第82話襲撃者の目的

 ——◆◇◆◇——

 ・襲撃者ロドリゴ


「——見つけたな」


 俺——ロドリゴが特殊任務を受けてから半年ほどが経った今日。ようやく捜索対象である人物——元守護一勲騎士のマリア・アストゥムを見つける事ができた。

 国から逃げることとなったマリア・アストゥムだが、特段何か悪いことをしたと言うわけではない。正しいことをし、騎士と名乗るに相応しい振る舞いをしていた。

 だが、その結果が今だ。


 対象を処理するにあたって、その行動原理を把握するために過去の経歴を調べ、なぜ国を出ていったのかも調べた。

 どうやらマリアは国の上層部にいた〝腐れ〟に触れてしまったようだ。


 外部には清廉潔白な騎士の国と思われているアルラゴンだが、実のところそんなことはない。

 当たり前といえば当たり前の話だ。人である以上不正に手を染めるものはどうしたって出てくるものだからな。


 それでも、その不正を込みでアルラゴンは上手く回ってたんだ。賄賂があり、コネを使い、身分や立場で他者を虐げる。その上に、お綺麗な『騎士様』が立って国民達に向かって笑いかけている。

 だから誰も気にしない。表にいる騎士たちだけに注目し、その裏側まで目を向けようとしない。だが、確実に悪意はそこら中にあったのだ。ただ、外にいる者達からは気づく事ができなかっただけで。

 外には気づかれないように行われたそれらは、他の国に比べれば大人しいものだっただろう。


 だが、それを許せない騎士がいた。それがマリアだ。


 どのような事情であれ、不正は不正。馴染んでいようと、うまく回っていようとそれは悪であり、騎士としての行いではない。気付いたのであれば、即座に処断すべきだ。

 そんな考えを持ち、実際に行動を起こそうとしたマリアの行いは悪いことではなかった。むしろ、騎士としては正しい行いだ。騎士を目指していた身としては好ましくすら思う。


 だが、マリアは結果として国を追われることとなった。何が悪かったのかといったら、もちろん不正をした上層部の人間ではあるが、それ以外に強いて言うのなら、相手が悪かった。

 この世には、志だけではどうにもならないことなんていくらでもあるのだ。マリアもその一つに飲み込まれた。それだけのことだ。


 そんなわけで国を追われ、逃げたマリアを探していたのだが、隣国のリゲーリアにてようやく見つける事ができた。


「ああ。放浪騎士などと名乗っていたから簡単だったな」

「本人が名乗ったわけではないみたいだけどね」

「騎士を名乗った以上は変わらねえ」


 俺の他に二人、今回の任務にあたる際にチームを組まされたが、その二人もなかなかに曲者で、ありていに言うならめんどくさい奴らだ。片方は狂信者で、片方は優等生。

 そんな二人をまとめなくちゃならないんだから、めんどくさいことこの上ない。


 今の会話だって、優等生の女の方は乗ってきたが、狂信者の男の方はぶすっと顰めっ面をしたまま黙っている。


 後はもう一人連絡役がついてきているが、そいつは基本的に作戦には干渉してこないので、特に気にする必要もない。定期的に報告をさせる内容について話をするくらいなものだ。


「……裏切り者が騎士を名乗るのか」


 ようやく口を開いたかと思えば、これだ。この男——リオハルトは、元々は騎士の家系の出身だが、その父も兄も、守護棋士として活動している。時代を遡れば、過去にも何人もの守護騎士を輩出している名家と言ってもいい家だ。

 だが、そんな家族の中であって、リオハルトは騎士としての才能の無さに守護騎士になる事ができず、今ではこうして騎士の裏で動いている。

 そのため、自分がなる事ができなかった守護騎士に憧れを抱き、過大に評価しすぎている。それは、もはや信仰……いや、狂信と言ってもいいほどに。


「裏切り者っつっても、その心根は十人十色だ。裏切りはしたが、それでも騎士を名乗りたいんだろうな」

「虫唾が走るな」


 俺からしてみれば理解できるマリアの行動だが、リオハルトはそもそも〝国を裏切った〟という状況だけで殺す理由としては十分なようで、そこに至る経緯はどうでもいいらしい。


「そう言いなさんな。あの女にも、自身の信念なりなんなりがあったんだってだけの話だ」

「……お前、あの女を擁護するつもりか?」


 またこれだ。少しでも俺が相手を理解するような言葉を発すると、こっちにまで突っかかってくる。まったく持ってめんどくさいことこの上ない。


「そんなつもりはねえさ。だが、立場が違えばその思考や思想が違うのも当然だ。あの女にとって、今回の行動は必要なことだったってだけ。それが結果的に国にとっては裏切りとなっただけで、騎士としての心根まで失ったわけではないんだろうな」

「それが擁護だっつってんだよ! 訂正しろ。あの女はクソッタレな裏切り者で、明確な悪だってよお」


 訂正ねえ……。


「悪いが、そりゃあできねえ相談だ。後ろ暗い仕事をしているのは理解しているが、これでも心は正義のつもりなんでな。他者の信念を貶すなんて正道から外れたことをするつもりはねえ」


 仕事はする。だが、だからと言って相手に抱いた感情や考えを捨てるつもりはない。

 今回のことは、俺たちの考えとマリアの考えが重ならなかった。だから仕方なく俺たちの都合を押し付けるだけだ。


 自分たちの意見とは違うから相手を悪と断じるなんて、そんなのは俺が目指していた騎士の行いじゃねえ。


「てめえ……。てめえも処理対象になるか?」

「そんなつもりはねえし、お前がいくら吠えたところでならねえよ。俺の考え方なんて、上層部は把握してるに決まってる。対象になるような人物であれば、今回の任務につけられることはなかったはずだからな。それとも、任務中に国の意思に逆らって俺を殺すか?」


 こいつはイカれてるが、それでも国に忠誠を誓っている。そのため、国が派遣した人員を明確な証拠もなしに、自分の意見を否定されたからなんて程度で殺すことなんてない。その点においては、俺はこいつのことを信用している。

 つっても、その人間性までは信用も信頼もしてないが。


「そこまでにしてよ。無駄なことで争って獲物を逃したら、減給程度じゃ済まないわよ」

「ちっ……」


 それまで我関せずの態度でいた女——ロナが、相手するのも馬鹿らしいとでも言いたげな雰囲気を纏いつつ、リオハルトを制止した。

 いや、制止ってよりは、自分に害が来ないように文句を言った、って感じか。どっちにしても、その言葉のおかげでひとまず状況は落ち着く事ができた。


「とりあえず、数日はあの女の観察ってことでいいでしょ? 他に仲間がいないとも限らないし、今の行動を見極めてからじゃないと不備が出てくるかもしれないもの」

「仲間なんていねえと思うけどな」

「私も思うけど、仕事である以上完璧を求めて動くべきよ」

「お堅いねえ。まあ、しゃあねえか」


 ま、そうだな。仲間はいないかもしれない。だが、それは俺たちの考えだ。実際にはこの街には以前からの知り合いが住んでいる可能性はあるし、なんだったら街に来てから仲間を作ったかもしれない。あるいは、仲間とまでは行かずとも、俺たちの接近に気づいて傭兵を雇った可能性はある。

 であれば、そんな可能性を潰すためにも数日は様子を見るべきだろう。


「そう言うわけで、あなたもいいわね? 勝手に動いたりしないでよ」

「……わかってる。そんんなことしねえよ」


 不満そうにしているリオハルトだが、一見すると危なっかしく見えるこの男も、単独で襲撃を仕掛けたりはしないだろう。

 何せ……


「したところで返り討ちに遭うだけだからなぁ」


 こいつも弱くはないが、今回は相手が悪い。国から追われている存在とはいえ、相手は守護騎士なのだ。その強さは、単に憧れているだけのリオハルトよりも、真面目に勉強しているロナよりも、俺の方がよく知っている。

 そんな守護騎士相手に、こいつが単騎で挑んだところで、勝てるわけがない。


「ああっ!? てめえ、俺が弱えって言いてえのか?」

「ちょっと、やめてって言ってるでしょ」

「そんなつもりはねえよ。ただ、相手は〝元〟とはいえ守護騎士だ。それも、一勲騎士だ。騎士になっても成り上がることができずに道を外れた俺達と比べれば、まともに戦ったところで勝てるわけねえだろって話だ」

「……くそがっ」


 俺にそう言われると、守護騎士になれなかったリオハルトは悔しげに唇を噛み締め、吐き捨てるように悪態を吐いた。

 こいつ自身、理解そのものはできているのだろう。ただ、認めたくないだけで。


「まあ仕事は仕事だ。向こうのほうが強いっつっても、あくまでも王道の騎士としての強さだ。裏のやり方には対処しきれないだろ」


 守護騎士は強い。流石は国の最高戦力だ。だが、それでも殺す手段なんてのはいくらでもある。

 それを実行するための俺たちだ。騎士が逆らわないという保証なんてどこにもない。

 だから、〝綺麗な騎士の国〟を維持するためにそんな存在を処理する存在も、当然いる。

 俺を含め、俺たちは今まで国にとって害となる存在を何人も処理してきた。それが他国の人間であろうと自国の人間であろうと……そして、騎士であろうとな。


 だから、そのためのノウハウは存在しており、その通りに実行すれば今回も難なく対応することはできるだろう。


「それに、戦力は私たちだけじゃないわ。現地の裏ギルドに依頼してだから、私たちはその後詰めと確認が主な動きよ」

「裏ギルドが……くそっ。そんなもんに頼らねえといけねえなんて、なんでだよクソがっ」

「仕方ないでしょ。私たちでも勝てるだろうけど、それでも油断していい相手じゃないわ。戦力を揃えることができるなら、それを使うに越したことはないもの。それに、情報だって私達が集めるよりもこの街に住む裏の人間を使ったほうが早くて正確でしょう?」


 リオハルトは守護騎士を目指していただけあって、自分たちが裏で動くこと自体を嫌っているが、裏ギルドのような存在も嫌っている。


 だがこれは仕事で、そんな嫌いな奴らとも手を組まないといけないのが今の俺たちの立場だ。


「あとは、俺たちはあくまでも余所者だからな。騒ぎを起こした結果、問題が起こる可能性も否定できねえ。だが、この街にいる裏の奴らを使えば、裏の奴らがやったんだな、と終わらせることができる」

「わかってんだよ、そんなことはよお……」


 リオハルトは悔しげに顔を顰めて呟いたが、その気持ちは俺にも理解できる。おそらく、ロナにも。


 俺たちは国のために戦えている。騎士のために動けている。

 だが、それは思った形ではなく、憧れた姿ではない。

 騎士になれなかった。それでも諦める事ができず、こうしてみっともなく騎士に関わる道を選んだ。いや、縋りついた。


 その事自体は後悔もないし、否定もしない。これも国のためには必要なことだ。俺たちがいるからこそ国の安寧は守られているんだ。これは騎士とは違うけど、騎士と同じように立派に国を守る事ができているんだ、と。そう思っている。


 ……だが、時折無性に虚しくなる。俺が目指したのはこんな場所じゃなかったはずなのに、ってな。


「それじゃあ改めて言うけど、これから数日は観察に徹して、後日襲撃ということでいいわね?」


 その場をまとめようとするロナの言葉に俺は頷き、それから少し遅れてリオハルトも頷いた。

 そして俺たちは、対象であるマリア・アストゥムのことを殺すために、できる限りの情報を集め出した。

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