎士王国所属親衛騎士候補部隊の者らよ」

「「「「っ!!」」」」


 スッと睨みつけながら問いかけると、三人組は動揺したようにピクリと体を揺らした。どうやら、俺が自分たちの所属について知っていることがよほど驚いたようだ。だが、それもそうだろう。何せ、この者達は国の暗部と呼べる集団なのだから。

 本来であれば秘匿していなければならない集団の名が知られているなど、驚かずにはいられないだろう。


「な、なんで……」

「ふむ。それほど不思議か? マリアは騎士王国出身だと聞いた。しかも、元は騎士だと言うではないか。あの国の騎士が外国で活動をしているなど、普通ではない。なんらかの任務で出ている可能性も考えられるが、それにしては言動が相応しくない。となればなんらかの理由で勝手にここにやってきた、と考えることができるが、お前のことを狙っている者がいることを考えると、許可を取らずに勝手に出てきた可能性が考えられる。であるならば、その追っ手の正体は何かと言ったら、騎士の裏切りを処理するための特殊部隊以外に考えられなかろう」

「あ、え、そ、それもだけど……」


 隠すことなく答えられたからか、女が戸惑ったように声を発した。だが、その途中でだんだんと声が萎んでいき、止まってしまった。


「俺たちの部隊については秘密なはずなんだがな」


 その女の言葉を引き継ぐように、最初に姿を見せた男が呆れを滲ませた様子で問いかけてきた。


「秘密といえど、全く表に出てこない秘密結社というわけでもないのだ。各国の上層部には知れていることであろう?」


 国に属している秘密の組織がある、などということは、どこの国でも承知の上だ。そして、その存在はある程度察している。

 というよりも、なんだったら自分たちからバラす場合もある。こういう組織がいるのだ。だから手を出すなよ、と警告の意味を込めてな。

 騎士王国に関しては自分からバラすことはしていないが、元々が騎士の国というだけあって、後ろ暗い行動を起こす組織はその在り方が未熟なのだ。そのため、リゲーリア以外でも、騎士王国と関わりのある国の上層部はその存在を知っていることだろう。


「だ、だとしても、それはほんの一握りのはずです。そうそう知られているわけではないはずです」

「つまり、お前さんはその一握りの誰か、っつーことか?」

「そうなるな。正確に言うならば、元はその一握りに入っていた、と言うべきか」

「どう言うことだ?」

「それを説明するほど親しい仲ではなかったと思うが、どうだ?」


 ここまで話しただけでもかなり深いところまで話したはずだ。後は自力で調べれば辿り着くこともできるだろう。

 もっとも、調べる事ができれば、の話ではあるが。


 ……しかし、仕掛けてこないな。目の前の三人組はいい。だが、これだけ隙を晒して、マリアも離れたところに配置して、にもかかわらず襲いかかってこないということは、この三人以外には襲撃者がいない、という事でいいのだろうか?

 この三人はマリアを襲うにしては些か物足りないような気がしているので他に戦力がいると思ったのだが、思い過ごしだったか?


「めんどくせえ! つまりこう言うことだろ!」


 話しながら周囲の警戒をしていると、それまでおとなしかったと思った男が、突如として叫びながらこちらに襲いかかってきた。

 その手にあるのは、無駄な装飾のない、だが無駄に輝きを発している一振りの剣。おそらくそれはあの男の魔創具なのだろう。

 無駄な装飾がないのは、騎士が使う剣だから。

 無駄に輝いているのは、それがあの男が騎士に抱く思いだから。


 そんな輝く剣を、腰に帯びていた剣を抜いて対応する。


 この剣は傭兵ギルドで買い取った安物であり、魔創具なんかとまともに打ち合えば容易く砕ける事だろう。


 だが、それは単なる剣の状態で打ち合えばの話だ。素の性能は低くとも、魔法をかけて強化してやればなんの問題もない。

 これは単なる魔法というよりも錬金術の領分ではあるが、聖剣にすら負けないような完璧な魔創具を作り出すために研鑽してきたのだ。この程度の強化は片手間でできてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る