第53話わーい——なんて言うと思った?
「ということは、あなた方はこの少女の親ということか?」
「はい。この街には初めてきたのですが、あまりの人の多さに逸れてしまいまして……」
安心したように話すその姿は、本当に子供を心配していた親のように見える。
だがしかし、先ほどまでは普段通りに振る舞っていたにもかかわらず、こちらのそばに来た瞬間にこうも心配していたように振る舞うというのは、やはりおかしい。
しかも、話をした限りではスピカと保護者は仲が悪かったのではないのか? まあこれは俺の考えだから外れていたのかもしれないが、であればスピカの反応の理由がわからないことになる。
この女がスピカと仲が悪いことを隠している、という可能性もあるが、そうなると尚更意味がわからない。なぜ、仲が悪い子供を他の街へと連れてきたのか。
旅行をしにきたのであれば自分達の普段暮らしている家に置いてくるはずで、用があってきたのだとしても置いてくるはずだ。なぜ連れてきた?
「スピカ。良かったわね。これで家族の元に帰れるわよ!」
スティアがスピカの名を呼んで話しかけたのだが、スピカは相変わらず表情が変わらないためどう思っているのかわからない。
「スピカ?」
だがそこで、女の方が怪訝そうな顔をしながらスピカの名前を口にした。
スピカという名前はスティアが勝手につけた名前なのだから、その名についてこの男女は知らないだろう。だから自分達の子供が知らない名前で呼ばれているとなれば、疑問に思ってもおかしくはない。
だがその女の様子は、少女の本来の名前とは違う名前で呼ばれていることに対する疑問ではなく、もっと〝深い〟疑問を感じているように思えた。
喩えるなら、まるでこの少女に名前があることそのものが不思議に思っているかのような、そんな様子だ。
父親の方はどうだ、と思って見てみるが、相変わらず笑みを浮かべたまま変わらない。
……そもそもこの二人自体が怪しいのもある。このまま引き渡す前に、少し探ってみるか。
「……スピカとはこの子の名だと聞いたのだが、違ったのか?」
「あ、いえ……。その、この子は滅多に口を開かない子なので、他人に自分から名前を名乗ることもしないのです」
俺の言葉にハッとしたように顔をこちらへと向けた女だが、その言葉だけで十分だった。
何せ、スピカという名前は、名前のなかった少女に勝手につけた名前なのだから。
それを知らず、さもその名前が少女の本当の名前であり、自分達は始めから知っていたかのように振る舞うなど、おかしさしかない。
つまり、事情は知らないがこの男女はスピカのことを知りつつもその名前を知らず、なぜかスピカを手に入れようとしていると。
……はあ。面倒なことになったものだ。
「あなた方には懐いているようですが、きっと迷子になって心細かったところを助けてもらって、心を開いているのでしょう。本当にありがとうございました」
「なに、気にするな。大したことなどしていない。この後は時間が過ぎれば衛兵に預けようとした程度の関わりだ」
「そうでしたか。それでも、ありがとうございました。こちらは少ないですが、謝礼として受け取っていただければと」
そういって女は懐から小袋を取り出し、そこから硬貨を取り出してこちらに差し出してきた。
「銀十枚か……」
「えっ! こんなもらっていいの!? わーい!」
硬貨を受け取ったとして、スピカはどうすべきかと考えていると、スティアが喜びの声をあげて女から硬貨を受け取った。
このままではスピカはこの怪しい女へと連れていかれることとなる。
それを見過ごすわけにはいかないと、喜ぶスティアを止めようと手を伸ばしかけ、だがそこでスティアは俺の予想とは違う動きを見せたことで俺の手は止まった。
「え、あの……」
スティアは金を受け取ると、スピカの手を取って自身の背後に隠したのだ。
その動きを見た女は困惑した声を漏らし、スティアへと手を伸ばした。
だが、伸ばされた女の手をスティアは叩き落とし、口を開いた。
「——なんて、言うと思った? あんた達、スピカの親じゃないでしょ」
「「「え?」」」
その言葉に、女と、それから俺とルージャの三人の声が重なった。
俺達の驚きの声を無視し、スティアはスピカを庇いつつ徐々に下がりながら話を続ける。
「だって、普通の人ってこんなに持ち歩かないでしょ? それに、いくら子供を助けてもらったからって、これだけの額をポンっと出すわけないじゃない。ここで暮らしてるならまだしも、こっちにきたばっかりだって言うし? こんな大金を出せる余裕なんてあるわけないでしょ。余裕があるなら、もっと立派な服装をしてるはずだもの。特に、スピカはね。銀貨十枚も出すような大事な娘なんだったら、もっとちゃんとした服装をさせるものでしょ? なんでこんなボロを着せてんのよ」
俺がおかしいと思った点とは違うが、確かにそうだ。銀貨十枚と言えば、単純に日本円に換算することはできないが、まあ大体五十万円くらいの価値がある。そんな額をポンっと出すことは、いくら子供のためとはいえ普通はできない。
しかも、迷子を保護した報酬とし手それだけ出すのであれば、服ももっと整えるというのも確かな言葉だ。
スティアの言葉には納得する箇所しかない。だが……
「お前、まさか……」
「そんなことが考えられたの……?」
まさかこいつがそんな難しいことを考えることができたなんて……そのことが俺達には驚きだ。
「なんであんた達まで驚いてんのよ! ひどくない!?」
いや、だってお前、今までそんな頭いいような発言したことなかっただろう?
しかしまあ、これで話は分かりやすくなったな。スティアを説得する必要はなく、ただ目の前の男女から話を聞き出せばいいだけだ。
「ふむ。だがまあ、そいつの言葉には同意見だ。貴様らは、本当にこの子供の保護者か?」
「それは、こちらにも事情があるのです」
俺の問いかけに、今まで笑顔で黙っていた男の方が初めて口を開いた。だが、その表情は困ったような色が加わっていたが、相変わらず笑顔は崩していない。
「そうです。私たちも苦慮しているのですが、スピカはなぜか綺麗な服ではなく、そういったボロを好んで着るのです。多分喋らないことで私たちに迷惑をかけているから、それ以外のところでは迷惑をかけないようにと遠慮しているんだと思います」
男の言葉で気を取り直した女は困ったような笑みを浮かべて答えた。
だが、本当にその程度の答えで納得すると思うか?
「なるほど。確かに、そういったこともあるかもしれんな。だが、其方らはこの子の名はなんと言うか知っているか?」
「……スピカですが、それが?」
女は一瞬躊躇ったように間を開けてから答えたが、女自身この答えが間違っているのだと理解しているのだろう。
「その反応からして薄々察しているだろうが、スピカなどという名は、本名ではない。こちらが勝手に名付けただけの名だ。自身の子の名前すらわからぬ者が本当に親を名乗れると思っているのか?」
そういってやってもまだ諦めるつもりはないようで、女は眉を顰めながらも引くそぶりを見せない。
「まだ納得できないようだな。……ああ、では共に衛兵の元へと向かうとするか。今はこの者を我らで預かっていたが、実はこの者について衛兵にも尋ねていてな。そのことについてもう平気なのだと伝えなければならんのだ。その際、親が一緒にいた方が話が通りやすかろう?」
衛兵のところには行きたくないとのことだったので実際には伝えていないが、そんなことこの者らにはわからないことだろう。
衛兵の元へ、と口にした途端、女は目を鋭く細めこちらを睨みつけた。どうやら、もう誤魔化すことはやめたようだ。
もっとも、今更どう誤魔化したところで、俺たちはそれを信じることなどなかったが。
「それとも、なにぞ衛兵には会えぬ理由でもあるのか?」
そう口にした瞬間、背後にいた男から剣が突き出された。
その剣は俺の眉間へと迫り、フォークによって受け止められ、逸らされた。
「いきなり襲いかかってくるとは、随分と野蛮な者どもだ」
男の攻撃が止められるとは思っていなかったのだろう。それも、こんなフォーク如きに。
女は明らかに動揺した顔を見せ、突きを放った男は相変わらず笑顔のままだが、それでも動揺した気配を感じた。
仕方ない。流石に初見であれば、俺も驚くだろう。だが、これで終わりではない。
フォークで止めていた剣の腹へと向かって拳を叩き込み、剣を砕く。
この剣、先ほどまでは無手だった男から放たれたことを考えるに、おそらくは魔創具なのだろう。であれば、いくら壊したところでまた作り直されてしまう。魔創具の厄介なところはそれだ。いくら壊そうとも、使用者の魔力がもつ限り何度でも作り直す事ができる。
故に、たった一度壊した程度では敵の無力化は出来はしない。粉々に砕いたところで、材料が存在していることに変わりないのだから、簡単に処理することもできない。
だが、処理そのものができないわけでもない。砕いた武具を炉にでも入れて性質を変化させてしまえば、その時点で別物として扱われ、回収することはできなくなる。
あとは、特殊な薬品などをかけて性質を変えてしまうということもできる。
だが、前者は時間がかかり、後者は薬品が特殊すぎることもあってそうそう持っているものではない。
ではどうすれば良いのか。その答えは……
「そら、とってこい」
そう声をかけてから、砕いた剣の先を思い切り放り投げた。
フォークに込められた魔法で身体強化をして投げられたそれは、目の前の二人とは全く見当違いの方向の空を一直線に飛んでいった。
おそらく、最終的には海の中へと沈んでいくことになるだろう。
これが魔創具の対策だ。素材がなくなれば、作り直すことはできなくなる。
回収機能がついていれば問題ないだろうが、回収するまでに時間はかかり、その間はやはり作り直すことはできない。
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