第47話医者には行きたくない?

 


「どちらでも構わんが、体調が悪い程度だと医者だろうな。だが、その前に保護者を見つけるところからだろう。勝手に連れていけば、こちらが誘拐犯となるぞ」

「あ、そっか。でも……いなくない?」


 スティアが辺りを見回すようにキョロキョロと頭を動かしたが、周囲には子供を探しているような人物は存在していない。


 そもそも、この辺りに保護者はいない可能性がある。この少女くらいの年齢であれば一人で行動することを許されているだろうし、一人で家を出て迷った、ということであれば親も近くにはいないはずだから探しても見つからないだろう。


 故にどうすべきか迷うところなのだが……


「そうだな。お前は見つけることができないのか? あの少女の匂いを辿って、というようなことが」


 獣人は身体能力が高く、嗅覚も、本物の獣ほどではないが人間よりも高いと聞く。

 そこにさらに魔法による強化を重ねれば、本物の獣同様匂いで追跡することも可能になる。

 この少女が一人で迷ったのだとしても、所詮は子供の足だ。家からはそう遠く離れたりはしないだろう。探せば思ったよりも近くにあるかもしれない。

 もっとも、それを王族であるはずのスティアができるのか、と言ったらわからないが、さてどうだろうか。


「できなくもないけどぉ……それやるにはすっごい匂い嗅がないといけないのよねー。こんな可愛い女の子のことを匂い嗅いでたら、やばい人みたいじゃない」


 確かに、少女に顔を寄せて深く匂いを嗅いでいるものがいたとしたら、その者は警戒に値する人物と言えるだろう。だが……


「元々頭がヤバい人なのだから気にするな」

「頭がヤバい人ってなに!?」


 スティアは目を見開いて驚き、心外だと言わんばかりにこちらを睨んでいるが、無視だ。


「今はお前の評価よりも、あの少女の保護者を探す方が優先だろう」

「そーかもだけどー。……後で喧嘩よ喧嘩! 私の評価を改めさせてあげるんだから!」

「昨日負けたことをもう忘れたか」

「ふふん! 今度は私も魔創具を使わせてもらうんだから、あんなことにはなんないもん!」


 そういえば、スティアの魔創具を見たことがないな。道中の戦いなんて俺がフォークを投げておしまいだったからな。最初にあった際に見せてもらえそうではあったが、あの時は首輪のせいで魔創具が封じられていたために見ることはできなかった。その後は……思い出したくないが色々あって機会がなかったので見ていない。


 せっかくだし見せてもらうのもいいかも——ん? 今、笑ったか?


 スティアの馬鹿話に付き合っていたのだが、ふと、それまで無表情だった少女がこちらを見て笑っていることに気がついた。


 これは……まだ声をかけてはいなかったが、今から離れるのは難しいな。

 元より放置するつもりはなかったが、余計に使命感のようなものが感じられた。


「本人に聞くのが早いか。そもそも迷子の類ではないかもしれん。それ以前に、話しかけてすらいないのだから探す探さないという話ではないだろう」

「あ、そういえばまだ聞いてなかったわね」


 なんだか探す方面で考えていたが、それは本人の意見を聞いてからにすべきだろうというと、スティアは一つ頷いてから少女の方へ近づいていった。


「ねえ、そこのあなた。あなたのパパやママはいるかしら?」


 少女の前にしゃがんで優しく話しかけたスティアだったが、少女はスティアの問いかけに首を横に振ることで答えた。


「そう。やっぱりいないのね」

「ふむ……。では、お前は孤児か?」


 見た目がボロだったことからの問いかけだが、俺の問いかけに少女は一瞬だけ間を置いてから首を横に振った。

 首を振る前にあった〝間〟が気になるが、複雑な事情があるのかもしれん。例えば、今の保護者は親ではなく親戚だ、などといったな。もしそうであれば、保護者たちから疎まれているかもしれんし、孤児か、と聞いておかしな反応を見せたことも理解できる。本当の親がいない、という点では同じだからな。


「家はどのあたりなのかもわからないのか?」


 今度は俺が問いかけてみたが、帰ってきたのはまたも首を振るだけで、言葉は一切返ってこない。


 そのことを訝しみ、少し踏み込みすぎかとも思ったが問いかけることにした。


「……答えたくなければ構わないが、喋ることができないのか?」


 首を縦にも横にも振らない。

 これは、喋ることはできるが、喋りたくない、といったところだろうか?


「まあいい。なんにしても、保護者を探す必要はあるだろうが、いないのであれば仕方ない。先に医者に連れていくか。連れていけば、そこでなんらかの情報が手に入るかもしれんからな」


 保護者を探していたら、その前にこの少女が倒れる可能性がある。であれば、仕方ないが先に医者に連れて行き、それから保護者を探す方がいいだろう。


「医者で情報?」

「そうだ。医者など、そう乱立しているわけでもない。ひとつの区画に一つあれば良い方だろう。故に、医者で聞けばこの少女がどのあたりに住んでいるのかくらいはわかる可能性がある。住民は何かあれば一番近くの医者に向かうものだからな」

「あー、そかそか。その医者が知ってればその周りに住んでるってわけね。でもさー、流石に治療に来る人のこと全員を覚えてるわけじゃないでしょ?」

「だろうな。だが、この少女の髪は目立つ。一度見れば、どこの誰とはわからずともそういう人物が来たことがある、くらいは覚えているものだろう」


 この世界であっても、銀の髪というのは珍しい。正確にいうのであれば、この街においては、だな。異種族の中には銀の髪というのもいるものだ。

 だが少なくともこの街には銀の髪の者は少ないので、見れば覚えているだろう。


「なるほどねー。それじゃあさっそく医者に行きましょ——うぅん?」


 そう言いながらスティアは立ち上がったのだが、その言葉は最後まではっきりと紡がれることはなく、不思議そうな声を漏らすこととなった。

 みると、少女がスティアの服の裾を掴んで見上げている。


「……ねえ、この子さあ、なんか行きたくないっぽい感じがするんだけど?」


 確かにそのような感じがするな。だが、行きたくないと言われても、倒れられては困るのだがな。


「医者は嫌か?」


 俺が少女の前にしゃがんで問いかけると、少女は無言のまま首を横に振った。

 医者が嫌いではないのに、行きたくない? もちろん嫌いではないからと言って好きであるというわけでもないだろうが、それでも「行こう」と提案しているのにそれを拒絶するのは、何か理由があるのだろうか?


 俺たちが他人だからついて行きたくない? であれば、そもそも俺たちから離れていけばいい。こんな服を掴んでまで引き留める必要はないはずだ。

 ならば、考えられることは……


「金の心配をしているのならば気にするな。こちらが勝手にやることなのだから、診察費用を出すくらいはしよう」


 医者にかかるには金がかかる。医者に行けばそれを自分が、あるいは保護者が払わなくてはならないとなれば、はっきりとわかるような異状があるわけでもないのに医者には行きたがらないものだろう。

 それを肩代わりしてもらえるとなれば、普段医者にかからない者たちからすればありがたいことではないだろうか?

 俺たちの状況から言って無駄遣いしてる場合でもないのだが、ここで見て見ぬ振りはできない以上これは必要経費だ。


 そう思って提案したのだが、少女はまたも首を横に振った。


「会ったばかりの俺たちが色々とやることに疑問や不安があるのか?」


 会ったばかりの俺たちが自分のために金を使うのはおかしい。金を払うことで何か危ない事をさせられるのでは、というような事を考えているのではないかと思っているのでは?

 そう少女が思っているのではないかと考えたため、いっそのこと聞いてしまおうと思い問いかけたのだが、少女はこの言葉にも首を振った。


 俺たちと一緒にいたいと思ってもらえる程度には信用されている。

 金を払ってもらうことが問題というわけでもない。


 では、いったい何を思って断っているのだろうか?


「……何か医者に行けない理由でもあるのか?」


 俺が問いかけると、少女はそれまでの反応とは違い、躊躇いがちに頷いた。


「そうか……」

「でもさー、体調悪かったりしない? 大丈夫なの?」


 スティアの言葉に少女が頷いたが、あの顔色はどう見ても体調が悪い人間のそれだ。


 ……いや、もしかしたらそういう種族、あるいはその血統なのかもしれないか。見た目が人間だから考えに入っていなかったが、ハーフやクォーターかもしれない。であれば、あの肌の色が標準でもおかしくないだろう。


「そっか。なら、しょうがないから、医者に行かないで探そっか」

「では衛兵に……衛兵もダメか」


 手っ取り早く探すために衛兵に連れて行こうかと思ったのだが今度はスティアではなく俺の服を掴んで止めた。


 しかし、医者に続き衛兵もか……。

 医者は理解できる。体調がなんだと騒いでいたのは俺たちであって、ただの勘違いだった。そもそも初めから体調など悪くなかったのだから、医者に行く必要がない。だからこそ断り続けていた。

 医者には行けない事情というのも、自身が混血だということ内緒にしているのであれば仕方ないだろう。


 だが、衛兵に行けないというのはわからない。

 衛兵に行って、迷子だといえば保護者を探してもらえる、あるいはそれまで保護してもらえるだろう。この少女の保護者とて、いつまでも家に帰ってこなければ探すだろうし、その場合は衛兵のところへと向かうだろう。

 だからこそ、迷子は衛兵の元へ送るのが最も良い手段だと言える。

 それがわからないわけでもないだろうに、それでも断るということは、何かしら衛兵に関わることができない事情があることになる。

 その事情とは何かといったら……

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