第42話海に到着して、そのあとは……?
「——なぜお前がここにいる?」
「ふえ……? ……ふわあぁぁ……んみゅ」
翌朝。起きたらなぜか阿呆が俺のベッドで寝ていた。
なぜここにいるのかわからない阿呆を起こしてわけを聞こうとしたのだが、この阿呆はまた寝ようと一度開いた目を再び閉じた。
「寝るな。起きろ」
「んむぇ……なあにぃ?」
二度寝しようとしたスティアの肩を掴み乱暴に揺することで強引に目を覚まさせる。
「昨日お前は隣の部屋で寝たはずだが、どうしてこの部屋にいる。それも、なぜ俺のベッドで寝ている」
「んー。んっとねー、昨日はなんか知らないうちに寝ちゃったっぽいんだけど……あっ! っていうか聞いてよ! あんた部屋を入れ替えたでしょ!」
最初は寝ぼけたように話していたスティアだったが、途中でハッとした様子で目を開くと大声で不満を口にした。
「それ以外方法がなかったからな」
「そのせいでとんだ大恥かいたじゃない! 起きたらあんたの姿がなくって、じゃあ隣の部屋に行こうって思って隣の部屋に行ったら、まったく知らない人の部屋だったんだけど!」
確かに、あらかじめ部屋が変わっていることを知らなければ、右隣が俺の部屋、などと覚えていた場合は間違えるだろう。
「鍵はかかってなかったのか?」
だが、この宿は全室鍵がかかっているはずだ。その部屋の住人は鍵をかけ忘れたのだろうか?
「かかってたわ。でも、ドアをガチャガチャやってたら開けてくれたのよ。そしたら中にはあんたじゃなくって赤い髪の女の人がいてさぁ。ほんともう、すっごいびっくりしたんだから!」
「それは向こうも驚きだろうな。朝っぱらからいきなりドアをガチャガチャなんてやっていれば、不審に思われ攻撃されてもおかしくないぞ」
「あ、うん。なんかナイフ持ってたからすっごい怖かったわね。ま、そこで攻撃されないのは私の美貌の為せる技よね。可愛いと攻撃なんてしたくなくなるもの。あ、それで、そのあとは部屋の番号をなんとか思い出してこっちに来たのよ!」
「そうか——いや待て。どうやって開けた?」
俺は寝る前にちゃんと内側から鍵をかけていたし、この部屋の鍵は俺が持っていたから入れるはずがないのだが……
「宿の人に頼んだわ! あんたが起きてこないから開けてって」
「なるほどな。宿の者を使う程度の頭はあったか」
そうか。鍵がなくても従業員に言えば開けてもらえるか。昨日俺達が泊まった時に対応した者がいれば、俺達が仲間だと言うことは証明できるのだからな。
「ひどくない!?」
「それはいいとして、ではなぜここで寝ていた?」
「あんたのことを見つけたはいいんだけど、ほら、まだ朝早かったから眠くってね? ベッドですやすやしてるあんたをみたら私も眠くなっちゃて、ちょっとくらい横になってもいっかなー、って」
「よくない。二度とやるな」
「なによー、もー……」
なぜ起しに来たのに一緒に寝ると言う発想になるのだ、この阿呆は……。これが他者へとバレたら、後々面倒なことになりかねないのだぞ。そのあたりのことを……まあ、考えていないのだろうが、もう少し考えろと言いたい。
「まあいい。せっかく起きたのだからもう動くか。ああ、ところで手紙はどうなった? 準備はできているのか?」
「え? えっと、手紙ね。ああうん。まあ、それなりに?」
この反応、こいつもしかしてまだ手紙を書いていないのか? 昨日はやけに手紙を書き終えるのが早いと思ったが……
「まだ用意していないな? 朝になったら出しに行くと言っただろう。早く書け」
「うーんと、そんな急いで出す必要もないんじゃないかなー、って思ったり……」
「急ぐ必要はある。さっさと用意しろ」
「えー……」
「書け」
「はーい……」
そう返事をし、渋々と動き出したスティア。
椅子に座り手紙道具を手にしたが、手紙を書く手が一向に動かず、俺がそれをせかしながらなんとか最低限の文だけは書かせることができた。
なぜ俺がここまで面倒を見なければならないのかわからないが、まあいい。とりあえず手紙は書けたのだ。出しに行くとしよう。
……ああ、だがその前に朝食か。昨晩は外で食べたからな。この宿の食事がどの程度なのかわからない。それなりのものだと嬉しいのだがな。
——◆◇◆◇——
宿で朝食を取り終えた俺達は、宿で信頼できる傭兵ギルドを教えてもらい、そこを訪ねて手紙を渡してきた。郵便局、などと言うものがなく、交通網も発達していないため、こうして傭兵に頼まなければならないのは些か面倒で不安が残るが、こればかりは仕方がない。
ともかく、手紙を出し終えたのだ。これであとは向こうの対応待ちだろう。
対応といっても、ここから向こうに手紙が届くまで一週間以上はかかるだろうし、向こうからこちらに手を打つのも同じく一週間以上かかるだろう。そうなると、最低でも二週間はここにとどまっていないといけないことになるのだが……それまでこの阿呆が大人しくしているだろうか? 明日にでも次の街に行きたいとかい出したら、ネメアラの者と合流することが難しくなるぞ。
……念の為、ネメアラの本国にも手紙を出しておいたが、そちらはより一層対応が遅くなるだろう。あくまでも攫われたままではないのだ、と知らせる程度の意味合いしかない。
「いやー、清々しいわねー。まるで刑期から解放された囚人のようね!」
「手紙如きで何を大袈裟な。それほど大した文量を書いたわけでもないだろうに」
「誰かに手紙を書くってこと自体が久しぶりだったんだもん。そりゃあ疲れるでしょ」
「まあ良い。なんにしても、やるべきことは終わったのだ。あとは自由行動でいいな」
流石にこいつが阿呆だと言っても、そう簡単に問題を起こすようなやつでもないだろう。自国にいた時は城を抜け出して街で遊んでいたようなことを話していたのだから、一般人に紛れて街で過ごす方法も理解しているはずだ。
「いいけどぉ……お金ちょうだい」
「ああ……そういえばまだ渡してなかったか。無限にあるわけではないのだから大切に使え。なくなったとしても追加はないぞ」
「はーい! 夕食までには宿に戻るからー!」
俺が渡した金を受け取ると、スティアは子供のような笑みを浮かべて元気に走り出して行った。
……少し心配だが、まあ大丈夫だろう。
「さて、俺は俺で行動するか」
そう口にしてから俺は街を歩き出した。
「聞いたか? 北の方の国で魔王が出たらしいぞ」
「マジかよ。でもこの国にはなんもないだろ?」
「多分な。天山の魔王みたいなヤバいやつでもない限り、よその国に援軍を要請なんてこともないはずだからな」
だが、歩き出したとは言っても、特に何かをやりたいという目的があるわけでもない。
人々の噂話に耳を傾けながら、思うがままに足を進めるだけだ。
「また貴族狩りが出たってさ!」
「お、そうなのか? 今度はどこのクソ野郎だ?」
「隣の領のなんとか、ってやつだな」
「隣か……。なら、今はこっちに来てるかもな」
「かもな。ちょうどこの街にゃあ相応しいのがいるしな」
やはり、この街は海産が安いな。まあ、ここで安くなければどこに行けばいいのだ、となるか。
塩の買い溜めは……しておくか。いつスティアが街を離れたがるか分からないし、あって腐るものでもない。持っておけばいきなり旅に出ることになったとしても出ていける。
たくさん買っても、圧縮の魔法を施しておけば持ち運びは邪魔にならない。
「なんか、王都方面が荒れてるんだが、知ってるか?」
「荒れてる? いや、全然知らなかったな」
「まあ、荒れてるって言っても、一部だけだな。なんでも、傭兵や商人の一部が王都から離れて、あと教会もなんか騒いでるらしい」
「教会ってことは……またなんかやらかした貴族がいるのか? 傭兵たちはとばっちりを恐れて、って感じじゃないか?」
「かもな。まあ、しばらくは王都には行かないほうがいいぞって話だ」
そういえば、まだまともに海を見ていなかったな。宿の窓からは見たが……せっかくだ。近くまで行くか。
「海か……本当に久しぶりだな」
前回に見たのは……三十過ぎくらいの頃だったか。それから数十年に、こっちでの十数年。だいぶ長い時間が経っているな。
感慨に耽りながら海沿いの道を歩き、人気が少なくなったあたりの岩場に腰をかける。
ザザンと波の音と、それと調和するように混じる人の声を耳にしながら海を眺めた。
「……海に着いたはいい。だが、これからどうしたものか」
少しの間ボケッと海を見ているだけだったが、一度深呼吸をすると、不意にそんな言葉が口からこぼれた。
それも仕方ないだろう。今の時点でやりたいことなど終わってしまったのだから。
家を追い出された。行く宛がないからとりあえず海が見たかった。海に来た。……さあどうすればいい。
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