第55話マント改め、テーブルクロスもあるよ
「男の方から狙いなさい!」
「いくらすごかろうと所詮はフォークだろ! これを防げるもんなら——」
敵が尻込みしている中、スピカの親を名乗った女の命令を受け、敵の中から一人の男が武器を構えながら接近してきた。
後数歩ほど進んだらこちらから迎撃しようと思っていたのだが、突然男は足を止め、持っていた剣を地面に突き刺した。
「防いでみやがれ!」
男がそう叫んだかと思うと剣を刺した地面が発光し、地面から無数の石の礫が放たれた。
おそらくはこれがこの男の魔創具の能力なのだろう。土を操る……いや、自在に操ることができるほどの技量や、それに耐えうる素材を集められるとは思えないし、精々が土の塊を飛ばす程度か?
ある程度の大小は変えられるだろうが、先ほどのようにフォークで迎撃されないようにするために的が小さく数の多いものを選んだのだろう。
この程度なら魔法を使えば処理することもできるが、流石に近すぎるか。これを全て弾くとなると、その辺で動き回ってるルージャまで巻き込みかねない。
ではどうするかと言ったら、ちょうどいいものがある。
「ああ、失礼した。確かに、フォーク専門ではなかったな。ここは布も売っている。口さがないものはテーブルクロスと呼ぶほど薄いが、質は保証しよう」
迫り来る石の礫に対して、視界を覆い尽くすほどに大きなマント……いや、この場合は布の面積を考えると本当にテーブルクロスと言えるか? まあ、それを生成すると正面に放り、操ることで空中で広げて盾とする。
たったそれだけのことで、飛んできた礫の全てはボスボスと音を立てながらテーブルクロスに衝突し、勢いを無くして落ちていった。どうやら、飛んだ後の操作まではできないらしいが、やはりその程度だということだろう。
「な、な、なんだよ、それ……」
まさか俺が二つ目の魔創具を使えるとは思っていなかったようで、自身の魔法を防がれたことに驚いた声が聞こえてきた。
しかし、それも仕方ないだろう。通常二つ目の魔創具を持っているものはおらず、しかもそれがフォークに引き続きテーブルクロスなどと呼ばれているらしいものとなれば、驚かないわけがない。
「そして、そちらはサービスとしてやろう。何、気にするな。貴様らを衛兵に突き出せば、その代金くらいは回収できる」
驚いている男の反応をよそに、宙に浮かせたテーブルクロスをそのまま操り、男へと向かわせる。
「っ!?」
突然巨大な布が勝手に動き出したことで動揺した気配が伝わり、直後逃げ出そうとしたのか男が移動をし始めたが、遅い。
「布だからと言って、容易く抜け出せるとは思うな。本来はドラゴンの爪さえ受け止めることを想定していたものなのだからな」
テーブルクロスは逃げ出そうとした男へと巻きつき、捕らえることに成功した。
全身を布で包まれている人型を見て、まるで棺桶に収められる前のミイラのようだと思ったが、あながち間違っていないかもしれないな。何せ、この男はこれから死ぬか、牢屋という大きな棺桶に入れられることになるのだから。
「ならそっちの女を!」
俺には勝てないことを理解したのか、動き回っているルージャを狙うことにしたようだ。
だが、そちらはそちらで厳しいものがあるのではないかと思う。
何せ、地形や武具といった理由があり全力を出すことができなかったとはいえ、俺と戦って有効打を受けずに逃げ延びた実力者だ。集団で襲いかかっておきながら俺を本気にすることすらできない者どもでは捉えることは不可能だ。
「女だからといって侮るのはどうかと思うよ」
ルージャはそう言いながら籠手を装備した拳をガツンとぶつけ合わせ、両腕に炎を纏った。
正直そこまでする必要もないのでは、と思うが、見た目の威圧感としては有効だろう。
だが……
「まさか、そのような目立つことまでするとは思わなかったぞ」
一応この女はお尋ね者なのだ。いくら襲われている状況であり、有効であるとはいえ、このような目立つ技を使用するとは思わなかった。
「できることなら、こんなに目立ちたくはなかったんだけどね!」
そんな文句を口にしながらも、ルージャは自身のことを狙っている者どもへと接近し、殴り飛ばした。
殴り飛ばされた者は、その余りの威力に殴られた頭を弾けさせ、だが傷口を炎で焼かれたことで血を一滴も漏らすことなく倒れていった。
俺のように常識の範囲内の倒し方ならともかく、仲間の頭が弾けるという非常識な倒され方をしたからだろう。ルージャに襲い掛かろうとしていた者達はその動きを止め、ジリジリと後退りし始めた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返り、俺達とルージャを囲うような楕円形の空白地帯ができているが、それでもまだ退くつもりはないようだ。
「仕方あるまい。文句ならば襲ってきたその屑どもに言え」
お前が目立ちたくなかったように、こちらとしてもあまり目立ちたくはなかったのだ。
にもかかわらずこのようなことになったのは、いきなり襲ってきたその者どもの責任であろう。
「そうだね。でも、言葉を叩きつけるよりも、拳を叩きつける方がお互いの理解のためだと思うんだよね。どう思う?」
「まあ、そうだな。言葉というのは、自身の方が格下であると理解している者にしか通用しないものだからな。思い上がった者には、拳で語った方が早かろう」
言葉による相互理解とは、自分達が格下であるとお互いに理解している場合にのみ成立する。
相手は自分よりも格上だから尊重しなければならない。そういった意識が大なり小なり存在しているからこそ、言葉による相互理解、というものが成立するのだ。
同格ではならない。同格であるということは、どうしたって自身と相手を比べて競争意識が出てしまうから。
格下であってもならない。相手が自身よりも劣っていると思っての言葉は、相手を見下し、命令、強制する類の言葉となってしまうから。
どんな分野でも、どんな些細なことでも、相手のことをすごい、自分よりも上だ、と思えることがあり、相手に譲る意識があって初めて言葉による相互理解が成立する。
逆に、どれほど社会的な立場が相手の方が上だろうと、その相手自身にすごいと思える部分を見出すことができなければ、相互理解などできるはずもない。
こいつらのように自分達が優位に立っていると思っている相手は、その優位が崩れるまで理解などしないし、会話も成立しない。
相手の心の拠り所となっている優位を潰し、状況を理解させて心を折る、という方法もあるが、それでは時間がかかってしまう。
手っ取り早く理解を促すには、物理的に〝理解させる〟のが早い。
「だよね!」
ルージェは俺の言葉を聞くなり、ニイッと弧を描くように口元を歪めて籠手をぶつけ合わせ、ガインッと金属質な音を鳴らせてから構えた。
「お、お前達! 私達に手を出してどうなるかわかっているの!?」
攻撃を再開しようとしたところ敵の女から悲鳴のような声がかけられたが……
「知らんな」
「知らないよ」
「そもそも、先に手を出してきたのそっちじゃない!」
手を出したらどうなるかなど、知っているわけがない。
もっとも、この手の輩の吐く言葉だ。おおよその推測はできるがな。
大方、どこぞの貴族と繋がりがあるとか、その程度のものだろう。
「わ、私達は領主とすら関わりを持ってるのよ! 手を出したらお前達なんて、すぐに——」
「領主と繋がりがあったところで、今この状況ではなんの意味もないな。ここで助けるようならば、国に報告をすればいい。犯罪者どもを庇うような貴族など、処罰の対象になるには十分なのだからな」
ただの貴族ではなく領主だったか。だが、どちらにしても変わらない。
領主に助けを求めるにしても、そもそもここから逃げ出すことができなければ助けを求めることなどできはしない。
仮に助けを求めることができたところで、ここは国にとって重要な場所だ。何せこの国唯一の港だからな。そんな場所の領主が、不正を行い、問題を起こすような輩ではならない。
そのため、どれほど些細なことであろうと、悪しき話が王の耳に届けば、すぐさま監査が入ることとなる。
もっとも、本当に犯罪者に協力しているのであればそのあたりは上手くやっていて、王族にまで情報が漏れないようにしているのだろう。だが、俺から個人的な手紙として王子であるオルドスに知らせればそれで終いだ。
「そういうわけだ。自慢の後ろ盾は無意味となったのだから、素直に投降することを進めるが……」
「このっ!」
フォークを手にし、女へと近づいていったが、その途中で女が何かしらの何かしらの道具を使用したようで突如その場に煙幕が撒かれた。
「やはり、そうはいかんか」
煙幕が広がると同時に俺たちを囲っていた者達の気配が動き出した。おそらくはこのまま逃げ出すつもりなのだろうが……それを許すと思っているのか?
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
気配の元へフォークを投げつけ、風の渦を発生させる。
フォークが刺さったまま魔法を受けた者は刺さっている部分が抉れ、フォークを避けつつも至近距離で魔法が発動した者は吹き飛ばされた。
この場を覆っていた煙幕も、すでに散らされている。
煙幕が晴れた後、状況を理解したルージェはすぐさま動き出し、まだ動くことができそうな者を優先して意識を刈り取っていった。それでも逃げようとした者はいたが、恐怖と疲労と怪我で動きが鈍っているような状態では、とてもではないが ルージェから逃げることはできず、他の仲間達と同じ結果となった。
その際、ご丁寧に一箇所に集めるように蹴り飛ばしたようで、文字通り人の山が築き上げられていった。
だが、そんな中であっても一人の女だけはルージェに襲われることなく放置されていた。
「すまんが、今の俺は綺麗に殺してやるというのが難しいのだ。何せ持っている武器がフォークなのでな。これでは刺したところで致命傷になどならんのだ。だから——」
俺は残されていた女の元へと近寄りながら話しかけるが、女は這々の体で俺から逃げようとしている。
そんな女に向かってテーブルクロスを飛ばし、拘束する。今度は顔がしっかりと露出しているので状況が理解できない、などということはないだろう。
そして女の前まで近寄った俺はそこで足を止め、女の顔に向かってフォークを突きつけた。
「死ぬまで刺し続けるしかないな」
「ひっ——」
「さて、貴様は何本まで耐えられるか……。精々、己の行いを悔いるといい」
短く悲鳴をあげた女は、その後顔をぐしゃぐしゃに汚しながら気絶してしまった。
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