第65話良い街だった!

 しかし、これで護衛を行なっていた 騎士どもは消えた。ならば、あと残るは……


「守りは消えた。次は貴様だ。覚悟せよ」

「ひっ、ひいいっ!」


 先ほどまでは威勢よく尊大な態度でいたくせに、状況が再び劣勢になった途端怯えながら後退りし始めたが、足に力が入らないのか再び尻餅をついて座り込んでしまった。


「ま、待て! 待てええっ! 私は、私は貴族だぞ! 私の父はこの地の領主なのだ! こ、殺したら、どうなるかわかって……大変だぞ!」

「承知の上だ。貴族とは平民と変わらぬ存在だ。だが、その立場は平民とは違う。権力という力を持ち、そこに付随する義務もある。これまでに作り上げてきた秩序も存在している。故に、簡単に殺されてしまえばその秩序が乱れ、国という体裁を保てなくなる。故に、貴族殺しは重罪だ。場合によっては国家反逆罪となることもありうる」


 これはルージェに言ったことだが、この考え方そのものは間違いではない。


 そうと理解した上で、許せないこと、認められないことは存在している。


 自分のやり方は間違っているのだと理解しつつも、そうすることで救える者がいる。そうしなければ救えない者がいる。


「そ、そうだ。だから——」

「だが、それがどうした」

「……はへ?」


 俺の言った言葉の意味が理解できずに間の抜けた言葉を口にした貴族の男は、その言葉を最後に頭部に凶器が突き立ち、人生に幕を下ろした。


「貴族とは、民を幸福にするための存在である。国という枠組みもまた同様。国を守り、貴族を生かしたことで民が不幸になるのであれば、そのような存在は消えるべきだ。故に、貴様はこの国にはいらぬ」


 国の決まりに逆らうことは間違いだが、法を守っている市民達が不幸になるのであれば、それは法の方が間違えているのだ。


 その間違いは時間とともにいずれ正されるであろう。人の歩みとともに法は変わり、人々の生活も変わる。だが、それには多大な時間がかかることとなる。


 だが、法が変わるまでどれだけの時間がかかる? どれだけの民が嘆くことになる? どれだけの民が絶望しながら死んでいくことになる?


 俺は、それを見過ごすことなどできはしない。

 だからこそ、己の行動が間違いだと理解していても、それが貴族としての道理から外れていたとしても、俺はこの男を処理した。


「私はこの地を離れるとしよう。だがその前に……」


 使用したフォークを全て回収し、あとはこの場を離れるだけとなったのだが、しかし、このままではまたどこかの愚か者が言いがかりをつけて民を傷つけるかもしれない。

 ここの領主はまともだとは思うが、子を殺された親がどう動くかなどわからない。


 故に、この街の市民達が傷つかないようにするためには、これ以上なく分かりやすく俺の存在を誇示し、この地を離れる必要があるだろう。誰がやったのか、どこへ行ったのかがわかっていれば、匿っている、協力している、実はお前が犯人だ、などと言いがかりをつけることはできなくなるから。


「この声を聞いている者達よ! 今の出来事を誰かに尋ねられたら、嘘偽りなく答えよ! 私のことは伝えてもかまわん! 貴様らが生きるに必要なことを成すのだ! 私はそのことを恨んだりはしないと我が祖に誓おう!」


 これで、この街の者達は問題ないだろう。多少の害はあるかもしれない。だが、この国唯一である港で騒ぎが起こったのだ。必ず王族の介入がある。

 その際、少し調査をすれば俺がやったのだと判明するだろう。そして俺がこう言っておけば、バラしたことを後ろめたく思うこともないし、隠し事をしたとして処罰を受けることもない。


「では、これにて失礼する。——ああ、良い街であった。誇ると良い」


 この言葉は本心だ。この街は良い場所であった。食事は美味く、海があるおかげで雑多な人種が集まり、様々な文化が入り混じった街。

 見ているだけで楽しく、人々は笑い、活気がある街だ。


 まだ本来であれば手に入れようとした馬も、旅に出るにふさわしい荷物も揃っていない。

 だが俺がこのままこの街に止まることはできないし、この状況で何か買い物をすれば、その店に迷惑がかかるかもしれない。

 であれば、仕方ない。このままの状態で次の場所を目指すしかなかろう。この街の者に、これ以上の迷惑をかけたくはない。


 なに、装備などなくともなんとかなるさ。フォークもマントもあるのだ。手頃な獲物を狩れば食料も調達できるだろう。


「——止まりなさい!」


 だが、俺が歩き出そうとしたところで突然そんな声が聞こえてきたかと思ったら、俺の足はその〝命令〟の通りに動きを止めた。


 なぜこんなことが、と思いながらも無理やり足を動かそうとしてみるが、まるで泥沼の中にいるかのように重くまとわりつく感覚がある。動かせないことはないが、まともに動くことは難しいだろう。

 だがこの感覚は覚えがある。それは……


「ちょっと。何一人でカッコつけてんのよ」

「……ああ。そういえばお前もいたのだったな」


 かけられた声の方へと振り返ると、そこには腰に手を当てつつ眉を寄せ顔を顰めているスティアが立っていた。


「なあに? このスーパー美少女系お姫様の存在を忘れてたって言うの?」

「ああ。すまないな」


 正直に言って、こいつの存在はすでに俺の頭の中から消えていた。何せ、先ほどの騒ぎの中で、すでに縁を切ったと告げたのだ。あれで俺の中ではすでに終わったこととなっていた。


「ひどっ! っていうか、正直に言って謝られるとなんかすっごい悲しいんだけど……」

「だが、どうした? 俺はもうお前の言いなりとなるつもりはない。俺たちの縁はここで切れているのだぞ」


 俺が縁を切ると告げた言葉の意味も、ここで声をかけてくるという行動の意味も、理解できないほどこいつは愚かでもないはずだ。


「それはあんたが勝手に言ってるだけでしょ。私はまだそれに頷いたつもりはないんだから」


 だがスティアは俺の言葉を聞くと、より一層顔を顰めながらこちらへ近づいてきながらそんなふうに口にした。


 こいつの性格から言って、あれしきのことでは納得したくはないと思うだろうことは理解していた。何せ、ただ出会っただけの迷子を一週間も探し続けるほど情が深いのだ。ほんのわずかな期間とはいえ、一緒に行動したものを見捨てるようなことを、そう簡単に頷くことはしないだろう。


 だがそれでは、問題が大きくなることになるぞ。そうなれば俺やお前だけの問題ではなく、国を巻き込んだ事態になるのだ。それは、俺もこいつも、求めるところではない。


「だがそれでは……」


 そう思ってスティアを説得するために口を開いたのだが、その言葉は強引に遮られることで止められてしまった。


「うっさい! ちょっと黙ってなさいってのよ! あんたは、自分だけが恨まれれば全部うまくいくとでも思ってんの? ばか。ばーか!」

「何を——」

「あああああああーーーーーーー! 全員注目! こっち見なさい! 私の言葉を聞けえええええ!」


 突然の暴言の意図を問おうとした直後、それまで聞いたことがないくらいの大声を出して叫び出した。

 その声は、このあたりにいるものはもちろん、ここにはいない街全体へすら届くのではないかと思えるような大きな叫びだった。


「おい、何を……いやまて——」


 何か言うのだろうことは理解できたが、その内容が予想がつかず、何か嫌な予感がしたので慌てて止めようとするが、相変わらず俺の足は重く、手を伸ばせど届かなかった。


「私はネメアラからこの国にやってきた王女のスティアよ! この貴族は私の配下に手を出し、あまつさえ私を奴隷にしようとしたわ。これは国家間の関係を壊しかねない行為で、重大な犯罪行為よ! だから、私たちが処理したの。もしこのことで誰かが何か言うようなら、その時は、私が全責任を負うからぜーんぶ話しちゃいなさい! 何も罪悪感とかそう言うの感じる必要なんてないから。だって、王女を攻撃したそいつが悪いんだもの!」


 響き渡った言葉に、俺はしばらくの間呆然とするしかなかった。


 確かに、同じ国際問題になると言っても、ネメアラから手を出した場合と、リゲーリア側から先に手を出した場合では話が異なってくる。

 相手が王女だと知らなかった、などと言う言葉は、たとえそれが真実であろうと意味をなさない。

 故に、こいつの言葉はこの状況では有効だろう。


 だがこいつは、自分の国の者達から逃げているは状況のはずだ。正確には逃げているわけではないが、みつかりたくないと言う状況は間違いではない。

 そして、相手から先に襲ってきたのだとしても、勝手に行動した挙句問題を起こしたとなれば、ただでさえ悪い立場がより一層悪くなるだろう。一度国へと帰れば、今後はこのように外に出る自由などなくなるかもしれない。

 こいつにとって、ここは素直に俺を見送り、自分で好きに旅をする、あるいは、後から俺を追いかけてくると言うのが最善のはずだ。わざわざ前に出てきて自分を追い込む必要などないのだ。


「だから、あなた達は何も心配せずに笑ってなさい! みんなで笑ってた方がずっとずっと楽しい世界になるんだからね!」


 だが、スティアはそんな自分の行動になんの後悔もないとばかりに、自分は正しいことをしたのだと言わんばかりに胸を張り、両手を広げながら周囲にいる市民達に笑って見せた。


「それじゃあいくわよ。下僕一号!」


 そうして振り返り、笑みを浮かべながら宣言したことで、俺にかけられていた〝命令〟は解除され、動けるようになった。


「……誰が下僕だ、阿呆が」


 色々と言いたいことはあった。だがそれら全てを飲み込んで、ため息と同時にそう口にした。


 そんな俺の言葉を聞いてどう思ったのか。スティアはニヨニヨと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら話し出した。


「えー、だって今のって私のこと庇おうとしてくれたんでしょ〜? じゃないと最初っから私の名前を出しておけば全部解決だったのに、それを隠そうとしないでしょ」


 それは、まあ……そうだが……。


「あ、この街がいい街だったってのは、私も同じ考えだから! 楽しかったわ。そのうちまた来ましょう!」


 先ほどまでの人を小馬鹿にする笑みとは違い、心から楽しんでいるような笑みを浮かべた。

 その笑みを見てしまえば、これでよかったんだと思えてしまうから不思議だ。

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