第37話私は獅子なんだから!

 

「そ・れ・で〜……次はあんたの面白い話の番よ!」


 面白いか面白くないかで言ったら、途中までは面白かったな。オチが酷すぎたからそのおもしろさは吹き飛んだが。


「では、俺が魔法の訓練をした時のことを話そう」


 これで俺が話さなければこいつは納得しないだろう。

 そう考え、俺は何か面白い話を、と話すことになった。


「……俺は、これでもそれなりの生まれでな。一族秘伝の魔法もあった。それを受け継ぐのを楽しみにしていたんだ」


 俺が魔法を習い始めたのは十歳の頃。ちょうど前世を思い出してから数日後のことだった。

 アルフレッド・トライデンとして生きると決めたが、その時はまだ完全に覚悟が決まりきっていなかったし、前世の記憶的に魔法という神秘を自分で使えるとあって純粋に楽しみにしていた。


「その秘伝の魔法は『渦』に関するものなのだが、少々調子に乗りすぎていたんだ。自分ならできるから、と強引に制御を行い、失敗した」


 魔法を習い、秘伝の魔創具を作るための魔法を学んでいた時のことだ。この体の才能と前世の記憶のおかげでそれまで失敗することなく魔法を収めてきた結果、油断した。……いや、調子に乗ったのだ。


「失敗と言っても、所詮は大して使いこなせていないガキの失敗だ。大したことにはならなかった。精々が周囲に強風を撒き散らした程度だ。だが、その発生源にいた俺は爆発のような風に吹き飛ばされ、近くにいたメイドへとぶつかり、押し倒してしまった。それだけでも失態だったのだが……」


 今思い返しても酷い有様だ。あの時ほど反省をしたことはない。


「そのメイドのスカートの中に突っ込んでしまってな。突然そんな状況になったメイドは俺のことを殴り、終いには泣かれてしまった」


 俗に言うラッキースケベ状態ではあったが、それを喜んでいられるのは愚か者だけだ。あるいは、両者共に相手に対して好意がある場合のみ。

 考えてもみろ、相手のことを知っているとはいえ、大した仲でもないのに突然男に触れられるのだ。たとえそれが事故なのだとしても、相手が上位者なのだとしても、恐ろしいに決まっている。しかも、押し倒された挙句にスカートの中に頭を突っ込まれるとなれば、尚更だ。


「あれ以来、基礎であろうと蔑ろにしてはならず、慢心は敵であると理解できたのだから結果的には良かったのかもしれないが、それでも失敗は失敗だ。あの者には悪いことをした」


 あの事故は調子に乗って基礎を蔑ろにし、次へ次へと進んだからこそ起きたことだ。そのため、それ以来は慢心せずに鍛えていくこととなり、アルフレッドの評価は上がることとなった。


「へえ〜。あんたもそんな失敗とかしてたんだ。で? そのメイドとはどうなったの? 夜はヤッたりした?」


 俺の話を聞いて、あまりにも直接的に聞いてくるスティアに、俺は眉を顰めた。


「……お前、本当に王女か? 品が無さすぎやしないか?」

「そう? こんなもんでしょ。王女だから性的なことは口にしない、なんて思ってるんだったら、そんなの単なる思い込みっていうか、理想の押し付けでしょ。もちろん表に出てくる時はみんな取り繕ってるけど、女だろうと男だろうと、裏では猥談も悪口も普通に言ってるわよ。行為だってやることやってるしね。お姉ちゃんみたいに……ぶふっ」


 姉の痴態を思い出したのだろう。またも話しながら笑いをこぼしているが、確かにその内容だけ聞けばその通りなのかもしれないと、思わなくもない。

 猥談を好むか好まないかは人それぞれだ。その個性を、女だから、王族だから話すことはないと決めつけ、否定するのは間違いなのだろう。


「そんなものか」

「そんなものよ」


 もっとも、それでも王族という立場があるのだから、こいつはもう少し取り繕ってもいいとは思うがな。


 ……もしかして、取り繕ってこれなのだろうか?

 しかし、もしそうならば、こいつは陰で他者の悪口を言うような者となるのだが……どうにもそうとは思えないな……。


「なあに?」

「いや、お前もそうなのかと思ってな」


 見られていることに気がついたようで問いかけてきたスティアの言葉にどう答えるべきか一瞬悩んだが、軽く肩を竦めて冗談めかしながら答えることで反応を伺うことにした。


「? ……あ。い、いや、私はさ、ほら、その、なんていうかぁ……いやっ! っていうか、こういうことを直接聞くのはどうなのかしらね!?」


 だが、そんな俺の言葉を俺の意図とは違った意味で受け取ったようで、スティアは初めはきょとんとしていた顔を赤て慌てながら手をバタバタと振り、拒絶した。

 なんで今の言葉でそうなるのかわからなかったが、お前も姉と同じように自慰をしているのか、という意味で受け取ったのだろうと理解した。


「なにを勘違いしているのかは理解したが、俺が〝そう〟と聞いたのは、裏で悪口を言っているのか、という点だ。お前の性事情に興味はない」

「そ、それなら早く言ってよね! ……でも、む〜。それはそれでなんかあれな感じの気分になるんだけど。……それって私に魅力がないってこと?」


 一応フォローしてやったと思うのだが、その答えではお気に召さなかったようでスティアは頬を膨らませてこちらを見つめてきた。


「魅力はあるだろうさ。見目がよく、性格も明るく、話していて疲れはするが、それを悪いとは思わない。だが、それはそれとしてお前を抱くつもりはないという話だ」


 出会ったばかりの相手を抱く気になれるのか、という話だ。

 なる者もいるだろうが、これでも貴族として育ったのでな。貴族ではなくなったとはいえ、そこまで軽くはなれない。


 それに、仮に俺がスティアに好意を寄せたとしても、手を出さない……出せない理由もある。


「なら、こうして迫ったらどうするの?」


 そう言いながらスティアは俺の手を取り、自身の方へ引き寄せた。

 流石に転びはしなかったがそれでも体勢を崩してしまい、その隙に近寄っていたスティアの顔がほんの数センチ先まで迫っていた。


 随分な挑発だな。普通ならこのまま手を出されてもおかしくないだろうに。

 こんなことをするのは本気か冗談か今ひとつ読みきれないが、どちらにしても今の状態で手を出すつもりはない。


「お互いの立場を考えろ。出会ったばかりの男女で、お前は一国の王女だ。流れでやるには失う物がデカすぎる。それに、俺はまだお前とそういう仲になる気にはなれない。何せ、お前のことをほとんど知らないのだからな。いきなり抱けと言われても、気が乗らない」


 これが商売女であれば気にしないのだが、相手は王族だ。その後のことも考えるとお互いに面倒になる未来しか思い浮かばず、その上で抱くにはそれなりの覚悟が必要だ。俺はまだこいつに対してそんな覚悟を抱けるほどの理解がない。


 貴族だった時に比べれば、ここでいたしたとしても国への害は少ないだろうが、この身に降りかかってくる害はどうなるかわからない。何せ、一般人を処理する程度のことなら容易く決断するだろうからな。


「……じゃあ、もしこれがあと一年とか一緒にいて、お互いのことがわかるようになったらどう?」


 そう口にしたスティアは、目を逸らしこそしないもののその顔が徐々に赤く染まっていった。


「お前が本気でそれを願っているのなら、一度使節団に合流した後に会いに来い。その時は恥をかかせぬと誓おう」

「……んみゅ。じゃあ、その時は獣人の恐ろしさを知るといいわ」


 スティアはじっと俺の顔を見た後に満足そうに体を離し、歩き出した。


 本気なのか、と思ったが、それを聞くのは違うだろう。

 そう思い、それ以上追求することはしなかった。


「子猫が襲いかかってきたところで、恐ろしさなど感じないだろうがな」

「だから獅子だってばあ!」


 先ほどの状態などなかったかのようにそれまでどり話しながら、俺たちは目的の村へと向かって進んでいった。

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