第38話助けた女性の村へ

 

「見えてきたな」


 しばらく歩いて森を抜け、その後も歩き続けること数分。遠目にではあるが、村をの姿が見えてきた。


「あれが目的地?」

「そうだ。と言っても、おそらくだがな」

「? どゆこと?」

「実際に俺が言ったことがある場所というわけではないからな。道中で会った者に、ここに来いと言われただけだ」


 スティアを助ける前に、賊に襲われていた女性を助けたが、その際に後で村に伺うと話をして女性を見送った。

 そして助けたことや盗賊討伐の報酬として金をもらうことになっているが、村人からすればそれなりの額となる。なので、もしかしたら金を払わないために嘘を教え、示した方角には村なんて存在しない可能性も考えていた。


 だが、どうやら村は本当にあったようだ。それでもまだ完全に安心したりはしないがな。


「さて、すんなりといけばいいのだがな」

「何かやるわけ?」

「こういった村では、余所者に対しての扱いにばらつきがあるものだ。と言っても、俺もそう詳しくは知らないが、余所者だからというだけで追い返そうとする者らもいるそうだ。酷い場合だと、村そのものが一つの賊の集まりである場合もあるというぞ」


 俺をこの村に呼んだはいいが、金を払うのが惜しくなって襲ってくる可能性もないわけではない。


「村ひとつが賊? でもそういうのって退治されるものなんじゃないの?」

「賊と言っても、普通に農耕はしているんだ。税も払っている。ただ、余所者が立ち寄り、泊まった場合にのみ、それも数度に一度のみ殺しや盗みが発生するらしい。毎度死ぬわけではないから事態が掴めないこともあり、基本的には普通の村人をやっているために書類上は賊とはわからん。だから気をつけなければならないと聞いた」

「ふーん。そんな村があるのねー」

「ああ。だから気をつけろ。出された食事に毒が盛られる可能性は十分に考えられる。出されたものを容易に口に入れるなよ」

「はーい」


 どこか気の抜けた返事を聞き、俺達は村へと向かって歩いて行った。


「と、止まれ!」

「お前は何者だ!」


 壁などなく、ただ簡単な柵で覆われているだけの村に近づくと、二人の男が鍬や鉈を手にこちらに駆け寄ってきた。

 かなり警戒している様子からして、賊の話を聞いたのだろうと思う。


「旅の者だ。少し前に道中で女を助け、後で合流するとここを教えられたのだが、その様子だと事情は聞き及んでいるのか?」

「お前が? ……確かに、なんか高そうな服着てるな」

「でも、助けた人ってのは一人じゃなかったのか? 女がいるぞ?」

「こっちは賊のアジトで助けた女だ。その辺りのことは逃げてきた者に聞けばわかるはずだ」


「す、少し待ってくれ!」


 俺の言葉を聞き、顔を見合わせて少し悩んだ様子を見せた男達だったが、すぐに答えは出たようで男のうちの一人が村の中へと戻っていった。


 それから少しすると村の中から道中で助けた女性がこちらに駆け寄ってきたのが見えた。


「あ、あの! 賊は……」


 女性は俺の前まで辿り着くと、どこか躊躇いがちに問いかけてきたが、その視線はチラチラとスティアへと向けられていた。


「倒した。外に巡回にでも出ているものがいれば知らぬが、それ以外の者は死んだはずだ」

「そうですか……」


 俺の言葉を聞くなりほっとした様子を見せた女性だったが、そこでハッと何かに気がついたようで勢い良く頭を下げた。


「あの、ありがとうございました!」

「礼はいらん。こちらとしては依頼を受けただけなのだ。そして、今はその報酬を受け取りに来ただけ」

「はい、わかってます。村長にも話をして、村の資金から出してもらうことができました。ですが……その、村長が一度話をしたいとのことでして、すみませんけど、ついてきてもらえませんか?」

「わかった。こちらとしても、この時間で出て行くつもりはないのでな。問題ない」

「ありがとうございます。こちらです」


 どうせ今日はもうすぐ暗くなるのだから今更出ていくつもりはない。

 であれば、この村にとどまる以上はどの道尊重への挨拶をする必要があったので、ついていくことにはなんの抵抗もない。


「村長。助けてくださった方を連れてきました」

「どうぞ」


 あらかじめ話は通っていたのだろう。俺達が尋ねても特に慌てることなく扉は開き、俺達は村長宅の中へと招き入れられた。


「こちらがこの村の長をやってます、ドルドさんです。そしてこの方が、族から助けてくださった方で、えっと……」

「ああ、まだ名乗っていなかったな。アルフだ」

「アルフさん。どうもこの村の住人を助けて下すったようで、ありがとうございました」

「偶然近くにいただけだ。それに依頼料はもらうことになっている」

「ええ、ええ。ですが、それでも助けてもらったという事実は変わらんもんで。それで、こちらが報酬の銀貨五枚となります」

「確かに受け取った」


 思った以上にすんなりと金を支払ってもらうことができたことで内心ホッとしつつも、あまり気を抜きすぎないようにと気を引き締め直してから口を開いた。


「ところで、この村は旅人が使用できる広場のような場所はあるか?」


 こういった小さな村には、宿なんてものはない。あったところでどうせ客など来ないからな。そのため、大抵は村長宅に止めるか、空き家を貸すか、あるいは空いている場所を提供して勝手に寝泊まりしてもらうかのいずれかだ。


 だが、いくら助けたとはいえ、いきなりやってきて家に止めろというのも図々しいだろう。

 空き家も、村の規模的にない可能性の方が高い。となれば、広場にテントでも張って寝泊まりするしかない。

 それに、金は払ってもらったが、まだ完全に信用することができるのかと言ったらそうでもないからな。お互い嫌な思いや、無駄な心配をしないためにも、その方がいいだろう。


「それでしたらありますが……お泊まりならうちに泊まっていきなさったらいかがですか?」

「いや、お心遣いはありがたいが——」

「えー! なんでよー。いいじゃんいいじゃん。泊めてくれるって言ってるんだから、泊まりましょうよー。ねー!」


 村長の提案を断ろうとしたのだが、その言葉の最中でスティアが文句を言い出した。


「……お前はここに来る前の話を忘れたのか?」

「覚えてるけどさー、その時はそれはそれでぶちのめせば良くない?」

「……獣人とは接してきたことがなかったが、皆〝こう〟なのか?」


 武力を重視するのは知っているが、それでもこうも乱暴な考え方をするのが獣人にとっては普通のことなのかと思わずにはいられない。


「えー……どうなされますか?」

「泊まりまーす!」


 俺達の反応を見て戸惑った様子で問いかけてきた村長に、スティアは威勢よく返事をした。

 そのことに文句を言おうとしたのだが、こちらに振り返ってきたスティアは指で自身の首をトントンと示すと、ニヤリと笑った。

 これはつまり、命令されたくなければいうことを聞け、ということだろう。

 よほどの命令であれば俺は拒絶するが、こいつはどの程度なら俺が許すのかというラインを理解したようだ。


 無駄な命令はしないという話はどこへいったのだと言いたくなるが、きっと何だかんだと理由をつけて無駄ではないのだと言い張るつもりだろう。


「……はあ。では、一晩だけやっかいになろう」


 そうして俺達は村長の家へと泊まることとなった。




「んっふっふ〜ん。攫われた時はどうなることかと思ったけど、結果良ければ、ってやつよね。助けてもらったし、旅もできるし、部下も手に入ったし。美味しいご飯も寝るところも手に入って、いい感じよね」


 村長宅の空き部屋に泊まることとなった俺たちだが、そのまま夕食もどうかと言われ、共に取ることとなった。

 現在は、夕食を摂り終え、与えられた部屋でこの阿呆と二人になったところである。


「誰が部下だ阿呆。襲われたとして返り討ちにするのはいいが、もし夕食に毒が混ぜられていたらどうするつもりだった」

「え。だって私基本的に毒って効かないし?」

「そうなのか?」


 俺の問いに、スティアはきょとんと首を傾げながらなんでもないことかのように答えたのだが……初耳だ。


「うん。この服、これでも王女様だもん。色々とお守りがついてるのよ。それに、もともと神獣の加護があるっぽいから大抵のことはなんとかなるって言われてるし」


 確かに、いかに厄介者扱いされていようと、姫であるのならその程度の守りは持っていてもおかしくないか。

 神獣がどのような存在かは知らないが、最低でもドラゴンと同格の存在だとすれば、その血統の者は毒が効かないのも納得できる。


「だとしても、万が一を考えるべきだろう。お前が大丈夫でも、俺はダメだという可能性はあるのだ」

「でもさぁ。夕飯の時に毒を盛られてたら、その時は確実に敵だー、ってわかるじゃない? ここみたいにどっかに泊まらないで外で野営したとしても、襲われる率で言ったらおんなじようなもんでしょ?」


 こいつ、そんなことを考えていたのか。確かに、もし毒の類が入っているのであれば、それに気づければここの者達が敵だとわかる。毒だとわからない程度の量であれば、こいつは無事で、俺もおそらくは大丈夫だろう。解毒そのものは種類がわからなければできないが、身体能力を強化して免疫力や治癒力を高めれば死ぬことはないはずだ。そうでなくとも、マントをつけている間は常時回復し続けているようなものだ。弱い毒ならばそれで事足りるだろう。


「はあ……まあいい。お前の考えはわかった。だが、できることなら最初に毒が平気だとか教えておけ」

「はーい。まあ、次からね、次から」


 だが、言ってから思ったが、こいつは王女だ。言い換えれば、命を狙われる立場である。

 そんな者が、自身のことをそう容易く話すものだろうか? いや、ありえない。毒が効かない体質なのだとしても、そのことを誰ぞに知らせることなどそうそうないだろう。そのことを知らせるのは、自身が信用できる近しい相手くらいなものか。


 それを考えると、毒が効かない体質について黙っていたのは納得ができることだ。むしろ、黙っているのが正しいのだから。

 先ほどのあえて夕食を食べて毒を確認した件に関しても、行為自体は驚かされるが、こいつ、これで意外と馬鹿ではないのか。

 命令に関してもそうだ。俺が拒絶するラインを見極めて命令をしているのだろう。それが理解できるということは、ただの馬鹿だと考えるべきではないか。……阿呆であることは間違いないが。

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