第56話バイバイ
「しかし、どうしたものか」
襲いかかってきた敵は全て処理した。一部無力化しただけで生きているが、これは放置しておけばそのうち衛兵が回収するだろう。
これでひとまずの問題は片付いたと言えなくもないが、まだ別の問題が残っている。それにどう対応すべきか悩むところだ。
「どうって……これの後ろにいた貴族について? これだけ派手にやっておいて、今更後悔するの?」
「ん? ああいや、そちらではない。まあ面倒なことになるだろうとは思っているが、その対応ができないわけでもないのでな。最悪は全てを蹴散らして逃げればいいのだから、どうとでもなる」
最終手段ではあるが、王女を攻撃したから護衛として反撃したとすれば、どんな者が相手でも俺を罰することはできんだろう。
「そうではなく、スピカのことだ。こんな者どもに襲われる……いや、狙われるということはそれなりに〝何か〟があると考えるべきだろう? となれば、これからも狙われ続ける可能性がある」
俺が心配しているのはそちらだ。今回はスピカを助けた。だが、今後はどうなる?
いや、そもそもスピカは何者なのだ? こいつらが取り戻そうと探していたということは、おそらくスピカはこいつらの元から逃げ出したのだろうが、なぜ逃げ出したのか。その理由如何では、こちらの対応も変わってくる。
考えられる可能性としては、拐われた可能性が一番高いのだろうが、たかがその程度の話でこのような奴らに狙われるものか?
であれば、狙われるに相応しい事情があると考えるべきだ。そして、その事情がある限り、スピカは狙われ続けるだろう。
「ああ……。確かに、普通の奴らは魔創具なんて持ってないからね。使えたこいつらは、単なる人身売買の組織というにはおかしいよね」
「そうだ。だが、かといって俺達がずっと守り続けるというわけにもいくまい。この街に留まり続けるわけではないのだからな。旅に連れていくのは無茶というものだろう」
どのような事情なのかは知らないが、敵に狙われ続けているのであれば孤児院に預ける、ということはできない。
かといって、これほどの幼い少女を旅に連れて行く、ということもできない。本当に、どうしたものか……。
などと考えを巡らせていると、スティアがペシッと俺の頭に手刀で叩きながら文句を言ってきた。
「ちょっとあんた達。なーにそんなところで話してんのよ。この後どうするかなんて考えるなら、最初にするべきことがあるでしょ!」
「するべきこと?」
「この子! スピカにどうしたいのか話を聞かないでどうするのよ。自分たちの考えた素晴らしい方法、なんてものを押し付けるなんておかしいでしょ!」
だがそれは……いや、確かに道理ではあるか。
子供は大人に比べて的確な判断ができないことは事実である。だが、何も考えることができないのかというと違う。子供は子供なりに判断できるし、自身の感情だって持っている。
大人の事情だからと子供の意見を蔑ろにし、『大人の考え』を押し付けるのは間違っていると言える。
「まあ、確かにな。だが、スピカはしゃべることができないだろう? であれば、こちらからいくつか候補を考え、その中から選ばせるべきだと思うのだが?」
「う……それは……そうね。……でも、まずはこう聞けばいいのよ!」
俺の提案に、スティアは怯んだように頷いたが、少し考え込んだ様子を見せると一つ頷き、スピカへと振り返った。
「ねえ。あなたは私たちと一緒にいたい?」
目線を合わせるようにしゃがんでかけられた問いに、スピカはためらった様子を見せてから小さくこくりと頷いた。
「ほらね! これで置いていくとかどうとか考える必要なんてなくなったじゃない。スピカを連れていくことは前提で、そのためにはどうすればいいのかを考えればいいのよ」
スピカの頷きを見て満足そうに頷いたスティアは、こちらに振り返ると笑みを浮かべながら堂々とそう言い放った。
「この自称お姫様、すごいね。なんていうか……うん。すごいとしか言いようがないや」
「そうだな」
理屈や道理を全て無視し、あまりにも堂々と言い放ったスティアの言葉に、俺もルージェも言葉が出なかった。
確かに、人の心に寄り添うなら……スピカのことを思うのならそれが最高の選択なのかもしれない。
だが、普通はあれやこれやと考えてその選択をすることができない考えだ。
ルールだ、規則だ、慣例だ、常識だ……。人は皆、そういったものに囚われている。
感情だけではなく、理屈で考えるのが社会での生き方であり、大人の振る舞いであるのだから、仕方ないといえば仕方ない。
だが、スティアはそんなものは知ったことかと言い放った。
その言葉の先に待っている苦難など、多分考えていないだろう。何が起こり、どんな苦労があり、どんな危険があるかなんて考えていない。
だが、大変なことがあるのだとは理解しているはずだ。
それでも、そんな苦労なんて心配していないんだと、その程度のことは心配する必要なんてないんだと、こいつの姿を見ていると、そんなふうに言っているようにすら思える。
きっとこいつは、苦難や危機さえも楽しいと思って生きて、乗り越えていくんだろう。拐われた先で、俺と共に行動することを選んだ時のように。
その自由な振る舞いは、見ていて羨望すら感じる。
いくら何かを言ったところで、スティアは諦めないだろう。それが理解できてしまった俺は仕方なく、だが少しだけ心を弾ませながら承諾をすることにした。
「あ、ちょっ! スピカ!? どこいくの!」
だが、そうして返事をしようとしたところで、突然スティアが叫び出した。
なんだと思ってそちらを見ると、スピカが一人でどこかに行こうとしていた。
いつの間に離れていったのか、もうそれなりに距離があった。
そんなスピカのことを追いかけようとスティアが走り出したが……
「バイバイ」
そこで初めてスピカの声を聞いた。
「おい、待て!」
手を振りながら、無表情にどこか悲しげな色を乗せてこちらを見ていたスピカだが、その直後、それまでその場所にいたはずのスピカの姿が一瞬にして消え失せていた。
「消えた……?」
「なんでっ!? どこ行っちゃったの!?」
いまの今まで目の前にいたはずのスピカがいなくなったことで、スティアは慌てた様子で周囲を見回し、近くの路地や物陰を調べ始めた。
だが、おそらくそんなところにはいないんだろうとなんとなくではあるが確信が持てていた俺は、困惑しながら探しているスティアを見つつ、今何が起こったのかについて考えを巡らせる。
「魔創具……いや、普通に魔法を使ったのか?」
普通に考えれば人が目の前からいなくなるわけがない。手品のように舞台装置があるわけでもなし、あり得るとすれば魔法だろう。
あそこまで鮮やかに消えるとなると、それだけ魔法の発動がスムーズだと言うことだ。なので空間転移に関する専用の魔創具を持っているのかとも思ったが、あの歳で魔創具を刻むのは普通ではないし、あの時スピカが何かを持っていた様子もなかった。
それはつまり、あれだけの魔法をなんの補助も無く素の能力でん成したということだ。
「あの歳で魔法を使うのはどう考えても普通じゃないけどね。それに、ただ魔法を使ったんじゃなく、空間跳躍なんてことをやったんだ。正直、私には不気味に思えてならないよ」
確かにな。俺とて、空間転移はできないわけではない。だがそれは、事前にある程度の準備を施した上で、目視の範囲内に移動するだけのものだ。発動自体も、準備し始めてから実際に転移するまでにはラグがある。その複雑さから、魔創具に籠めるのを諦めたほどには難しい技術である。
それを、あのような少女がなんの補助もなくとなると、話に聞いただけでは信じられないだろう。
だが、そんな俺たちの話し声が聞こえたようで、必死になってスピカのことを探してたスティアがこちらに振り返り、睨みつけてきた。
「不気味なんかじゃないわ! 誰だってみんなと違うことの一つや二つはあるでしょ! その違いを受け入れて一緒にいる方が楽しいじゃない!」
まあ、そうだな。お前の考えは正しいものだし、理解もできよう。
だが、それとこれとは別問題だ。他人との違いを認め、受け入れることは素晴らしいことだし、大事なことだと思う。
だが、残念ながらそれを素直に受け入れられるほど、人というのは素晴らしい生き物ではないのだ。
ルージェも俺と同じような考えをしているようで、わずかに表情を歪めてからスティアに向かって話し始めた。
「違いがあることは理解できるよ。その違いを否定するつもりもない。けど、普通から外れた存在というものは、どうしたって恐ろしく感じてしまうものなんだ。特に、見た目が自分たちに似ているとなると尚更ね。迫害するつもりも忌避するつもりもない。けど、なんか嫌だ。そう思うのが人てものさ」
そう。理屈ではなく、純粋に怖いのだ。人は誰しも、自分や自分の周りが大切で、それ以外は平等を謳っていようと無意識的に一段下に見る。
自分と自分の大切なものを守るために、『普通』からはずれたと思えるものは本能的に忌避してしまう。
人種問題もそうだ。たかが肌の色が違う。それだけでとたんに理解のできない存在となり、怖くなる。差別しようとして嫌っているわけではないのだからどうしようもない。
これがわかりやすく異種族だと言える存在ならば、心の折り合いをつけることもできるだろう。
だが、スピカは見た目だけで言えば人間そのものだったのだ。普通の人間の少女はあんなことはできない。だから怖い。そう思ってしまうのだ。
「それにさ、それはそれとして、あの歳であれだけ魔法を使いこなせるのは異常だ、という事実を語っているんだ。そこは間違ってはいないだろう?」
「それは……」
スティアとて、あの年齢で空間転移などという魔法をなんの呼び動作もなく実行したのは異常だと思っているのだろう。反論の言葉が紡げずに、悔しげな顔を見せている。
こいつの、誰かを大切に思う心、というのは尊いものだと思う。
だが、それは受け取る相手がいてこそのものだ。現状、その想いを受け取る相手であるスピカは消えてしまったのだから、どうしようもない。
「……ふう。どうしようもあるまい。誰かに連れ去られたというのではなく、自らの意思で消えたというのなら、それは彼女の好きにさせるしかないだろ」
「そ、そうかも知んないけどさぁ……でも、一緒にいたいって言ってくれたのよ? それなのにぃ……」
スピカは俺達と共に行動したいという意思を示していた。だが、実際には目の前から消え去った。そこには何かしらの意味があるのだろう。俺達とは共にいることができないような何かが。
その〝何か〟をどうにかするまで、スピカが俺達と共に行動することはないだろう。
少なくとも、今はどうすることもできない。
「ここで会えたのだ。次にもう一度会えるかもしれないぞ。その時は逃がさないように抱きしめておけばいいのではないか?」
「……うん。そうする」
もう一度会えるかどうかなどわからない。だが、会えないと決まったわけではない。今回の件で、細いながらもつながりはできたのだ。であれば、いずれ再び会うことも本当に可能になるかもしれない。
涙目になっていたスティアは、俺の言葉を聞いて静かに頷いた。
「さて、貴様は……こちらも消えたか」
スティアの問題が片付いたところで、ルージェ——襲撃者はこの後どうするのかと聞こうとしたのだが、その時にはすでに彼女の姿はなかった。こちらは魔法による転移ではなく、純粋に隠密行動をとってこちらに察することができないように消えたのだろうが。
しかし、そろそろ俺達もこの場を離れなくてはな。何せこれだけの騒ぎだ。敵が雑魚出会ったこともあって、まだ襲撃が始まってからさほど時間は経っていないがそれでももう衛兵が来てもおかしくない。
調べられたところで問題ないと言えば問題ないのだが、その場合は王女としての名前を出す必要があるだろう。それは面倒なので、できることなら衛兵に見つかる前にこの場を離れたいところだ。
「スティア。色々と思うところはあるだろうが今はここから離れるぞ。もう衛兵が来ていてもおかしくないのだ。関われば面倒なことになる」
「うん。わかったわ……」
スティアの手を握って、その場から離れることにした。
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