第62話正しくなかった
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「多分この辺りから聞こえてきたんだけど……」
屋根の上を走って少しすると、スティアは足を止めて辺りを見回した。
それに倣って俺も問題が起きた場所を探ろうとしたのだが、そんなことをする前に近くから多くの人の声が聞こえてきた。
「あっちだな」
「みたいね。それじゃあ行くわよ。こっからは静かにするわよ」
その言葉は俺のセリフだと思うが、まあいいだろう。
今までとは違い、俺が先導する形でスティアの前に出て騒ぎの方へと近寄っていく。
あまり近づきすぎてもバレやすくなるだけなので、程々のところで足を止めて屋根の上から顔を覗かせて様子を伺う。
すると、その覗いた先にある大通りでは、数人どころか数十……おそらくは三十人前後と言ったところだろうか? それだけの数の武装集団——騎士が一つの馬車を中心にして展開されていた。
だがそれだけではなく、騎士達は数人の女性を拘束しており、その周辺には市民達が腰を抜かして座り込んでいた。
いったい何が起きているんだ? あの捕らえられている女性達は普通の市民にしか見えないが、何か裏があるのか?
だが、それにしては抵抗しない。あれだけの数の者が何かを企んでおり、こうして捕まったのであれば、逃げ出そうと暴れてもおかしくない。捕まっておらず周りで座り込んで怯えている者達ならば尚更だ。まだ拘束されていないのだから、いくらでも逃げられるはず。
にもかかわらずああして怯えているだけということは、本当に普通の市民なのではないだろうか?
ここで起きたことに考えを巡らせていると、騎士の一人が剣を抜き、倒れている市民へとむけていた。
「あ、ちょっ!?」
咄嗟に助けに行こうと一歩踏み出したが、頭の冷静な部分があれはまだ剣を向けているだけで斬るつもりはないと理解できたため、すぐに出した足を引っ込めて再び様子見に戻った。
その際、後ろからついてこようとしたスティアが俺の背中にぶつかって声を溢したが、片手で制して黙らせる。
あの市民には悪いが、もう少しだけ様子を見させてもらおう。
あの騎士どもはなぜ一般人にしか見えない市民達を捕らえているのか。それがわからなければ、対処のしようがないのだ。
……ただ、万が一を考えていつでも助けられるように備えはしておくか。
と、マントをひらひらと風に吹かれたように飛ばして、剣を向けられている男性のそばへと配置し終えたところで、騎士達の中心に存在していた馬車から一人の男性が姿を見せ、騎士達の前へと歩み出てきた。
「——先日、この辺りで我が配下を殺した不届きものがいる! それはこの地の領主である我が父、ひいてはこの私に対する明確な反逆である! この許し難い行いに、この地域の者どもが協力した疑いがある。そのため、怪しいと感じたものは全員城に連行し、処罰を受けさせることとした!」
配下を殺した者? ……それは、俺達のことだろうか?
先日のスピカを狙っていた人攫いども。あいつらは貴族の繋がりがあると言っていた。
あの時はその繋がりが俺達を狙ったところで問題ないと判断しての行動だったのだが、それが市民達に向かったということか?
……なぜそんな愚かなことを? あの日あの時、逆らったのは俺達だと、少し調べればわかるはずだ。市民達の聞き取りや匂いや魔力などの痕跡を追えば、見つける事ができたはずだ。
仮に俺達なのだとわからなくとも、だからと言ってこのような無頼を行うなど、領主一族のすることではない。
だがそう考えたところで、近くに座り込んでしまっている女達に手を伸ばし、捕らえ始めた。
その場に座り込んでしまっている市民達の中には男女が入り混じっているにもかかわらず、騎士達は女を優先的に捕らえているように見える。近くにいる男は蹴り飛ばし、女に手を伸ばす。
そんな様子を見て、俺はこの者どもの目的を理解した。
つまりこいつらは、あの人攫いどもがやられたことを言い訳にして道具……いや、〝玩具〟の調達に来たというわけだ。
この国では奴隷は禁止されていない。だが、手に入れるには面倒な手続きが必要になるし、何より金がかかる。
犯罪によって捕らえられたのであれば借金によって奴隷になったものに比べて安いが、犯罪によって奴隷に落ちた者というのは逆らい、暴れる危険性があるので一般には出回らない。国の許可があって初めて犯罪者を奴隷として買い取る事ができるのだ。
誘拐などされて違法に奴隷となった者の場合は手続きなどく、探せば相場よりも安く手に入ることもある。
だが、国にバレれば貴族であろうと処罰を受けることとなる。少し考える頭がある者であれば、いかに愚か者といえど手は出さない。
借金奴隷は金がかかり、犯罪奴隷は手に入らない。違法奴隷は危険がある。
であれば、ただの市民を犯罪者へと変えてしまえばいい。そういうことだろう。それならば自分は金を使わずに済み、手続きも必要なく、危険もなく犯罪奴隷を手に入れる事ができる。
男を邪魔者とし女だけを狙うことも、下卑た雰囲気を纏っていることも、それで説明がつく。……ついてしまう。
「ねえ……あれなんなの? この国では普通なわけ?」
俺の方を揺すりながら、スティアが小さく囁くように、だが怒りに満ちた声で詰るように問いかけてきた。
「……普通なはずが、なかろうがっ……」
自分でも驚くほど自然に、重く荒々しい声が出た。
頭は冷静なはずだ。いきなり走り出さず、様子を見ているという選択を取ることができているのだから。
だが、ゲームのキャラクターをこの体の裏側から操作しているような、自分の意識と体の間に薄い膜が張ってあるような、どこか現実感のうすい感覚がしている。
「え、えっと、じゃあ、その、どうすんのよ。っていうか、あんたちょこっと顔が怖いんだけ……なんでもないです。ごめんなさい」
スティアが何かを言いながら手を離したが、そんなことを気にしている場合ではない。
「いや! いやあっ! 放して! やめてえええ!」
「や、やめっ、助けてください! 俺たちは違います! そんなことしてません!」
騎士に女を攫われそうになり、それを止めるために立ちはだかる男。
そしてそんな男に向かって剣を突きつける騎士と、楽しげに笑いながらそばに寄ってきた貴族の男。
いつでも動けるようにと備えながらも俺は動かず、考えごとをしつつその様子を眺めていた。
「そんなことは知ったことではない。薄汚い犯罪者は皆同じように言い逃れるのだ。貴様がそうでないとは言い切れんだろう?」
「そ、そんな……」
「しかし、そこまで言うのであれば、貴様は違うのであろうなあ。よし、許してやってもいいだろう」
先日俺は、ルージェには「自身の判断で貴族を殺すのは間違っている」と言った。自身の判断だけで動き、貴族を殺せば、それは結果的により多くの人を不幸にすることになるから、と。
——だが、それは本当にそうだったのだろうか?
『間違っている』。それは誰の考えだ? 誰からの視点だ? どの立場に立っての言葉だ?
確かに法としては間違いだろう。貴族に逆らった者は捕らえなくてはならない。でなければ、貴族としての威信に傷がつき、統治の妨げとなるだけではなく、純粋に治安の悪化につながるから。
結果的に多くの者が不幸になるのも、可能性としては否定しきれないことだ。
だが、難癖をつけて強引に市民を奴隷にしようとしているアレを見逃すことは正しいことか?
助けを求める市民を見捨てることは正しいことか?
ここで見逃し『正しく』動くことが、本当にいいことなのか?
——そうすれば、市民達は幸せになれるのか?
「ただし、我が騎士団の行動を邪魔した罰は受けてもらわねばならんな。——おい、それを斬れ」
「うっ、いっ、そんな……」
貴族の男の命令を受け、近くにいた騎士の一人がゆっくりと、見せつけるかのように剣を両手で握り、上段に構える。
「い、いやだ……うわああああああっ!」
——そんなわけがない。
「な、なんだあっ!?」
振り下ろされた剣を、近くに飛ばしてあったマントを操って絡め取り、空中で止めてみせたことで、剣を握っていた騎士は驚きの声を上げた。
その様子を、剣で斬られそうになっていた男性も、貴族の男も、それ以外の騎士も市民も、全員が驚いたように目を丸くしながら見て、動きを止めている。
「邪魔だ、愚物が」
そんな中、俺は屋根から跳んで男性のことを斬ろうとしていた騎士の前に躍り出ると、その額にフォークを突き立てた。
頭は鎧によって覆われていたが、その程度の守りなど、俺にとってはないに等しい。
フォークを頭に刺された騎士はその場に倒れ、騒然としていた辺りは一転して静まり返った。
……結局のところ、俺の言葉はどこまで行っても『貴族の言葉』でしかなかったのだ。
民に起こっている現象、状況は理解していたが、それは数字や文字として、書面に記された〝情報〟としてでしかなかった。だからこそ、あの時のルージェに『間違えている』などとふざけたことが言えたのだ。
目の前で友を殺されて、怒らないわけがない。
恋人を助けるために伸ばした手を踏み折られて、悔しくないわけがない。
助けたくとも手を伸ばせずに蹲っているしかない状態が、惨めでないわけがない。
そんな感情を押し殺させ、お前は間違っているのだと言う事が——正しいわけがない。
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