第43話『自由』は難しい

 

 落ち着いて考えてみるが、やることは……ない。やりたいことも……ない。

 何せ今まで公爵家の次期当主となるべく日々研鑽を積んできたのだ。

 魔法を学び、魔創具を作れるようになった時のために槍術を鍛え、魔力が切れて魔創具が使えなくなった時のために体術を鍛え、何か手元に使えそうなものがあった時のために他の武術全般も鍛えた。剣にナイフに鞭に盾。


 他にも、歴史に算術に経済なども学んだし、職人たちの技術も一通りの知識としては詰め込んだ。どうやってものが作られているのか知らねば、何か問題があった時にそれがどう影響し、どう改善すればいいのかわからぬから。


 だが、その代償としてアルフレッドに自由時間などなかった。学校に通い始める前から勉強し、学校に通うようになっても休みの日などなく鍛え続けてきた。

 大変ではあった。だが、それで良かったのだ。今の自分の研鑽が、いつか民のためになるとわかっていたから。

 今よりはるか昔、我が家門を興し、それを引き継いできた先人達の願い。貴族に課せられた宿命は、時に呪いとすら言われることもあるが、それとても〝重い〟。

 その重みを知っているからこそ、それを自分も継ぐのだと思うと誇らしくあった。


 故に、家の宿命に人生を捧げることを厭う者がいる中で、『私』はそのことに何ら忌避感などなかった。

 家を引き継ぐのに、先人の願いを受け入れるのに相応しい自分であろうとすることは誇らしく、楽しかった。

 人は思いを重ね、時代へと引き継いでいく生き物だ。その思いの受取人として在ることができる人生など、誇らしくないはずがない。


 しかし、その役目は失われた。それと同時に役目を果たすための研鑽も、消え去った。


 だから、このあとどうしていいのかわからない。


「……ひとまず、この魔創具になれることから始めるか。結局、この間のムガルクとの戦いも、魔創具であるフォークではなくそこらに落ちていた槍を使うことになったからな。何かを成すとは決めていないが、何かあったときに何もできないなど、貴族としての名折……れ……いや、もう貴族ではなかったな」


 しかし、貴族で亡くなったとはいえ訓練をするというのは変わらない。

 どうせやることもないのだ。であれば、効率や目標や道筋など、気にすることはない。やりたいことを、思うがままにやればいい。


「それがわかっていても、存外『自由』というのも難しいものだな」


 だが、ちょうどというべきか、今の俺のそばには自由に生きることに関するお手本がいる。あいつを見ていれば、俺も少しは楽しく自由に生きる方法を学ぶことができるかもしれない。


「そう考えると、あいつと出会えたのは幸運だったか」


 なんにしても、武力は必要になるだろう。そのためにも訓練をしなくてはな。


「ふむ。森が近くにあるのであれば、狩りをするのも良いか? 鍛錬をするにしても、相手がいなければ実践では役に立たぬからな」


 一通りの動作についてだが、以前ナイフの訓練をしたときのものを流用すればモノにはなるだろう。

 刃はないが、元が槍なだけあって一応切ることはできるから問題ないだろう。


 そう考えながら、改めて確認するための手の中にフォークを作り出す。


「しかし、改めてみるとなんとも頼りないな。これでこれから戦うのか」


 一応魔創具に籠められる魔法自体は問題なく発動することはこれまでの旅で確認済みだ。そこらの魔創具とも打ち合うことができるというのも、あの盗賊の長であったムガルクとの戦いで判明している。このフォークは並の武器どころか、名剣の類であろうと貫くことができるはずだ。

 実際に試したことはないからそれがどの程度の効果があるかはわからないが、あの槍と打ち合えるほどに丈夫なのだから鎧程度ならば貫けるはずだ。


「もっとも、貫いたところでこの長さではな……」


 全長は二十センチほどだが、持ち手の部分を考えなければならないので実際の〝刃〟はもっと短くなる。

 その程度の長さでは、鎧を貫いたところで内蔵まで届かせることは難しい。届いたところで、完全に破壊する子は不可能だろう。それこそ、同じ場所めがけて何本も突き刺さない限りは。


「ダガー……と呼ぶには些か不格好だな。スティレット、あるいはミセリコルデといったところか。もっとも、どちらにしても短すぎる気がするが」


 魔創具は最初に取り込んだ素材の分しか武器を作ることはできないが、幸にして元々トライデントを作るために大量の素材を取り込んでいたおかげで、フォーク程度の大きさのものであれば、何十本と作ることができる。

 投げても手元に戻ってくる機能も健在なので、量が減ることはないから投擲武器として見れば優秀だと言えるかもしれない。


「本来は鎧となるはずだったが、やはり布だな。マントと呼んでいるが……改めてみると薄すぎるな。……そう言えば、あの事故の後『テーブルクロス』と言った者がいたな。ふっ、まさしくその通りだな」


 マントと呼ぶにはあまりにも薄く、艶やかな見た目をした真っ白い布。元が鎧だったため、潜伏する状況を考えて色を変えることはできるが、布の艶自体は消えなかった。


「まあ良い。これもこれで使い道はあるのはわかっている。実際、ここに来るまでの間にそれなりに活躍してくれたものだ」


 布とは立派な防具だ。騎士や戦士がマントをつけている光景を見たことがある者は多いだろうが、その中にはこう思ったものもいるはずだ「あのマントって、邪魔ではないか?」と。確かに、動く際には邪魔になることもある。だが、あれとて防具であることに違いはない。


 布なんかで守れるのかと思うだろう。だが、意外と布というものは守りに向いている。

 棚引く旗をナイフで刺そうとしても、そう簡単には刺すことは叶わない。矢を放っても同じだ。斬りつけようとしても、引っ掻くことはできても両断することは難しいもの。


 故に、マントをつけるのだ。背後から矢が放たれたとしても余程の達人でなければマントを貫くことなどできぬのだから。


 加えて、布は武器にもなる。水で濡らせば重くしなやかな動きをする鞭の代わりとなる。もっとも、こちらは武器というよりも暗器の類ではあるが、使えることに変わりはない。


 問題となるのはいくら布が防具として使えるといえど、多少は厚みがなければ意味がないということだ。

 その点で言えば、このテーブルクロスは落第だ。だがしかし、これはあくまでも魔創具。そこには私が籠めた魔法が宿っている。元々何物も貫けぬ鎧を想定して作ったのだからその効果はこのテーブルクロスにも宿っているのだ。


 温度調整や体力回復、病毒除去の効果もつけられているのだから、効果だけ見ればなんら問題ない。

 強いて言うなら、やはりその艶のせいでただのマントには見えないということだろう。


「しかし、テーブルクロスでは格好がつかんな。やはりこのままマントと呼ぶことにしよう」


 そう自分を改めて納得させると、俺はフォークを手に訓練を始めていった。




「これで最低限の準備は整ったな。明日にでも森に向かうとするか……」


 訓練を始めてからしばらくし、俺は最低限動けるようになったと確認すると、マントを取り出して汗を拭う。……意外と便利だな。


 鎧のように全身を守れるわけではなくなったが、マントもこれはこれで、むしろこっちの方が良かったかもしれないとさえ思える。


 少しばかりの充足感を得られた俺は、宿に戻るべく歩き出した。


 この街はそれなりに人通りが多く、今の時刻は夕暮れ前だが昼よりも多いかもしれないと思える程度には人がいる。


 店頭に並んだ品や人々の様子を見ながら街を歩いていると、一人の男が目についた。

 その男は特にこれと言った特徴はなく、顔の作りも髪型も、服装さえも凡庸と言える見た目をしていた。街中に紛れれば誰がそうなのかわからなくなることだろう。強いていえばきているものが貧民にしても薄汚れていることくらいか。


「待て、そこの者よ」


 だが、俺はこちらに向かってきて横を通り過ぎようとした男に向かって声をかけ、呼び止めた。

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