第45話襲撃者との戦いの結果

 


「で、でも、ほらっ! お前は貴族だって話をしてたじゃないか!?」

「そんな話をどこで聞いた?」

「あの自称お姫様の女の子と話してたじゃないか!」


 俺が貴族ではないと聞き、急にそれまでの雰囲気を消して慌てた様子を見せ始めた襲撃者だが、俺はその言葉に笑いが抑えきれなかった。


「自称……くくっ。ああそうか。確かにアレとは話したかもしれんな。だが、それは過去の話だ。昔は貴族だった、というだけだ。現在は違う」

「そ、んな……。う、嘘だ! だってさっき男の人を捕まえていじめてただろ!」


 なるほど。スティアとの話を聞いたから、というのもあるが、あの場面を見ていたから俺を『悪い貴族』と判断したのか。まあ、他者から見た限りではその通りかもしれんな。


「いじめではなく罰だ。あの男はスリをしていた。それを見つけたから捕まえただけだ」

「じゃ、じゃあそのまま衛兵に突き出せばいいはずだ! なんであんなことしたんだ!」

「……仮にスリを行った者を衛兵に突き出したとして、その後はどうなる?」

「え? それは、ちゃんと裁きを受けて……」

「そうだな。裁きを受け——死ぬだろう」

「なんでっ!」

「盗みとは、それだけ重いのだ。この街は特にな。この街は、この国唯一の港だ。そんな場所で騒ぎを起こしてみろ。そしてその相手がもし他国の者であれば、どうなると思う? 最悪の場合、たかが人間一人程度の命では収まらない事態になるぞ。故に、どれほど些細な罪であろうと厳しく対処するのだ」


 もしスリを働いた相手が、他国の重役、あるいはその縁者だった場合、交易で成り立っているこの街は多大な被害を受けることになるだろう。

 そしてその補填をするためには、金が必要となり、その額は一般の者が人生を賭したところで稼げるような額では済まなくなる。

 だからこそ、この街での犯罪に対する罰は重くなるのだ。たとえ、他の町であれば見逃してもらえるようなことだったとしてもな。


「もしかしたら、場合によっては見逃してもらえることもあるかもしれんが、俺は衛兵ではないのでな。実情などわからん。だが、捕まれば今後の人生を壊されることになるかもしれんという可能性は偽りではない。であれば、そのような場所に放り込むよりも、個人的に罰を与えて改心させた方が良いと判断した。それは私刑であり悪だというのなら、別に構わない。俺は誰かに褒めて欲しくて動いているわけではないのでな」


 あの者は確かに悪人ではあった。だが、だからと言ってすぐに死ぬべきだと言えるほどかというと、そうではない。

 殺しなどの重罪であれば迷う必要もないのだが、スリ程度であれば、一度くらいは立ち上がる機会をあたえるべきだろうと思うのだ。


「そも、これまで伝え聞いた噂や貴様の言動からするに、貴様の目的は『悪しき貴族』を倒すことを目的としているのだろう? 今のやり方では、貴族そのものを敵としているように思えるがな」


 そう。この女の言い分は、どこかチグハグな印象を受けるのだ。口では『悪しき貴族』を狙っているようなことを言っているくせに、頭の中では『貴族=全て悪』と思い込んでるような、それでいて貴族の中にはいい者もいると理解しているような言動をしている。

 どうしてそんなおかしな考え方になっているのかわからぬが、そのことについては話したくないのか、俺が問いかけると襲撃者の女は狼狽えた様子を見せ、逃げ出そうと背を向けた。


 ——だが、逃がさん。


 逃げ出そうとした襲撃者へとフォークを投げつけて動きを止めている間に接近し、取り出した布を巻き付けて拘束する。


「すまぬが、逃すわけにはいかんのだ。心情的には理解できないわけでもない。この国の貴族は愚か者が多すぎる。貴族としてはずべき行いをしてもそれを恥とは思わぬのだからな。だが、中にはまともな者もいる。そんな者さえも襲うつもりでいた貴様を放置すれば、この国は混乱することとなる。場合によってはより一層民の生活が脅かされることとなるやもしれんのだ」


 この者の言葉からして、過去に何かしら貴族がやらかし、それによって害を被ったのだろう。そしてその害とは、この者の人生を変えてしまうほどの大きなこと。

 そんなことを繰り返す愚か者どもは死んでも構わんが、死んだら死んだで面倒が起こるものだ。

 まあ、それは国の膿を取り除くための傷と考えれば良いかもしれんが、この者のやり方ではその傷を直す役目を持った貴族達さえ殺しかねない。それはまずい。


「理由は理解した。その不満が不当なものだとは言わん」


 法は民を守るために存在しているものだが、その法では守りきれない、むしろ傷つけてしまうことは多々ある。

 そして、法を利用し、他者を傷つけ、私腹を肥やす者もいる。今の貴族達がそうだ。本来は民を守る存在であるはずなのに、何を勘違いしたのか民を虐げている愚か者ども。そんな者どもに不満を持つのはおかしなことではない。


「だが、貴様は間違えている」


 今の状況を変えたいのならもっと違う手段を取るべきであり、ただ復讐をしたいだけなのだとしても、その対象は選ぶべきだ。

 でなければ、この者の想いは、そこらの犯罪者と同じものに成り下がる。事実、この者は貴族ではない俺を殺そうとした。それはもはや、ただの無差別殺人犯だ。


「それは……でもっ!」

「言い訳など聞かんよ。人を襲い、殺そうとした事実は変わらんのだ。殺そうとしたのだ。捕まれば処罰されることは理解しているだろう?」

「でも、だってっ……ボクは! お前達が! お前達が先にみんなを殺したんじゃないか!」

「それは……いや、待て。貴様何をして——」


 言い訳というにはあまりにも感情を剥き出しにした言葉。

 しかしその言葉を聞いても結果は変わらないのだと告げようとしたところで、異変が起きた。


 布で捕らえている状況自体は変わらない。だが、その布の内側、籠手と脛当てから炎が湧き上がったのだ。


「ママもパパも、お姉ちゃんも弟達も! みんなお前達貴族のせいで! 貴族なんてものがいるからいけないんだ!」


 襲撃者の感情に比例するように炎は強くなり、その炎は襲撃者自身も飲み込み始めた。

 そんなことをするのだから熱耐性の効果でもあるのかと思いきや、そんなものはなかった。

 襲撃者が身に纏っているローブが燃え、その奥にあった髪までもが燃え始めたのだ。


「貴様っ! それ以上は自身も焼け死ぬことになるぞ!」

「なんでボクだけ死ねなかったんだ! なんであの時ボクだけがっ……!」

「ちっ! 馬鹿者めが! 自殺でもするつもりか!」


 このままでは焼け死んでしまうと拘束を緩めると、襲撃者の女はすぐさま逃げ出し、体に巻きついたままの布と炎を纏ったまま屋根魔で飛び上がると、そのまま屋根の上を走り抜けていった。


「貴族などいなければ良い、か……」


 すでに貴族ではないとはいえ、その言葉は貴族であることを誇りに思っていた心に、ちくりと針が刺さったような感覚を残した。


「ひとまず、この場を離れるとするか」


 大きな音を立てて暴れたこともあるが、あのような炎の塊が発生したのだ。いかに腐敗していたとしてもそう遠くないうちに衛兵が来るだろう。

 その者らに捕まる前に、俺は一旦路地裏のさらに奥へと消えていき、その場を後にした。


 ——◆◇◆◇——


 俺が宿に戻るとスティアはすでに戻ってきており、なぜかまた俺の部屋で待機していた。

 今更その程度のことで文句を言っても何が変わるわけでもないのでため息を吐くだけにし、スティアと軽く話をしてから夕食を取るため宿の食堂へとやってきていた。


「ねえねえ聞いた? なんか街中でバトルがあったっぽいんだけど、やっぱりこういうのってどこの街にもあるものよね! みんなおとなしくってびっくりしたけど、ちゃんとあるわよね。安心したわ」


 夕食をとっている最中、スティアは自由行動中に見聞きしたものを楽しそうに話しているが……知っているも何も、それは俺だ。


「バトル……ああ。一応は知っているな。だが、どこの街にでもあるといえばそうだが……それほど安心する要素があるか? むしろ街中での勝負など、不安になる要素しかないと思うのだが?」

「え? なーに言ってんのよ。街中での喧嘩は暮らしの華っていうじゃない」

「初耳だが?」


 火事と喧嘩は江戸の華というが、それと同じようなものだろうか? だが、普通は喧嘩など近くで起らないに越したことはないと思うのだがな。この国でも、普通に生活しているものからしてみれば喧嘩などというものは避けたい出来事だろう。


「えー? ぷぷ〜。そんなことも知らないの〜? いい? 人が集まればどこだって意見の食い違いから喧嘩は起こるものなのよ。それをダメだって全部抑制してると、その方がダメでしょ」

「ふむ。まあ言わんとしていることは理解できるな」


 要はストレス発散の機会が必要だということだろう。その点に関しては同意できる。


「でしょ? んでんで、嫌なことがあって、お互いに納得できないなら、それはもうあとは拳で決めるしかないじゃない。拳で決めて、勝った方が正しいってすれば、みんな納得でしょ?

 それに、見てる方も楽しいでしょ?」

「……途中までは理解できたが、突然理解できなくなったな。なぜそんな乱暴な考えなのだ?」


 嫌なことがあったとしても、お互いに納得できないことがあったのだとしても、お互いの言い分を聞き、法に照らし合わせて対応するのが人の世というものだと思うのだが?


「乱暴って……そう? だって、人に限らず生き物なんてそんなものでしょ? 変に言葉を重ねて権力がどうこうってしたところで、遺恨はどうしたって残るもの。でも、当事者同士で喧嘩してそれでおしまいにしておけば、仕方ないって思うでしょ? 自分が負けたんだから悪いんだ、って」

「だが、それだと体の弱い者はどうするのだ。腕力に劣る者は、他者の言いなりとなるしかないではないか」


 生まれつき強い者がいる。生まれつき弱い者がいる。それら両者を同じ条件で戦わせるというのは、公正ではない。


「そんなの鍛えればいいじゃない。武器も道具も魔法も禁止してないんだし、使えるものを全部使って勝てばいいでしょ? あ、でも数を揃えるのはダメね。一対一でバトるからいいのよ」

「鍛えても強くなれない者はいるだろう? 元々病弱な者は? 戦いに拒否感をもつ者はどうする」

「え? 知らないわよ。死ねばいいんじゃない?」


 なんでもないことかのように言い放たれたその言葉に、俺は一瞬反応することができなかった。だってそうだろう? 戦えなければ死ねというのは、どう考えても普通ではないのだから。

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