第46話獣人の姫と迷子

 

「なに……?」

「? あ。あー、うん。死ねばいい、ってのはちょっと大袈裟かな? でも、そんな奴らのことなんて気にする必要ある? 弱ければ負ける。そして死ぬ。これって当たり前のことでしょ? 魔物を前にしてみなさいよ。鍛えても強くなれないんだったら死ぬしかないし、戦いたくないって言っても食べられて終わりよ。今のくらいは安心できるものだ、この世界は安全なんだなんて勘違いしてるおバカにまで気を遣ってなんていられないでしょ? 生きたければ鍛える。負けたくないなら頑張る。努力しないで全部が欲しいなんて無理に決まってるじゃない。そんなにおかしなこと言ってる?」


 ……なるほど。言いたいことは理解した。その考え方も、そもそも根本からして違うのだということも。

 確かにこいつの言っていることは間違いではないのだろう。自然において、自分たちが生き残るために子供を殺す親はいるし、弱い仲間を見捨てる群もいる。仲間が死んだところで関心を示さない生物だって珍しくはない。

 その流れに則れば、人も弱い者は淘汰されるのは仕方ないと割り切るべきなのだろう。


 だがそれは、あくまでもこいつの考えであって、ひいては『獣人の考え方』でしかない。


「……なるほど。確かにお前は『獣人の王族』だな」

「え? いや〜、そんな褒めないでよ。お姫様みたいだなんて言われても困っちゃうっていうか、まあ実際にお姫様なんだけどぉ……」


 褒めているわけではないわ、阿呆。


 ……だが、その考えは間違いではないのかもしれないな、なんて、少し思わなくもないのだ。

 何せ、戦いに負けて、死んでも構わないと追い出された者が、ここにいるのだから。

 俺には貴族として民を守れという教えがあり、前世の平和な国で暮らした記憶があるからこそ〝それは違う〟と思い込んでいるだけで、人の世も、スティアの言ったように弱者は死んでいくのが当然の世界なのかもしれない。


「あんたもなんか嫌なことがあったらかかってきなさい! この私がっ、かっれ〜に相手してあげるわ!」


 座りながらではあるが、急にシャドーボクシングをし始めたスティアに呆れたようにため息を吐き出す。


「……そうか。では言わせてもらうが、少し大人しくしていろ。これから夕食なのだからな」

「ふふん。そう言っておいて、かかってこないの? 私に臆し——きゃわあっはははははあ!?」


 テーブルの下から回した布で脇腹をくすぐられたことで、驚いて肘をテーブルにぶつけたスティアが肘を押さえて悶絶している。


「これで俺の勝ちだな。しばらく大人しくしていろ」

「ぬぐう〜〜〜」


 スティアは体を捻りながら肘と脇腹を押さえつつ、悔しげにこちらを睨んでいるが、睨み返してやればすぐに視線を逸らされた。


「ま、まあこの場は退いてあげるわ!」


 ちゃんと約束は守るつもりはあるのだろう。スティアは捨て台詞を吐いてから再び食事へと戻った。


「あ。んでんで、話を戻すけど、お昼のバトルって、実は魔物が暴れてたんじゃないかー、って話があるっぽいにょよね。……のよね!」


 大人しくはするが、話を止めるつもりはないようで食事を続けながら再び話し始めたのだが、噛んだことは指摘しないでいてやるのが優しさだろう。


「魔物だと? それはまた、なぜだ?」

「なんか、全身を火だるまにしながら走り去っていく姿を見たとかなんとか? 実際は知らないわよ? でも、人間だとそんなことできないから魔物じゃないかー、だって。あ、あとすっごい長いしっぽもあったみたいで、それもあって人じゃないんじゃないか、って」

「尻尾か……」


 火だるまということは十中八九やつで間違いないが、尻尾か……。絡みついたままのマントが棚びいてそう見えたのだろうと思う。燃えている状態では、詳しい形などわからんだろうしな。


「しかし、どうしたものか……」


 一応マントの位置は把握できているから回収しに行くことはできるが、どうにもその位置が動いているのだ。つまり、いまだにあの襲撃者の女はマントを持ち運んでいる、あるいは身につけているようだが、回収しに行くのであれば戦うことになるだろう。今更話し合いで、とはできんであろうし、このまま狩りを続けるというのであれば放置しておくこともできない。


 やはり、近いうちに回収しに行くべきなのだろうな。


「なにが? ……あ! その魔物を退治しに行くつもりね! 私もやりたい!」

「却下だ。自身の立場を理解しろと何度言えばわかる」


 お前は王女だというのに、しかも今は他国に来ている使節団の一人だというのに、そんなお前を危険に晒すことができるわけないだろうが。

 しかしこれは……魔物狩りに行こうとするとついて来られる可能性があるか?


「それよりも、観光をしたいと旅についてきているのだから、素直に観光をしておけ。この規模の街だ。どうせ一週間あったところでこの規模は回りきれんだろう?」

「んー……そうね! じゃあ明日は市場に行きましょう!」

「行きましょうとは……それは俺も一緒にということか?」

「うん! やっぱり人が一緒にいた方が楽しいでしょ」


 そうして俺の明日の予定は強制的に決められた。


 ——◆◇◆◇——


「わっほー! なんかいっぱいありそうね! 王都の市よりもなんか楽しげな感じ!」


 翌日。朝食をとった俺達は無駄に宿に留まって時間を潰すこともなく、一直線に市場まで来ていた。

 人混みの中、先を進むスティアの後を追って歩いているのだが、今の言葉に一つ気になったことができた。


「王都? お前は王都に行く前に攫われたのではないのか?」


 聞く限りではこの国に来たのも初めてのようだし、王都に行ったことがないのに王都と比べるというのは少しおかしい。


「んえ? ああ、うん。こっちじゃなくってネメアラの王都よ。あっちもあっちで人はいっぱいいたんだけど、こっちの方がごちゃごちゃしてて楽しそうなのよね。なんでかしらね?」


 ああ、なるほど。そっちの王都か。そういえば他国の王族なのだから、王都といえば自国のものを思い浮かべるか。


「海があるからだろう。貿易を行っているのだから、他のところからの品が集まるのだ。雑多な雰囲気がして当然だろう」

「あ。な〜るほど」


 得心がいったというようにスティアは何度も頷くと、くるりと身を翻して歩き出した。


「それじゃあお宝探してしゅっぱーつ!」




 スティアとともに市場をしばらく歩いていると、不意に一人の少女が目についた。

 ボロくなった服……いや、服とすら呼べないような布を身につけた銀色の髪をしたその少女は、路地裏で生活する孤児だと言われれば素直に頷けるだろう見た目をしている。

 だが、なぜか孤児らしさがないように思えた。どこがそう思ったのかと言われるとわからないが、強いていうなら経験だろうか? これまで孤児は見てきたが、そのどれとも違う気がするのだ。

 だが孤児ではないとなると迷子か?


「どったのー? ……って、あれ?」


 俺が動きを止めたことで不審に思ったスティアは、俺と同じように迷子へ顔を向けると首を傾げた。

 そして、何を思ったのかしたり顔で頷いた後、なぜか悲しげな表情でこちらを見てきた。


「いくら小さい子が好きって言っても、手を出しちゃダメよ!」

「お前は何を言っている? 手を出すなど、そんなことあるわけがなかろうが」


 この阿呆には俺がこの少女をどうこうしようと考えているように見えるのだろうか? であれば少々こいつとは〝話し〟をしなければならないと思うのだが?


「え? でも私に手を出さないってことは年下好きか年上好きってことでしょ? 宿の人に手を出してないから子供が好きなのかなー、って思ったんだけど……違った?」

「違う。そういった感性の者がいるのは理解しているが、断じて俺は違う」


 お前に手を出さないのはお互いの立場の問題からだと言ったはずだ。

 宿の従業員にも確かに女性はいたが、だからと言って手を出すようでは頭に問題がある。


「じゃあ顔? 私みたいに明るい笑顔よりも、この子みたいにクール系無表情な女の子が好きなの? 私的にはやっぱり可愛い女の子は笑ってる方がいいと思うんだけどー?」

「そうではない。いいかげんその方面から離れろ阿呆」


 どうしてこいつは恋愛方面に持って行こうとするのだ。


「この少女はただふらついていたから声をかけただけだ。倒れてからでは遅いのでな」


 白さを感じる肌に、ふらついた足取り。視線は定まっておらず、その側には誰もいない。

 そんな少女が目につけば、どうしたって気になるというものだ。

 もっとも見た目がボロを着ていることもあって、周囲の人間は少女に関わろうとしないがな。下手に孤児に関わってもおかしなことに巻き込まれる可能性が高いのだから仕方がない。


 俺の場合は、どうせ少しすればこの街から離れるのだし、何か起こったとしても対処できるだけの能力を持っているからこそ意識を向けるのだ。


「ん〜……そうねぇ。なんかほんとに顔色悪そうな感じ? お医者さんに連れてく? ……あ。こっちだと教会だっけ?」


 体調が悪くなったら医者にかかるのはこの世界でも同じだが、教会では寄付を行えば医療系の魔法を施してくれる。

 一応寄付なので額がいくらだろうと治療してもらえるが、所詮運営しているのは人間なので額次第では優先順位というものができるし、一定額以下では断る場合もある。理由は何かしらつけるだろうがな。


 もっとも、貴族は専属の医者や医療魔法使いを保有しているので、教会に多額の寄付をしてまで担当を確保することはあまりない。

 教会に多額の寄付をしてまで便宜を図ってもらおうとするのは、精々が常時雇っていられるだけの金がない下級貴族か、それなりに金を持っている商人かのどちらかだろう。


 俺も教会や孤児院に出資していたが、あれは貴族としての務めという意味合いが強い。慈善事業を行うのはそれなりの立場の貴族としては当たり前のことだからな。

 あの者らはどうしているだろうか? 今まで行っていた支援が消えることになるのだから、これからは大変になるかもしれない。一応できる限りの手を打ってはきたが、それでも数年後には何かしら動かないと厳しくなるだろう。


 だがまあ、教会にあまり厄介にならないと言っても、それでも教会を敵に回すのは利口ではない。何せ教会とは、言い換えれば宗教家の集まりだ。教会に所属するほど熱心な宗教家達が動き出せば、それなりに面倒なことになる。


 寄付の引き換えに行なっている治療活動をやめるだけで、その原因となった者は市民からの突き上げを喰らうことになる。


 なんらかの式典の際には教会の上層部から人を呼ぶが、敵対してしまえば来るわけがない。特に今この国は、もうすぐ天武百景という大きな催しが行われるのだ。その際に教会の関係者が来なければ、周辺の国から後ろ指を刺されることになる。

 教会からの医療魔法つかいの派遣がなければ、天武百景の運営自体が怪しくなる可能性すらある。


 たとえ一地方の小さな教会であったとしても、蔑ろにしていいわけではないのだ。その場所は寂れていたとしても、教会の所属であり、上層部に報告が行かないわけではないのだから。


 もし何かやらかして敵に回られることになったら、原因となったどこかの誰かは、それがたとえ貴族だったとしても家を潰されることになるだろう。


 もっとも、それは本当に最悪の場合の話だが、そんなわけで教会を敵に回さないようにするためにも、国としても国内の教会や孤児院が困っていたら手を差し伸べるだろう。申請すれば補助金も出るのだから、まあ暮らしていくぶんには問題ないはずだ。


 ——と、話が逸れたが……子供をどうするのか、か。

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