第64話フォークではやり過ぎだったようだ
「お、お前! お前だ! こっちに来い!」
男と同じように腰を抜かして民家に寄りかかっていた女性めがけて手を伸ばし、男が叫ぶ。
自身へと向けて声をかけられたことで、女性は怯えたように体を震えさせた。
おそらくは人質に取ることで俺の行動を制限しようとしたのだろうが、この後に及んでまだそのようなことをする気でいることに、ただただ怒りが込み上げてくる。
「貴様……それでも貴族か!」
「ひあああっ!?」
地を這いながら手を伸ばす男と、手を伸ばした先にいる女性との間に体を躍らせ、男を見下ろしながら怒鳴りつける。
男はみっともなく悲鳴を上げながら尻餅をつき、そのまま後ろへずりずりと下がりながら口を開いた。
「な、何だ貴様は! なんなのだ! なぜ貴様のような化け物がここに——」
「黙れ下郎! 貴様に問いかけなど許した覚えはない! 我が問いに疾く答えよ! 貴様は、本当に貴族なのかと聞いているのだ! 貴族としての矜持はどこへ消えたというのだ!」
民を守るための存在であるはずの貴族が、自身の命が危険だからといって民を盾にしようとするなど、あってはならない。
そんなことを選んだこいつは貴族ではない。貴族だと思いたくない。
それでも、こいつも貴族なのだ。本当はどう思っているのか、何がこいつの本心なのか。それを問いただしたかった。
「な、何を言って……ふんっ! そうだ。私は貴族だ! 貴様らとは違い、素晴らしき血を受け継ぐ高貴なる存在なのだ! 貴族としての矜持だと? 私が私であることこそが貴族であることの証明であり、私の行いの全てが貴族としての行いだ! 平民が死のうが苦しもうが、そんなことはどうでも良い。知ったことか! 私が私の好きなように生きる。これこそが貴族の矜持であろうが!」
だが、そんな問いかけは無駄だった。返ってきた答えは最初からわかっていたことで、この男の振る舞いは初めから一貫したものだったのだと再確認することができただけだった。
そして、俺がすぐに攻撃せず対話をするつもりがあると理解したのか、貴族の男はそれまでの無様を忘れたかのように尊大な振る舞いをし始めた。
これが貴族。こんな者が貴族だというのか……。
そのようなことはあってはならない。そのようなふざけたことは認めてはならない。
「……呆れたものだ。王国には愚物が蔓延っているとは知識では得ていたが、まさかこれほど愚かしいとはな」
「お、愚かだとっ!? 貴様、誰を相手に言っているのかわかっているのか! 貴様らとは違う、青き血が流れる偉大な——」
「貴族を僭称するゴミであろう。それ以下であることはあっても、それ以上であることはない」
こいつは貴族と名乗っているものの、貴族らしい行いをしたのかと言ったら何もしていない。
にもかかわらず他者を虐げることだけは一人前。そんなものは貴族などではない。
「そも、貴族とは平民である。それは国王であっても変わらぬ」
そうだ。元々は貴族も王族も、等しく平民だった。当たり前の話だ。最初から王がいたわけではない。人が集まり、まとめ役として選ばれた者がいて、その集団の規模が大きくなったから王なんてものを戴くことになったのだ。
貴族もそう。平民の中で、優秀な働きをした者がいて、その者の貢献に報いるための優遇措置として貴族とした。それだけの話だ。最初から貴族として、あるいは王族としての地位にいたわけではない。
「は? 何を言って……」
しかしそんな俺の言葉が理解できないのか、男は間の抜けたような声を漏らしているがそれを無視して話を続ける。
「その始まりはただの平民であり、何かしらの功績を上げたことによって周囲から持て囃され、皆をまとめる立場となった者、その役目を引き継いだ者達のことを畏敬を込めて呼ぶのだ。貴き一族——『貴族』と」
人々を守り導くからこその貴族であり、能力がありそれを国のために使用するからこそ敬われる。
その原点を忘れて人々を虐げるだけの存在など、ただの寄生虫である。
「故に、その身に流れる血は平民であろうと貴族であろうと、奴隷であったとしても何ら変わらぬ。だが、貴様はどうだ。自身は民とは違う血が流れているだと? ハッ! 戯けたことを。そんなもの、もはや人ではなく化け物ではないか」
人は皆平等ではない。だが、どのような立場であれ、そのような生まれであれ、『人』であることに変わりはない。殴られれば痛く、悲しければ涙するのは誰であろうと同じなのだ。
もし自分は違う。そんなのは平民たちだけの話だというのなら、そいつは人ではなく単なる化け物である。
「積み重ねた歴史が素晴らしいものだとは認めよう。貴様の家を興した祖にも、今まで引き継いできた歴代の当主方にも敬意を示そう。だが、貴様はゴミだ。本来守るべき立場であるはずの民を虐げ、搾取し、自身は特別なのだと根拠なき妄言を吐き散らす。その無様な姿は、まったくもって度し難い。ここで潔く自決をするのが先人達に対するせめてもの償いであると考えるが、どうだ? 介錯は私がしよう」
そう言いながら先ほど処理した騎士の持っていた剣を拾い上げ、その鋒を男へと向ける。
これでおとなしく諦めてくれるのであれば、殺さずに済ましてもいいだろう。この男は愚かではあるが、この街を収めている父親はまともであろうからな。でなければ、王からこの街を任されることなどあり得ないのだ。
故に、そんな父親に此度の出来事が知れれば、なんらかの対処がとられることになるはずだ。
だが……
「ふ……ふざけるなあっ!」
やはり、こうなるか。まあそうだろうな。この程度の言葉で諦めるようであれば、はなからやらかしなどしない。
「きさっ、貴様っ、何様のつもりだ! この私に! 私に説教だと!? しかも、そのような戯言を!」
「ふむ。まあそうだろうとは思っていたが、言ってわからぬか」
男は立ち上がると、その手に魔創具による細剣を作り出した。
肥え太った体に細剣とはなんともアンバランスなものだ。このものの体格であれば、もっと重量のあるものを振るった方が効果があるだろうに。
だが、その武器にはなんの効果もかかっていないように見える。
魔創具とは特殊な力を込めた武具を生成する技術ではあるが、なんの効果もかかっていない武具を作ることもできるのだ。そして、それを選ぶ者も、いないわけではない。
何せ、効果を付与すればするほど、自身の体を傷つけなければならないのだ。コレが、自身の体を傷つけることを許容すると思うか? おそらく、まあまず間違いなく許容しないであろう。
だからこそ、とりあえず武器を作ることのできる最低限の紋様だけを刻んだが、それ以上は行わなかったのだろう。
細剣なのも、おそらくは同じような理由であろう。刻む紋様の量と自身が手にした時の見栄えを考えて選んだのではないかと思う。故に、実用性度外視の剣を作ることにした。
しかし、どれほど役に立たなかろうと、剣を持ち、敵意を見せたのは確かだ。
「であれば仕方ない。一時は貴族に名を連ねていた者として、民に対するせめてもの示しとしよう」
そう口にし、改めて覚悟を決めると、俺は手の中にフォークを作り出し、男へと突きつけた。
「貴様を殺す」
魔創具には魔創具で、だ。なに、相手はなんの効果も込められていない鈍だが、こちらはそもそもが武器として使うことを考えられていない食器なのだ。相手をするにはちょうどよかろう?
「なん、だ、それは……?」
「見ての通り——フォークだ」
「そんなもので、この私を殺せるとでも言うのか?」
俺がフォークで相手をすると言ったことで馬鹿にされたとでも思ったのだろう。
フォークを向けられているこの状況がよほど気に入らないのか、相手が弱ければ弱いほど有難い状況であるにもかかわらず、男は喜ぶどころか怒りに体を震えさせている。
「その通りだ。貴様には、これで十分だ」
「ふざけるなっ! おいお前ら! 何をビビってるんだ! あんなゴミを魔創具に選んだような雑魚、お前らでも倒せるだろ! さっさとやれ! やらなければお前らみんな処理させるぞ!」
俺が堂々とフォークを構えて見せたことで、俺の武器が正体不明のものではなくなったからだろう。怯えて後ろに下がっていた騎士達は、男の言葉に釣られて徐々に前へと出てきた。
別にそうされる前に男を処理して終わりでも良かったのだが、このさいだ。騎士を名乗るならず者どもも処理しておこう。どうせ被る罪など、貴族を殺す時点で同じなのだ。貴族だけだろうが、その周りの騎士達もだろうが結果も手間も変わらない。
「魔法を使うのであれば、相手に気づかれる前に先手を取るか、あるいは術者を守るための前衛を用意すべきであろうが、たわけ」
騎士の中でも魔法を使える者がいたようで、魔法の準備を始めていたが、あまりにも堂々と準備をしていたのでフォークを投げて処理する。
たったそれだけの行動で、カーンと音を立てて魔法の詠唱を行なっていた騎士は倒れることとなった。
「貴族の警護としてであれば、個人の技量も必要ではあるが、何よりも連携を意識すべきである。ただ強いだけでは、その本来の強さを発揮することができずに隙を晒すこととなる」
騎士達は同時に襲いかかってくるが、先ほど俺にやられた騎士達のことが頭にあるのだろう。どの剣も勢いがなく、タイミングもバラバラなものとなっていた。
だが、腐っても騎士ということだろう。ただやられているだけではない。
避けられた剣をすぐに跳ね上げ、一太刀入れんと剣を振るう。
そんな剣をフォークで受け止め、横から殴りつけて刃を砕く。
剣を折られたことで驚きに目を見張っているが、そんな隙を見逃してやるほど甘くはない。
——む、今のはいい動きをする。
剣を折った騎士へと追撃の一撃を入れたが、いかんせんフォークというリーチでは短すぎ、攻撃が間一髪で避けられてしまった。
そこに、仲間である他の騎士が左右から挟み込むように剣を薙ぐ。
しかし、その程度でやられてやるつもりは毛頭ない。
前後から腹と腰に迫る剣を、左右の手に持ったフォークでそれぞれ止める。
そして、今度は砕くのではなく、絡めとるように動かし、騎士の手から剣を離させた。
宙を舞うように騎士の手から離れた二振りの剣を、持っていたフォークを消してから回収し、そのまま両脇にいる剣の本来の持ち主の首へと返却。
二人の処理をしている間に他の騎士が襲いかかってきたが、どうやら先ほど剣を折った騎士のようだ。
「このっ! 化け物が!」
「何を言う。化け物とは、お前らの主人のことではないか? そいつの血液は青色らしいぞ?」
切り掛かってきた騎士の男の言葉に冗談めかして返答し、再びフォークで敵の剣を受け止め、折り、今度こそと意思をこめてフォークを突き出す。
咄嗟に守ろうと折れた剣で喉を守ったが、あいにくとこちらのフォークは特別性なのだ。そこらの武器では防げぬよ。
「っ! ——ごえ」
守った剣ごと喉を貫かれた騎士は、兜の隙間から驚いたような表情でこちらを見つめ、ふっと全身から力が抜けて倒れた。
この騎士は、こいつらの中で強者の位置にいたのだろう。それがこうもあっさりと負けたことで、他の騎士達は恐れ、再び棒立ちへと戻った。
そして、そんな隙を晒している騎士達に、フォークを投げつける。
二十本近いフォークが一直線に空を飛び、騎士達の頭部へと鎧を貫通して突き立った。
「これで十分とは言ったが、訂正しよう。これでは過剰であったな」
完全武装した騎士達数十人と、ろくな武装もなくフォークだけで戦う俺。傍目から見ればどちらが有利なのかと聞いたら、まず間違いなく騎士達だと答えるだろう。
だが、このフォークは魔創具なのだ。それも、俺が全力をもって作ったもの。
最初こいつらと戦う前にフォークで十分だと言ったが、些かやり過ぎだったかもしれない。
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