第66話ボクもついていくから

 

「……はあ。お前がまた来られるような状況であるのなら、そのうちな」


 今回の件で、スティアはネメアラに帰れば叱責されるだろう。それだけで済めばいいが、その立場はほぼ間違いなく悪くなる。そんな状況でまた他国に出られるのかと言ったら、難しいだろう。


「平気よ平気。最悪、お城を抜け出しても来てやるんだから!」

「それは、平気なのか? そもそも、城を抜け出すなど、そう簡単なものでもないだろ」


 城とは、その国においてかなり重要な施設だ。状況によっては一番重要とはいえないが、それでも守りが堅いと言うのは間違いない。

 そんな施設から抜け出そうとするなど、簡単にできることではないのではないだろうか?


「そうでもないわよ? 思ったより簡単だったのよね。多分、外からの敵は警戒してるけど、中から逃げるのはそうでもない感じなんじゃない?」

「まあ、本当に最悪の場合、ドカンと壁をぶち抜いて逃げるからイケルイケル!」

「流石にそれはまずいだろ……」


 どこがイケルのだ。ダメに決まっているだろうが。

 だが、今そのことを言ったところでこいつは笑って流すだけだろう。

 故に俺にできることは、こいつがそのような無茶をやらかさないことを願うだけだ。


「——しかし、それはそれとして……さて、次はどこへ行こうか」


 旅の準備も整えず、本来調達する予定だった馬も買わず、行き先も明確に決めることなく勢いに任せて街を出るだけあって、今後どうすべきか悩むところだ。


「どこって、そんなの決まってんでしょ。話したじゃない。お肉よお肉。美味しいお肉を食べに行くの!」


 それはわかっている。今も西に向かって歩いていることだしな。だが、道中でどう進むのか、どの町を目指すのか、といったことは何も決まっていないのだ。こいつはそれを理解していないのか?

 ……いや、理解はしているのかもしれないな。だが、その上で今の『自由』に旅をする状況を楽しんでいるのかもしれない。


「目指すは西! どこだか知らないけど、とりあえず西! 先導は任せたわよ、私の従僕!」


 西に行くと決めただけで、その先に何があるのかわかっておらず、どこをどう進むのかも他人任せ。しかも、その他人のことを従僕だなどと呼ぶ。だが、その呼び方が全くの間違いではないと言うのだからタチが悪い。


「……はあ。承知した、我が主人。後で覚悟しておけ」

「えっ、なんで!? 覚悟ってなにを覚悟するの? なんか怖いんだけど!?」


 叫ぶスティアを無視してどんどん先へと進み、しばらくすると街の外へと出ていく門が目についた。


 これからどうすべきか。その問いに答えが出たわけではない。

 自身の進む道も生き方も、まだ何も定まってなどいない。

 だが、成さねばならないことは理解できたような気がする。


「貴族として……貴族だった者として、民の不幸は見過ごすことはできんな」


 貴族ではなくなったが、その教えは無くなったわけではない。

 先人の役目を引き継ぐことはできなくなったが、その思いを受け継がなかったわけではない。

 より良い国を。民の笑顔を。幸せな世界を。


 その思いを満たすために——


「ふむ。悪くはないな」


 たとえ、その先に死ぬ未来が待っていたとしても。

 歴史に名を刻むことはできず、誰に讃えられることはなくとも。

 悪と呼ばれ、非難されることになったとしても。

 それでも、民を守る『守護者』の一族としての信念を貫いていこう。


「え、何が?」

「なんでもないさ。ただ、今後の方針について少し考えていただけだ」

「方針ねー。私は楽しく美味しいものを食べたいし、綺麗なものを見てみんなと笑っていたいわね!」


 俺の言葉を聞き、迷う様子を見せることもなく一瞬で答えたスティアを見て、ふっと笑みを浮かべる。


「それを即答できるから、お前は魅力的なのだな」


 このスティアと言う少女は、世界は素晴らしいのだと本気で思っている……いや、そうなのだと理解しているのだろう。

 だからこそ、こうも迷いなく答えることができる。

 世界には後ろ暗い事や悲しみで溢れていると知っている俺にとって眩しく見えるのだ。それこそ、宝石なんかよりもよほど輝いて、魅力的に見えるほどに。


 そして、だからこそ俺はこいつに〝命令〟をされることをそこまで厭っていないのだと思う。もちろん阿呆な〝命令〟であれば逆らいもするし、その後に罰も与えよう。だが、言ってしまえばそれだけだ。

 もう貴族ではないが、貴族として育ってきたプライドがあるにも関わらず、誰かに隷属させられることを厭っていないというこの状況がどれだけおかしいことなのか、こいつはわからないだろう。


「…………?? ………………っ! な、ななな、にゃに急に言ってんにょ!?」

「ただの感想だ。別に自身の想いを告げたと言うわけではないのだから、気にするな」


 一緒にいたいとは思うし、魅力的だとも思う。だが、だからと言って愛を告げたわけではないし、そのつもりもない。

 俺たちの関係は、あくまでも主人と従者、あるいは迷子と案内役。そんなところだろう。少なくとも、こいつが使節団に戻り、本来の立場に戻らない限りはこの関係が崩れることはない。本来の立場に戻り、その上で何らかの決断を下すのであれば、その時は俺たちの関係も変わるかもしれないが、今はその時ではないのだから考慮する必要もない。


「気にするなって……うう〜〜。むう〜〜……うがーー!」


 スティアは胸のまで両手の拳を握ったかと思ったら、それを小さく上下に振ってうめきだし、リョウの拳を振り上げて叫び出した。


「何を急に叫んでいる。阿呆」

「ひどい!? なんで褒められた直後に馬鹿にされたの!?」

「褒めるべき点があれば褒めるが、それとこれとは別だろうに」

「むぐっ……」


 そんなふうに話をしながら門を潜り抜けようとしたところで、声がかけられた。


「——あー、いちゃついてるとこ悪いんだけどさ」

「「っ!」」


 突然声をかけられたことで、俺とスティアはほぼ反射的に背後へと振り返り、声の主へと視線を合わせた。


「ボクもついていくから、よろしく」


 振り向いた先にいたのは、俺と殺し合いや共闘を繰り広げた赤髪の女、ルージャ——『貴族狩り』だった。


 そういえばこいつがいたのだったな。今回の出来事ですっかり忘れていたが、そういえばこいつも対処しなければならない事の一つだった。


 だがしかし、この女から同行を願い出るとはどう言うことだ? それに、その背中に背負っている大荷物はなんだ?

 スティアへと視線を送ってみるが、スティアも何も知らなかったようでポカンと間抜け面を晒している。


「……ここでお前のことを捕らえるとは考えないのか?」


 一度は殺し合いをするほどの関係なのだ。向こうは人殺しで、こちらはその被害者。未遂ではあったが、敵対関係であるということは変わらない。

 にもかかわらず、こうして顔を見せるとはな……。


「考えたよ。でも、できないよね? どうせ、ボクがまた自滅しそうになったら加減しちゃうんだからさ」

「……」


 それは、確かにそうなるかもしれない。あの時は周囲に人がいたから、街中だったからと言う理由はあったが、追い詰めたにもかかわらず最後は見逃した。

 だが、それだけではない。周囲の人も建物も関係なく、純粋に殺してしまうことを避けたというのもある。こいつの主張は理解できる部分があったから。

 これが単なる快楽殺人や金のためというのであれば躊躇わなかっただろう。だが、そうではないのだ。だからこいつが逃げるのを許してしまった。

 こいつの気持ちがわかってしまった今となっては、よりその可能性が高まるだろう。


「それに、あんただってもうボクと同じような立場じゃない? 王女がどうとか、国同士の関係がどうとか知ったことじゃない。そんなことは関係なく、自身の判断で貴族を殺した。その点だけは、ボクと同じだろ?」


 そう。あの時の俺はこいつのことを『悪』だと言ったが、今の俺はその『悪』と同じことをしたのだ。自身のことを棚に上げてこいつを非難することなどどうしてできようか。


「襲ったのは悪いと思うよ。そこは素直に謝る。……でも、『貴族狩り』に関してはどうこう言える立場じゃないと思うんだけど? それとも、ボクを捕まえて自分も捕まるの?」

「……」


 その問いに、俺は答えることができなかった。だってそうだろう。自身の行いを悪だとは理解しているが、その上で捕まる道を選ばずにこうして旅に出たのだ。

 自身のやるべき道が見つかったといえば格好はつくし、スティアの護衛だという理由はあった。

 だが、この街を出ようとした時にはそんなことは考えていなかった。

 結局のところ、捕まりたくないと考え、我が身可愛さに逃げ出したのだ。


 そんな俺が、同類であるこいつのことを捕まえることなどできるはずがない。こいつのことを非難して捕まえるのであれば、まずは自分が出頭することを選ぶべきなのだから。

 こいつを捕まえるにしても、捕まった後で交渉し、隷属の主を書き換えた上で猟犬として動くべきだ。


 だが、俺は捕まるつもりはない。

 自分勝手だ。逃げているだけだ。誇りはどうした。そう言われたとしても、少なくとも、今はまだ。


「ボクは役に立つよ。これでもいろんなところを巡ってきたからね。世間知らず二人よりで旅をするよりもいいと思うんだけど、どう?」


 確かに、それは利点だろう。何せ俺たちはどちらも世間知らず。俺はこの国の情勢や地理をある程度は知っているがそれは所詮書類上のものでしかない。

 実際に行動をするとなったら、いろいろな不都合が出てくることだろう。そのため、この辺りで実際に活動していた人間が共について来ると言うのは心強いことだ。


 だが、自分がこいつと同類になったのだとしても、旅に役立つのだとしても、それでもこいつの同行には素直に頷けない。


 そんな俺の気持ちを感じ取ったのだろう。ルージェはうーんと少し考え込んだ様子を見せると、今度はスティアへと顔を向けた。


「それに、旅に出るにしてもあんたたちは何も持ってないでしょ? いきなりだったけど、できる限り食料を買い漁ってきたんだ。必要じゃないかな?」

「何かと思ったら、それは食料か」


 確かに、勢いで出てきたから食料など何も持っていない。道中で手に入れればいいとは思っていたが、最初からあるのならそれに越したことはない。


「それに、ほら。みんなで旅をした方が楽しそうじゃないかな?」

「そうね! 人数が多い方が楽しいわよね!」

「うん。それじゃあ、これからよろしくね」

「ええ。よろしく!」


 と、迷うこともなく一瞬で話が決まってしまった。

 だがすんな理と受け入れることができるはずもなく、俺はスティアを止めるためにその肩を掴んで止めた。


「待て阿呆」

「いやです〜。待ちませーん。悔しかったら私にお肉の美味しい場所の名前を教えてみなさいよ」


 だが、肩に置かれた俺の手を払い、スティアは逃げるように門の外へと歩き出した。

 それでもまだ言いたいことはあったが、俺はため息を吐くだけで何も言うことはしなかった。


 どうせ何かを言ったところでこいつは意見を変えないし、最悪の場合、また〝命令〟をされるのだろう。

 普段の生活において乱用はしないが、こういう場面ではこいつは〝命令〟を使うことを躊躇わないし、退かない。


 わがままな行動は、見る者によっては気に入らないと感じるだろう。勝手に人のことを隷属して好き勝手やるなど頭がおかしいのではないか、と。

 それに関しては俺も同意見だ。そう思うし、事実こいつの行動は褒められたことではない。


 だが、それを厭っていない自分がいるのだから仕方ない。こいつという好き勝手振る舞う『自由』に振り回されるのも、悪くないと思ってしまっているのだ。その感覚は、他人にはわからないものかもしれない。


「……俺達を巻き込むようなことをするな。最低でも、アレの安全は確保しろ」


 スティアの後を追って歩き出したが、その際にスティアには聞こえないように小声でルージェに告げた。

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