第54話フォーク専門店

 

「どうした、取りに行かなくて良いのか?」


 挑発するように声をかけてやったが、剣を折られたはずの男は動揺することなく折れたままの剣を構え、こちらに向けている。


「さっさと渡せ!」


 だが女の方は冷静ではいられなかったようで、盛大に顔を歪めながらこちらを睨みつけ、自身の魔創具である剣を取り出し、切り掛かってきた。


 その攻撃は先ほどのように剣を折られることを気にしているのか、あまり力が乗っているとは思えないような振りだ。おそらく、止められたらいつでも剣を引けるようにと考えているのだろう。


 まあ、無意味ではあるが。そんな逃げることを前提に考えた攻撃など、脅威などではない。


 なお、魔創具は剣と槍が多い。その理由は、単純に使い勝手がいいからである。

 普通、物語の暗殺者や裏の者はよく短剣を獲物としているが、それは持ち運びの観点から便利だからだ。隠密性に優れているため、裏の者としては使いやすいから使っているだけ。

 だが、この世界には普段はしまっておいて、いざとなったら好きに取り出せる魔創具などというものがある。そのため、隠密性などどうでも良いのだ。

 そうなれば、持ち運びに不便な長物であろうと使う事ができるようになり、必然的に屋内、屋外ともに使いやすい剣が主流となるのだ。


「渡せだと? あいにくと、この店はフォーク専門店でな。お前達に渡せるものなど、フォークしかないのだ。すまぬな」


 切り掛かってきた女の攻撃を再びフォークで受け止め、砕く——寸前、それまで受け止めていた剣が消滅し、剣を砕こうとした俺の腕は空振ることとなった。


 見れば、すでに女の手の中には再び剣が握られている。

 殴られる前に魔創具を解除したのか。そして、すぐさま作り直す。なるほど。確かにそれならば剣を折られることなく武器を使い続ける事ができるだろう。


 しかし、そこまで素早く解除と生成を繰り返す事ができるとは、この女はそれなりに腕が立つようだな。

 そして同時に、思ったよりも面倒なことになるかもしれんと内心でため息を吐いた。

 何せこれだけの技量を持っている者が関わっているのだ。それも、おそらくこの者ら二人だけということもないだろう。そうなると相手は組織となるのだが、どの程度の規模の組織なのかはわからんが、十人であろうと百人であろうと、組織を相手にするのは面倒であることに変わりはない。


 この女がボスだというのなら話は早いのだが、まあボスではないだろう。纏う雰囲気が集団を統べる者のそれではない。おそらくは単なる使いパシリ。精々が現場監督と言ったところだろう。


「フォーク専門店だと? 何ふざけたことを吐かすな!」

「ふざけてなどいないのだがな……さて、どうしても欲しいというのならくれてやろう。銀十枚という前金ももらっていることだ。気にせず受け取れ」


 そう言いながらフォークを何本も生成し、投げつける。

 その威力はそこらの鎧ならば貫通するだけの威力はあるのだが、流石は、と言ったところか。全て避けられるか叩き落とされるかしてしまった。


 しかし、注目すべきは女よりも男の方だな。女は剣が使えるのだから普段通りに動けるだろう。

 だが、男の方は剣が折られ普段とは間合いが変わっている上、魔創具を壊されたのだからその補助も無い、あるいは歪んでいるだろう。

 にもかかわらず、それなりに余裕を持って対処していた。これは、それなりの技量がなければできないことだ。


「くっ! 仕方ない……」

「おっと。二人では倒せぬと見て、仲間を呼んだか」


 女が手を挙げると、それに合わせて様々な方向から魔法が飛んできた。

 視界を覆うほどの魔法の群だが、その全てにフォークを投げつけて迎撃する。

 普通はフォークなど投げつけても魔法に飲み込まれておしまいではあるが、あいにくとこちらのフォークは特別製だ。相殺すること程度、余裕でできる。

 たが、その際に生じた爆風などは防ぎきれなかった。


 あたりを蹂躙した衝撃が収まった頃、俺たちの周囲には武器を持った集団が姿を見せていた。

 その手の中にある武器からは力が感じられ、ただの武器ではないことが理解できた。


「なるほど。全員が魔創具持ちか。大した集団だ」

「ど、どどどどうすんの!?」


 流石にこんな状況になれば、まずいことになったという認識くらいはできたのだろう。

 だが、やることなど変わりはしない。どうせ、今更奴らの求めを受け入れたところで、処理されるに決まっている。

 であれば、慌てる必要もない。


「お前はそのままその少女を……スピカを守っておけ。守りたいのであろう?」

「もちろんよ!」


 俺が問いかけると、スティアは一瞬だけ大きく目を見開いて驚いた様子を見せた後、不敵に笑いながら手の中に小槌を生み出し、スピカのことを抱きしめた。


 こいつの魔創具の詳細は知らないが、基礎戦闘力はこの街に来るまでの道中で知っている。スピカを守りながらでも逃げることくらいはできるはずだ。


 スティアの様子を見て満足した後は、今度はルージャへと視線を向けたのだが、ルージャはすでに魔創具の籠手と脛当てで武装していた。


「お前は……まあ好きにしろ。手を貸せなどとは言わん」

「人の売り場をこれだけ壊しておいて、それだけ?」

「壊したのは奴らであろう?」

「ま、そうだね。だからまあ……落とし前、つけさせてもらうよ」


 元々仲間というわけでもなく、どちらかというと敵だったのだ。最低限敵対しなければ好きにして良かったのだがどうやら戦うことを選んだようだ。

 まあ、向こうからしてみれば俺たちの仲間に思えることであろうし、ここで逃げたところで追われる可能性は十分に考えられる。であれば、ここで共に敵を潰してしまおうとでも考えたのだろう。


「一人増えたからって調子にのっても、結果なんて変わらないわよ」

「確かに、そもそも増えなくとも勝てたのだから、結果は変わらぬな。なんだ。自分たちの置かれている状況をよく理解しているではないか」


 この程度の敵であれば、俺一人でも勝てたのだ。であれば、確かに結果は変わらないと言えるだろう。

 もっとも、この女としては自分達が勝つつもりでいるのであろうがな。


「は? ……この状況で、よくそんな口が叩けるわね」

「こんな状況とはどんな状況だ? 私には負けそうになっているならず者が虚勢を張っているようにしか見えぬのだが?」

「言わせておけば……おまえ——」

「ああ、そうだ。ひとつ聞いておきたい事があるのだ。お前達はそれなりの規模の組織だと見えるが、名前などはあるのか?」


 そこで、ふと聞いておきたい事があったので、今にも攻撃をしてきそうな女の言葉を遮り、問いかけた。

 今にも襲い掛かろうとしていたところを遮られたことで、気勢を削がれたように呆けた表情を晒した女だったが、バカにされたと感じたのだろう。すぐに顔を怒りに染めて睨みつけてきた。


「聞いたところで、ここで死ぬあんたには関係ないことね!」


 女が叫ぶと同時に、女の後ろに控えていた剣の折れた男を含め、周囲にいた者達が一斉に襲いかかってきた。


「さて、死ぬかどうかは分からぬことだ」


 普通であれば絶体絶命というやつなのであろう。

 だが、この程度であれば、六武との手合わせの方が厳しかった。

 あれはまさに人外の化け物の領域だ。二年前でまだ今よりもさらに未熟だったとはいえ、ろくに攻撃することできずに敗れたほどの猛攻を思えば、この程度は単なるお遊びにしかならない。


「これだけの数を相手に、そんなゴミで何ができるっ!」


 だが、襲いかかってきた者達はそうは思わないようで、フォークを構えるこちらを見下したような台詞と共に斬りかかってきた。


「色々できるぞ。現に、貴様らはそのゴミに押されているではないか。だからこそあの女はお前達というお友達を呼んだのであろう? もっとも、この程度の者らでは、いてもいなくても変わらんようだが」


 切り掛かってきた男の攻撃をフォークで受け止め、そらして別の男の振り下ろした斧で砕かせ、剣で止められたことで勢いを失った斧使いの男の首にフォークを刺す。


 砕けた剣の残骸が地面に落ちる前に受け止め、それを別の方向から襲いくる槍使いの女へと投げつける。

 投げた剣の残骸は弾かれたが、その後を追うようにして投げたフォークは見事女の肩へと突き刺さり、直後、フォークに込めた魔法が炸裂し、その周辺にいた者達は風の渦に巻き込まれた。


 風に巻き込まれて体勢を崩した敵へとフォークを投げつけると同時に走り出す。

 体勢を崩してフォークを受けた者達はそのまま転んだり武器を落としたりしたが、中には体勢を崩しながらもフォークを弾いた者達がいた。

 だが、その者達も今は死に体。風の魔法で体勢を崩し、強引にフォークを弾いたことで隙だらけとなった首に、フォークを突き立てた。


 ついでに、転んでいる者達も同じように処理し、そこでようやく俺が単なる雑魚ではないと認識したのだろ。周りを囲っていた者達は動きを止めた。


「くそっ! なんだあのフォークは!?」

「魔創具だ! あれはただのゴミじゃねえ。魔創具だぞ!」

「フォークが魔創具だと!? くそがっ! なんだってそんなもん……がっ!?」


 話している間にも、布を敷いただけの簡易的なものとはいえ自身の店を壊されたことで怒っているルージャが敵を殴り倒している。


「この女もどうにかしろ!」

「こ、こいつ速すぎる!」

「悪いけど、速いだけじゃないんだよね」


 だが、そちらに対処するために動けば俺からフォークが飛んでくる。

 俺とルージャ、どちらも無視することができず、だがどちらに対応すればいいのか分からずにその場で立ちすくんでいる。

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