第41話お手紙を書く
「……そういえば、この街とも商売でくることがあると言っていたか? その相手がどことまでは聞いていなかったが、しばらく留まっていれば運が良ければ会えるか」
街を歩きつつ、商人達の声を聞いていると、ふと知り合いの商人たちの顔が思い浮かんだ。
俺が貴族をやっていた時は御用商人がいた。俺が家を出てくる際に色々と頼んだ者達だな。
以前あいつらと話をした際に、いつかは海にも手を出したいと話をしていたし、この街には拠点はないが買い付けでくるとも聞いていた。
なので、もしかしたら会えるかもしれない。
もっとも、いつまでここにいるのかわからないからなんとも言えないが。
「え? 何が?」
「ん。ああ。知っている商会がこの街とも商いをしているという話を聞いたことがあってな。もう少し話を聞いておけばよかったかと思ったのだ」
「あー、ね。まあいいんじゃない? なんの前情報もなく初めての場所っていうのも、楽しいでしょ?」
俺は何も知らないという状況を恐ろしいと思うが、楽しいと思えるお前のそれは才能だと言えるだろう。
だが、こうして旅に出たいだなんて考えてここまできたのだから、俺も多少は何も知らない楽しさというものを望んでいるのかもしれないな。
「そうだな。……ところで、お前はこの街に知り合いなどはいるか?」
一応この街は海があり、ネメアラにも海がある。そして海を利用しての商人の行き来はあるのだから、知人がいる可能性もないわけではない。
「はあ? そんなのいるわけないじゃない。あ、でも多分ネメアラとも取引してるんだったら、もしかしたらいるかもしれない、かな?」
どうやら知り合いがいる可能性はあるようだ。であれば、もしその人物に会うことができれば、こいつを引き渡すことができるだろう。
「それは船員だけということか」
「船員ってより、船長とか? なんかそういう階級持ってる人の中にはもしかしたら〜、くらいの感じね。でも多分いないと思うわよ? 私はあんまし表に出なかったし」
「そうか……」
確かに、王女が一般兵と知り合いと言うわけにはいかないか。
だが、流石にただの兵や民間の商人に渡すのはまずいだろう。どうしたものか……
「それがどうかしたの?」
「いや、たいしたことではない。知り合いがいるのなら、押し付ければ送り返すことができたのではないかと思ってな」
「んまっ! ひどいじゃないそんなこと考えるなんて!」
「人の首に隷属の首輪をはめる阿呆よりはひどくないだろ」
「そ、それはぁ……そのぉ……もう。いいじゃないそんな終わったこと。いつまでも言ってると私から嫌われちゃうわよ?」
「終わったことではなく、現在も続いていることなのだな。それに、お前から嫌われたところで何か問題があるか?」
「えっと……えへ?」
頬に右手の人差し指を当てながら可愛らしく首を傾げて誤魔化そうとするが、首輪をはめられた俺からすればイラつく動作でしかない。
スティアの頬に手を伸ばし、思い切りつねる。
「ぎゃああああ! いふぁいいふぁいいふぁい〜!」
王女であるこいつにこんなことをするなんて不敬どころの話ではないが、赤くなった頬を押さえている姿を見て、多少は溜飲が下がった。
「さっさと行くぞ」
「うう……はーい」
少しだけ気分の良くなった俺が歩き出すと、赤くなった頬を抑えたスティアはトボトボと俺の後を追い、宿を探すために再び歩き出した。
——◆◇◆◇——
「宿は無事に取れたか」
無事に宿を見つけることができた俺達はそれぞれの部屋で休むこととなった。
「そーねー。ようやくかったい地面とか藁のベッドとかとはおさらばね!」
「……なんでここにいる?」
——はずなのだが、なぜかスティアは俺の部屋のベッドに腰をかけている。
「え? なんでって、一緒いこの宿に泊まったじゃない。っていうか、お金出したのあんたでしょ?」
「そうではない。お前用の部屋は別にとったはずだ。なぜこの部屋に来ているのかと言っているんだ」
「だって部屋で一人とか寂しくない?」
この宿はそれなりに金がかかっているため、広さも設備もなかなかのものだ。
本当ならばもっと安い宿にするつもりだったのだが、これでもあの阿呆は王女なのだ。下手な宿に泊まらせるわけにはいかない。
どうせ後でネメアラから金を回収すればいいのだから、多少の無駄遣いは許容範囲だろう。
そう考えた結果、この宿は普通の宿よりも広いのだが、それでも王族の住まう城に比べると圧倒的に狭いはずだ。
「お前、仮にも王女だろう? この程度の広さであれば、慣れているのではないか?」
「あー、まあそれはそうなんだけどー、それでもほら。寂しいことに変わりないじゃない。それに、お城の時は部屋に一人って言っても、実際には付き人とかいたから一人じゃなかったし?」
確かにこの部屋に専属の付き人などと言うものはいないが……
「……まあいいが、寝るときは部屋に戻れよ。王女と同じ部屋で寝たなどと噂が立つのはごめんだぞ」
流石に王女を保護したといえど、二人で同じ部屋に寝ると言うのは問題がある。というか、問題にしかならない。
「えー。ひどくなーい?」
「ひどくないな。お前も王女なのであればその辺りをもっと気にしておけ」
自身の置かれている立場や状況というものを気にしなさすぎているスティアに、思わずため息を吐き出してしまった。
「それよりも、手紙は書いたのか?」
俺はこの阿呆を連れて行く条件として、ネメアラの使節団に自身の安否を知らせる手紙を書くことを提示した。そしてこいつはその条件を飲んだのだから、この宿に着いて真っ先にやるべきことは手紙を書くことのはずだ。
宿に着いてすぐにこの部屋に来たのだから、書いていないことは確定なのだが、急かすためにあえて問いかけてみることとした。
「んー……まあ、そのうちねー」
「書くものはフロントで買っただろ。明日の朝にでも出しに行くのだからさっさと書いてしまえ」
「でもさー、やらなくていいことは頑張れるけど、やらないといけないってなると途端にやりたくなくならない?」
「知らん。いいから書け。書かなければ明日は外出させないぞ」
「ええー! なんでよー!」
「当たり前だ阿呆。使節団に手紙を出すというからここまで同行を許したのだ。出かけることそのものを禁止したわけではない。ただ手紙を書けと言っているだけだ」
「うう……わかったわよ、もう」
話し合いを経て、渋々立ち上がったスティアは自身の部屋へと戻るべく立ち上がった。
「紙が足りなくなったらこの宿の者に言え。もらうことができるだろう」
その際、チラ、チラ、と無駄にこちらへ振り返ってきたので、その行動については特に反応することなく補足だけ伝え、それ以降無視することとした。
顔を逸らされ、無視されたスティアは不満そうに唇を尖らせながら部屋を出ていった。これでしばらくはおとなしくなるだろう。
「こちらも手紙を書いてしまうか」
スティアからの手紙がないことには始まらないが、それだけではうまく状況を説明できているのかわからない。何せ、書く本人が〝アレ〟なのだ。こちらでも状況を説明するための手紙を書く必要がある。
それに加え、うまく合流できるように今の居場所や次の行き先なども伝えておかなければならない。もっとも、次の行き先はまだ決まっていないから、おおよその方角だけになるだろうが。
「ただいま〜」
手紙……と言うよりも報告書を書いていると、なぜかスティアがこちらの部屋に戻ってきた。まだ手紙を書き始めてから大した時間が経っていないのに、どうしたのだろうか?
「なぜ戻ってきた? 何か忘れ物でもしたか?」
「え? ううん。だってあっちで一人だと寂しいって言ったじゃない」
「……本当に寝る時には戻れよ?」
「わかってるってば」
無理に追い出したところでどうせまた戻ってくるのだろうと判断し、放置することにした。
俺に無視されても、誰かがそばにいるだけで満足なのか、スティアは話しかけてくることなくベッドでゴロゴロと休み始めた。
「……全然わかってなかったではないか、阿呆が」
しばらくして、報告書を書き終えた俺は手紙を乾かすために軽く魔法を使い、乾いたのを確認するとそれを折りたたんで封をし、立ち上がる。
と、そこでスティアの存在を思い出し、やけに静かだなと思いながら振り返ってみると、そこにはベッドですやすやと眠っているスティアの姿があった。
「手に持っているのは……爪やすりか? ……一応女性的な備えもできるのだな」
手紙を書くための道具をフロントで買ったが、その時に必要なものを最低限買わせた。俺では女性が暮らすのに何が必要になるのかわからないからな。自分で選ばせた方がいい。
そう考えて金だけ出したのだが、どうやらその中に爪やすりなんてものがあったようだ。
だが、爪を整えるのはいいとしても、それをやりながら眠るというのはどうなのだ? それだけ疲れていたと考えることもできるが……
「手紙は……最悪の場合名前さえ書かせておけば問題ないか。どうせこちらの手紙とともに届けるのだから。今日はもうこのまま寝かせてしまおう」
ただ、こいつを隣の部屋まで持っていくのは面倒なので、このままこの部屋に寝かせよう。そして、俺が隣の部屋で寝ればいい。
「まあ、今日くらいはしっかり休め」
それだけ口にして、俺はこの部屋の鍵を持って外へと出ていった。
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