第63話貴族とは

 

「怪我はないか?」

「え、あ、はい」

「そうか。では——貴様も邪魔だ。退け」


 助けた男性に声をかけて状態を確認した後、近くにいた女性の髪を掴んでいる騎士を名乗る愚か者の腕をフォークで貫き、蹴り飛ばす。


 身体強化を行っての蹴りは容易に金属の鎧を凹ませ、数メートルもの距離を移動させた。

 そんな蹴りを受け、飛ばされた騎士は悲鳴を上げたが、当たり前のことだ。


 殴られれば痛い。それは誰だって同じ。この世界共通の常識だ。


 だが、それだけではない。


 大事な人が傷付けば辛いのだ。

 馬鹿にされれば悲しいのだ


 そんな思いは声に出さなければ誰にも理解してもらえない。


 だが、この国は、この世界は、そうして声を出す者を認めない。否定し、処理するのがこの世界だ。

 貴族という存在に異を唱えれば程度の差はあれど等しく〝処理〟される。


 だから、誰も声を上げることもできずにただされるがままでいるしかない。


 ——ふざけるな。


 国とは人の集団だ。集団が秩序を持って生きるには、ある程度の管理が必要になる。それは認めよう。

 だが、人は家畜ではない。


 管理されることを否定するつもりはない。それが必要なことなのだと理解しているから

 だが、思うがまま、言われるがままとされているのは間違っている。


 辛いのだと伝えるために拳を握らなければならない。

 悲しいのだと伝えるために立ち上がらなければならない。

 そして、ふざけるなと叫びながら自身の想いを叩きつけなければならない。


「そなたはどうだ? 怪我や痛みはあるか?」

「あ、あの……えっと、はい……?」

「そうか。すまぬな。少し触れるぞ——癒しを」


 今しがた助け出した女性へと治癒の魔法を施し、痛みを消す。


「どうだ? まだ何かあるか?」

「い、いえ! だいじょうぶです。……ありがとうございます?」


 女性からの礼を耳にしつつ立ち上がり、目の前に存在している騎士どもへと顔を向ける。


 想いは口にしなければいけないと言ったが、やはり立ち上がるのは怖いだろう。成功しても失敗しても、貴族相手に事を為せば、最終的には死ぬことになるのだ。怖いわけがない。


 だから民がそれをできないのなら、俺がやろう。

 民の悲鳴に寄り添い、その嘆きを聞こう。そして、貴族としての在り方を忘れ、私欲のために他者を虐げ、民の不幸を啜る愚か者どもに、痛みや苦しみに喘ぐ民の声を届けよう。


 元貴族であった俺が……こんな者達がいることを知りつつも何もしてこなかった俺が何を言ったところで、民達は信用などしないだろう。


 それで構わない。認められたいからやるのではない。結局のところ、これは単なる自己満足なのだから。


 貴族の統治という〝天〟の下にいては民を幸せにすることができないというのであれば、その〝外〟へと踏みだそう。


 天の外へと踏み出し、魔の道を進むことになったとしても構わない。全ての非道を蹴散らし、天下に遍く嘆きを消してみせよう。


 そのための第一歩目に、目の前のコレらを処理しようか。


「ね、ねえちょっと? やりすぎだったりするんじゃないかなーって思ったりしなかったり……」


 そう思って一歩踏み出したところで、俺の後を追って屋根の上から飛び降りてきたらしいスティアがおずおずと話しかけてきた。


「なんだ、来たのか? まあいい。少し離れていろ。そして、市民達の守りを頼む」

「へ? ああ、うん。いいけど……」

「それから、お前との旅はこれまでだ。これ以上は、流石にお前のような立場の者を連れていくわけにはいかん」


 こいつはネメアラの姫だ。そんな者が貴族を襲ったとなれば、外交問題となる。最悪の場合は戦争となるが、それは俺の望んでいることではない。

 故に、この場の最善はここで俺達の縁を切り、俺が一人で行動することだろう。


「あ、ちょっ……」


 スティアの戸惑ったような声が聞こえるが、それを無視して足を動かした。


「さて、貴様には話がある」

「な、なんだ貴様は! 私を誰だと思っている! 貴様は今何をしたのか理解しているのか!?」


 流石に騎士を殺した俺に話しかけられたのは恐ろしいのだろう。領主の息子を名乗った貴族の男は、震える声で虚勢を張って叫んだ。


 しかし、何をしたのか理解しているか、か……。その言葉は、こいつ自身に問いたい。


「貴様こそ、己が何をしたのか理解しているのか?」


 自身の欲のために民を虐げるなど、貴族としてあってはならない行いだ。この行いは、貴族という名を穢し、貶める行為に他ならない。


 そうでなくともこの街でコレだけの規模の騒ぎを起こすなど、愚かしいことこの上ない。この騒ぎの中に他国の者や、この国であっても格上の貴族の者が混じっていれば、それは戦争をふっかけたのと同じことになる。問題を収めるにしても、それなりの代償を支払うことになるだろう。


 だが、おそらくは理解していないだろう。でなければ、このような非道は行わない。


「な、なんだと? 私が何をしたというのだ!」


 やはりというべきか、当然というべきか、男は俺の言葉の意味が理解できないようで喚いている。


「それすらわからぬか。いや、当然の事か。わかっているのであれば、このような愚かな行いはしないはずだからな」

「愚かだと? 私が愚かだと!? ふざけるな下民風情が! おい! やつを殺せ!」


 貴族の男の命令が下されると、それに従って周囲にいた騎士達は剣を抜いて襲いかかってきた。

 だが、それは数人だけ。おそらくはそれで事足りると判断したのだろうが、この後に及んでまだ捕らえていた女性を手放さないとは、全くもって救えない。しかも、そんな者どもが騎士の名を名乗るとは……


「その男は貴族としても人としても論外ではある。だが、それは貴様らもだ。騎士とは、弱者に寄り添う者の事を言う。弱者に寄り添い、ともに苦難に挑む者こそを騎士と呼ぶのだ。民を守る存在であって、民を傷つける存在などではない。それが理解できぬのか!」


 剣を抜いて迫り来る騎士を含め、この場にいる全ての者へと聞かせるべく一喝すると、こちらに向かってきていた騎士はびくりと足を止め、怯んだ様子を見せた。

 進むべき道を間違え、非道を行ったことは理解できる。上が腐っていればその下にいる者達も腐ってしまう者だから。

 だが、この程度の声に怯んでどうする。仮にも騎士なのであろう? であれば、己の行いに自信を持て。胸を張り、堂々と倒しに来い。その行いと合わせて、この程度の声で怯むなど、ただの賊と同じではないか。


「う、うおおおおおおっ!」


 だが、怯み、そのまま思い直すのであればまだ救いはあった。怯んだということは恐れがあるということで、こちらの言葉に怯んだということはすなわち、迷いがあるということでもある。


 己の行いに迷い、足を止め、刃を収めるのであれば、その者はまだやり直すことができる地点に立っていた。


 だが、騎士達は恐れや迷いをかき消すように叫びながら、再び襲いかかってきた。


 その姿に、ため息を吐かずにはいられなかった。


 この騎士達も、俺の言葉に思うところはあったはずだ。だからこそ足を止めたのだろうから。

 だが、上司からの命令だからと、自身の内に生まれた迷いについて考えずに襲いかかってきた。


 勇気と無謀は違う。勇気を出すことと、思考を停止することも違う。ただ命令に従っているのが正しいわけではない。


 騎士とは考え続けなくてはならない者だ。考え、迷い続けなければならない。そうして最善を目指すのが騎士である。

 状況に流されて考えること、迷うことを放棄した者は、騎士などではない。


「私の言った言葉の意味が理解できず、尚も襲いかかってくるか。よかろう。そのような騎士など騎士にあらず。この街にも、この国にも、貴様のような騎士を名乗る偽物は不要だ。——消えよ」


 そう口にしてから、振り下ろされた剣をフォークで受け止め、流し、逆の手で持ったフォークで頭を貫く。


「なっ、んっ……んのおおおおおお!」


 仲間があっけなく処理されたことで、後続の騎士達は一瞬足を止めたが、すぐに動き出し、今度は三人同時に襲いかかってきた。


 右から振り下ろされた剣を右のフォークで受け止め、左側に流すことで正面と左からの剣を防ぐ。


「ぐげ——」


 剣を振り下ろした勢いのまま体勢を崩されたことで、正面と左にいた騎士の剣の範囲に向かって体をよろめかせた騎士はそのまま二人の騎士の剣によって死んだ。


 仲間を殺してしまったことで動揺している騎士の隙をつき、死んだ騎士の陰から飛び出して残っていた二人の頭部を、顎下から貫く。


 だが、顎の下から貫いたところで、フォークでは長さが足りない。大怪我ではあるが、死ぬほどではない。

 だから、そこに魔法を重ねる。


 顎下から突き刺さったフォークの先端で魔法が発動され、刺された騎士の頭部は爆散し、辺りに血を撒き散らした。


「ひっ……!」


 魔法によって空に舞い上げられた血と肉。そして死体から噴水のようにあふれる血に染まり、貴族の男は腰を抜かして震え出した。


 そして、それは貴族の男だけではなく、騎士達もそうだ。血に染まりながら、血溜まりを歩く俺に恐怖し、本来守るべき対象である貴族の男をおいて後退りしている。


 俺が一歩踏み出せば騎士達は一歩下がり、また一歩踏み出せば同じように一歩下がる。その場から動かないのは腰を抜かして座り込んでいる貴族の男だけ。


 そんなことを繰り返していると、ついに貴族の男まであと数歩というところまで近づいてしまった。


「あ、ああ……あああああれはなんだ! なんであんな奴がいるんだ! おい! さっさと止めろ! やつを止めるんだ!」


 すでに自分の周りからは騎士達がいなくなっているだなんて思っていないのか、貴族の男は騎士達に命令を下すが、誰一人として動こうとはしない。


 自分が命令しても誰も動かないことを不思議に思ったのか、男はこちらのことを意識しながらも震える体を小刻みに動かして騎士達の姿を探す。

 だが、そうして見つけたのは自身かrだいぶ離れたところで固まっている騎士達の姿だった。


 俺が男に向かって一歩踏み出すと、男はびくりと体を跳ねさせてから怯えた様子で周囲を見回した。おそらくは何か打開策でもないかと探しているのだろうが、そんなものはない。

 男のことを守るべき騎士はすでに男のことを見捨てており、男の能力では聖剣を手にしたところで使いこなすことはできない。


 であれば、あとは何をしたところで負けは決まっている。


 しかし、男はそうは思わなかったようで、這々の体でどこかを目指して進み始めた。その先には……

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