第36話村に向かっての道中

「それで、ねえねえ。これからどうするの? どこ向かってるわけ?」

「……近くにあるらしい村だ。そこで人と会う約束があるのでな」

「ほえ〜」


 スティアを助け出した後、軽く賊たちの装備を漁りに戻ったが、唯一の収穫は賊の頭目であったムガルクの所有していたナイフだろうか。そのナイフには何かの紋章が刻まれていたので、それを調べれば何かわかるかもしれない。

 だが、少なくとも国内の貴族の紋章ではないので調べたところで難航する可能性はある。まあ、ないよりはマシ程度のものとして考えるべきだろう。

 もっとも、そのあたりのことを考えるのは俺ではない。すでに俺は貴族ではないのだからな。


 他の収穫物は大したことがなく、精々が金が手に入ったというくらいか。


「「……」」


 そうしてあの場所でやることを終えた俺はスティアを連れ、賊に襲われていた女性が言っていた村へと向かうことにしたのだが、道中では無言の時間が続くことが多く、話をしてもすぐに途切れてしまう。

 もっとも、これは俺がこいつに隔意を持っているからなのだが。何せ、隷属の首輪などというものをはめられたのだ。冗談だった、事故だったとしても、素直に仕方ないのだと受け入れることができるわけがない。


「ねえ」

「なんだ?」

「なんか面白い話してちょうだい」


 だが、その無言の空気に耐えられなくなったのか、スティアは突然無茶振りをしてきた。


「……」

「ねえってば! ね〜え〜」

「……面白い話を、というのなら」

「んえ?」

「提案した者が最初に話をするべきじゃないか?」


 突然の言葉に対し、俺はそう言って無茶振りを返して話をうやむやにしようと思ったのだが、その目論見はうまくいかなかった。


「ん〜。確かに? それじゃあ仕方ないわね〜。とっておきのおもしろ話を披露してあげようじゃない!」

「面白くなかったら俺は話さないからな」

「ふふん! 目をかっぽじってよーく聞きなさい!」


 それは、目ではなく耳ではないだろうか? 目にそんなことをすればえぐれることになるぞ。


「……これは、私が生きてきた中でも一番他人に漏らしてはいけない話よ」


 今までは俺の後ろをついてきたスティアだったが、俺の前に踊り出すとくるりと反転し、器用にも後ろ向きに歩きながらかすかに声を顰めて話し始めた。その様は、まるでこれから怪談話でもするかのようだ。


 だが、一番漏らしてはいけない話とは、俺にしてもいいのだろうか? まず間違いなく良くないと思うのだがな。


「今から、だいたい五年くらい前かな? 私がネメアラのお城でいつもみたいに側近を撒いて遊んでいた時の事なんだけど……私の姉の部屋の前を通りかかったの。その時、その姉の部屋の中からふと声が聞こえてきたのよ。普段ならもう寝ているはずなのにおかしいな、って思って部屋の外から様子を確認してみたの。でも、扉の隙間から光が漏れてるってこともないし、やっぱり寝てるんだろうって事で、さっきの声は気のせいかなってことで無視して行こうと思ったんだけど、やっぱり部屋の中から何か聞こえるのよ」


 この世界には幽霊がいる。幽霊と言っても魔物だが、その性質は思い描くような幽霊像で間違いではない。なので、その幽霊が王女の部屋に出現した、というのもおかしな話ではないだろう。

 あるいは夜間に賊が侵入した、と言う可能性も考えられる。何せ王族だからな。賊がやってくる理由など、それこそいくらでも考えられる。


 おもしろ話として話している時点で怪談話——幽霊なのだろうが、どちらにしても、王城としては問題だろう。


 確かに、これは他人には聞かせることができない話だな。


「これは気のせいなんかじゃない。もしかしたら賊が侵入して姉に何かしようとしているんじゃないか。そう思ったらいてもたってもいられなくなって、私は近くにあった花瓶を引っ掴んで部屋の中に入って行ったの。バンッて音を立てながら勢いよく部屋の中に入って、お姉ちゃん大丈夫! って叫んだわ。それで賊がこっちにくるようなら花瓶を叩きつけてやるつもりでね。でも、そこには賊なんていなかったわ。その代わり……なにがいたと思う?」


 賊ではなかった。では、やはり幽霊か。それも、こうもタメるということは、殊の外可笑しな姿をした幽霊だったか? 人の霊であれば普通のことだが、子犬の幽霊などであれば、まあ面白話としては成り立つだろう。


「灯りを落として、カーテンさえ閉めて月明かりもない真っ暗な部屋の中で、わずかにカーテンの隙間から入ってくる小さな光だけを頼りに部屋の中にいたのは——自分で慰めてたお姉ちゃんだったの」

「……は?」


 だが、続けられたスティアの言葉に、俺は一瞬頭が真っ白になり、こいつが何を言っているのかわからなくなった。


 だってそうだろう? なんで俺は面白話として他国の王女の痴態を聞いているんだ? しかも、それを王女の実の妹から。


「いやー、あの時はなんかすっごい気まずかったわね! 思いっきり扉を開けたらポカンってした表情のお姉ちゃんがいて、私もなにをすればいいのかわかんなくって、頭の上に構えてた花瓶を落としちゃったわ。普段はいるはずの巡回が、その日に限ってはいないことを不思議に思っておくべきだったわ。で、花瓶を落とした音に驚いてお姉ちゃんがベッドから転げ落ちたんだけど、なにがおかしいって頭にウサ耳つけてたのよ? 普通に耳があるのに、それを隠してその上からウサ耳つけてたの。その状態でベッドの陰から頭だけ出してプルプル震えながらこっちを見つめてたのよ。あれは本当にうさぎだったわね! しかも、その日は昼間にお姉ちゃんに怒られたばっかりだったのに、夜になったらあんな姿見ちゃって……笑ったわ!」


 言葉なく足を止めた俺に対して、スティアは足を止めることなく正面を向き直って進み続け、思い出し笑いをしながら話している。それでいいのか、姉のことだろうに。


「……っ! 待て。いや、待て……。まず聞きたいことがあるのだが、それは俺が聞いてはまずい類の話ではないか?」


 と、そこでようやく気を取り直すことができた俺は、先を進むスティアを追いかけるように小走りに歩き出しながら問いかけた。


「まあそうね。多分お姉ちゃんに知られたらボッコボコにされるんじゃないの? ふふん! これであんたの弱みを一つ握ってやったわ。お姉ちゃんに知られたくなければ、私の言うことを聞いてなさい!」


 こいつはそんなことを考えていたのか……。確かに、王女としてはこんな話を知られたら恥だろう。なんらかの処罰を受ける可能性は大いにある。だが、それは俺だけではないはずだ。


「……勝手に話されてその対応は思うところがあるが、聞いてしまったものは仕方ないとしよう。だが、そもそもその話は他人にしてはいけないのではなかったか? 俺がお前の姉に怒られる前に、お前がボッコボコにされておしまいではないか? むしろこちらがお前の秘密を握った形になるのではないかと思うんだが?」

「……し、しまったああああああ!?」


 当たり前の話だが、そんな口止めされている重大な話を他人に漏らしたのであれば、漏らした本人が処罰されないわけがない。

 そのことを本人は今理解したみたいで悲鳴をあげているが、こいつは阿呆なのではないだろうか? いや、だろうか、ではなく、実際に阿呆なのだ。


「それから、お前の経験した事なのだとしても、他人の秘密を容易く暴露するのはどうかと思うが?」

「いいのよ。だってお姉ちゃんも私の失敗談をいろんな人に話してるし。侍女とか、私の友達とか、お姉ちゃんの友達とか」

「だとしても、それをお前もやるのは違うだろう。それに、お前の姉が話した者達と俺とでは、立場や関係性が違う。お前の姉は、ただ笑い話ですむ冗談の類として話せる相手を選んでいるが、お前は今知り合ったばかりの他人である俺に話をしている。これで俺がそこらじゅうに話をする可能性もあるんだぞ」


 やられたらやり返すというのが間違いだとは言わない。やられっぱなしでは相手がつけあがるだけなのだから。

 だが、やり返すにしても限度がある。特に、仲違いをしたくないような関係であれば、気をつけるべきだ。こいつの話は、少しばかりやりすぎな面がある。

 これが一般家庭ならばまだいいのだが、王族となるとな……。


「平気よ。その辺は信用してるから!」

「会ったばかりの俺のどこを信用するというんだ」

「勘よ! ってか、そんな言いふらすような悪い人なら、そもそも危険を冒してまで賊を倒して私を助けることなんてしないでしょ。それに、その首輪だってもっと怒ってもいいと思うもん」


 それは、まあ、そうかもしれない。だが……


「首輪に関しては、やらかしたお前が言うことではないがな」

「まあつまり、あんたはとってもいい人だってことよ!」

「……はあ」


 確かに助けはしたが、そのことだけで『良い人』だと判断されるのは些か戸惑う。しかも、その判断の一番の理由が勘だと言うのだから尚更だ。

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